2014-03-02 07:34:25
テーマ:ベルリン音楽活動

45歳からの海外音楽活動【連載2】タンゴ、不屈の民、共依存、多摩蘭坂、鴨川

【連載2】タンゴ、不屈の民、共依存、多摩蘭坂、鴨川
エヘン。ミュージシャンとしての僕のささやかな自慢のひとつが、フランク・ザッパやポリス(スティングとアンディ・ソマーズ、サマーズじゃなくてソマーズ。スティーヴ・ウィンウッドじゃなくて、スティーヴィー・ウィンウッド!。。。どうでもいいが、、)と同じステージを踏んだことがある、ということ。そこは京都大学の西部講堂。東大を中退しコントラバスを手にした21歳の僕が最初に参加したバンド、オルケスタ・デル・ビエント(Orquesta del Viento)で、1990年12月31日、僕はたった一回だけそのステージで演奏した。エッヘン。

24年ごしのスマン。中高時代の友人(と愛すべき弟)が大挙してきてくれたというのに、僕はその夜、知り合って一ヶ月くらいの元妻に告白する言葉で頭がいっぱい。彼女しか見えない。僕の最大の欠点はいつもこれ。好きになったものしか見えなくなってしまう。そして、好きになった対象に、もたれかかり、依存し、多大な期待とプレッシャーとストレスをかけてしまう。その過度な依存が、相手にとっての恐怖へと変わって行く。そしてうざい、キモい、バカと思われ、結果、友達ではなくなる。「心ここにあらず」とヒトからは見える。実際、そこまで没頭、夢中になってしまう。岡本が指摘するように、いつもこれで失敗する。大竹が指摘するようにそこまで”ひたむき”になる。ベルリンのパッペルアレーで起こったことも、多分同じ。だから、トンボかバッタの眼が欲しい。仮面ライダーかカフカの昆虫に変身したい。多分、僕は「好き」をよくわかっていない。「好きであること」を勉強しなければならない。

さて、僕は「一生、俺とタンゴを踊ってくれないか?」と、鴨川で彼女に尋ねた。「は????。。。ああ、。。。。。。ええよ」と頷いてくれた彼女と一緒に、習ってもいないタンゴを二人で鴨川で踊った。結構しつこく約一時間、ピアソラの「ルンファルド」とJAGATARAの「タンゴ」を口三味線で歌いながら。僕らはその後、むっちゃ寒い西部講堂の楽屋で、薄っぺらく臭い布団のなかで抱き合って寝て、それから約20年の夫婦生活を、RCサクセションの「多摩蘭坂」がテーマ曲、「おおかみこどものあめとゆき」がテーマ映像である東京・国立で送ることになる。そして、それから彼女とタンゴを踊ることは二度と無かった。2011年10月、彼女と別れたとき彼女は言った。「私たち、お互いに共依存だったと思う」。もたれ合わないこと、孤独であることとタンゴを踊ることを、死ぬまで僕(ら)は勉強しなければならないのだろう。

2年経て、2013年10月。タンゴを演奏するために、「Bitte! Bitte! Bitte! Bitte!(どうか!、お願い!、まじで!、何卒!)」とそのとき僕は、ものすごい形相で必死に言っていたと、バンド仲間のギタリスト、ガブリエルはその後よく笑い話にする。ベルリンで5時間ぶっ続けで泣いた翌日、アルゼンチンタンゴバンドに参加することになった、プレンツラウアーベルクのカフェ・リリックでの話。

ずっとタンゴを演奏したかった。

僕にコントラバスを教えてくれた二人の日本人の師匠も、アルゼンチンタンゴを演奏していた。最初に習った斉藤徹さん。斉藤さんは1990年ごろピアソラの楽曲を2機のコントラバス、ギター、パーカッション or ピアニカの構成で録音した。このラフミックス・テープをベースを始めたとき、擦り切れるほど聴いた。斉藤さんは「上手くなるために、バッハの『G線上のアリア』を1万回弾け」と教えてくれた。また、自ら採譜したピアソラの「フーガと神秘」、「キチョ」、「ルンファルド」などの譜面をくれた。これらの楽曲は僕の毎日の練習曲となった。サラリーマン時代もその練習を(ほぼ)欠かしたことは無い。それから、約25年間練習して、毎日最低1度は「G線上のアリア」を弾いているとして、もう通算、毎日1回×365日×25年=9125回は弾いたことになる。あと875回弾けば、もしかしたら僕は上手くなるのかもしれない。まだまだ。でももう少し。だから離婚、失恋だとか、何かあったくらいで死ぬわけにはいかない。最低3年は僕は生きなければならないのである。そして、斉藤さんに教わってから、トロイロ楽団とピアソラのバンドで演奏したキチョ・ディアスが、僕にとってのベースのヒーローになった。今だにそうだ。

そして、日本の誇るべきバンドネオン奏者、小松亮太氏を輩出したタンゴ・クリスタルのコントラバス奏者、故・松永孝義さん。彼は日本のレゲエ、ダブバンドの草分け的存在であるミュートビートのベーシストとして著名だが、ずっとタンゴを演奏していた。彼にレッスンを受けていたあいだ、僕はよくキチョ・ディアスのフレーズを真似して弾いてみて「こんな感じですかね??」としつこく訊いていた。「違う違う、もっと音が出ているか出てないか分からないような、鋭く短いやつじゃないと」と、師匠は気合いたっぷりのお手本を見せてくれた。彼らから教わったことに対して、僕は永遠に感謝し、常に敬意を払う。これだけは。神に誓って。

オルケスタ・デル・ビエント(Orquesta del Viento)は、CDも出ています。スペイン語で「風の楽団」の意味。1980年代に活動したテント劇団「風の旅団」の楽団で、サックス奏者、故・篠田昌已さんや、大熊ワタルさん、元INUのギタリスト、小間慶大さん、栗コーダーカルテットなどの関島岳郎さんが参加していた。音楽をわかっていない僕は彼らから、アレンジの仕方、耳コピの仕方、バンドの進め方、ステージでの振る舞い、スタッフへの気配りと礼儀、音楽の聴き方など、音楽に必要なことをほぼ全て教えてもらった。そのバンドに参加することになったときも、多分、ガブリエルが茶化して真似するような、「Bitte! Bitte! Bitte! Bitte!(どうか!、お願い!、まじで!、何卒!)」ものすごい形相を僕はしていたのだろう。だから、異性にいつもキモい、バカと思われるのだ、僕は。人間、25年経っても、多分変わらない。悲しいかな。人間、負のキャラクターを捨てることはできない。

このバンドで僕はピアソラの「ビオレンタンゴ(Violentango)」を編曲し、京都大学西部講堂で演奏した。また、風の旅団の団歌は、セルヒオ・オルテガ作曲、キラパジュン作詞の「不屈の民(¡El pueblo unido, jamás será vencido!、団結した人民は決して敗れない!)」だった。1990年に一度、音響効果担当としてこの劇団のツアーに同行したときは、毎晩この歌を歌っていたから、マジで身に染み付いた曲のひとつになってしまった。また、オルケスタ・デル・ビエントの同僚で師匠の故・篠田さんはビクトル・ハラの「耕す者の祈り(Plegaria un labrador)」をレパートリーとしていた。コントラバスのソロ演奏を僕は何度か行ったことがあるが、そこではピアソラの「家族」、「フーガと神秘」、「キチョ」をレパートリーにしていた。僕はその後、「牧歌組合」というバンドを結成し、1990年代そこで自分で作詞作曲した曲を演奏することになるのだが、そのバンドでもビクトル・ハラの「リクエルド・アマンダ」をレパートリーにしていたし、自作の曲でよくピアソラのフレーズをパクっていた。また、2011年から参加したフォーク・バンド、「こころば」はフェアポート・コンヴェンションがケルト音楽に対して行ったように、”日本の民謡を現代化する”試みを行っていたのだが、ここでは「会津磐梯山」をタンゴにして演奏した。

日本で参加したバンドでこれらのラテンアメリカの楽曲を演奏した、という話をアルゼンチン人含めラテンアメリカ出身のヒトにすると、「おいおい、マサ、お前(ら、日本人)は本当にロコ(気違い)だな!」という、非常に暖かい反応が戻ってきて、友達になりやすい。僕はいつも、出会ったヒトたちから、その後の人生で有意義にフラッシュバックできる、大切な何かをもらっていると、つくづく思う。ありがとう。

しかし、タンゴの音楽の深さを、ガブリエルやドウナ、バンドネオン奏者タトーたちと演奏していくにつれ、そしてそこで拡がった人間関係のなかで、僕は身にしみて学んで行くことになる。音楽をわかっていない僕は、いつも勉強しなければならない。そして、勉強は楽しい。人生は闘うから価値がある。
(つづく)






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