舞い降りる
白い花は
雪桜

触れれば消える
まほろばの花



- 雪桜 -


「…う~、寒い~っ!」
「だから社さんはホテルに居ればよかったじゃないですか」
「そんな訳にはいかないだろ!LMEきっての看板俳優と大事な相手役が現場に居るのに、俺だけぬくぬくホテルに居るなんて!」
「…はいはい」

見渡す限り、見事な雪景色。

空は一応晴れているが、雲が多く気温は朝から上がってこない。

スキー場のゲレンデの一角を貸しきっているため、他のスキーヤーもボーダーもいない、本当に静かな雪景色だ。所々にある木々は樹氷をまとい、氷の花を咲かせている。その木々を揺らして吹く風にはきらきらした結晶が混ざり、何とも神秘的な風景を作り出していた。


そして、そこにいる蓮と社の二人はしっかりと防寒対策をしているのだが、蓮がスキーウェアなのに対して、『寒い』とぼやく社はダウンコートの下に色々着込んだ状況で、決して蓮に引けを取るような防寒状況ではない。しかし、実際のところかなり寒い。


「どうせだから社さんもウェアを着てこればよかったのに。その方が寒くなかったかもしれないですよ?」

「馬鹿いうな。遊びに来てるならともかく…仕事でそれ着てる蓮はいいが、俺が着たら『遊びに来た』としか思われないじゃないか」

「…本当は滑りたくてうずうずしてるんじゃないですか?」

「ははは。まぁな。ま、お前ほどじゃないと思うけどな」


にやりと笑う社に、蓮は気持ちまで見透かされているような気がしてひょいと肩を竦めた。


  絶対遊ばれてるよな…


思わずため息をつきたくなるが、まだ周囲に人の目がある以上は『敦賀蓮』としての顔を崩す訳にもいかない。
そんな蓮の思いを読み取っているかのように、社は不意に表情を真剣なものに変えて蓮を見据えた。


「前回の撮影からそんなに期間は経ってないとは言え、ここが正念場、だろ?…なぁ、蓮」
「社さん?」

「お前のここ暫くの仕事振りと、キョーコちゃんとの距離感。見ててこっちがハラハラすることも多かったぞ。スキーに集中して滑ってりゃそんな気分も一瞬は忘れるかもしれないけどな…」

「…ええ。所詮ごまかしでしかないですから」
「だろ?…にしても、天下の敦賀蓮をここまで追い込むことができるのはあの子くらいのもんだな。―― 頑張れよ」
「…はい」

苦笑する蓮の肩をポンと叩いて、社は撮影クルーの元へと視線を遣る。
そこには真っ白なファーコートに身を包んだキョーコがいた。何やらクルーと話して楽しそうに笑っている。
蓮にしてみると、久し振りに見たキョーコの笑顔だった。

思わず破顔する蓮に、『顔、気をつけろよ』と釘を刺すことを忘れず、社もそのクルー達のもとへとゆっくりと歩いて行った。

  前言撤回。遊ばれてる、というより心配されてる、だな。マネージャーとしては頑張れよ、は普通ありえない事だし…。


前の撮影で蓮がキョーコに想いを告げてから、何度か仕事で一緒になることもあったが、お互い差し障りのない会話しか交わしておらず、近すぎず、遠すぎず。と、いう距離を保っていた。
それはもう、社が『どうなってるんだ!』とヤキモキするくらいには…。
ただ、その不自然なくらいの自然な距離は社以外の者にはよくわからないらしく、『相変わらずあの二人は仲がいい』と言われ、社の胃薬の使用率がその度に上がっていたことも確かだ。

どちらに転ぶにしても、今回のこの撮影が終わる頃には答えは出ているはず。


「白いこの雪に…俺の醜い部分を隠してしまえたらいいのに…」


今のこの微妙な距離感を作るもとになったのは自分の告白があったからだ。

なのに、自分以外の人に明るい笑顔を見せるキョーコを、自分以外の誰からも見えないところに隠してしまいたいというエゴが頭をもたげてくる。


どんな表情でも、自分だけに見せてほしい。

あわよくば、他の誰も見たことのない、表情も。


こんな嫉妬と欲望に穢れた自分を、この雪は浄化してくれるだろうか・・・。


見渡す一面の白いゲレンデに、蓮はそう思わずにはいられなかった。




つづく