人に話すこと | 坦々 Parantica sita

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最初に学校に行かなくなってから 

 

人に自分の考えを言う事が嫌になっていた。

 

他人とのあまりの考え方の違いに心が疲れるようになっていた。

 

 

ひきこもって何年たっても 家族とも分かり合えなかった。

 

時々話に来てくれる物心つく前からの幼馴染みにすら不信があった。

 

人嫌い 人間不信 親友 友達 所詮ただの知り合いに過ぎない。

 

 

一人ぼっちで生きていけるように 

 

強くならないといけないと思っていた。

 

 

だけど いつまでたっても何もできない 無気力・・。

 

人間は一人では生きていけないというが やはりそうなのか。

 

誰とも話したくもないけど 嫌な想いするのがいやだから 

 

話すのが怖いけど だけど やっぱり誰かと話してみたい。 

 

信頼できる人がほしい。 そう想うようになっていた。

 

 

そんな時 丁度一人のおばさんがちょくちょく家に来るようになった。

 

おかんが時々行ってる佼成会の人だった。

 

宗教が大嫌いだったから何回も会わなかった。

 

 

後で聞いたら10回目に来た時

 

なぜだか玄関に出て話した。

 

それからも ちょくちょく来てくれて

 

居留守してしまった時もあったけど 話をした。

 

 

何も あーしろこーしろ こうした方がいい など

 

説教臭い事は1回も言われなかった。

 

  説教で言われるような事は 自分では全部わかってるし

 

 言われても 無気力でどうしようもないだけなんだよな。

 

 

俺は今までの誰にも言えなかった心にたまっていた想い 

 

全部話した。 話しつくした。話す事がなくなるほど話した。

 

その人も 自分のことをいろいろ話してくれた。

 

だから信じれた。自分の悩み苦しみ言わずに 

 

人の事だけ聞くのは平等じゃない。

 

共感できないと信頼できないと想った。

 

 

心にたまっていた想い話して 聞いてもらって 

 

ものすごい楽になれた。

 

人の話 聞く事の大切さがわかった。

 

 

その人のおかげで 人と何でも話せるようになった。

 

何の見返りもない優しさ ありがとう。