愛の対極は憎しみではなく無関心だ。

 

マザーテレサのこの発言には心から納得。

 

それに反対する気は全くないのですが

 

最近すこし迷い始めていると言うか

 

ちょっとだけ違うような気がするんです。

 

人に対しては確かに当たっていると思う。

 

でも樹や花や草はどうなるのだろう。

 

植物たちはちょっかいを出さない。

 

人に対して気を使わない。

 

主張もせず弁解もせず

 

私のことなど無関心にそこに在るだけ。

 

私は大きな樹がすごく好きです。

 

大きな樹に励まされたり

 

力をもらったりしています。

パリで子育てをしていた昔

 

親切だったマルシェの八百屋さんや

 

郵便配達の人や

 

近所の人と表面的な会話はしても

 

心を割って話せる友人がいなかった時期

 

台所の窓から見える三本の白樺の木が

 

唯一の友達のような感じでした。

 

白樺は私に対して無関心です。

 

なんの働きかけもない。

 

それでも私は間違いなく三本の白樺たちに支えられていたんです。

 

今でも私は大きな樹が好きです。

樹は私に対して無関心なのに

 

それでも守られているような気がしたり

 

支えられてる気がしたり

 

生きる力を与えられてる気がします。

樹が発信する静かな無関心。

 

無関心も愛に含まれるのではないかと思う所以です。

 

人間関係に限るならば

 

愛の対局は無関心と思いますが。。