獅子宮 26.星ならそばを通れたのかな

―7月26日―

その日は暑い日で、食堂では太陽以上に熱い視線が一人の男――住谷雨音に注がれていた。
まだ若い上に放火犯逮捕のきっかけを作るという手柄を立てた住谷は、あれから所内でちょっとしたヒーローになっていた。
特に女性警官は連日住谷の話題で持ち切りで、彼の人となりを少しでも知りたい、彼に近付きたいと必死になっていた。
私はと言うと、暑くてやってられんと男のように冷やうどんを一人啜りながら彼女達の様子を眺めていた。
何というか、住谷の近くに座っている女性達は皆ピリピリしているように見える。誰かが住谷の近くを通るたんびにキッとキツイ目線を向けるのだ。
今思えば、誰かが抜け駆けしないようにと互いに見張っていたのだろう。
あほくさ――と、冷めた目でそれを見られたのは私一人だけだった。

その後も女性陣は住谷についてあれやこれやと詮索をし、遂には「彼はまだ独身なのか」「恋人はいるのか」とまで詮索し始めた。
一人だけ彼が恋人を亡くしていたことを知っていた私は内心焦っていた。誰かがそんな失礼なことを聞いて、住谷を傷つけてしまったら――最悪彼を怒らせてしまったらと懸念していた。
だが、ある時を境に、恋人に関する詮索は止まった。
――住谷が、かつて恋人を亡くしたことを自ら明かしたのだという。
それが放火殺人によるものだったことやその時の警察の対応などはさすがに言わなかったようだが、女性達は『聞いてはならないことを聞いた』と気まずくなったのか、それきり一斉に口を噤んだ。



その翌日の7月26日、私は屋台で住谷とばったり出くわした。
夜遅くまで仕事をした日はいつもこうして屋台で夜食を食べているのだが、珍しいことにその日は先客が屋台にいた。
普段は私一人だけなんだけどなあ、誰だろう――と思って暖簾をくぐった瞬間、私は住谷と出くわし固まった。
「あ、お疲れ様です。」
住谷はいつものように、礼儀正しく挨拶してきた。

二人きりの食事は気まずかった。
住谷は色々な話をしてくれたが、それは殆ど頭に入ってこなかった。
私の頭の中では、数日前に住谷から聞いた話がぐるぐると渦巻いていた。
「そういえば、この間『恋人はいないのか』って聞かれたんです。」
そう住谷が言った時、私は驚いてレンゲを取り落しそうになった。
「誰だったかな、事務の人がそう訊ねて来て…どうしようか迷ったんですけど、思い切って恋人がいたこととその人が亡くなったことを話しました。」
「…そう。」
「さすがに、放火殺人で亡くなったことは言えませんでしたけど…」
彼の言葉が胸に刺さり、じくじくと痛む。
――警察が、放火殺人を見過ごした。
そのことは信じがたいし許し難い。まるで、自分のことのようにすまなく思えてしまう。
「…恨んでいますか。」
私は、思わず口にしていた。
「私達警察のことを、恨んでいますか。」
彼の顔を見ることはできなかった。
「――恨んでいないと言ったら、ウソになります。」
住谷はできるだけ遠回しな言葉を選んで答えた。
その言葉だけで、私は、彼への負い目がより一層深くなったのを感じた。


その日、私は帰り道で流れ星を見つけた。
願い事をかける間もなく星は流れて行ってしまった。
――星ならそばを通れたのかな。
――そばを通るだけじゃなくて、そばに寄り添ってやれたかもしれない。
でも、私では無理だ。
彼にとっては、私も、その他大勢の刑事達も、皆同じに見えるのだろう。