断捨離マラソンfrom金沢

金沢断捨離会が発信する断捨離マラソン。
参加者の皆さんの交流を目的としたブログです。


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おはようございます。

 

春の息吹をちょっとだけ感じる朝。

 

ちょっとだけ…というのは、

まだまだ布団から出るのが寒いから。

 

それでも、日差しの柔らかさや、

硬く縮まった木の芽のわずかな膨らみや、

空の色に、もうすぐ訪れる春の気配が混ざっています。

はやく桜が咲かないかな~~~。

…と心待ちにしていた時に、

偶然見つけたのが、これ。

 

 

なんだと思いますか?

 

台所用のスポンジなんです。

 

可愛くて、テンション上がります。

 

普段スポンジは、白一辺倒。

 

キッチンに余計な色が入り込むのがイヤなので。

 

でも、たまには、こんな遊びもいいですね。

 

本物の桜が咲くのを、

スポンジと一緒に待つことにします。

 

本道佳子さんのお料理教室に参加しました。

 

本道さんは、世界を飛び回る

ビーガン料理のシェフ。

 

国境なき料理団の団長さんです。

 

彼女の「愛あるご飯」に出会ったのは、

5~6年前でしょうか。

 

料理は愛情表現であり、

たっぷりの愛をいっぱい込めることができ、

食べることで、その愛を受け取ることができる…。

 

そんな話、聞いたことないよ!

 

…とおっかなびっくり口にした、

本道シェフのお料理は、

優しくて温かくて、

体にじわっと沁みていきました。

 

それから、私は本道さんの大ファンとなりました。

 

だってね、ただの人参が…

 

こんな風になっちゃうんですよ。

 

オーブンで素焼きした人参が、

砂糖で煮たのかと思うほど、

甘くて柔らかくて、

気分はすっかりピーターラビット。

 

 

下ごしらえの段階では、

これをどう組み合わせて、どんな味付けにして、

どんな仕上がりにもっていくのか、

まだ決まっていないそうです。


(たくさんの人が見ているのに、

レシピがないなんて、

こんなお料理教室、ほかにある?)

 

その瞬間に降りてくるインスピレーションに従って、

あれとこれとそれ…と使っていくうちに、

みるみるお料理が出来上がっていくのは、

まるでマジックを見ているみたい…。

 

 

こんな野菜たちが、どんな変貌を遂げるのでしょうか?

 

古代麦のサラダ。ちょっぴりカレー風味。

 

台湾のシイタケの調味料を使ったパスタ。

 

茹でたサツマイモ(石川産)に、

生のカブとナッツ。

 

あとメキシコの黒い豆のペーストや、

タイの揚げ煎とスライス玉ねぎの和え物や、

地元の無農薬キーウィと甘酒のシンプルデザートなど。

 

人生初、サボテンの葉っぱも食べちゃいましたよ。

今回のお料理教室を

主催してくださったのは、

お料理研究家の荒能里美さん。

 

各種、お料理教室のほかに、
石川県の学校給食に、

地元の美味しい新鮮なお野菜を使おう…という

働きかけなどをしておられます。

「食」の周りには、元気な女性がいっぱいです。

 

お腹も心もほっこほこ。ラブラブ

ごちそうさまでした。

 

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おはようございます。

 

いつもより30分だけ早起き。

 

30分、たったの1800秒…。

 

ぼ~~っとしていたら、

一瞬で過ぎてしまう短い時間。

 

それなのに、朝のこの余裕はなんざんしょ!

 

 

余裕があるって、いいよね。

 

私は特に、時間に追われる感覚が苦手です。

以前は〆切がある仕事をしていましたが、

タイトな納期が、プレッシャーでした。

 

心に余裕がなく、常にカリカリ。

幼かった子どもたちは、

いっぱいトバッチリを受けました。

 

部屋が散らかっていたことも、

イライラに拍車をかけ…。

 

〆切前は、睡眠不足も手伝って、

最悪な状況でした。

 

今だから言えるけど、

本当にごめんね。深く反省しています。

 

 

お母さんは一家の太陽と言われます。

 

これって、けっこう

的を射た表現だと思うのです。

家の真ん中にいて、

あれこれ切り盛りしているのは、

たいていはお母さん。

 

そのお母さんが、

きげんよくニコニコして、

愛を振りまいていれば、

子どもたちは(夫も)、それだけで嬉しいのです。

 

朝、起きて、カーテンを開け、

目の覚めるような青空と、

明るい陽光に迎えられたら、

それだけで嬉しいでしょ?

 

それと同じです。

 

お母さんたちが

太陽でいるためにも

イライラしない住環境は、大切ですね。

 

 

昨日、初めて我が家を訪ねてくれた友人は、

リビングに入って、空間の広さに

ちょっとびっくりしたようです。

 

LDKなので、

物理的にも広い空間ですが、

モノが少ないことで、圧迫感がなく、

実際よりも大きく感じたのでしょうか。

この同じ空間を、

モノで詰まらせていた過去が

確かにありました。

 

それも、ただそこにあるだけのモノたち。

 

取捨選択するという頭が

端からなかったので、
使うも使わないも、

好きも嫌いもまったく頓着せず、

ただただそこにありました。

 

散らかったな…と感じると、

新たなカラーボックスやカゴを買ったり。

 

 

減らすという解決法。

 

足し算ではなく、引き算の解決法。

 

捨てるという選択肢。

 

捨ててもいいという、自分への許可。

 

断捨離を始めて7年、

今の私の住まいは、

まさに「目で見る断捨離」です。

 

完璧ではないし、

常に捨てるモノは、どこかから湧いてくるし、

派手に散らかることもあります。

 

ですが、モデルルームではない、

人が生きて生活する場でも、

断捨離というツールを使えば、

これだけゆとりを取り戻すことができるという、

いい教材です。

またサロンセミナー、再開しようかな。

 

 

さあ、一家の太陽たる全国のお母さんたち、

今日もごきげんの陽光を、

いっぱいいっぱいまき散らしてくださいね。

 

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おはようございます。

 

少し肌寒い朝です。

 

やましたひでこ公認

チーフ断捨離®トレーナーの北林ちかこです。

 

とても嫌なことがあった…と、

友人から電話がありました。

 

話を聞くと、

確かにとっても不快なこと。

 

どうしてこんな目に

遭わなきゃいけないんだろう…。


誰でもよかったはずなのに、

よりによって、なんで私なの?

もう天を呪うしかない!

 

…そんな状況でした。

 

 

鬱屈した気持ちを

あらかた吐き出した後、

私たちの視点は、

「どうしてこんなことが起こるのだろう」に移行しました。

いつまでも、いつまでも、

不満と愚痴を言いの募ることもできますが、

それはあまりにも不毛です。

 

理不尽な出来事ではあるけれど、

全てに意味があるとしたら、

このことが起こった意味は、

一体何なんだろう。

 

このことから、

私たちは何を学べばいいのだろう。

 

 

先日、参加した

川畑のぶこ先生の心理学ゼミでも、

人は生きている限り、

ストレスをゼロにすることはできないと

言われました。

 

大切なのは、

全てのストレスを

人生から取り除くことではなくて、
(どうせできないので)

そのストレスの原因をどう捉えるか…

なのだそうです。

 

出来事は中立だとよく言われます。

 

起こることは中立で、

良いも悪いもないけれど、

そこにOKかNGのラベルを貼るのは、

私たち自身だと。

 

 

たとえば、「おはよう」と挨拶した相手に、

スルーされたとします。

 

起こった事実は、

「挨拶が返ったこなかった」ことだけ。

 

ここに意味付けをするのは、私たちです。

 

「無視された。

なんでだろう…、嫌われた?

なにか、悪いことをしたかな」…と、

悶々とし、その日1日モヤモヤするのか、

「あれ、聞こえなかったかな。

耳が遠くなっちゃって、年取ったね」と、

受け流し、忘れてしまうのか。

 

こんな単純な出来事ばかりではありませんが、

どんなスタンスで向き合うかの

基本は同じだと思います。

不快なことが起こっても、

そこに自分で水と肥料を与え、

小さな芽だったストレスを、

大木に育てる必要はありません。

 

ストレスはゼロにはできない、

でもそのレベルを下げることは、

可能なのです。

 

 

家の中のストレスにも、同じことが言えます。

 

不要なモノをゼロには(多分)できない、

でもその比率を、

限りなく低く抑えることは可能なのです。

 

私がお勧めする方法は、

もちろん断捨離。

 

家に入り込もうとする

膨大なモノを入口で「断」し、

家の中にあふれかえる

不要なモノを「捨」する。

 

その地道な行為を、

ただただ続けていくこと。

 

実践は貴方を裏切りません。

 

不要なモノが家から出ていく時、

それにまとわりついていたストレスも、

一緒に連れていってくれるので、

一石二鳥です。笑

 

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おはようございます。

 

今朝は日本橋から。

 

昨日の夕方、

ラッシュ時の銀座線に乗りました。

 

 

最初は空いていて座れたのですが、

駅に着くたびに、

たくさんの人が乗り込んできて、

車内は身動きとれない状態に…。

 

自分の降りる駅が近づいても、

どの程度の人が降車するのか、

どのタイミングでドアまで

泳いでいけばいいのか、わかりません。

 

結局、「降ります、降りま~~す!」と叫んで、

道を開けてもらい、事なきをえました。うへ

 

 

都会の劇混み電車、25年ぶりです。

独身の頃、

たった半年ではありますが、

東京で働いていました。

 

その時は、祖師ヶ谷大蔵から国会議事堂前まで、

小田急と千代田線を乗り継いで、

通勤していました。

 

今はどうか分かりませんが、

当時の小田急は、

特に混雑が激しいといわれた路線で、

乗ったが最後、

体の向きを変えることすら難しいような状態でした。

腕ごと人の壁に挟まれてしまった傘を、

ぐいっと引っ張ったら、

柄が折れて、駅に降り立った私の手には、

持ち手部分しか残っていなかったことも…。まったり

 

東京で通勤をしている人たちは、

本当に大変だなぁ…。

 

 

電車に乗ると、

向かいに座る人たちの表情を、

時々ながめています。

 

7人がけのシートに7人の顔。

 

ほとんどがスマホを見ているか、

眠っているか。

 

…それでね、みんな一様に表情がありません。

 

電車の中で、ニコニコしているほうが、

おかしいのかもしれませんが、

…なんというのかな、

疲れているような、諦めているような、

どちらかといえば、不機嫌な表情。

 

その5割くらいは、眉間に縦皺。



 

都会で働くって、

自分がすり減っていく感じなのでしょうか。

 

では、せめて、

おうちに帰った時は、

ほっとくつろぎたいですね。

 

戦闘服や鎧を脱いで、

リラックスしたいですね。

 

眉間のシワも取り外して、

素の自分にもどり、

ごきげんで過ごしたいですね。

 

くつろいだり、リラックスしたり、

ごきげんで過ごすために、

大切になってくるのは…、

私のブログを読んでくださるみなさまなら、

もうお分かりだと思います。おぉ!

 

昨日、私は心理学のゼミに参加しました。

 

講師はこの方。

 

川畑のぶこ先生です。

 

断捨離アンバサダーとしても知られますが、

サイモントン療法の日本の第一人者、

ホリスティック医療の浸透に尽力しておられます。

 

メルマガでは、

多様な心理的な質問に答えておられますが、

とても的確で、しかも愛があると、評判です。

 

川畑先生の師匠であるサイモントン博士は、

「人は裸で生まれてくるけれども、

もしひとつだけ、お尻に切り札を

貼り付けてこられるとしたら、

それは”優しさ”なんだよ」と

仰ったそうです。

 

経済力でも、知力でも、美貌でもなく、優しさ。

まずは自分に優しくなりなさい…と。

 

自分に優しくなると、

他人に対しても優しくなれるから。

 

本当にそうかもしれません。

 

だって、何かつらいことがあった時、

心が折れそうな時、迷いに沈む時、

私たちが欲しいのは、

強さじゃなくて、優しさだから…。

 

的確なアドバイスや

叱咤激励もありがたいけれど、

心が求めているのは、そっと寄り添って

共感してくれる優しさだから…。

 

具体的なアドバイスや叱咤激励は、

そのどん底みたいな所から、

這い出して初めて、

効力を発揮します。

 

まずは自分に優しくする。

 

お部屋を整えて、

気持ちのよい環境を自分に与えるのは、

すごく優しいことだと思うけれど、

都会でお疲れのみなさま、いかがでしょうか。

 

 

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おはようございます。

 

体でも心でも、調子が悪いな…と感じたり、

忙しすぎて、ゆとりがないと思った時、

私は花を買います。

 

誰に教えられたわけでもありませんが、

ずっと昔から、そうしてきました。

 

物言わぬ花は、

そのたたずまいだけで、

癒しを与えます。

すごいパワーです。

 

 

叔父が亡くなり、通夜と葬儀に参列しました。

 

私の親戚は、全国に散らばっていて、

なかなか一堂に会する機会がありません。

 

結婚式と葬式。

 

スタートと終わりの時くらいしか、

会えないというのも、切ない話ですが、

忙しい現代、地理的条件もあり、

これは故人が残してくれる

最後のプレゼントのようなものだと思います。

 

20年ぶりに従弟とも再会。

 

不思議なもので、

長い空白があり、相手の今の状況を

ほとんど知らないにも関わらず、
子どもの頃、一緒に遊んだ楽しい思い出が、

断片的ではありますが、

あれこれ浮かんできて、

話が尽きません。

 

お互いに老けたけれど、

それぞれに酸いも甘いも経験して、

それなりの大人になったよね…と。

 

親戚のおじちゃん、おばちゃんから見ると、

私は今でも子どもに見えるらしく、

「ちかこちゃん」呼ばわりされて、

なんだか照れ臭くもあり、

だけどいろいろなこだわりや人生の垢を

くっつけちゃう前の自分を思い出したりもして、

なかなかに感慨深い時間でした。

 

その中で、従弟たちと話題になったのが、喪服問題

 

私の年代では、

結婚する時に、嫁入り支度として、

和の喪服を準備してもらった人も

多いのではないでしょうか。

 

特に北陸はその傾向が強いようで、

叔父の娘たちも私も、喪の和服を持っています。

 

しかも夏用と冬用の2セット。

 

和服というのは、

着物だけではなりたたず、

小物や草履や着付けの紐など、

付随物がたくさんあります。

 

それらを一揃い、持ち運ぶだけでも大変。

 

おまけに今時、

自分で着付けができる人は珍しく、

誰かに着せてもらわなければなりません。

 

脱いだ後だって、

仕舞うのがけっこう手間です。

 

上記のような理由から、

私たち娘世代は、

喪服は洋服がいいと思っています。

 

ただでさえ、慌ただしい葬儀の日、

そこまで手間をかけて、

和服を着なくても…と。

 

 

ですが、親世代は、

近親者の葬儀は和服でなければ!…という

固い信念があります。

 

自分たちも、ずっとそうしてきたのだし、

高いお金をかけて娘たちに準備した喪服が、

ずっとしつけ糸がついたまま…なんて、

許しがたいと思っているのです。

 

「絶対持ってきなさいよ!」と厳命されて、

東京の従弟たちは、和の喪服一式をたずさえて、

飛行機や新幹線で、北陸に帰ってきました。

 

朝から着付けをして、

大変だったろうな…と思いますが、

でも確かに、和の喪服で整列すると、

改まった感じが洋服の比ではありません。

 

さすがは、日本の正装。

 

美しいし、礼を尽くして

故人を送るという気持ちが、

その凛とした姿に表れています。

 

今は式場で、和服一式を借りて、

その場で着付けをしてもらい、

終わったら、脱ぎっぱなしでOKという

サービスも充実しています。

 

母に言わせれば、

それも邪道だそうですが…。

 

本当に、これは、

それぞれの考え方なんだな…と思います。

 

襟を正して正装で臨むか、

形の部分は簡略化するか。

 

 

私はツーピースの喪服で参列しました。

 

娘が結婚する時も、

彼女が欲しいと言わないかぎり、

和の喪服は作らないと思います。

喪服は和装か、洋装か、

貴方はどちら派ですか?

 

厳しい人だった…と言われる叔父は、

私にはとても優しい人でした。

これまで、本当にありがとう。


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