鏡の中にいる、美しい女。
紫色の輝く二つの瞳が、瑚々を睨み返してくる――――・・・。
煙が立ち込めるビルの一室。
そこに、彼女はいた。
ブルネットの髪を黒のスカーフで包み、薄い黒のローブを着て、素足を交差させベットにゆったりともたれ、煙管をぷかぷかと吹かしながら、瑚々はじっと鏡の中の自分を見つめていた。
誰かが入ってくる音がしたが、瑚々は鏡から目を離さなかった。
「瑚々」
名前を呼ばれても、彼女は振り返らない。「なに、犬神」
「袖モギがやられたぜよ」
そこで、ようやく彼女は気だるげな視線を犬神に向けた。
その赤い口元が、大きく弧を描く。「そう。やっぱりね」
「分かってたのかよ」
「ええ」
想定範囲内よ、と笑って、また視線を戻す。
いつもなら、用件を言ってすぐに部屋を出る犬神だったが、今日は違った。
少し躊躇った後、ベットに歩み寄り、彼は後ろから瑚々を抱きしめた。
鏡の中の彼女の顔が不快に歪む。「・・・・何をする、犬神」
「・・・・・・・」
犬神は何も言わず、瑚々を抱きしめる力を強めた。
そして、彼女を振り向かせ、その唇に無理やり口づけた。
彼女の目が大きく見開く。
「お前が欲しいぜよ、瑚々」
唇を離すなり、犬神は囁いた。両手で彼女の頬を包み、その瞳を見つめる。「初めて会ったあん時から・・・ずっと」
そう言って、またその体を力強く抱きしめた。「お前には・・・俺のそばにいてほしい・・・。玉章じゃなくて、俺のそばに・・・」
瑚々の耳に、その長い、ねっとりとした舌が入ってきた。
玉章が瑚々に触れるたびにずっと我慢してきたものが弾けたのだろう。
彼はずっと、瑚々だけを想っていた。
報われないと思いつつも、ただただ、彼女だけを。
それはあまりにも辛すぎる悲願だった。
だが抱きしめられながら、瑚々は犬神の行動―――いやその全てに―――激しい怒りを覚えた。
この体は、玉章のものだ。玉章だけのもの。
今の今まで、他の妖怪たちは彼女に指一本触れなかった。
それは、皆瑚々が、玉章のものだと分かっていたから。なのに・・・。
瑚々は鏡の中の自分を抱きしめている犬神の姿を睨んだ。
玉章を言いくるめて、この汚らわしいカス犬を消してもらおうか。
どうせこいつも消される運命だ。だが、それではおもしろくない。
そして彼女は思いついた。最高のシナリオを。
「・・・・・・・・・私もよ、犬神」
彼女は玉章にしか見せない表情を、犬神に向けた。
そのあまりの美しさに、犬神は息を飲む。
彼女は犬神の頬に触れ、悲しげに眉を寄せた。「だけど・・・私たちは報われない。許されない。私もあんたも、玉章に恩がある。彼を裏切るなんて、できない」
「だけどよ・・・!」
「ええ、‘だけど’。私たちが一緒になれる方法は一つだけある」
そう言って彼女は犬神の耳に唇を寄せた。
「奴良リクオの首を、玉章に差し出して。そうすれば、彼も私たちを許してくれる」
誰も死なないで済む・・・・と小さく囁く。
その言葉に、犬神は目を見開いた。
そしてその口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「あいつを殺せば・・・・俺たちは一緒になれるんだな」
「ええ、そうよ」彼女はにっこりとほほ笑んで、少し躊躇いがちに犬神をそっと抱きしめた。
「絶対一緒になりましょうね。大丈夫・・・なにもかも、きっとうまくいく」
犬神は彼女を抱きしめ返しながら、何もかも思い通りに事が運んでいる幸せを噛みしめた。
もうすぐ、そう、あともうすぐ、彼は全てを手に入れることができる。
名声も、地位も、手に入らないと思っていたものも、全て。
だが犬神は、瑚々の紫色に輝くその瞳が妖しく光ったのに、全く気付かなかった。
鏡の中の嘘。
あとがき
犬神って、、、泣きますか・・・?
リンチされても泣かない人だもん、泣かないよね~、うん。
キャラぶっ壊してごめんなさい><
でもこのシーン書きたかったのよね~。「好きだー!!ガバっ」みたいな笑
二人の馴れ初めは次の次の次ぐらいには書きたいな。
ってか彼の土佐弁むずいよね~。いちおー四国人なんですが、高知のことはなーんも分かりません。