そら君…やすらかに | J-Taz's アニマルシェルター

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人の命も動物の命も隔てなく、共に救い合い、共に支え合い
殺処分ゼロを目指して、殺される命の無い社会を共につくりましょう。
最大の目的は、『日本最大アニマルシェルター建設』です。
どうか応援お願いいたします。

そら君のホストファミリー様より・・・


タッズのお父さん、お母さんへ

14日には、お忙しい中病院に駆けつけてくださり本当にありがとうございました。
一晩「そら」のそばで眠り、15日の夜火葬いたしました。
病院で、皆さまに一緒に見送っていただけたこと感謝いたしております。
温かい身体を抱きしめ心臓の最後のトクトクまで手のひらに感じて送ってあげられた
ことが
我が家での永い幸せを与えてあげられなかった「そら」へのせめてものごめんねでし
た。

危篤状態になってから亡くなるまで、そして火葬の車に乗せるまで、
ずっと一緒にいてあげられたことはわたしの唯一の救いです。

元の飼い主様のもとへふるさとへ、元気な姿でお返しすることができませんでしたこ
とを
ほんとうに申し訳なく残念に思っております。
「きっと魂は元の飼い主さんのところへ行って、そしてまたママのところへ戻ってき
ますよ」
とおっしゃっていただき少し気持ちが楽になりました。

いっぱい辛い思いをしたきみを幸せにしたかったよ、
もっと一緒にいたかったよ、そらくん。

 
社)UKC JAPAN アニマルレスキュー
 


2011年5月 そら君は福島原発事故避難区域から UKCJAPANのシェルターへ保護されてきました。
 
飼い主さんが避難されて 約2か月 独りで頑張って生きていたのです
シェルターへ来たそら君は 体の毛も毛玉いっぱいで 痩せていて、、怯えていて、、
どれだけ悲しく辛い時間を乗り越えてきたかを物語っていました。 

そんなそら君を 『うちで一時預かりできます』とありがたいご縁をいただいたのが 森さんご家族でした。 
一年 いろんなことがありましたが 可愛くていとしくてたまらない そらはうちの子です、と森さんは
話してくれていました。

しかし不幸は突然くるものでしょうか、、、
14日 森さんからの電話、『数日前に急に発作を起こし 原因が不明の為 検査入院をしていました お散歩もできる
くらいの回復はしていましたが 今朝 病院から 突然意識が落ち 一度心臓も止まったと、私が駆け付けた時には 心臓は動いていましたが もう自発呼吸もなく 脳死状態です』と
涙声で、
私たちは 病院へいきました、意識のないそら君の体をご自分の体で包むようにお母さんは抱いていました。思わず涙があふれ
いろいろな複雑な思いが、、。
そら~とお顔をなでると まるで寝ているかのような やすらかなお顔、、
一年前、毛玉で汚れていた被毛も 艶々の美しい毛に、、
可愛いお顔、獣医の先生と代表のタッズ父が話をさせていただき もう正直、そら君が回復する可能性はない、口にいれられた機械を外せば
もう、、。
でもお母さんは決心ができない  当然です、、タッズ父は
獣医に『先生 この機会を外せば そらは苦しみますか? 苦しまずに お母さんの腕の中で 心臓の最後の一打ちまで、看取れるのであれば、どうかそうしてあげてください 』
獣医『苦しむことはないと思います もし苦しむようでしたら 用意していてすぐに お薬で楽に寝かせてあげれます』と、
お母さんも タッズ父の言葉に決心してくれました。辛い時間でした。 お母さんのおひざに抱かれ お母さんの腕でしっかり包まれ みんなで見送りました。
みんなの暗黙の涙に そら君は『ありがとう』って、旅立てたと。
先生が 最後の脈をとり、お母さんは そら君に『うちの子だよそらー、ありがとう~そらー』と
そら君のお顔にご自分のお顔を重ねるお姿に
私たちは ただただ 感謝の思いばかりでした。

あの原発事故発生直後 私たちUKCJAPANは日本中のたくさんの皆様のお力をいただき支えられ
放射能のリスクはありましたが 
ペット達を救出してきました。
緊急事態にシェルター機能も乏しく 狭い小さな範囲での活動の中
一時預かりをしていただける方々がいなければ 多くの子達を救い出せなかったのです
あのとき
『20キロ圏内に入りペットをレスキューすることは可能でも
避難させる場所に困ったのです』
もうこれ以上は、しかし まだ救わねば、建物を増したり 
かわいそうだけで 狭くなるけど どうにか詰め込んでいた時期も、
でも生きていた子達を見殺すわけにはいかず、そんな中
『うちが1頭でも預かれば、また1頭救ってこれますよね』と本当に多くの方々に
ホストファミリーになっていただきました。

もう一年を越えました、
わが子のように預かっていただける事に私たちは常に感謝しています。

福島の子達 みんなみんなみんな どの子も
福島に帰りたいはずです 飼い主に会いたいはずです 

きっとペットを飼う心境環境文化も所変われば、、でどこにも違いはあります
私も沖縄で子供時代 犬を飼ってた頃 祖父が農業酪農で 犬は 祖父のお仕事のパートナーでした
牛、豚、山羊、犬、と祖父には命に序列はなく 祖父なりの愛を注いでいました。
琉球犬という祖父自慢の犬でしたが 
ご飯は残飯 お風呂は?@@@ パイン畑に上るときも祖父の横について
祖父のボディーガードに。
一輪車の横でノーリードで 嬉しそうに仕事に向かう犬 
今の近代文化のペット環境からは 考えられない環境でしょう。
でも その犬は祖父が大好きで祖父に褒められることがうれしくて、、。
田舎で暮らすペットと都会で暮らすペット と どちらが幸せでどちらが犬猫らしい、、かは
私にはわかりません 
ただ ひとつ どこにくらしても
ペット達は 飼い主が大好きだということでしょうか、、。
そして この子達は 過去に感謝と記憶は持つ、、
でも 『今』が今なんですよね

そら君は旅立ちの時 きっとすぐ 福島の家に魂はとんだでしょう、『ありがとう』を伝えに。
そして すぐ『森家に』戻るのですよ、と私はお母さんに話しました。
どれだけ言葉を書き綴ってもたりません 感謝の思いを。

命を見送ることの悲しみを、私たちは知っています 
でも見送られる命は悲しみではなく 『感謝』なのですよね。

森家の皆様 
そら君を一年 いいえ、思いは100年分ですよね、ありがとうございました 。

そら君  『やすらかに』                              

タッズ母。



社)UKC JAPAN アニマルレスキュー

ご協力の程何卒宜しくお願い申し上げます

  

ドッグフード一日使用量100kgと100缶
キャットフードも一日使用量20kgと30缶を使います

どうぞご支援宜しくお願いします

ご支援をいただく皆様へのお礼は
ペット達の命を温かく護り繋ぐ事だと感謝の意を込めながら

毎日がんばっております


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社)UKC JAPAN アニマルレスキュー


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