ハロウィン当日、四人は大広間を通りこして地下牢へ向かった。
薄暗い細蝋燭が真っ青な炎で薄暗く廊下を照らし、夜の不気味さをより一層駆り立てていた。
寒い廊下を進んで行き、角を曲がると、ニックがビロードの黒幕を垂らした戸口に立っていた。
「親愛なる友よ・・・。おや、ミス・オコーネルもご一緒で?」
ジュリエットを見て、ニックの表情が暗くなった。「ま、まあ、大勢で祝う方が楽しいものですからね。さあ、どうぞ、中に入って」
「なんでニックは君を見て青ざめてたんだろう?」
ロンが中に入りながら、ジュリエットに聞いた。「凄く怯えてたみたいだ」
「私のこと、好きなんじゃない?」ジュリエットは無理やり笑みを作った。「さあ、早く行きましょ」
とてつもない光景だった。
真珠のような半透明のゴースト達が、混み合ったダンス・フロアを漂っている。
「やっぱり、来るべきじゃなかったわね」
ジュリエットが小さく呟くと、その息は霧のように白く漂った。
シャンデリアから照らされる薄暗い群青色に、四人の息は霧のように光に映った。
「見て回ろうか…?」
ハリーの声は震えていた
「誰かの体を通り抜けないように気をつけろよ…」
ロンの言葉に、ジュリエットは思わず吹きだした。
四人はダンス・フロアの端を回るように歩いた。
ハッフルパフの‘太った修道士’や、スリザリンの‘血みどろ男爵’もいて、4人を見て会釈をした。
「あ…っ!嫌だわ!」
ハーマイオニーが突然、立ち止まった。
「どうしたの、ハーマイオニー」ジュリエットは首をかしげた。
「‘嘆きのマートル’とは話したくないの……」ハーマイオニーの顔は、心なしか青ざめていた。
「誰だって?」
急いで後戻りしながらハリーが聞いた。
「あの子……三階のトイレに取り憑いているの……」
「トイレ!?」
「そうなの……去年一年間、トイレは壊れっぱなしだったわ…だってあの子が癇癪を起こしてそこら中、水浸しするんですもの…私、壊れてなくたってあそこにはいかないわ…だって、あの子が泣いたり喚いたりしてるトイレに行くなんて嫌だもの……」
「…マートル?」聞き覚えのある名前に、ジュリエットは目を細めた。
「見て、食べ物だ」
ロンの声が聞こえ、疑念を振り払ってジュリエットは黒いビロードのかかったテーブルのほうへ向かった。
が、次の瞬間、吐き気がするような臭いが鼻をついた。
真っ黒焦げで、よく見ないと何なのか分からないようなケーキ。蛆のわいたハギス。一面黴で覆われた厚切りのチーズ…。
ジュリエットは顔をしかめた。なによ、これ・・・。
その時、近くに通りかかったゴーストが大きく口を開け、とてつもない異臭を放つ食べ物の中をすり抜けた。
「……食べ物を通り抜けると味が分かるの…?」
ハリーが思わず尋ねた。
「まあね…」
そう言ったゴーストはどこか悲しげだった。
「……つまり、より強い風味をつけるために腐らせたんだと思うわ……」
ハーマイオニーが物知り顔で言った。
「……行こうよ……気分が悪い」
ロンがそう言い、四人が向きを変えるか変えないかのうちに、テーブルの下からピーブズが現れた。
ジュリエットは思わず舌うちした。一番めんどくさい男がきた。
「や…やぁ、ピーブズ」
ハリーはなるべく慎重に挨拶した。
「おつまみはどう?」
ピーブズがほくそ笑みながら、深皿にはいった黴だらけのピーナッツを3人に差し出した。3人が首を振ると、ピーブスはジュリエットに向き直った。
「君はどうだい?苦痛ちゃん?」
ピーブスが皿をジュリエットに差し出すのを見て、ハリーは苦痛ちゃんがジュリエットを指すことに気づいた。
「いらないわ、ピーブス」
ジュリエットはわざとらしく丁寧に答えた。「でも、心遣い感謝するわ」
ピーブスはわざとらしく目を大きく目を見開いた。「おや、どうしてだい?苦痛ちゃん。君なら、食べれるだろうぅ???」
「聞いたでしょ、ジュリエットはいらないって言ったのよ」
ジュリエットをかばうようにきっぱりと言ったハーマイオニーに、ピーブズは笑みを深めた。
「お前が可哀想なマートルの事を言っているのを聞いたぞ?」
ピーブズの目は踊っていた。ハーマイオニーの顔がさっと青くなった。
「お前、可哀想なマートルに酷い事を言ってたなぁ…?……おーぃ!!マートル!」
ピーブズが何を思ったのか、大声でマートルの名を呼んだ。
「あぁ!ピーブズ駄目っ!私が言った事、あの子に言わないでっ!じゃないとあの子、とっても気を悪くするわ!!」
ハーマイオニーは慌てて、ピーブスを止めようとした。「私、本気で言ったんじゃないのよ!私気にしてないわ!あの子が……………あら、こんにちは。マートル」
ずんぐりとしていて、眼鏡をかけた女の子のゴーストがスルスルとやってきた。
「なんなの…?」
マートルは顔をしかめ、ピーブスとハーマイオニーを交互に見た。
「お元気?トイレの外でお会いできて嬉しいわ」
ハーマイオニーは無理やり明るい声を出して、愛想良く笑った。
「ミス・グレンジャーがたった今、お前の事を話していたよぅ……」
ピーブズはヒソヒソ…とマートルに耳打ちした。
「あ、貴女の事………ただ………今夜の貴女はとっても素敵だって――――」
マートルは明らかに邪険な目つきでハーマイオニーを睨んだ。
「貴女……私の事からかってたんだわ…!」
マートルの小さな目から銀色の涙が溢れ出ていた。
「そうじゃない!本当よ!私さっきマートルが素敵だって言ってたわよね!?」
ハーマイオニーが横にいたジュリエットを促すのを見て、初めてマートルはジュリエットに気付いた。
眼鏡の奥にある小さな目が段々と見開かれていく。
「エリザベス・シィーリア・アントワネット!!」
マートルはジュリエットを指さしながら金切り声で叫んだ。
その叫び声に、その場にいたゴーストたちが全員振り返った。
ジュリエットは周りが崩れていくのを感じた。
彼女もまた、マートルを知っていた。
昔の同窓の一人だった。