昨年 11月15日から 開始した


『皇太子位を 秋篠宮文仁殿下へ移譲』 の 署名活動


本日 1月31日が 締切日 と なっております。


 (消印有効です。)


ぜひ、署名運動に ご参加ください。



(↓タイトルをクリックすると、署名運動のページに入ります。)



宮内庁長官殿

衆議院議長殿

参議院議長殿


皇太子位を 秋篠宮様に移譲することを 求める請願書



皇室を敬愛する私達は、日本の未来のため、皇室を崩壊より護り、

そして 国の安寧と国民の幸せを守るため、皇統の存続と皇室の繁栄を

求め、今上天皇陛下がご健在のうちに、下記事項の1.2.の

いずれか 3.を実行していただくことを求めて 請願致します。



1.今上 平成天皇陛下がご存命中に、 皇太子位を 速やかに

  浩宮徳仁殿下から 秋篠宮文仁殿下に 移譲すること


2.現皇太子 徳仁殿下は、シンプソン夫人との愛を貫き、

  エドワード8世としての 王位を退位された ウィンザー公のように

  皇位を廃嫡し 皇籍を 徳仁親王に戻す。 

  もしくは、皇太子妃のみを 廃妃とすること


3.希望の光である 悠仁親王に 一刻も早い 帝王教育をお授けし、

  皇位継承第三位であることを尊重し、

  順位に相応しい 環境と処遇をもたらすこと


送り先: 150-0047 東京都渋谷区神山町31-1   

      日本の皇室をお守りする会


ご署名締め切り日: 2012年1月31日


*個人情報は 事務局弁護士の許で 厳重に管理し、

 署名提出以外の目的では 一切使用しません。





1月17日に、 野田佳彦首相は 


産経新聞の取材 に 対して


「女性宮家」創設をめぐる 皇室典範改正 について、


「早く 結論を出すべき 緊急性のテーマだ。


女性宮家創設に 限って 議論する」 と 答えました。



私が ブログで 何度も 書いていることですが、


女性宮家創設を 急ぐことは 大変 危険なこと です。


これは、 皇統 2672年、 125代にわたって 続いた


男系天皇から 女系天皇に 変わることを 意味し、


更に 思いを馳せ、 勘ぐると


「愛子さまを 女帝にしたい」 という


小和田家の 企みではないか とさえ 


思ってしまうのです。



小泉首相時代の 


「皇室典範に関する 有識者会議」は


”結論 ありき” の 会議でした。


最初から 「愛子さまを 女帝にしよう」 


と 決めていました。


小泉元首相と 小和田 恆氏は 懇意な 間柄。


小和田氏は 一塊の役人とは 違い、


外務事務次官、 国連大使 任務終了後も


栄転、 栄転 の キャリアを積み、


現在は 国際司法裁判所所長。


”皇太子妃の父” という ことで


”特別 優遇されている” としか 見えません。


美智子皇后陛下の 正田家のような


慎ましさは 微塵も ありません。


小和田家の 権力の 暴走は


自身の キャリア のみならず、


皇室自身にも 及んでいます。



東宮家を支える 東宮大夫 小町恭士氏 と


前任者で 現在も 東宮御所に ”御用掛” として


残っている 野村一成氏は、


小和田 恆氏 ロシア勤務時代の 直属の部下 です。


雅子妃の 主治医の 大野裕氏も


小和田家の 友人の 一人。


東宮大夫は 緊急案件として


「女性宮家創設」 を 野田首相に 提出し、


それを あたかも 


「天皇の ご意思」 


と 思わせる 報道を 許していますが


本当に そうでしょうか?



そして、 あたかも 皇太子ご夫妻は


この問題に 無関心を 保っておられるような


報道も ありますが、


小和田家の 「本音と狙い」は


女系天皇、 つまり


「愛子天皇」 への 道筋を 作ろうとしている


のでは ないでしょうか?



また、 「女性宮家創設」を 討論する 


メンバーの中心には 園部逸夫氏 になるのではないか


と 言われております。


園部氏は、 「愛子さまを 女帝にしよう」 とした


小泉首相時代に 行われた 


有識者会議の 座長代理だった方 です。




なぜ、 こんなに 


「女性宮家の創設」 を 急ぐのでしょう?



高齢の 小和田氏は 昨年 体調を崩し、 


現在、 健康に不安がある状態 とのこと。


「女性宮家の創設 即ち 女帝容認」 は


小和田氏が 生きているうちに 実現したい


という ことでは ないのでしょうか。



この 署名活動の原点の 一つである


「皇太子妃 雅子様は 


 皇后陛下と なるに 相応しい方か?」 


私に お手紙を お寄せ下さった方が 


こう 書いて いらっしゃいました。




雅子妃が 結婚の 記者会見で


「殿下から ”全力で お守り致します”


 と お言葉を いただいた」


だから 「嫁いで 来て やった


とも 取れる ニュアンスの発言が 


(この問題の) 伏線となって 蘇ってきます。



この 皇太子殿下の 


”全力で お守りします” という お言葉は、


千葉県の 宮内庁新浜鴨場で プロポーズなさった時


すでに 29歳になっていた 雅子さんが


”過去”を 気にされて


結婚後、 それが 問題にされることを 


危惧されて 発言した時に


皇太子様が 「全力で お守りします」


と おっしゃって、 安心して いただいた


という説が 巷で 取り沙汰されています。



雅子様は 「嫁いで 来て やった」 の だから


皇太子様は 


雅子様の我儘を 受け入れることが 当然


と、 思って いらっしゃるのかも しれません。




昨年 秋、 天皇陛下が ご病気の時、


御名代として お召し列車に 乗られた折


片手で カメラを パシャパシャ


片手で お手振り、


工場視察に 行かれた際は


ポケットに 両手を入れたままであり、


人々を 驚かせました。 



秋篠宮様も 御名代として 勲章授与式に 出席され


任務を 果たされました。


そして、 任務終了直後に 天皇陛下へ 


ご報告に うかがっています。


皇太子様は ”代理の” 工場視察から 帰られて


2日後に 天皇陛下へ ご報告に 行かれたとか。



天皇陛下が 御入院の 19日間のあいだ


一度も お見舞いに 行くことが なかった 雅子妃。


その間 愛子さまの 登下校には 


相変わらず つき添われ、


雅子妃の妹 礼子さんの家で 行われた


クリスマス パーティーに 訪れていたそうです。



いずれ 日本神道の長 となり


皇統を継ぐ 皇太子様が


天皇家にとっては ”異教” である


キリスト教の パーティーに 参加されていたとは。


びっくり です!



「皇太子妃 雅子様は 


 皇后陛下 となるに 相応しい方か?」 と 同時に


「皇太子 徳仁殿下は


 天皇陛下 となるに 相応しい方か?」 と


思わずに いられません。




悠仁親王殿下が 皇位に就かれるためには


まず、 父君の 秋篠宮殿下が 皇太子位に 就き


天皇に 即位されなければ なりません。



重ねて 申し上げます。



『皇太子位を秋篠宮文仁殿下へ移譲』 の 署名活動


本日 1月31日が 締切日 と なっております。


 (消印有効です。)



天皇陛下の 御聖断を 望む 皆様方


ぜひ、署名運動に ご参加ください。



☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 


私の 11月15日のブログ を ご参照ください。


2011年11月15日


現皇太子を廃嫡 『皇太子位を秋篠宮文仁殿下へ移譲』 署名運動


国民は我慢の限界



11月11日


皇太子位を 秋篠宮様に 移譲! について



11月21日


皇太子妃として 妻として 母としても 落第、失格の雅子様。 


11月24日


雅子様、御自ら 皇室から解放されては如何でしょうか!


11月26日


女性宮家創設より 雅子妃の問題の方が 先決  


12月1日


旧皇族男子の"皇籍復帰"の方が大事では!

女性宮家の創設は 本当に 火急の案件?




悠仁親王殿下に 一刻も早く 帝王学を。


秋篠宮家の 待遇改善を。

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