「ブロークン・エンジェル」 リチャード・モーガン(田口俊樹訳/アスペクト) | 水の中。

水の中。

海外小説のレビューと、創作を。

舞台はサンクション星系第四惑星。


ケンプ軍とカレラ率いる政府軍、そしてスポンサーであるカルテルの存在。互いの利害が衝突し、陰謀がひしめきあう先の見えない戦争が続く中で、タケシ・コヴァッチはこの戦場に身を置いていた。
作戦の失敗により軌道病院へ送られたコヴァッチに、あやしげな男が持ちかけてきた

「火星人のゲートを見つけた」

という儲け話に、彼は興味を覚えるのだが――

リチャード・モーガン, 田口 俊樹
ブロークン・エンジェル 上・下巻 2冊セット


前作は「大富豪の死の謎をめぐる探偵物語in27世紀だったわけですが、今回の物語は趣を変え――
早い話が、 「コヴァッチがお金になりそーな火星人の遺物を見つけに行く冒険物語With雇われチームでございます。
いえ冒険モノというよりは、過酷な環境下(チームのみなさんてば、放射能の影響で瀕死の状態……)での陰謀入り乱れるハード・アクションですね。


面白いです。
すごく面白い。


しかし、正直なところ「物語としての完成度」からすると、前作「オルタード・カーボン」 をかなり下回ると思われます。

この物語を分かりにくくしてしまっているのは、三つ巴のややこしい戦争の状況ではなく「コヴァッチの立場がはっきりしないこと」ではないかと思うのですね。

コヴァッチが所属しているのは、カレラ率いる政府軍側の機甲部隊なのですが――


冒頭あたりで戦況の説明をして、「……これが、どちら側につくかの決め手になった」と主人公コヴァッチは語り、わたしは「傭兵としては条件の良いほうを選ぶものだろうなー」くらいの意味であると「ふーん」と思っていたのですが、これには実はもう少し深い意味があったようで。
物語の最後の最後に、「彼が何故この戦争に首をつっこんだのか」つまり、「真の雇い主は誰だったのか」が明かされるのですが、


明かしてるんだか明かしてないんだかくらいのあっさりテイストじゃー分からねえよ!!


……と私は思うのですよ。
おそらくそこが、この作風の「かっこよさ」なのでしょうが、ずーっとずーっと「なんだかコヴァッチが何考えてんだか分からなくてスッキリしないなー」と首をひねりながら読んでいる読者の身になって、「もうちょっと早く説明する」か「もっとおおげさに種明かしする」かしてもらいたい。



というような欠点はあるのですが、実際には私は物凄く楽しくこの物語を読んでしまったので、不満などはないのです(書いたけど)。



これはタケシ・コヴァッチの物語です。
彼という人物が、何に苦しみ、何を選び、何に怒るのかを読む物語です。
それが非常に魅力的で、読み手をコヴァッチのファンにしてしまう。


作中で印象的なやりとりがあるのですが、それがコヴァッチというキャラクターをよく表していると思います。
ある宗教の信者であるハンドという人物が、彼に言うのです
「きみは私が信じるのと同じくらい、『信じない』ということにこだわっている」
それは何故なのか、と。



すでに四作目まで書かれているという、このシリーズ。
大ヒットを飛ばした前作を踏襲せずに、二作目にちがう展開を仕掛けてきたところにも、非常に好感を覚えます。力のある作家さんには、常に新しいことにチャレンジしてもらいたいもの。
三作目がどうなっていくのか分かりませんが、訳出されるのをとっても楽しみにしております。



それにしても、前作でもそうでしたが、これだけの未来設定でありながら「最後には殴りあいで決着を」になるのが面白いよなーと。
この作家さんのポリシーなのでしょうか……。