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先週、恒例の“在フランス保健医療専門家ネットワークの会”が日本大使館で行われました。フランスの誇る医療機関で研究なさっていたり、実際にフランスで臨床なさっていたりする各科ドクターの発表を拝聴することができる、大変貴重な機会でもあります。

今回の話題提供ドクターは、フランスのCEPH - Fondation Jean Dausset - Centre d'Etude du Polymorphisme Humainで最先端の統計遺伝学を研究していらっしゃる、鎌谷洋一郎先生です。

おかげさまで、ITと同様に日進月歩のマトリックスな世界を、ちょっと垣間見ることができました。高尚かつ深遠なテーマに触れることで、いろいろインスパイアされたのは事実なのですが、私の理解力と表現力ではいかにせん旧式脳力メモリ不足。(>Σ<)

なんとか頑張って、鎌谷先生のお話の中で特に印象深かったものを御紹介しますね。



2001年のヒトゲノム計画、ならびに2005年の後述するハップマップ(HapMap)研究の成果により、それまでは連鎖解析(Linkage Analysis)が主力であった遺伝疫学に、新しい夜明けが訪れました。家族性で強い遺伝性を持つ疾患に関する研究のみならず、多くの人々の個々の形質の違いに影響する遺伝因子について、ヒトの設計図であるゲノム全体をスキャンして包括的に探索できる可能性が広がったのです。

DNAの塩基配列のごく一部は個人ごとに異なっています。こうした遺伝子の個人差・多様性のひとつにSNP(Single Nucleotide Polymorphism)があり、体質や特定の病気へのなりやすさなどを左右すると考えられています。このSNPについて、一般集団において調べたものをハップマップ研究といいます。

アフリカ人、アジア人、白人で解析しますと、この3集団は見事に区別され、プロットで見ると、まるで広大な太平洋に浮かぶ3つの孤島のようでした。

次に、その白人集団をさらに細かく解析してみます。

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ヨーロッパ遺伝子地図は、まさにヨーロッパ地図そのものだった !?

フランス人は、図のマスタード色のところだそうです。南フランスはイタリア人の分布と一部重なり、ブルターニュ地方はイギリス人と、アルザス地方はドイツ人と重なります。

同じ白人でも国ごとに特徴があって、近隣の地域は交叉している。

見た目アナログ的にも気づいていた事実ではありますが、デジタルで示されるとちょっと感動的でもあります。

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同様に、日本人は2集団に分かれます。こちらもちょっとデフォルメされた日本地図ともいえますね。

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そして、なんともミステリアスな響きの“失われた遺伝率(Missing Heritability)” 。

こちらは、ありふれた形質や疾患に関して見過ごされる遺伝率のことをいいます。どういうことかといいますと、ゲノム時代到来で、身長、2型糖尿病など、「common」の遺伝的要因は簡単に見つかるものと思われていました。ところが、実際は違ったのです。例えば遺伝率80%以上の身長は、ゲノムから説明するとわずか5%という数字でした。

この問題を解決するには、より多くのサンプルと細かい解析が必要とのことです。とはいえ、次世代シークエンサーと呼ばれる技術によって、巨大なゲノム全体を直接解読することが可能になり、解析にかかる時間は一昔前に比べると格段にスピードアップされ、コストは逆に大幅ダウンしました。また、各国が協力し合って国際連携チームをつくり、膨大なデータを一元的にまとめつつあります。ちなみにゲノム研究のアドヴァンテージは、染色体は生涯“変わらない”ので、過去に蓄積されたデータがそのまま使えることなんだそうです。

今後のメガメタ解析が待たれるところです。

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さて、近い将来メガ解析と解読が完了すると、いよいよ夢の“オーダーメイド医療”の実現、となるのかも \(⌒∇⌒)/

ゲノムを調べることで、どんな疾患にいつかかる可能性があるのかという疾患発生予測ができれば、予防対策をとることができます。中でも最大の関心事は、癌のゲノム解析とそれを利用した癌治療でしょう。癌はゲノムそのものの突発性の異常なわけですから。

これらはまだ希望的観測ですが、すでに実際の医療の現場で“薬理ゲノム学”分野では実践例が報告されております。

皮膚科分野の病気で、発症率こそ低いのですがかかると生命に関わる“スティーブンス・ジョンソン症候群”(Stevens-Johnson syndrome、SJS)があります。これは抗生剤や鎮痛剤、感冒薬などごく一般的に流通している薬剤の副作用の中でも重症なもので、皮膚と粘膜、目に重篤な症状が出、ひどいと皮膚が壊死して死に至ります。

このSJSを誘発する薬剤の中には、カルバマゼピンと、アロプリノールがあるのですが、それぞれHLA-B*1502、HLA-B*5801という遺伝子を持っているとこのSJSを発症する、ということが解析により判りました。

ということは、各剤投与以前にこの遺伝子を持っているかどうかを調べ、持っている人には薬を投与しなければ、SJSは未然に防ぐことができるわけです。実際、この2つの遺伝因子保有者の多い台湾では、非常に成果をあげているのだとか。

このように、副作用を最大限に避け、より自分の体質に合った治療法を選択できるというのが薬理ゲノム学で、近い将来の実用に向けて研究が進んでいます。

めまぐるしく進歩している遺伝学ですが、扱うのは一生変わらない究極の個人情報。今後どのように利用すべきかという点には、生命倫理的な問題が多く含まれるので、見識者による徹底した議論、規範・法律化、インフォームド・コンセントの徹底など、不当な差別が起こらないように慎重な対応が求められることでしょう。

諸刃の剣ではありますが、ここはやはり医者のはしくれとして、生命の謎の解明にもつながるゲノム研究、ぜひぜひ続報を待ちたいと思います。

これからの生命科学美容★ゲノムコスメの時代にもむけて!(⌒.-)=★

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鎌谷先生、大変貴重で夢のあるお話しをどうもありがとうございました。