ゴールデンウィーク初っ端にアップしようと思って、暇な仕事の合間に書いていた久々の映画レビュー記事が跡形もなく消えていて、すっかりいじけていた昨日ですが、今日はこれ!
THE YELLOW MONKEYのライブに参戦なのだ!
思えばチケットがゲットできていたのにコロナで中止になった2020年の春のリベンジだな(笑)
またいつものようにかみさんと娘2人で参戦、これまた久々に仕事以外で東京に向かっております!
楽しんで来ますぞ〜!!😆
地獄巡りが終っての3月4日。イベント仕事も終えてそのまま宿泊、東京出社した月曜、別チームへの引継ぎとオンラインの打ち合わせを済ませた夕刻、この地獄を苦楽を共にしてきた後輩に「これで自由になったな。さて、次は何を狙って動こうか」なんて話しかけたら
「ジャンゴさん、ちょっとお時間もらえますか?」と言われて入った会議室で、なんとまあ4月いっぱいで退職が決定したとの報告が。
今回の地獄が引き金になっていないと言えば嘘になるが、その前から考えていたとのこと。ずっと言い出せずにいて、終わったこのタイミングになってしまい申し訳ありませんと謝る彼。
思わず口に出た言葉は「寂しいなあ」だった。
この地獄の前のもう一つの年末前の地獄も含め、この一年、一緒に泥まみれになりながら仕事をして、何より家族よりも会話した“相棒”が去ってしまうのは寂しいことこの上なかったのだ。
若い後輩が退職という選択肢をとることを思いとどめさせることができなかったこと、すなわち仕事の面白さ・達成感を味合せてあげることが出来なかった悔しさもあったが
地獄の進行の間、一緒に動いていた俺にはとても言えなかったと言う、あいつの想いもわかるんだ。
「ジャンゴさんが一緒にやってくれなかったら、とっくの昔に俺はつぶれてました」などと殊勝なことを言ってくれたが、
まだ若く、真面目な彼が次の仕事で次の職場で楽しく仕事することを願ってやまないのである。
そんなこんなで先月は業務の報告書の作成を済ませ、先方には話は通っていたとはいえ、関係各所に別チームでの引継ぎを明らかにする前に資料を整えながら、すでに動き出している4~6月の業務の下準備を彼と共に進めながらも、イベント主体の自分の業務は徐々に減っていき、その他の引継ぎも思いの外スムーズで、3月の最後にちょっとイベントの準備フォローで22時から23時半まで立ち会い、そのまま泊まって土曜帰宅したのを最後に、来週くらいまでは関わると思っていた業務も、先週には完全に離れることが出来たのだった。
既に次の仕事の関与依頼がいくつか入っているもののまだ始動せず、先週あたりはかなり暇になってしまっていたりするのである(笑)
そんな暇な仕事に加えて、御袋は結局予想通り介護1の認定が降り、なんだかますますボケてイライラは募るばかり(苦笑)
ケアマネも交えて相談し、お試し利用していたデイケアサービスを本格的に受けることになり、その見送りも兼ねて3月後半からは水曜は在宅勤務に、先週からそれに土曜も加えての利用となって、多少は安心できる態勢になったのも変化と言えば変化。
それも含めて、会社とはまた1年延長契約も結んで、新たな年度のスタートをのんびり迎えたのであった。
そんな先週末金曜、会社を早退した下の娘が金髪になって帰省(知らされてなかったのは俺だけでびっくりしたわ 笑)。ジャッキー・チェンと同じ7日が誕生日のかみさんを祝うべくの帰省だったが、上の娘と企画して彼女の同級生がやっている洋菓子店に特注のケーキを注文しており「おと-さんも一口乗って、ついでに取りに行くとき秘密で車を出してほしい」なんて要請が(笑)。上の娘が仕事でいない中、1台しかない車で土曜の昼間に二人で出かけたら秘密もくそもなかろうが、まあ言う通りに車を出し、そして一口どころか何故か全額俺が払って、一日早いかみさんの誕生日を祝った土曜であった。
そうそう、ケーキを取りに行く前は、かみさんが御袋の台所や冷蔵庫を整理・掃除している間に、前週に飾った娘たちの雛飾り(うちの地方は一月遅れ)を下の娘と共に片づけたりしたりと、仕事は暇だけど家の仕事はしっかりこなしたのだった(笑)。
そして天気の良かった昨日は、これまた下の娘の思い付きで午前中から大井川の近所の桜を見に娘二人とかみさんと俺で4人で散歩。
一気に満開となった桜並木を歩くのは本当に気持ちが良かったな。
思えば昨年2023年は郡山の最後の勤務と引越しで3月の終わりと4月の頭はつぶれて、戻ってきた4月の1週目にはこちらの桜はもう終わっていたし、その前の2022年と2021年は静岡に戻っていたが年度末&年度初めの仕事でなんだかバタバタ動いていたので桜を見ることもなかったし、2020年は最初の出向の終わりで昨年と同じく引越しだったから、のんびり桜を見て歩いたのはコロナ前の2019年の郡山での春以来だったんだなあ。あの時は一人だったけど、娘やかみさんと一緒に歩くなんて15年ぶりくらいなんじゃないかな。
昨日笑顔で名古屋に戻った娘を見送りながら、既に親父もいなくなった我が家でこうして皆で桜を眺めながら歩くことなんてあと何回あるだろうなんてしみじみ。
仕事が楽になった今年、意識してそんな時間を作っていかないといかんよなあ、などと柄にもなく考える春の午後でありました。
新年のあいさつさえアップしないままで、いやはやほんとに申し訳ない(汗)。
前の記事で記していた地獄巡りはさらに深くなって
年明けから静岡出社の場合も帰宅は23時超え、下手をすると日付が変わるわ、
毎週あった東京出張のチェックインさえ日付が変わることもあって
そこからホテルで深夜まで作業など・・・阿鼻叫喚の日々を新年以降も続けておりました。
嘱託社員で給与も減り、残業もボーナスもないままでのこの勤務。
いや別に金は要らないから時間だけはくれ!早く帰宅させてくれ〜!もかなわぬまま
クライアントである某代理店の1時間だけというオンラインミーティングが3時間4時間になることもほぼ毎回。
毎週の定例ミーティングのための資料の作成チェックのミーティングなどわけわからぬ注文が重なり
火曜以外は毎日のように長時間ミーティングで拘束され
こちらが作業をやったり協力会社に依頼する時間さえも削られ、協力会社ができない作業をこちらがやるという悪循環。
こちらにオーダーを出す・・・というより丸投げの先方担当のやり方にさすがに腹に据えかね
こちらの仕事のやり方にまで言及されて、温厚なジャンゴの声が尖ることも数回。
「もうこれ終ったら絶対やらねえ!」の決意を秘めたまま耐え忍びつつも
会社の上の方に「話が違いすぎる!」と文句も直訴。
そうしたらどうも双方の会社の上同士が動いたみたいで、その担当ずいぶん言われたのでしょう。
この金曜の本番1週間前に急に無茶ぶりが減って(遅えーよ!)詫びの電話も入ったけど
「いえいえ私の経験・能力が至らぬばかりに申し訳なかったですぅ~」と半分嫌味で返してやりましたとさ(笑)。
この仕事の地獄に加え、家では御袋の認知機能も落ちていて
あれができなくなった、これも忘れていてこんな具合で・・・と
疲れ果てた帰宅時に聞かされるのもこれまたキツくて。
仕事の合間に相談員に電話して代理で市役所に介護認定の申請を出してもらい
少し前に市役所の係の方が調査に来て、同時に相談員にも来てもらい、デイケアサービスのお試しを依頼と
こちらの方もため息つきながらの段取り組んで、仕事でも家でも全く心が休まらぬ日々でありました。
そんな中、先週金曜、無事本番を迎え天気も回復する中何とか終えて、
昨日、今日は関連イベントの立ち合いをのんびりやっているという具合。
とは言え28日から入った現場ではホテルに戻るのも22時、23時、本番当日は朝5時現場集合と当日まではハードで、
3日間だけで50キロ以上歩き回っていた計算でしたが、それでも大きなミスは無くやり切れて一安心なのです。
昨日と今日はもう一人の一緒に地獄を巡った若い同僚は休ませ
担当は自分だけ、あとは協力会社とうまくやりながらマイペースでイベント仕事をこなしている次第。
こんな風に記事更新ができる気持ちの余裕があるのが何よりの証拠なのであります(笑)
5連泊となりましたが同じ宿で連泊の部屋が取れず、本番までの3日間と昨日と今日は別のホテルになったけど
近隣の店にふらりと入って飯を食べ、夜はタバコ吸いながらのんびりテレビを見て爆睡できる余裕があるという
(糖質制限で酒だけは本番終了の1日だけビール飲んだ以外は我慢)
「以前の出張はこうだったよなあ」というホテルライフを
数か月ぶりにここ3日はできている幸せを噛みしめております(笑)。
実は今日の終了後の撤去が深夜になる予定で今日も泊まりにしていたのだけど
段取りが変わっておそらく夕方には終了。
無理すれば静岡に戻れなくもないけど、もう少し一人だけの気ままな時間を満喫し
明日は東京支店に寄ってゆっくり帰宅しようという予定なのです。
さてさてあと1時間と少し。働き者のスタッフたちに感謝しながら撤去の段取りをつけますかね。
春はもうすぐそこにあるといいなあ。
いやあ・・・9月に予兆はあったものの、10月から以前と変わらぬ激務が続く地獄めぐりをしており、更新大幅にずれてしまいました(汗)。
あんなに早く帰宅していたのは今は昔。このところ少し落ち着いたとはいえ、10月から連日22時以降の帰宅が続いておりまして。
以前は静岡で遅くなっても支店の鍵を持っていないので無理やり帰っていたのですが、あまりに続いて、家で仕事するのも辛く、もうこれは堪らぬと鍵を支給してもらったら最後、静岡に出社した日はもれなく最終退出者になること約15日(笑)。
あとの半分は東京出張、これまた連日往復がつらくて10月後半からは宿泊を入れたけど、そこから12月1週目までは毎週泊りが続いてしまい、そこに11月下旬と12月初旬のイベント仕事も重なって何が何やら(笑)
11月下旬のイベントは埼玉が現場で、前日金曜に一つ目の会場設営立合い、夕方に一休みして22時から0時過ぎまで2番目の会場設営立ち合い、ホテルに戻って寝て、翌朝5時からは3番目の会場設営からそのまま運営に突入し、夜の撤去まであちこちの現場を動き回った結果、1日で27キロ歩いていたという、健康的なんだかわからぬ動きで、その週は合計60キロ以上歩いていた計算だったりしてまして(苦笑)。
翌々週のイベントは現場が福島。この週は月曜に東京泊出張、火曜に帰宅の予定が水曜にも東京での現場調査が急遽入り、慌ててホテルをもう1泊予約、パンツや靴下買い込んで火曜も泊まって水曜に帰宅、木曜は静岡出社ながら前述の通り最終退出者で、金曜は5時間かけて福島の現場に行き準備に合流、翌日のイベント運営を夕方までこなして、さすがに撤収は最後まで付き合わず18時に現場駅を離れて何とか11時過ぎには自宅に到着と、これまた何が何やらの怒涛の1週間だったりしたのでした
何よりホテルでのんびりがほぼ無く、もれなく喫煙部屋を抑えられたとはいえ、チェックインが大体22時前後、部屋で仕事して2時くらいなんてのばっかりで、一人の時間満喫だあ!っていう出張は皆無で楽しくないのなんの(笑)。
自宅で過ごす土日も大体仕事持ち帰りか、親父の一周忌の準備と実施やらで忙しいばかりで。
まあ何とか『ゴジラー1.0』だけはめちゃくちゃになる前にと公開の週にやりくりして観たのだけが救い。『シン・ゴジラ』を超えるのは大変だろうな・・・の予測を軽く覆し、人間ドラマにフォーカスしつつも、燃えて泣ける最高のゴジラ映画になっていて、いくつかのツッコミどころも気にならない至福の時間を過ごさせていただいたのは感謝感謝だったなあ。
と、まあ疾風怒濤阿鼻叫喚の日々も、ここ1週間はようやく少し落ち着いてきて、この分ならゆっくりの年末を過ごせそうで、この土日も本当に久しぶりに持ち帰り仕事もなくて喜んでいたのに、好事魔多しで。
予想通りアルツハイマー初期の診断が下った御袋が大ボケかますだけでなく、一昨日家の中で滑って尻もちをついて腰が痛いというので、昨日はかみさんと娘も一緒に救急に連れていくことに。レントゲンを撮って、大きな骨折は見当たらないけど、念のための精密検査も・・・と勧められた結果は幸いなれど、、せっかくのイブの半日を、延々と病院で過ごす羽目になってもう悔しいったらありゃしない。故に疲れ果てて観たM-1は最高に面白かったのもこれまた救いだったのでした(笑)。
こんな動きで体重は本当に久々の70kgを切り、糖尿の数値も低め安定、白内障手術後の新調した眼鏡も良い具合ながら、そんなわけで秋の更新をせぬまま年末を迎えてしまったことをお詫びするとともに、あと数分の聖なる夜を毎度のこれを掲げて、皆様の健やかで穏やかな日々をお祈りいたします・・・。
おおお、いかん!せめて月に一度は・・・の更新のつもりが、9月はやらずに終わってしまいました(汗)。
いやしかし、ほんとに暑い9月で何だかぐったりではありましたが、仕事は徐々に忙しくなり、東京や埼玉、仙台、福島に毎週のように出張に行ってましたな。
仙台での用事を済ませて翌日のために大宮に宿泊と久々の宿泊もあったりして。ただ急に決まったため禁煙ホテルしかなくて四苦八苦したけどね(笑)
福島では以前は車で行っていたところに初の常磐線で行ったはいいけど、帰りの電車が無くて何にもない小さな駅で1時間20分待つ羽目になったりと色々あったけど、関与業務が徐々に増えてきて今後は油断ならないかなってところです(笑)
あとは骨折の完治が3週間と思いの外早かった御袋を、やっと専門の「物忘れ外来」に連れていけたのはよかったかな。
10月には正式な診断が下るが初期のアルツハイマーの見立て。まあ覚悟していた通りなので良しとしますか。
そして何よりメインイベントは先週月曜25日の白内障の手術だなあ。
休みを取って12時過ぎに医者に行き、検査と点眼麻酔で14時過ぎに手術室へ。
キャップを被り心電図もつけてと、まさに「手術」の様子になっていくのでドキドキでしたわ(笑)
想えば小学生の時に扁桃腺肥大の手術をしたきりで、体にメスを入れたこと無いし、今回も含め泊りの入院も未だにしたことがないという、ガタは来てても未だに丈夫な我が身体には感謝しかないなあ(笑)。
そんなこんなで右目の瞼を固定され、眩しい光を見ているうちに、切除、水晶体の中身の破壊と吸引、人口レンズの装着と20分足らずで簡単に手術終了でした。
もちろん何も痛みを感じることなく、恐れていた「メスが接近する様」は光の眩しさで全く分からず、唯一見続けていた光の周囲が赤くなった時があったので、その時にメスが入ったのかなあ?と思うくらいで。
術後は派手な大きさのガーゼを当てられ、眼鏡もまっすぐかけられないので、ちょうど休みを取ってくれていたかみさんと娘に付き添われての帰宅でありました。
翌日の朝の通院で早くもガーゼも取れて午前中の内に仕事に復帰。0.01以下の近視&乱視&老眼のうち、近視と乱視がかなり改善され、特に視力は0.1と左目に近いくらいに戻り、眼鏡で1.0と、もはや前の眼鏡は度数が強すぎてもう使えないけど、久々に見える右眼に戻ったのが嬉しくてたまらないのだ(笑)。
そして何より白内障による「くすみ」が取れたこと。これは今まで比べるものがなかったので全然意識していなかったのだがちょっと感動的だったのだ。
まだ左眼は軽度の白内障のままなんだが、そちらと比べるとなんとくっきりと色が見えること。
空の青さが特筆もので、これまでも「いい青空だなあ」と思っていた青空がこんなにも鮮やかだったとは!
紙の白さも左目と比べて眩しいくらいに全然発色が違うし、こんなに良く見えるのならもっと早く決断すれば良かったなあと思えて、思わず「左目もすぐできますか?」と医者に聞いたらやはり1か月は様子を見ないといけないそうだ(笑)。
とは言え洗顔と洗髪は1週間禁止(&貸与してもらっている保護眼鏡を風呂にもつけたまま)、夜はプラスチック製の眼帯を顔にテープで張り付けてと、一日4回の点眼もあり、煩わしさはあるものの順調で何よりなのであります。
加えて昨日行ってきた糖尿病の検診も、薬に頼らないまま体重も含め色んな数値がこのところ勢いは鈍いとはいえ低下し続けているため、医者から褒められたのでこちらもまずは良しと。
まあ10月に入り今週は涼しくなるようだが、資本である身体が良くなるのはやはり嬉しいものだ。
もう若くはないしこうして「手が入った」とはいえ、無茶せず労わりながらも、思い通り使いこなせる日々が一日でも長くありますようにと祈るばかり。
先日のアメトーーークの「BISHロス芸人」を笑いながらもしんみり観たり、新しく始まっている「ウルトラマン・ブレーザー」の近年にない設定、ドラマの面白さに悶絶したり、BS松竹東急で「助け人走る!」が始まって狂喜乱舞したり、Netflixの「実写版ONEPIECE」の思いの外の出来の良さに安心したりと楽しんではいるけど、映画館にもしばらく行っていないので、色んなことを落ち着かせて今月も楽しみながら、少しずつアウトプットできればなあと思うのであります(笑)
あああ、もう1か月が過ぎている。
7月も終わってしまうのだなあ。
って毎回こんなこと書いているな(苦笑)
聴くたびに「もういないんだ・・・」とため息ついてを繰り返し
思っていたよりBiSHロスが酷かったんだと自覚した前半から
暑さもあって何だか薄らぼんやり過ごしてしまったひと月だったな
そんな哀しみに彩られながら
帰宅すると、とんちんかんなことがいちいち発覚する御袋のことは
「もう何を伝えても半分以上覚えていないもの」という事務的頭に切り替え
自分が腹が立たないよう、コントロールしながら
こちらで連絡・
こちとら昨年秋から色々決めて手配して実行することばかりだったので
今だに親父のことで涙ぐむ御袋がある意味うらやましいぞとか思っ
そんな家にいると精神衛生上良くないなあと
合間の休日には「インディジョーンズと運命のダイヤル」
(スターウォーズもロッキーもランボーも「あの頃」慣れ親しんだキャラクターが演者と共に年を経て「最期を演じる」
そして昨日も、期せずして「運命」つながりになってしまったが
お気に入りの清野菜名(&橋本環奈&長澤まさみって女優ばっかだ(笑))見たさに
「キングダムⅢ 運命の炎」を一人でいそいそと観に行ったりもしたのだった。
映画料金も上がった今、シニア料金1300円で観れるのは何よりなのである(笑)。
映画と言えば7月前半に、いつになくブログアクセス数が増えていた日があり、てっきり前のBiSHの記事かと思って調べたら、なんとBS松竹で「ブルースリー/死亡の塔」が放映されたことで、俺の過去記事がやたらアクセスされていたのだった(笑)。
以前、検索すると上位に出ていた「片腕カンフーVS空飛ぶギロチン」はいつの間にか検索順位が下がっていたが、我がブログ史上1,2を争うこのくだらない映画のしょーもない記事が、よもやこんなにアクセスされるとはなあ(笑)。
因みに何故かこれも検索上位にあるせいか、マカロニウエスタンの「風来坊/花と夕日とライフルと」がいつもアクセスが一定数あるのも恥ずかしいったらありゃしないのである(笑)。
まあそんなこんなの暑い暑い毎日に、ほぼ週に1回は出張はあったものの
仕事に関しては「いいんかいな?」
かみさんに言わせれば「やっと人並みだよ」とのことだが
最初は落ちつかなかった「お先に~」も慣れるものですな。
もっとも早く帰宅してもブログは書かずに、前にも書いた「みんはや」の映画クイズを作成するのが楽しみで、とうとう3000問以上作成・・・という毎日になっておりますが(笑)。
特筆すべきは5月に糖尿病診断が下って以来、食生活を気を付け、
どんだけ余分な肉があったのだ!ということに他ならないが(笑)
昨年きつかった夏ズボンが楽にはけるようになったのは何よりなの
と、まあ予定していたプレゼンが不参加になり、勝ったら忙しくなるぞ・・・と身構えていた入札も見事に負けたので(苦笑)
こんな時間に文章をしたためるくらい、月末なのに暇な一日だったり
しかし暇すぎるのも苦痛なので、
でも忙しくなったら、
殺人的な暑さはまだまだ続きますがどうか皆様もお元気にお過ごし
という近況報告と暑中見舞いでありました(笑)。
ああ、今日で終わりなんだな。
・・・BiSH、解散。
ブログおさぼりの間に色々あったが父親のことと再出向を除いたら大きいの
想えば2019年の秋、前回の郡山出向中の木曜日の一人の夜。
いつものように観ていたアメトーークで放送されていたのが「
千鳥のノブ他が熱を込めて話すのを観ながら、
「何か変な地下アイドルがいるもんだなあ」
しかし端々で流れた曲に加え、最後に登場した本人たちのライブ「
「行かなくちゃ 化け物だって気にすんな」
「言わないで 化け物だって気にすんだ」
という歌詞の一節が妙に引っ掛かり、終了後You Tubeを見まくったのが最初だった。
とにかく曲の数々のカッコよさにまずやられたのだ。
意味不明の歌詞も多いけどハッとする切ないフレーズに撃ち抜かれ
ユニゾンがほぼ無く、歌割りで展開されるどの曲も
アイナ・ジ・エンドの歪んだ声とセントチヒロ・
それ以外のメンバーの歌の不安定さはミュージックビデオでもわか
これがライブになると不安定さを凌駕する「凄味」になる妙に、
おっさんの心が音を立ててざわ
どこぞの坂道みたいなアイドルと同列で呼ぶには顔面偏差値だって決して高くないし、
翌日もその週末の土日も自分でも「どうしたんだ?」
聞きまくり観まくったものだった。
熱は冷めず、高まる一方。
やめられないとまらないは、
送別会では、俺の最後のあいさつの時に後輩が気を利かせて
「オーケストラ」
コロナ下の2020年。自宅に戻って家族が揃い、
還暦過ぎの親父の「実はアイドルにはまった」
「なーんだBiSHならいいわ」
コロナ下の中でのベスト盤発売に3.
明けて2021年には夏に新譜「GOiNG TO DESTRUCTiON」を買って熱が再燃(笑)。
前年末の約1年ぶりの有人ライブを収録した「REBOOT BiSH」ではライブCD付Blu-rayを購入し、
デビュー以来の全曲を当時の衣装で歌った正月の配信の
「BiSH presents FROM DUSK TiLL DAWN」も年末に購入し、
その数日後
重大発表があるってんで東京での仕事に行く新幹線の中で視聴した
それをジャストで観てしまったショックたるや・・・。
そう言えば大晦日の念願の紅白出場は「どうだBiSHは凄いだろう!」と
家族に自慢するつもりが、肩に力が入りすぎていて、
一人冷や汗かいていたのも懐かし
そして昨年2022年は毎月のシングルリリースの中、
夏には郡山のラストライブを2つのライブハウスでやることを知っ
ピピっと来るいくつかのシングルもサブスク視聴で済ませていたけ
俺の出向のラストへのカウントダウンと重なった今年3月22日には
THE YELLOW MONKEY の吉井くんが作詞・作曲・プロデュースをした
ラストシングル「Bye Bye Show」が発表された。
一度は解散を決めた吉井君ならではの視点で、彼女たちのことや
しっかりわかってくれている切ない歌詞に正直、
再度の出向解除、
解散までいよいよとなって、テレビへの露出が増えた彼女らの姿を
片っ端から
ほんと、こんなことになるなら一度でもライブに行っておけばよかった。
いやなに、還暦過ぎたじじぃが一人で行くものでもないだろう・・・
なんて思っていたけど、ライブこそが彼女たちの魅力。
自分をごまかさずに仕事なんてうまく調整して
必死になってチケットを取ればよかったのになあ。
現に昨日も東京に仕事に行ってたんだからな・・・。
全国から彼女たちの最後の姿を見届けようとするTwitterの投稿を
仕事し
一昨日届いた最後のベスト盤には
以前発売されたベスト盤の時に俺
シングルカットもされなかったアルバム曲やアルバム未収
いっぱい入っているまさにファンベスト。
このうち何曲が披露されるかわからないが、きっと素晴らしいライブになるんだろうな。
曲に惚れて、
全力を尽くす姿に打たれた
いい年こいて初めて「アイドル」というものにはまり、
ほんと生で観ることなく終わらねばならぬのが唯一にし最大の後
今日のラストライブ「実は解散しません!」とか「
さてさて・・・
一人想いを馳せようと思います。
本当にありがとう。素晴らしい彼女たちの素晴らしい最期に期待します。