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私「蒐」が日々の雑感や趣味の小説を書き綴っていくブログです。
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「ゴジラに光を当ててはいけません、ますます怒るばかりです!」
―――山根博士
(映画「ゴジラ」 1954年 本多猪四郎監督)


昔から、ゴジラが好きだった。

ゴジラは眩しい光が嫌い。僕も眩しい光が嫌いだ。だからゴジラには親近感があった。
光を嫌って暗い所に住むゴジラと自然と暗い場所を好む僕は、種族は違えど仲良くなれるんじゃあないか。そんな風に夢見た事もあったくらいだ。
同年代の子供が怖がるゴジラを僕は好んだ。ゴジラの新作映画を観に映画館へ連れて行ってもらったこともある。僕の中でのゴジラはヒーローというより自分の分身のようなもので、あんな風に強くなりたい、多少の事では傷つかないくらい強くなりたいと、僕はそう思っていた。
ゴジラの肌は真っ黒で、岩のようにごつごつしていた。それがケロイド・火傷痕を暗に表している物だったと知ったのはつい最近のことだ。
対して僕の肌は真っ白で、触ると生き物特有の柔らかさがある。ゴジラの硬い皮膚とは真逆だ。
それでも僕とゴジラとの間には相変わらず「光が嫌い」という共通点があって、僕はそれを思い出す度にやはり自分とゴジラは似ていると一人悦に浸っていた。

ゴジラが人間達から「いじめられる」(本当は彼が訳も無く暴れ回るのでそれに反撃しているのだけれど)ように、僕もまた人からいじめられる事が多かった。
生まれつき色素のない体だったせいか、僕は周りから相当浮いていたらしい。僕は集中砲火を受けるゴジラよろしく周りからの心ないからかい(というにはキツイものだったけど)を一身に受ける毎日だった。
ところでいつの頃からか僕の中にはゴジラのような女の子がいて、その子は人間を蹴散らし暴れ回る凶暴さと時々人の味方をする気まぐれさをと併せ持っていた。
耐えるだけでなくやり返せと教えてくれたのもその子だし、僕もまたその子に手加減することを教えた。
その子の僕への接し方は、思えばゴジラがベビーゴジラを実の子供同然に大切にしていたのとよく似ていた。いつも足下の人間を険しい目で睨みつけているゴジラがベビーゴジラを前にした時だけは優しい目をしていたように、いつも冷たい目をしているその子も僕の前では優しい目をしていた。
ゴジラが同族に惹かれるように、独りぼっちのその女の子もまた独りぼっちの僕に惹かれた。
もう一人僕に寄り添っていてくれたのが、僕を「理解」してくれた女の子だった。ゴジラの心が分かる三枝未希のように、その子は僕に寄り添い、僕を正しい方へと誘導してくれた。
それでも、時には彼女達でも対処しきれないような敵が出てくることもあった。ゴジラ以上の力を持つ敵怪獣のような、或いは三枝未希を捕まえてゴジラを操ろうとした企業マフィアの男のような、ゴジラでも敵わないんじゃないかと思ってしまうくらいの敵が。

ある時僕は、苦手な光に晒されるという仕打ちを受けた。
仕打ちを受けさせたのは剣道部の先輩で、僕が先輩を差し置いてレギュラーに選ばれたのを妬んだらしい。ある日の昼休み、練習のために剣道場へ立ち寄った僕は待ち伏せしていた先輩に殴り倒され、そのまま気を失い、気付いた時には裸で日向に縛り上げられていた。
運の悪いことにその日は真夏日で雲一つないカンカン照り、強い日光に晒され続けた僕の肌は真っ赤に腫れ上がっていた。まるでメルトダウン寸前のゴジラの体のようだった。
最初にそれを見たのは教室に戻ってこない僕を心配して捜しに来た女の子だった。女の子は僕が真っ裸で日干しにされているのを見て物凄い悲鳴を上げた。汗だくでしかも肌が真っ赤に腫れあがっていた僕の姿は相当ショックの大きい物だったのだろう。
そこに縄を解きに来た先輩が現れ、女の子と同じように僕を見た。最初先輩は遠くから僕の姿を写真で撮って(多分後でネットに晒すか何かするつもりだったんだろう)、そして女の子を押しのけて僕を解放しようとした。
が、間近で僕を見た先輩はその時初めて自分がどんなにとんでもないことをしでかしてしまったのかを知ったらしい。先輩は女の子以上の大きな叫び声をあげ、縄を解くことも無くその場から逃げ出した。
女の子は動揺しながらもすぐ縄を解き、僕を保健室に連れて行ってくれた。そうして僕は応急手当てを受けた後病院に担ぎ込まれ、数日学校を休むことになったのだった。

僕が先輩にされたことはすぐさま学校中に知れ渡り、「アルビノの子を真夏の日光の下で縛り上げて火傷を負わせた」という前代未聞の事件に生徒も先生達も大騒ぎになった。
もちろん事件を起こした張本人である先輩がタダで済むはずもなく、彼はすぐさま先生達から尋問されて僕にやったことを洗いざらい吐かされた。
けれど、おおむね正直に自白した先輩は一つだけ事実と違うことを言った。
先輩は「縄を解きに行った時、後輩の肌は大火傷で爛れて真っ黒になっていた」と、一人だけそう証言したというのだ。
『肌が爛れた』『ゴジラみたいになった』
先輩はずっとそう言っていた。
笑い話として、ではない。かなり切迫した様子でみんなにそう伝えていたのだそうだ。
だが、その話を信じる人は誰一人いなかった。みんな諌めるか奇異の目で見るかのどちらかだけで、誰も先輩の話を信じなかった。
それでも先輩は僕の写真を通話アプリやメールで送ってみんなに信じてもらおうとしたが、みんなは却って先輩を奇異の目で見るようになった。
『何が「爛れて黒くなった」だ、真っ白じゃねえか』
なおも縋りつく先輩に別の先輩がそう返したのは、僕が入院してから三日たった頃のことだったそうだ。
そう言いながら別の先輩が見せてきた写真―――自分自身がメールで送った写真を見せつけられた先輩は、呆然とその場に立ち尽していたらしい。
それもそうだ、写真に写っていた僕には肌が爛れた様子なんてどこにもなかったのだから。
なのに先輩は「僕の肌が爛れた」とそう言っていた。肌が爛れて真っ黒になって、まるでゴジラの皮膚みたいに黒く引き攣れた肌になってしまった。あの子はゴジラのような醜い姿になってしまった。何度周りが違うと言い聞かせても聞かず、先輩はそう言い続けた。
そうして僕が復学する頃、先輩は学校からいなくなった。

―――シンナーを吸っていたんだってさ、あの先輩。
―――おかしくなって幻覚が見えていたんだよ、だからあんなことを言ったんだ。
クラスメイト達のひそひそ話を聞き流しながら友達に貸してもらった雑誌に目を通すと、ゴジラの新作映画が公開されるという記事が目に入って来た。
久しぶりに見るゴジラは昔の愛嬌のある顔ではなく一番最初の頃のような恐ろしい顔つきをしていて、体中に傷痕のような赤い線がいくつも走っていて、肌はますます爛れたような様相になっていた。
あの先輩の目にも、僕はこう見えていたんだろうか。
先輩の見た幻覚なのか、僕が本当にゴジラよろしく焼けただれた姿になっていたのかはわからないけれど。
僕の中にいるゴジラが、先輩にその姿を見せたのだろうか。
蝉が鳴き始めた窓の外に目を移す。
遠くの方で、地響きが聞こえた気がした。


ゴジラは今日、久しぶりに暴れ出す。

――――――
2016年7月29日 映画「シン・ゴジラ」公開に寄せて
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