・ボルカールール
テーマ:世界経済ポールソン前米財務長官は、ゴールドマンの元最高経営責任者でもあるが、2月1日に米テレビのインタビューで、2008年9月の金融危機の際、「ゴールドマンサックスも危機にさらされていた」と語った。モルガンスタンレーが「倒産する可能性が高かった」と述べ、「モルガンが倒れれば、ゴールドマンや金融システム全体が倒れていた」ため、一連の救済は「金融機関のためではなく、米国民全体のためだった」と強調した。
ポールソン前長官は、危機時に米保険最大手AIGを救済し、ゴールドマンなど大手には公的資本を注入した。米国内では、AIG救済は、AIGに多額の債権を持つゴールドマンを救うためだったのではないかとの批判が強い。
ボルカー経済再生諮問会議議長は2日の議会証言で、主要金融機関が「大き過ぎてつぶせない」状況になるのを防ぐため、金融機関の規模と、リスクを伴う取引を制限するよう訴えた。
同議長は「ヘッジファンドやプライベートエクイティの所有、および、顧客ニーズに関連しない取引は、預金取扱機関に対する公的支援のような政府補助に頼るべきでない」との考えを示した。
自己勘定取引と顧客のためのマーケットメイキングの境界線がはっきりしていないとの見方が一部にあるが、これに対し同議長は「わたしが話した銀行関係者は全員、自己勘定取引が意味するところを非常によく知っている」と述べ、「現在この取引に大規模に関わっている大手商業銀行は、米国でおそらく4、5行、世界的には20数行に過ぎない」と説明し、経済や市場への悪影響を否定した。
この点に関しては私も先日「ルールの範囲
」で詳しく述べた。一言で述べると、以下のようなことだ。
「マーケットメーキングで大きなポジションを取るのは、取引相手のポジションに負けないため、自社のリスクを下げるための行為だ。一方、純粋なプロップ・トレーディングとは、リスク・テイキングだ。方向性は正反対にある。
マーケットメーキングとは、ある意味、危機管理の連続といった仕事だ。マーケットメーキングで大きな損益が発生する場合は、ヘッジをしないなど、本来は認められない相場観を入れた場合だ。そうでない場合は、もともとマーケットメーキングに向いていない人や会社で、危機管理ができていないことを意味する。」
大勢を敵に回しているいるためだろう。ボルカールールはメディアなどからも散々な評判だ。リスク・テイキングなくして、投機なくして、経済や市場の発展はありえないからだ。
ところで、私はボルカールールを支持する。そして、「現在この取引に大規模に関わっている大手商業銀行は、米国でおそらく4、5行、世界的には20数行に過ぎない」ということにも賛同する。
私は自らが投機家であるが故に、折に触れて市場における投機家の重要性を弁護し、世間の誤解を解くように努めてきた。しかし、何事もポイントはバランスなのだ。
そして、一般人から広く資金を預かり、間接金融の担い手として、資金を必要とする企業などに融資する銀行の社会的な役割を考えれば、銀行が必要不可欠とは言えない投機リスクに過度に曝されることを規制する狙いも理解できるのだ。
まずは、市場における、投機と実需の役割を見てみよう。
例えば、FX市場から投機取引を一掃すると、市場での取引は、財・サービスの輸出入にからむ実需と、旅行者などの外貨、邦貨の手当、資産の裏付けのある投資とその収益の送金などに限られてしまう。出来高はいまの数パーセントとなり、売りたい人は買いたい人が現れるまで待ち続けねばならない。
経済規模の小さな国や、経常収支が均衡している国ならば、国家が一時的に売買の相手を勤めて、あまり問題にならないかもしれない。しかし、日本のように経常収支が大幅黒字の国では、外貨を売りたい人が行列を作って、買い手を待つことになる。しかも、この行列は日増しに長くなるのだ。売り手は、とにかく売ることが先決となり、レベルが80円であろうが、60円であろうが、売った者勝ちという恐ろしい事態が出現する。
国家が買い向かうのにも限度がある。また、売れない市場に、買いを入れる投資家はいない。投資家が最も恐れるのが、流動性の欠如だからだ。金利差ゆえの外貨建て投資も、投機筋が流動性を与えてくれているからこそできているのだ。
ここで、奇数日には実需の買いが上回り、偶数日には実需の売りが上回る市場を想定してみよう。その市場に実需しかいなければ、奇数日には買えない人が事実上のストップ高水準で並び、偶数日には売れない人がストップ安水準で並ぶことになる。そして、毎日毎日乱高下を繰り返すだろう。これでは、「市場」とは呼べない。
ここに手数料を貰って、売り手と買い手のニーズを汲み取り、双方に時間や数量の調整をさせることで、出合にまで繋げる者をブローカーと呼ぶ。ブローカーがいると、個々の実需筋はブローカーに聞くだけで、市場の現況が分かるが、それでも需給のミスマッチを解消することはできない。
そこに、「儲かりそうなので」と、奇数日には買い手に対しての売りを、偶数日には売り手に対しての買いを出す者が現れたとする。彼は奇数日の夜はショートポジションを保有し、偶数日の夜はロングポジションを保有して、翌日の実需に充てることにより収益を追求する。彼自身は、実際にはそのものを必要としていない。買戻し、売戻しを前提とした売買なのだ。狙いは手数料ではなく、売買差益、キャピタルゲインだ。つまり、彼は投機筋であり仮需なのだ。
これがディーラーだ。実需相手に値を建てる、その行為がマーケットメイキングなのだ。市場は、ディーラーのような投機筋の参入があってはじめて機能するようになる。投機筋が実需筋や投資家の相手を務めているのだ。ここで、ディーラーが一時的にポジションを取ることにより市場に機能を持たせることができる。ディーラーとは在庫(ポジション)を抱える人なのだ。
為替や債券、株式ディーラーの在庫は、本質的にはカー・ディーラーや問屋、衣料店などの在庫と変わりがない。彼らが在庫を持つのは自分たちが使うためではない。多くの場合、在庫は借入金によって保有されている。また、彼らが在庫を抱えている期間は一時的だ。彼らは金融市場での投機筋の条件をすべて備えているのだ。
そして、衣料店が売れ筋と思われるものを見通しだけで大量に仕込み、うまくいけば大儲け、失敗すれば安値で在庫整理するのは、ディーラーが相場観で儲けたり損切りを行なうことと同じだ。ディーラーという名の「投機筋」の役割は、「サービス業」に他ならないのだ。
原始的な市場に参入したディーラーは、ストップ高のような高値で売り、ストップ安水準で買い戻すので、暴利をむさぼることができる。そして、その暴利を見た他の投機筋がたくさん集まってくると、奇数日の売値が下がり、偶数日の買値が上がり始める。
つまり、投機筋が多くなればなるほど、投機筋の利鞘は減るが、実需筋にとっては、より望ましい価格で売り買いできるようになるのだ。ここで投機筋が市場に与えたのが流動性だ。このことは、投機筋が多く集まると、市場はよりよく機能することを意味している。
市場が機能していれば、実需の偏りをリスクを取ることで緩和することができる。金利差目当ての外貨預金やキャリートレードなどで、ドル円を90-100円で安定させることもできるのだ。
このように、投機筋の市場における役割は非常に大きい。投機筋あっての市場だともいえるだろう。マーケットメーカー以外の投機筋も、市場に流動性を供給し、安全で安定した市場をつくりあげるという面では、同様の働きをしている。誰かがリスクを取り、踏みこたえることによって、実需の偏りの緩衝材となり、過度の変動を抑え得るのだ。
また、取ったリスクは、基本的にリターンとして報われることになっている。それができないと、投機筋は市場に居続けることができない。要は自分が取りやすい、管理しやすいリスクを、適量取ることなのだ。権利と義務のように、相場の参加者が全員で、自分の好む取りやすいリスクを引き受けると、相場は極めて安定した機能的なものになるだろう。
投機筋が市場を提供し、実需筋が利用する。実需筋が利用することで、市場は存在意義を持ち、投機筋が利益のパイにあずかれる。市場は、実需筋と投機筋とが両輪となって、支えているのだ。
ところが、ここで投機筋がレバレッジをかけて大量の資金を売買し、自らがストップ高、ストップ安を演出するようになると、実需は不当な価格での売買を余儀なくされ、市場は荒廃する。何事もポイントはバランスなのだ。
住宅バブルとその崩壊も、原油価格の147ドルも、バランスを欠いた投機の行き過ぎだ。
本来は市場参加者全員が自覚を持ち、「自治的に」節度を持った売買を行うのが理想だが、それが望めない場合には、ある程度の規制はやむをない。「中央支配」を呼び込んだのはバランス感覚を持たない自分たちなのだ。交通ルールと同じで、誰でもが自由に参加できる市場なればこそ、ルールと罰則が必要となるのだ。
それでも、ボルカールールは、ヘッジファンドなどによる投機までは規制していない。主として米国の4、5行の大手銀行に狙いを定めた規制なのだ。
では、なぜ、ヘッジファンドならよくて、大手銀行だといけないのだろう。以下の3点に、両者の大きな違いが見られるからだ。
1)まず、出資者が違う。ヘッジファンドの出資者は、ハイリスク・ハイリターンを承知で出資している。銀行預金の性質は言うに及ばないだろう。
2)また、レバレッジにも、大きな違いがある。
1998年にLTCMという名のヘッジファンドが、史上最大の規模で破綻したが、サブプライム・ショックのように、100年に1度の危機と呼ばれ、欧米の大手の金融機関のほとんどに公的資金が入るようなことにはならなかった。なぜか?
破綻時のLTCMのレバレッジは100倍近いと言われたが、それでも、複数の外部金融機関が「審査」の上で貸出している。もちろん、LTCMに対する審査基準が甘かったことは否めないが、それでも、LTCMの破綻で、自分が傾くような貸出しはしていない。
ところが、サブプライムでは、多くの金融機関が自己勘定での投機に走ったために、多くの金融機関が傾き、大手の多くが公的支援を受けた。
なぜなら、サブプライム関連商品などへの投機に対してでも、銀行が預金者からの預かり資産を注ぎ込むことに、事前の「外部審査」の必要がないからだ。
2008年の初めから、2010年1月末までに、アメリカでは180の地方金融機関が破綻しているが、サブプライム関連商品や、商業用不動産への過度の「投機」による破綻も多く含まれる。(参照:銀行破綻 )
自分を律する習慣のないところに、自分を律することだけがリスク管理だということ自体が問題なのだ。
1980年代以降の金融市場規制緩和で何が起きてきたかを鑑みると、少なくともアメリカの金融機関は自己管理能力が非常に乏しい。欲しいだけ食べる習慣が身に付いている。巨大収益も、相次ぐ破綻も、自己管理ができていれば簡単には起こり得ない。そのことをボルカー氏は熟知している。
3)ヘッジファンドは潰せるが、大手銀行は潰せない。
昨年、公的資金にデリバティブでレバレッジをかけ、巨大収益をあげた金融機関 などは、政府が自分たちを潰せないことを逆手に取っている。ノーリスク(リスクは預金者や納税者が取る)・ハイリターン(負けても巨額ボーナス)というビジネス・モデルにチェンジを突き付けたのが、ボルカールールだ。
銀行が過剰な投機に走ることの大きな弊害がもう1つある。間接金融が疎かになることだ。
証券投資では、売り買いの決断だけで、大きな損益が生まれる。儲ければ、地道な審査を伴う貸出が愚かに見えてくる。損すれば、貸出する余力がなくなる。どちらに転んでも、実業の資金ニーズに応えるという役割が損なわれるのだ。
そういった間接金融の役割を放棄したいところは、銀行業をやめて、ファンドになればいいのだ。大手銀行がすべて預金を手放してファンド化すれば、その預金は中小の金融機関が預かり、収益を上げながら、間接金融を担って行くだろう。そして、万一その経営に失敗すれば、破綻することになる。
日本の金融機関はアメリカほどではないが、ボルカールールの真意を、もう一度考えてみてもいいだろう。
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