櫻井よし子さんが産経新聞で野田内閣のTPPに対する姿勢の評価などをしたために、一部の保守陣がいろいろ言っているようであるが、こんなのはわかりきっていたことだと思う。
むしろ対立軸を一つしか捉えようとしないから、見えなかったり気が付かなかったりすることがあるのだが、櫻井氏がそもそも米国よりの発言をしていたのはずっと前からだったわけで、今回はっきりしたのは日本は「米国様があってこそ」という考え方であることがわかっただけのこと。
ただそれだけだと思っている。
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今の日本は米国があって成り立っているといって過言ではない。
だからこそ私は普通の国になろうと言っているわけで、普通の国になった上で対等に米国と仲良くつきあっていけばいいだけだと考えている。
仲良くというのはべったりではなく是々非々で臨むべきであって、イランやイラクなどの問題に対して違うものは違うとはっきりいえる外交力を持ってこそであるし、支那に対して米国に頼りきらなくとも渡り合うことのできるものを作り上げる・・・そういう意味で仲良くするべきだということだ。
よく「米国の基地問題」を俎上に上げる人がいるのだが、日本の国軍が整備されたとして、どこに重点を置くか、どこに基地をおくかということを考えて発言する人は少ない。
在日米軍がいなくなれば当然ながら沖縄と北海道にその軍備の多くを割き、日本海側に現状と同じく空軍の拠点をいくつか置き、沖縄、長崎(佐世保)、能登半島近辺、函館に海軍の拠点(当然太平洋側にも必要)が必要となるのは、日本の国土をみれば明らかである。
ここで脳みその中平和主義者は「軍靴の音が聞こえる」なんて言うわけだが、現実として戦争が起きないいわゆる「平和な」均衡は軍事力でも保たれるのである。
なぜ台湾が30万人もの軍人を擁しているか考えれば理解できるはず。
彼らは「自衛のために」軍を準備しているのだ。
日本も同じように「自衛のために」軍隊を整備すべきである。
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そこで考えるのは対立軸の一つである、媚中朝なのか否かというのが「民主国家として日本があるべき」ということだ。
もしそうであるというのであれば、軍備などせずに「どうぞ中国様の言うなりに」と、米国を無視して手をあげるべきだし、13億:1.25億でありながらほぼ同じGDPの「地域合併」による無茶苦茶な一党独裁国家に飲み込まれ、民主的ではない抑圧された一地方となるのを受け入れることを認めるというもの。
もちろんこれには経済的なものも含まれるわけで、対中ODAなど事実上の媚中政策であるし、それは過去に於いて自民党もやってきたことである。
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では民主国家であるという日本が選択するものはなんなのかであるが、「米国の手先であるか」普通の国家であるかということになるのだと考える。
現状は残念ながら軍事的には庇護された状態であるし、経済においても金融の世界は飲み込まれつつあるのではないかと考える。
これで自由化などしたら、日本というなんとなく国の形は残ったとしても、事実上米国の「一州レベル」でしかなくなるし、今の手先よりもはるかに悪い状態が続くことになる。
そこで思い出すのは石原慎太郎氏の「NOといえる日本」だ。
私はこれにおいて考えるに、反米ではなくあくまでも仲良しであってもダメなものはダメといえるようにしなくてはならないということであって、「確かに野党」のようななんでもかんでもダメというものではないと当然ながら考えている。
私は米国を尊敬などしていないが、それこそ昔の政策のおかげなのか1960-1970年代の米国家庭の豊かさに憧れた世代であるため「アメリカナイズ」を一時期素晴らしいものだと勘違いしていた。
しかし幸福とは物品によって支えられるものではないということ、社会的なつながりであったり、精神的なつながりというのはどういうことかというのを考え、そもそもの米国の成り立ちとその反省のなさを考えたときに、米国を尊敬などできないということに気がついた。
かれらはジャイアンをやめられなくなっただけのことであって、ジャイアンじゃないといけないと自分たちに向かって言い聞かせているだけのこと。
今大統領予備選が行われているわけだが、自分の国のことをやろうよと保守陣営の一人が言っているようだが、本当にその通りだと思うしそれが実現されれば実は国の成り立ちも見直さざるを得ないことになってくると考えている。
・・・とちょいと日本ではなくなってしまったか^^;
私は日本という国家が普通の国になればいいと、ただそう思っている。
日本らしくあり、日本という国がどうして成り立ち、どうしてここまで続いてきたのか、歴史の反省も含めながらやっていくべきだと考えている。
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さて、二つ目の米国に関するものに関してであるが、ここで保守というのが分かれるのだと感じる。
一つは「普通の国になるべし」という派と、「米国があってこそ」という派があるのだと考える。
これは大東亜戦争に負けたからこそ生まれた「米国の存在」があるからであって、それらをまるっきり否定することはたいへんに難しいことである。
事実として米国の庇護の下、軍事に他国ほど力を入れなくともこれだけの経済成長をしたのは事実であるし、「投資をした米国に恩返しをするべきだ」という無意識な中の親米保守がいてもそれはやむをえない。
しかし・・・だ、それを良しと認めないのが「普通の国になるべし」という日本国の保守の一つの方向であって、私はこれを保守の本流であると考えている。
だからこそ次回の総選挙では自民党をまずは勝たせてから、一つ目の選択肢はなしで、二つ目の選択肢で政界を再編するべきなのだと考えている。
もちろん親米派もいきなり「今以上の属国になりましょう」などとは言えないため、台湾の国民党のようにじんわりとやっていかざるを得ない。
ただし今回の台湾総統選挙をみても、支那の一部ではないという意識が当然ながら強くなってくるわけで、日本ももし米国よりの政権となったとしてもすぐに今以上の属国にならないと考えているし、余計に日本という国家への意識が高くなると考えている。
もちろん私はそうではなく米国を尊敬していないため「普通の国:日本」を唱えていくわけで、これは今後も変わることはないと考えている。
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それらを鑑みた上で、櫻井氏がどういったから今までのことはなしなのかといえばそんなことはない。
私は全てが一致する政治家や政党がないと考えるため、それは是々非々で対応するべきなのだと考えている。
ただそれだけである。