紙 短 情 長

私「蒐」が日々の雑感や趣味の小説を書き綴っていくブログです。
書きたいことはたくさんあっても書ききれないです。

NEW !
テーマ:
巨蟹宮 04.さよならは贅沢すぎます

―7月4日―

「どこに行ってたんですか!」
翌日、刈木と会った時、私は思わずそう叫んでいた。
刈木は酷く驚いた様子で何があったのかと私を宥めたが、当の私はというと昨日一日彼に会えなかったことと五年前の事件がオーバーラップしたこととで一気に膨れ上がった不安を吐き出していてそれを聞く暇もなかった。
「心配したんですよ!」
「ご、ごめん。ちょっと用事があって京都を離れてたから」
「だからって、何も言わずいなくなることはないでしょう!」
「でも、連絡先知らないし」
「本当に心配したんですよ! 五年前の時みたいに何も言わずいなくなっちゃうんじゃないかって――」
「…え?」
瞬間、刈木の顔が凍り付いた。
「いすずさん、今、何て…?」
「だから、…」
目の前の刈木は青ざめていた。
もしかして――さっきの私の言葉で、何かおかしなところを刺激してしまったのだろうか。
「…と、とりあえず、どこか座れるところを探しましょうか。」
私はそう言って、すぐ近くにあった喫茶店に入った。

私は、刈木に全てを話した。
私と刈木は前にも一度会っていたこと。刈木は私と『同い年』ではなく『十歳年上』だったこと。
刈木は五年前に突然失踪し、今まで行方が分からなくなったこと。
それを全て話した。
「覚えて、いませんか。」
「……」
刈木はただただ呆然としていた。
無理もない。いきなりこんな話をされて動揺しない方がおかしいだろう。
「…ごめん。全然、覚えていない。」
何で、と呟いて刈木は俯く。
もしかして、失踪している間記憶喪失になったのだろうか。
そう思った私は、刈木に何か覚えていることはないかと訊ねた。
「何でもいいんです。たとえば…家族のこととか。」
「家族…」
一瞬、刈木の顔が曇った。
訊くべきではなかったか、と思ったが。
「そうだね。両親と、弟が一人いた。」
「弟さんがいたんですか?」
それは初耳だった。
以前の刈木安人は自分の家族についてはあまり話さなかった。彼に弟がいた、というのは初めて聞いた。
「うん。歳の近い弟でね。…一つか、二つくらい、下だったかな。
 後…僕とはいろいろ正反対だった。」
「正反対、ですか。」
「そう。性格とか、好みとかね。」
刈木は真剣な表情だった。弟のことを、少しでも思い出そうとしていたのだろうか。
「弟は、僕とは違って大人しい性格だった。口数も少なかったな。
 後――色の好みも違った。僕は赤とか黄色が好きだったけど、弟は青とか緑が好きだったんだ。」

その後も刈木はポツリポツリと話を進めた。
弟の好きだったもののこと、苦手だったもののこと。
自分と似ていた所、違う所。
彼は、弟のことを話している間、ずっと硬い表情をしていた。
そうしてすべてを語り終えた時、刈木は不意にポツリと漏らした。
「ごめん」
私は突然の言葉に面喰って、顔を上げた。
「その…突然いなくなったりして、ごめん。」
「……」
すまなさそうな彼の顔を見て、私は何も言えなかった。
「…いいえ。こちらこそ、何も言わなくてごめんなさい。
 刈木さんのこと、ちゃんと話しておくべきでした。」
「いいよ。その…」
一旦言葉を切った後、刈木はいつもの笑顔になって言った。
「今度会えなくなるときは、『さよなら』を言ってからにするから。」
は、と間の抜けた声を漏らしていた。
――ああ、もう、この人は。
可笑しくって、思わず私も笑っていた。
「駄目です。さよならは贅沢すぎます。」
贅沢すぎる。今思えば、その表現は間違っていた。
「普通に『またね』でいいんですよ。」
『さよなら』という言葉は、
「そっか。うん、そうだね。」
あまりに重いのだということを、
「それじゃあ、」
「うん。」

『また明日。』

この時の私は、まだ知らなかった。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:
巨蟹宮 03.喪失の定義を述べよ

―7月3日―

「問い:喪失の定義を述べよ」
こんな問題があったら、どう答えればいいのだろう。

いつものように喫茶店に行って席に座る。
だが、いつものように刈木が私の向かいに座ることはなかった。
何時間待っても彼は来なかった。
珍しいことだ。最初にここで出会ってから、彼と会わない日はなかったというのに。
私が外出する度に、私の前に必ず現れていた刈木安人。
彼は、あの時のように突然いなくなってしまったのだろうか。


五年前、刈木と出会ってもうすぐ三か月が過ぎようとしていた時。
私は突然、出版社から担当が変わったことを告げられた。
刈木の代わりに来たのは、彼以上に明るくて口数の多い青年だった。刈木よりも若い人で、あまりの口数の多さに私は少し参ったが、それでも彼と打ち解けることはできた。
そんな、新たにつくられた明るい雰囲気をぶち壊したのは、私が青年に質問を投げかけた時だった。
打ち合わせの終わりに、私は思わず彼に訊ねたのだ。
――私の担当だった「刈木安人」という男はどうしたのか、と。
その瞬間、青年の顔が強張ったのを私は今でも覚えている。
それまでにこにこと笑っていた青年は、刈木の名を聞いた瞬間明らかに動揺した表情を見せた。
少しの間目を泳がせて、彼は言った。
『あ、ああ、風邪で欠勤されたそうです。すぐに戻るって言ってましたよ。』
彼はすぐに元の笑顔に戻ってそう言ったが――私にはその答えが嘘だとすぐに分かった。
――刈木の身に、何かあったのだ。
けれど私はそれ以上問い質すことはせず、その日の打ち合わせはお開きになった。

刈木が行方不明になったことを知ったのは、それから一週間と経たないうちのことだった。
次の仕事の打ち合わせが終わり、私は出版社の近くにある食堂で昼食を摂ることにした。
その食堂は出版社の社員もよく食事に使っている場所で、見知った顔がちらほらといた。
そんな時、
『そういえば、刈木さんどこ行ったんでしょうね。』
私は、その一語を耳に挟んだ。
『もう一週間もいなくなってるんでしょう』
『行先も告げずにいなくなるなんて』
『実家の方にも帰っていないそうだ。』
『いきなり何も言わずいなくなるような人じゃないのに…』
――いなくなった?
――刈木が?
―― 一週間前に?
全てを飲み込んだ瞬間、私は呆然とした。
あの青年の不自然な反応も、全て説明がついた。
けれど、なぜ彼がいなくなったのか、その理由まで知ることはできなかった。
ただ、胸の中にざわざわとした動揺が溜まるばかりだった。


いつの間にか、窓の外では雨が降り出していた。
今日は一日雨だ。夜になっても雨が降る。刈木の好きな星も見えないだろう。
誰もいない向かいの席に目をやる。いつもはここに刈木が座って、他愛もない話を私としていたのに。
――どうして今日は来なかったんだろう。
刈木安人。あの名前を聞いた時、私は五年前にいなくなった刈木が戻ってきたのだと思っていた。
だが、彼と話す内に私はその考えが間違っていたことに気付いた。
刈木は私より十歳年上のはずだった。だが今の刈木は『私と同い年』だという。
それに刈木は、私と会うのは初めてのようだった。
一体、彼の身に何があったのだろう。
居なくなっている間に、私のことを忘れてしまったのだろうか。
そう思うと、私は虚しくなった。
『喪失』とはこういうものなのか、と、どうしようもない虚しさに駆られた。


問い:喪失の定義を述べよ
答え:『喪失』とは、『親しい者を失う』ことである。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
巨蟹宮 02.君のことはルクスで測ることにしてるんだ

―7月2日―

初めて「刈木安人」に出会ったのは、今から5年前のことだった。
彼はどこにでもいそうな普通の青年で、私より年上とは思えないほど幼い印象があった。
彼もまた、気さくで、おしゃべり好きで、『誰とでも仲良くなれそう』な、そんな感じの人間だった。
私と彼は元々仕事の打ち合わせで会ったのだが、何度も会ううちに親しくなり、友人同士になった。
彼は、星座の話が好きだった。それぞれの星座にまつわる物語のことや、星に関わる薀蓄。
私はそんな話を聞くのが好きだった。子供のように目を輝かせて、楽しそうに話す彼を見るのがすきだった。

ある日、私は刈木と一緒に食事に行くことになった。
彼が予約を入れてくれた店は、木屋町にある居酒屋。後に私がシャーリー・テンプルを初めて飲むことになる店だった。
酒を飲めない私を気遣ってか、刈木は無理に酒を勧めることはなかった。
二人で取り留めもない話をして、箸を進めて、私達は楽しいひと時を過ごした。
そんな中、私達はいつしか「美人」についての話題に発展した。
きっかけはよく覚えていない。確か刈木が「うちの勤め先に綺麗な人がいる」とふっと話し始めたことだったと思う。
蟹沢さんは美人な方だという刈木に対し、私はかなり消極的な答えを返した。
自分はあまり着飾らないし、性格も明るい方ではないし、美人とは言い難い――
そう言うと、一人だけ酒を飲んでいて酔いの回った刈木はこんなことを言った。
「美人かどうかってさ、外見とか中身とかで決まるわけじゃないと思うんだ。
 北極星なんて二等星なのに空の中心に据えられてるんだよ? 一等星より暗い星が一等星より上のポジションにあるってすごいと思わない?」
星好きの彼らしい言葉だった。
「だからさ、君のことはルクスで測ることにしてるんだ。」
「ルクス?」
「そう。星の明るさの単位。美人もそれで表せると思うんだよ。」
刈木の頬はいつもより紅くなっていた。
「蟹沢さんって、誕生星座何?」
「かに座、です。」
私の誕生星座であるかに座は比較的名の知られた星座だが、他の誕生星座と比べると明るい星がない。トップの星であるアルファ星ですら「四等星」というありさまである。挙句の果てには「積尸気」―死者の集まる場所などという縁起の悪い別名を持つ星団まである始末だ。
そう言うこともあってか、私はあまりこの星座が好きではなかった。のだが――
「んー…かに座はあまり明るい星が無くて地味だけど、でも君は凄く明るいと思うよ。ルクスで言ったら…そうだねえ、一等星くらい」
開いた口が塞がらない――私はその言葉の意味を身をもって知った。
こんな気障なことをすらすらと口にする刈木に呆れたのもあるが、一番大きかったのは遠まわしに「君は綺麗」だと言われたことだった。
――他人から美人だと言われたのは、これが初めてだった。
「蟹沢さんは、ほんとに綺麗な人だと思うよ。真珠星くらい綺麗。」
刈木は嬉しそうにニコニコ笑っていた。彼の言葉は酔いが大分回って少し舌足らずになっていたけれど、それでもはっきりと私の耳に届いた。
私はきっかり三秒間を置いて、そして、彼に言った。
「…ありがとう。」
私は、思わず笑っていた。
嬉しいやら少し恥ずかしいやらで、頬が少し熱くなっていた。


刈木は本当に優しい人だった。
私より十歳年上とは思えないくらい気さくで、親切で、優しい人だった。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
巨蟹宮 01.おとなとおとな、になったら

―7月1日―

「この間の、ことなんですけどね」
7月の始めの日。
夏の始まりだというのにまったく夏らしくない涼しい日だったことを、今でも覚えている。
いつもと違う喫茶店に足を運んだ私は、刈木と『ばったり会った』。
「この間、『子供は“愛してる”なんて云っちゃいけない』って言ったの覚えてます?」
「うん。覚えてるよ」
刈木は相変わらずの人懐っこそうな笑顔で答える。
その笑顔の裏では、本心では、どんなことを考えているのだろう。
「ああいう言葉は、大人になってから言うものだと思うんです。」
――何を言っているのだろう。
そう思っていても、一度口から出た言葉は止まらなかった。
「だってほら、私達、まだ…」
「まだ、何?」
「…まだ、子供じゃないですか。」
それは、何日か前にも言った言葉だった。
けれど繰り返さずにはおれなかった。
私は『子供』だ。子供のまま時間が止まっている。
それは刈木も私と同じだ。
私の様に、不老になっているのではなく――
「いすずさん、今幾つ?」
話題を無理やり変えようとするかのような問いかけだった。
「…二十歳、です。」
私は『表向きの年齢』を告げる。
ここで『実は今年で還暦なんです』と本当のことを言ったら、刈木はどんな顔をしただろう。
私が少女の皮を被った壮年の女だと知ったら、彼はどうしただろう。
「じゃあもう大人じゃん。僕も同い年だし。」
「年齢とさっきの話とは別ですよ」
「それは屁理屈だよ」
「貴方の言ってることもね」
顔を見合わせても笑い合うことはなかった。
「いすずさん、何怖がってるの?」
「……」
「あ…」
その時、ようやく刈木の顔から笑顔が消えた。
「もしかして、その…男の人と付き合うが苦手?」
「…いいえ。そういう訳では――」
否定しかけて、
「いえ、そうですね。ええ。そう言う節があるんです。」
肯定し直した。
そうだ。私は男と接するのが怖い。
私の父親があんなろくでなしだったからか、私は『男はみんなあんなものだ』と偏見にも近い考えを抱いていた。
暴力で相手を支配し、弱い者に向かって威張り散らし、女は自分に従うべきという偏見に囚われ、威圧すればすぐに言うことを聞くと思っている傲慢な人間。それが私の中での『男性像』だった。
理想の男性など、私の中にはありはしない。
「父のことがありますからね。」
「…うん」
場は一瞬にして気まずくなり、私達は黙りこくってしまった。
店内に流れる洋楽の歌が耳に入ってくる。
その歌には聞き覚えがあった。確か、ザ・ポリスというバンドの歌だったか。
タイトルは――何と言っただろう。
「私達」
私は曲のフレーズが切り替わるのを待って、口を開いた。
「もっと、大人にならないといけませんね。」
顔を上げた刈木に、私は精いっぱい笑いかけた。
「こういう過去のことを振り切らないと、いつまでも子供のままなんですよね。
 過去は、振り切らないと。」
「…それが出来たら、大人になれるかな。」
「ええ。きっと、ね。
 だから、大人になれたらお互いに『愛してる』って言いましょう。」
「…大人になれたら」
「ええ。私達が互いに大人と大人になったら。」
「おとなとおとな、になったら」
「…ええ。」
刈木は小さく頷いて、再び俯いた。
「そうだね」
彼が小さく呟くのを聞きながら、私は席を立った。


私はこの時、刈木に隠していたことがあった。
――私が「刈木安人」という人物に会うのは、これが初めてではないということを。
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
巨蟹宮 30.睡夢の縁

―6月30日―

6月もいよいよ終わりの日のこと。
明日から夏、という自覚もなく、ホテルの一室に籠って只管切り絵を作っていた。
刈安色に縹色、朱色に墨色、白藍色。
色とりどりの紙に鋏を入れ、蝶や花や人の形を作っていく。
こうしている間は基本的に何も考えない――はずだったのだが。
どういうわけか、私はその時、刈木安人のことを考えていた。
出会ったばかりだというのに、彼のことが気になって仕方がない。
『恋をした』とでもいうのだろうか。
いや、そんなものではない。

仕事がひと段落した所で仮眠をとった私は、夢を見た。
ホテルを出て、喫茶店に入って、そこで刈木と会って会話を交わす夢。
いつもの光景と変わりないように見えたその夢は、現実かと思ってしまうほどリアルだった。

「へえ、そんなことがあったんだ。」
夢から覚めた私は、喫茶ソワレに足を運んだ。
何故か「喫茶店に行かなければ」という思いに駆られたのだ。
いつものように席に座って、それから少しして刈木がやって来た。
いつもと同じように。
「不思議ですね。刈木さんの夢を見るなんて」
私は笑っていたが、内心では動揺していた。
何だか、あの夢が正夢のように思えたのだ。
いや、それだけではない。私は、ここ最近の刈木の行動についてある確信を抱いていた。
刈木はいつも必ず私の行く先に現れる。
まるで、『私がそこへ行くのを知っていたかのように』。
詰まるところ、彼は――
「そういえば、僕も似たような夢を見たんだ」
思考は刈木の意外な一言で打ち切られた。
「似たような、というのは、その…」
「うん。いすずさんが見たのと同じ夢。今みたいに喫茶店に行って、いすずさんと会って話す夢。」
こんな偶然あるもんだね、と刈木は笑っていた。
「睡夢の縁、というやつですかね。」
私はひねり出した造語を口に出して、笑い返した。
内心の動揺を悟られないように。
青い照明で照らされた店内で、刈木の耳に留まっている赤いピアスの色が浮いて見えた。
いいね!した人  |  コメント(0)

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇