涙と笑いの人生劇場 -善ちゃん last three days (東四ツ木) | 丁稚烏龍帳

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today,detch stood live on the earth,too…


口開けの善
1月29日は特別な日なのです。2007年、この年に限っては。
もう間もなく、一つの時代が幕を引きます。
東四つ木善ちゃん。
長らくにわたって、地域の酒飲み、近隣の酒飲み、そしてはるか遠くの酒飲みまで、多くの酒飲みを楽しませてくれたこのお店が、一月の末をもって閉店されるのです。そのために本来定休の月曜日も、この日はシャッターを開けてくれたのでした。


ならば、行くしかないでしょう。
ということで、そそくさと年休申請。二時間早くかえりまーす。
そして、立石駅から歩くこと15分。開店の五時にお店に到着です。ちょうど先客さんがのれんをくぐったところ、口開け二号のお客さんになれました。

 念願のカウンターに着席したところで、飲み物のオーダーはボールに青りんごサワー薄めの定番メニュー。ボールの素をグラスに注ぎながら、おかみさんが「今日は手羽行きますか?」と話を振り向けてくれます。年初に来た時に注文されてるのを見て、何とか食べたいねと言いつつも、いつも焼き台は戦場。とても手羽までは手がまわらない状況に涙を呑んでいたのを、知っていてくれたおかみさん。「お父さん、手羽ね、いつも忙しくてできないから」とこちらが言う前に、気を回していただきました。こういう気回しが勉強になりますよね。僕も、こういう素晴らしいおとなになりたいな。

たこボール

 しかして、今日は善ちゃん総決算の日と決めてかかってきよるんじゃ~。
 今日は元来定休日だけあって、出足がにぶいけど、あと二日はラッシュでしょうからね。
ということで、まずは前々から気にかかっていた、とんびをお願いします。それとおでんは、きんぴらにつみれ、たこボールを。
まずは善ちゃんが取り分けてくれるおでん。「あららら白く濁っちゃったよ」と誰に言うともなく、甲高い声でつぶやく善ちゃんのいつもの姿が微笑ましい。少し今日は煮立たせ過ぎてしまったんですって。
 とはいえ、三十種類を下らない食材から染み出た出汁のハーモニー。これをごぼうにニンジンの入った練り物「きんぴら」が吸いつくしたところを口に運べば、絶品の味わいです。つみれも鰯の旨味が濃いですねぇ。そして、もう一つの人気のタネがこのたこボール。上品な白身のすり身の中に、たこがゴロゴロ入ってるんですよね。結構早めになくなるのも、うなづけます。

真白きとんび 念願の手羽

 そうこうするうちに焼きあがってまいりました、とんびちゃん。あら、予想外に白いのね。しかも柔らかーい。
 想像してたのは、乾物のとんびだったのですが、この丸い球体にイカの風味と独特の食感。しかも硬すぎず、あらぁ、こんなに美味しかったのね~。ことここに及んで頼むなんて、遅きに失しましたけど、味わえてよかった。
 続いての手羽。うわ、でかい。しかも焼き方を見ていましたが、手羽をくるくる回してじっくり中まで火を通す善ちゃんのお手並みの見事さ。外見はパリッとして、中身はふんわりジューシィ。ああ、これを食べに口開けの客になった甲斐がありました。
思わずむしゃむしゃ、軟骨まで食べつくし、「どうしてそんなに綺麗に食べられるの」とm蔵さんに笑われる始末。だって美味しいんだからさ。


 食べてるさなかに座敷に上がっていった団体さんは、常連さんに明後日までと聞きつけて、孫たちと一緒に三世代でやってきた方。こういう家族みんなに愛される酒場って、いいなあと思うのです。居酒屋に子どもを連れてくのは、教育上良くないという話も聞きますけどね、人品によるんじゃないでしょうか。店の雰囲気、迎えるお店の方、そして客層。下町の酒場にはそりゃすごいところもありますけど、大体、ご店主がしっかりしているお店は安心ですよね。もちろん善ちゃんもその一つ。

 客層といえば、隣り合わせたおじいさん御年78歳。毎晩、ウーロン茶でお夕飯を食べて、朝六時からラジオ体操に興じられるそうです。発明好きが高じて商売をされてるそうで、こんな肩の触れ合うカウンターでの隣り合わせた客同士での会話も楽しいですよね。

 そんなお隣のm岡さんがオーダーしたのが、もう一つの気になるメニュー干しあご。

レバタレかわたれ はつ酢味噌
 僕らのオーダーの二順目、レバたれ、皮たれをぱく付いているうちに出てまいりましたが、これがまた綺麗なんだな。いかにも飛びそうな流れるようなフォルムに、青い腹線、長い胸鰭と。それに添えられているマヨが旨そうだぁ。
これはぼちぼち日本酒に切り替えですね。


 この柄樽を小さくした徳利がいいでしょう…なんて、栓をもったら転げちゃいまして、M蔵さんのコートとカバンが…あわあわあわ、なんて一幕もありましたが、ハツの酢味噌を食べて気持ちを落ち着けましょう。申し訳ありませんでしたー。サンタさん、来てくれるかしらーは置いておいて、善ちゃんと言えば、刺しの定評が高いのはご存知のとおりですが、中でも一度食べてから病みつきなのが、このハツ酢味噌なんですよね。見てください、この肉厚なキッ付け。これに甘辛の酢味噌が良く合うんだなあ。ボールにも日本酒にもよく調和するのよね。
 こうなってくるととまりません、おでんも二順目、はんぺん、厚揚げと餃子まきをお願いします。味の染みきったはんぺんのとろける旨さ、厚揚げ、餃子まきのボリューム。しかも出してくれる時に、包丁を入れてくれる細やかさ。うれしいじゃないですか、辛子が目にしみるってぇの、ぐすぐす。
 しかし熱燗進むなあ。この小さい樽に二合入ってるんだから、不思議よね。呑んでも呑んでもなくならない感覚なのよ。
柄樽


 そして、いよいよ焼きあがってまいりましたあごをいただくと同時に、最後のオーダー、つくねとねぎとり塩で。まだ食うか。
さて、あごあご。m岡さんを見習って頭からバリッと。少しくのど元は骨が硬いけど、でも良く噛むとこりこりと美味しいね。塩気が若干強めで、身の感じはハタハタみたいだなあ。確かにm岡さん仰ってましたけど、飛び魚の丸干しって珍しいかも。これにこの濃い目のマヨが旨いんだあ。この手のずしっとしたマヨネーズはお好みなんでございますよ。
 ちなみにこの頃には、m岡さん翌日のラジオ体操に備えてご退場。代わって席に着かれたのは、14年選手のSさんでした。
 みなさん、年季が違いますよね。僕なんかまだ三年だもの…でもこのお店があったからいろいろな出会いがあって、短いながらも僕にとっても人生変転の場なんですよね。だからこそ大切なお店なのです。


名物あご

つくね・ねぎどり塩

 〆はつくねとねぎ鳥。これがまた最高の焼きあがり。プリッとした鳥、しかも見てください、カメラがへっぽこくんなので、うまく再現できませんが中身のレア具合が絶妙です。こんなうまい鳥塩食べたの、いつ以来だろうなあ。これまでの善ちゃん経験の中でも随一の出来の鳥をいただいて、どうもご馳走様でした。本当に善ちゃんを食べつくした素敵な一夜になりました。

どレア
 ちなみに食べられなかった大根、フランク、ちくわなどなど、おみやにいただいて今朝は豪勢におでんブレックファーストにしたりして。


 晦日前日の営業ももう終わりですね。あとは最後の一日、大晦日。注文ラッシュに倒れそうなほどお疲れの様子ですけれど、どうぞお二方のペースで最後のお客さんを迎えてあげてください。変わらない暖かい眼差しで…。