夜櫻。
今年も智くんと。

咲き始めたばかりなのに。
足元には、花弁が散らばっている。


中に一際、色が濃い櫻の樹。
桃か・・?と疑うほどの色。
他の櫻は白っぽさが強い花弁なのに。
これは薄い紅色が差していて。

夜の僅かな灯りでも、分かるほどの色の違い。



「綺麗だね?」

智くんに同意を求めるとはなく、出た言葉。


疑問形の言葉に応えることなく、智くんが言葉を継いだ。

「翔くんはさ・・この櫻の花弁がなんでこの色なのか。知ってる?」

智くんの唇がやけに朱く見えて。
声ではない声が聴こえているようで。
既視感。




「血を・・吸っているから・・なんだよ?
この樹だけ・・・色が濃いのはね・・・・」

唇の朱さが増し、口角がくいっと上がった。

長く伸びた小指の爪で自らの首筋を撫でた。
朱い筋が指を追うように走り。
滲みだして・・・・次第に大きい滴となって。
ポタっと、樹の根元に落ちた。

「こうして、僕が飲ませているから」

朱く浮かんだ唇がニィっと裂けるように笑みを浮かべた。
首から滴り落ちる速度が速まり。

滴が流れ落ちるようになり。



樹の根元が朱く染まれば染まるほど。
智くんの顔は白く変わっていく。
ただ、唇の朱さだけは、眼の奥に焼き付いて。



流れ落ちていく滴に指を付けて。
自らの口に運ぶ。
口元が朱く染まって。

「ふふふ・・・・・ほら?翔くんも?飲んで?」

流れ落ちるのを、そのままに。
俺を手招きする。

抗うことも出来ず、操られるように足を運ぶ。
唇に智くんのそれ、が触れ。
生臭い味がした。

「ほら?美味しいでしょ?」



首筋に口を付け。
舐めとる。

智くんの一部が自分の中に入る。
智くんが俺の一部になるんだね。
奇妙な快感があって。

口を付けて・・貪るように飲んだ。


「来年は・・翔くんの・・・ちょうだいね?」

智くんの体が、ガクっと折れ。
倒れそうになるのを、支え・・・・







差し出した腕に倒れかかってくる体はなく。
一際、美しい櫻が風で花弁を散らした。



口の中に生臭い味が残っていた。






☆BGM☆