「右に行かないようにした」安倍首相、日米野球で始球式

http://www.asahi.com/politics/update/1103/002.html

(朝日)


しかし絡むこと絡むこと・・・・・

別にこの記事がどうこうではないのですが微笑ましかったので頭に紹介。


本題はここから


■日教組方針の実態


教育基本法改正 エリート校あえて反対 評価で締め付け 委縮する教員

(東京)

教育基本法「改正」に危惧

(赤旗)

教基法改悪――いじめ克服など直面する問題の論議を

(赤旗 志位委員長会見)

それが国家百年の教育のやり方か

(JANJAN)


Abendとかきっことかとにかく「反安部」のこじ付けにも思える批判ですが

これは安部政権にはじまったことではありません。

小泉さんあたりからの批判運動の継続です。

この異常な反保守運動の背景はもちろんイデオロギー的な要素で考えれば

単純なのかもしれませんがその中に強烈な扇動勢力が存在します。

それは日教組(全教含む)を核とする解放同盟・過激派そしてそれらと

連帯もしくはそれらを利用する在日マイノリティーのネットワークです。


小泉さんのあたりから過激な批判になっていくのは基本的に

「教育基本法」の改正論議が現実的になっていく事と関係しています。

(教育改革国民会議、中教審答申~)


そして安部さん自身が教育基本法改正をテーゼとして明確化していく中で

Abend運動のような無茶苦茶な誹謗中傷妄想的批判が起こります。


これは批判活動が一本化されているわけではなくて

既存の反保守・反戦運動なんかを利用した 

反教育基本法改正が蠢いているわけです。


マスコミだってそうです。きっこの日記とかが好きな「報道統制」ですが

わが国の保守勢力にそこまでのメディアコントロール能力はありません。

あるのはセクション、ヒューマンブロックでの人為的恣意報道です。

報道媒体の政治的カラーとも関係はありますが。


もし報道において政治的統制が存在するとすればそれは横の連帯です。

TBSには中核派やマイノリティー組織の人間、朝日にも過激派・ラジカルな

左派運動家、東京・中日にも在日ラジカル運動家や過激派関係者、

毎日にも在日のアグレシブな活動家や左派運動家が潜り込んでいます。


これらが意識無意識に連帯することは現実として多々あります。


■いじめを戦略として生み出した日教組


そもそも福岡いじめ自殺事件など多発する悲惨ないじめ問題の根源とはなんでしょう?


いじめ等の問題は社会背景を理由として自然発生的に起こるものでしょうか?

基本的にいじめ問題は人工的に目的を持って生み出されたともいえます。


今でこそ組織率低下なんか言われている日教組ですが、それは表面的なもので

実態は手を変え品を変えより複雑化しています。


社会党左派と連帯し、解放同盟と連帯し、プロ市民と連動し、

在日の中の反社会勢力と共闘します。

そして中核派なんかと連動しています。


組合員ではないの主義主張言動が日教組そのものという教師も多数います。


では日教組が教育界に植えつけたものとは何なのでしょうか?


いじめ問題が発覚したときの現場の対応はほとんど昔から一緒です。


「いじめはなかった」

「いじめとは気づかなかった」

「対応が甘かった」

「再発防止に努めます」


これ、いじめ問題が社会的にクローズアップされてきた昔から

新聞アーカイブなんかを調べてください。ほとんど一緒です。


なぜか?

それは「いじめが起こること」も「いじめが存在すること」もすべて知っている。

そしていじめがなぜ起こるのか知っているし

いじめ問題を解決する必要はない・・・と考えているからです。


どうしてか?簡単なことです。いじめは日教組の運動手段であり

いじめを生むことが目的だからです。


そんな馬鹿な?


いえいえ、日教組のバイブルとも言える指導マニュアルに書いてあります。

「学級集団づくり入門」

という文部省の道徳教育方針に背く形で出版された

日教組の具体的教育マニュアルです。


学級集団づくり入門

(参考:いじめの根源を問う 今村城太郎)


具体的には何が書かれているか見てみますと


いじめる側の子供こそ教育目的であると明記されています。


つまりいじめられた児童はいじめる子供のための「教材」であると書いてあるのです。

また教育現場である学級においての「班」については

「班は集団を教えるための『道具』」とはっきり書かれています。


このマニュアルは版を重ねるごと(40版以上)に悪化していきます。


第二版のはしがき


「学校教育における集団づくりとは民主的な集団の「力」を確立することであって心理的な人間関係の調和をはかることではない。」


「初版にはまだ幾分か「仲間づくり」「ヒューマン・リレーション」的発想が残っていたがこれらの発想は、集団づくりの把握の深化と特設道徳-生徒指導体制に対するたたかいの中で克服された


つまり「仲間づくり」「ヒューマン・リレーション」たたかうべきなのだそうです。

そして目的は民主的な集団の「」を確立することですと。


そして出来るだけ「班」などの単位は教師が主導して作れと。児童の自由にさせるなと。



自然発生的なグループは、個人の不満や不安に対する情緒的な保障物としての性格が強く、外に対して閉鎖的であり、内にあっては許容性・同調性を中心としているためにそこに内面的な規範を確立することが困難である。」


こどもが不安・不満な感情をグループで緩和安定させることはだめなことなのでしょうか?

許容性も同調性もだめなの??

しかも


「民主主義教育を仲良しや友情に解消したり、多数決の技術に解消したりすること民主主義からその背骨を抜き去ることである」


第三章四節「班競争と評価」


「第一に一見なんの事件も無くおだやかさのなかにあぐらをかこうとしがちな集団に揺さぶりをかけ、ことさらにごたごたをひきおこす。それを班内のごたごただけでなく班と班との対立、ぶつかり合い、として導き出す

そのために相手にけちをつけ、やっつけ合うといった、いわばえげつない争いの方を実戦的に大切にする。

~~

「おれはちゃんとやったのにおまえがだめだから」

といったやり合いが起きてくる」


つまり小集団としての「班」を競争させることで相対的に教師の指導力を高めると

しているのです。


そしてその班の編成については



教師によってあらかじめ班長候補を抽出しておき、班長とするようにする」


そして



「班員を公開で選ぶ場合、班員(一般生徒)の側に班長を選ばせてはならない

班の編成権は班長に与えられたのであるから、それを許せば個人個人が班長を再評価する事になり、全体の意思を個人の利益でふみにじることになる。」


これはまるで収容所とか刑務所で刑務官が囚人を統率する論理と一緒といえます。


そして次に集団の「核」として教師の「手」となるキーマンを選ぶとしています。



「核のイメージ--集団の内部にありつつ集団を客体化し、集団の外側に立ちこれを指導の対象にすえなければならない」


「核的分子とは集団における指導的なちからの中核という意味である」


つまり教師の手先・内通者みたいなものだと言っています。




その「核」の候補の基準は


「核候補の諸要素」


・級長、学級役員その他リーダー経験者

・成績の良い者

・男子にあっては体の大きいもの、運動能力の優れたもの

・女子にあっては容姿の美しい者

・発言力を有するもの

・家庭のしっかりしている者


・・・・・なんですかこれは・・・・

これって差別そのものではないでしょうか?



「さて、教師が核候補に対して行う最初の指導は「個別的接近」である。

単に集団から切り離して個別指導するという意味ではない。


あえて指導といわず接近と呼ぶのは教育されるものとする者という関係より生身の、あるいははだかの人間同士としての接触と言う点を重視するからである。


それはたんに肌と肌の触れあいという次元にとどまらず

愛情を媒介にしてはいるが相手の人格に直載に切り込み、意識に垂直に迫ることにより全人格的に奮い立たせる」


かなり気味の悪い世界です。


そしてその指導秩序を保つためその編成から漏れた

つまりいじめられている生徒などはどうするのか?


冒頭に書いたように「いじめる側の子供こそ教育目的である」ということです。


つまりマニュアルにより作り上げた指導秩序・編成が大切であり

その秩序を守るために、はみ出た児童=いじめ被害者は異端者であり

残りの児童に対する見せしめ的扱いとするのです。


こういった日教組のマニュアルが生み出すいじめの被害者は


・核と選ばれたために「えこひいき」に反応する集団のターゲットとなる。

・核に選ばれたために非編成的人物を攻撃するように集団を扇動する。


というまったく違う状況から生み出されます。

しかも被害者はその他の多数の秩序者「他の生徒」のための「教材」と

されるのです。

一般に「不良グループ」と言われても

発言力や存在感があれば教師は「核」候補として遇します。

また成績優良者が人間として優良とは限りません。

教師はあくまでも指導統率の道具として「核」を選びます。


このマニュアルは少し前に絶版となっていると思いますが

今もなお日教組の現場バイブルとして生きていますし

このマニュアルを持たないものも日教組の教育手口として埋め込まれているのです。


なぜこんなものを日教組はバイブルとしたのでしょうか?

これは自分たちの教育をより深く、より広範に浸透させるためです。


「反国旗・国歌」の考えや、反国家感反愛国心の教育

侵略歴史観・・・

昨今左派が声高に叫ぶ反体制思想がスムーズに児童に浸透するため

そしてイデオロギーそのものが効率よく染み付くためのマニュアルです。



ではただでさえ問題のある日教組手順に

同和問題や在日問題問題が絡めばどうなるでしょう。

歪な教育編成からはみ出した生徒は一挙にコミュニティーから弾き出されます。


この「学級集団づくり入門」は文部(科学)省の指導方針に反して作られ

対抗するために全国に広がりました。

このマニュアル・その他のテーゼは今も生きています。


教育基本法が初めて改正されると自分たちの秩序・システムがつぶされると考えている

日教組を核とする国体解体派は本当の理由を隠して反対運動を展開しています。



きっこの日記やAbend運動が一部で暴走するのは

こういったラジカルな分子の影響が紛れ込むからです。