剱岳

私の一番好きな山です。

快晴の日にもう一度登りたい山。

日本百名山の1つであり、美しく雄大で誰もが憧れる反面、未熟な者を受けつけない厳しい山。


山に置いてきてはならないのがゴミと命。


8日に行方不明になっていた19歳の女性が遺体で発見されました。150mも滑落して。

本当に無念です。

若い彼女の剱岳に登りたい衝動は本当に理解できるし、関東からのルートも被るので他人事とは思えないのです。

山頂からLINEを送ったらしいので登頂には成功したはず。なので彼女は体力も登る技術も持っていたでしょう。

彼女に足りなかったのは計画する技術でした。


剱岳に行くには富山から立山黒部アルペンルートで室堂に入ります。ここから剱山荘まで約3時間。剱山荘から山頂まで3時間です。

山小屋へは15時に到着するのが山の標準的な考えです。

東京から始発の新幹線で行っても室堂平へは11時頃の到着。そこで昼食を兼ねて高度に慣らすため時間を取ります。そこから剱山荘に向かうと15時ギリギリなのです。

山小屋に泊まるか、テント泊しない限り剱岳へのアタックは不可能です。


普通の人は泊まった翌朝5時頃に出発します。

前剱を超えると危険な場所の連続になるので、そこからは陽が昇った時間帯で通れるように。

室堂平にいる立山のガイドさんは、剱山荘に行くのでさえ1人ではやめた方が良いとアドバイスされます。


彼女は室堂から一気に山頂を目指して17時頃に登頂に成功していますから、凄い体力の持ち主でしょう。

雷鳥沢で剱岳登頂の下りで彼女とすれ違った人がいました。

軽装で違和感を感じたそうです。

この方は声掛けをしていません。

何故なら雷鳥沢の時点で、そのまま剱岳にアタックする人がいるなんて誰も考えられないからです。

途中に別山乗越の山小屋もあるし、ここから立山へ行く人もいるからです。


剱岳にアタックした人の殆どは、午前中のうちに剱山荘まで帰って来ます。

なので彼女が剱岳に向かった時間帯には、誰ともすれ違うことはなかったのではないでしょうか?

誰か一人でもすれ違えば、時間帯からも彼女に静止が出来たと思います。


剱岳に登る人はそれなりの技術と体力を持った人が多く、初心者はまずいません。ですが極稀に高度の恐怖からカニノタテバイで固まって動けなくなり泣き叫ぶ女性もいるということを聞いたことがあります。

手を離せば、足を滑らせれば死が待っています。勇気を持って登る以外生きる道は無いのです。

危険地帯の登りと下りが一方通行路でもあるからです。


真夏でも剱岳に登るときはダウンジャケットを持って行かなければなりません。

行動中は半袖で大丈夫でも、万が一に怪我をして救助を待つ場合、防寒着がないと低体温症となり命の危険があるからです。


17時に登頂した彼女。

ライトを持っていたとしても初めてなら道に迷わず帰って来るのは非常に厳しいです。

そして陽が沈み、急激に気温が低下して低体温症になりつつあったのかも知れません。動かない身体では剱岳の険しい道は厳しいですし、山の事故の殆どは下りで発生しています。


暗い、寒い、携帯が繋がらない、

絶望の状況でも彼女は必死に剱山荘を目指していたことでしょう。

しかし残念ながら戻って来ることは出来ませんでした。

山小屋は救助小屋でもあるのでいつでも泊めてくれますが、仮に彼女が電話予約していたなら、無謀な計画を止められたことでしょう。


未来のある若者が、若さ故の過ちで命を落とす。

残念でなりません。

誰か一人でも彼女にアドバイス出来る人がいれば救えた命なのです。

私はよく山ですれ違い違和感を感じた人には声掛けをしていますが、継続していかないといけないと強く感じました。


ご冥福をお祈りいたします。