それから仙台の第3次救急の病院に運ばれることになり
救急隊の人に担がれて救急車に乗った
連絡した夫はそっちの病院にもう着いていた
廊下で待ってる時は最悪なことしか浮かばない
時間外で、熱が出たらしい子どもを連れて来てた家族
インフルエンザ脳症のリーフレットを見ながら話をしてるのが聞こえてくる
「怖いよねぇ~。亡くなってる子もいるんだってね~」と呑気に。
他人事。
そう、いつもなら我々だって他人事風に語る、そっち側の人間なはず、
それなのに、
今まさに、自分たちがその当事者になってる?
信じられない現実
このまま新型でインフルエンザ脳症で死亡したら・・・
明日あたり新聞に載るのかぁって思ったり
あの家でお葬式を出すの?
幼稚園児の葬儀を?
嘘でしょう?
娘はいなくなるの?
これから私どうやって生きていこう
娘の全てがつまったあの家にはもういれない
もし、意識が戻ったとして、何か障害が残ったらどうしよう
もうママもパパもわからなくなってたらどうしよう
もう話できなかったら・・
あんなにいろんなことよく知って、生意気におしゃべりしてたのに寝たきりとかになったら・・(涙)
いや、でも障害が残っても、生きててくれてるだけでいいよね?(涙)
って夫に言ったら頷いてた。
ほんとに、ただ生きてくれてることだけを願ってた
この頃、第二子のことばかりで頭いっぱいだったけど、目の前のこの命ひとつ守りきれないで何が第二子だ!
自分には娘だけで十分だ、
子どもの数だけこんな心配しなくちゃいけないなんて無理だ・・・っておもった。
パルカ母に電話
「意識なくなった」
「え?嘘何それちょっと!」
充電なくて話が途中で終了
以後、ずーっと心配してて悶々としてたらしい
私の実家では、2日前に撮った七五三の写真を見ながら、電話の音にびくびくしていたらしい。父は、もしかしてだめかもと思ったと言っていた
リコ命のM爺は、運転すると事故りそうだからと電車でかけつけた。
病院はマスク必至だからと、急いでマスクを買って、電車の中で付けようとしたら、
なんだかびじゃびじゃする・・・・?
顔にのせる濡れたシートマスクだったと
慌てぶり半端なし。
つづく