≪ご案内≫この話は魔人様のリク罠ドボンで書き始めたお話です。
自分に楽しく、(←)のんびり進めていきますので、お時間がございましたらぜひどうぞ~v
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魅惑の花 29
『どうして!私は…ただ一つの願いを叶えたいだけなのに!』
――そう、そうよ。いつも願うことはただ一つ。
『わたくしはっ、私はっ!』
――なのに。いつも…
願いは、届かない……
「私はっ…」
はっと気付くと、見慣れた天井がぼやけて見えた。
頬に温かく流れるものを感じて、そっと手をそこへやると止め処なく流れる涙に触れた。
「あ…え?私…泣いてる、の?」
何か悲しい、切ない夢を見ていた気がする。
うすぼんやりと霞の向こうに見えていたのは、いったい何だったのか。
自分が何に涙を流していたのか、目覚める瞬間に叫ぼうとしたことが何だったのか…。
「なんなの、これは…どうしてこんなに胸が苦しいの?」
自分の事ではないような気がする。けれど、なぜか自分も理解できる不可解な感情。
何かにシンクロしているような、それでいて遠くからそれをみていたような既視感にも似た感覚。
――でも…確かにこの感覚には覚えがあるわ…
それは、幼い手を伸ばしても届かなかった母への思慕。
信じていたはずの相手に裏切られた悲しみ。
そこから立ち直ろうとして、二度としないと誓った想いを、愚かにも再び持ってしまった絶望。
―― なぜ人は、叶わない願いをもってしまうのだろう…。
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「おはようございます」
「はい、おはよ…って、どーしたのよ京子ちゃん!目が腫れぼったいけど」
「うわ、やっぱりわかっちゃいました?本番だっていうのに本当に申し訳ありません。酒井さんの目はごまかせないですよね…」
キョーコがステージ裏の控え室に入るや否や、メイク担当の酒井に鋭いチェックを入れられて、心配そうな視線が集まる中、キョーコは周囲のスタッフを含め、皆に申し訳ないと頭を下げる。
仕事に差し支えないように、家を出る直前までかなり頑張って目元を冷やしたりしてみたのだが、夜中のうちに相当泣いていたのだろう。ちょっと見では分からない程度にはおちついたものの、やはりプロの目にかかればすぐに分かってしまう程度には腫れは残ってしまっていた。
責められるならまだしも、心配そうに気遣う周囲の視線に、大丈夫ですと笑ってみたが、そんなことで誤魔化されてくれる相手ではない。
「ステージに影響は出ないとは思うけど…取り敢えず準備を始めましょう」
「はい。お手数かけてすみませんが、ばれないようにメイクお願いします」
酒井も、それ以上何か言うようなことはなく、小さく溜息をついて頷くとキョーコを鏡の前へ誘導した。
「…ねぇ、京子ちゃん。言いたくなかったらいいんだけど、誰かに…その嫌な思いさせられたりしてるんじゃないわよね?」
徐にメイクを始めた酒井が、少しためらいがちにキョーコに鏡越しに視線を合わせて尋ねたことに、一瞬キョーコは何を尋ねられているのか分からず、暫しきょとん、とした後、慌てて両手を上げて手を振ることで否定を示した。
「ほえっ?い、いえ!これは違うんですっ!」
「ちがう?」
「はい。あの、非常にお恥ずかしいのですが…今日の夢見が悪くて、起きたら大泣きしてて…」
「え?本当に?誰かにいじめられてるとか、そういうのじゃないの?」
「だいじょうぶですよ~。て、いうか私そんないじめられそうなコトやってましたか?」
「違うわよ!そんな理由のまったくない京子ちゃんが泣いてるって、どこのどいつに何されたのかと思って!!ランウェイのステージに立つなんて初めてでしょ?だからひょっとして誰か何かしたのかと思って」
反対に心配になったキョーコの質問に、今度は酒井が全力で首を振って否定する。
「だから、違ってればいいのよ。万が一京子ちゃんみたいにいい子をいじめる奴がいたら、私が許さないわ!だから遠慮なく言ってね!私だけじゃなくてスタッフは皆京子ちゃんの味方だから」
「ありがとうございます。そう言っていただけるなんて恐縮ですが、ご心配おかけすることのないよう気を付けますね」
やりとりをしながら、キョーコは夢から目覚めた時のことを思い出す。
感じていたのは、まるで、自分がたった一人世界に取り残されていたような孤独感。
だが、今ここにある色々な人たちの優しさは夢でも幻でもない本物だ。
――そうよね。私は色々な人に大切にされてる。そのことに感謝しなくちゃいけないのに、何を悲しんでいたのかしら。
明るく微笑むキョーコに、ようやくスタッフ一同がステージ本番に向けて動き出した。
ステージが始まるまであと少し。緊張とともに、ステージ裏では皆が自分の準備に余念なく動き、まさに戦場とも言える状況になりつつある。
衣装が完成して、着けるジュエリーも何とか本番までに間に合った。例のジュエリーだけは、リハーサルも本物に近い形のイミテーションを使っていたから、ある意味本物は初めて着けることになる。
騒々しさに紛れて、盗難などのトラブルが起きないように、ステージ裏は別の緊張感も漂っていた。
その空気をひしひしと感じていたキョーコは、緊張にふるりと体を震わせる。
「……すごい、緊張感だわ。私、大丈夫かな」
「あらあら、京子ともあろう人が何言っちゃってるのよ。大丈夫よ、何かあっても私たちもフォローするし、成功させたい気持ちは皆おなじだから!」
「そうそう!あ~でも、京子じゃなかったら、私たちこんな協力的じゃないかもね~」
「うふふ、そうかも、ね。京子、このステージが終わったら私と付き合ってよ」
「あ!ずるいわよ、カレン!それなら私も!」
「え?は?どどど、どうしちゃったんですか、皆さん」
きらびやかな衣装を纏ったモデルたちに取り囲まれてキョーコが思わずたじろぐと、皆楽しそうにキョーコに纏わりつく。
と、そこに小気味よくぱんぱん!と手を叩く音が響いた。
「はい、そこまでね!京子ちゃん、そのままだとあなたキスされちゃうわよ。そのおねーさんたちが恋人にしようとしてることに気付きましょうね~」
「はぁぁ?な、なんですか、ソレ?」
「あん!チーフったら!バラしちゃダメじゃないですか~」
「何言ってんの。さ、ホントにあと少しで始まるんだから。スタンバイして頂戴」
「「「は~い」」」
さっきまでの絡みが嘘のようにさぁ、っとみな鮮やかな歩行で散っていく。そして去り際にそれぞれが、キョーコへ 『楽しみましょう!』 と声をかけて去って行った。
いらぬ緊張で力が入りすぎているキョーコをリラックスさせようと、皆が取り囲んでくれたのだとその言葉で気付く。心の奥がほんわり温かくなって、肩の力もすぅっと抜けていくのをキョーコは感じていた。
だが、同時に満たしきれない何かを感じる。貪欲な自分の心に驚きつつ、キョーコは軽く頭を振ってその雑念を払おうとした。
――いつの間にか、私、随分と贅沢になってたのね
気が付けば、いつも誰かが自分のことを心配して見守ってくれている。
気付かなかったのではない。気付こうとしていなかったのだ。だからこそ、今、自分の周りを見渡せば、優しく手を差し伸べてくれている人たちがたくさんいる事がわかる。
――みんなが支えてくれてるこのステージ、失敗なんてできないわ!
キョーコにとって、初めてのランウェイ。その幕が今、上がろうとしていた。
ちがうわ。
ソレ、は私も持っていたもの…。
私が願い、望むものは、あなたと同じ
『 ただ一つ 』
それだけ、なのよ……
ステージの光あふれるその陰で、小さくもれたその声は…
誰に聞かれることもなく、闇の中に消えていった。
つづく