すべての工業製品に愛を!キャンペーン(?) 擬人化小説その1 | サイクルトレーラー・ライフ

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リヤカーデザイナー兼ネットショップ店長兼フリーライター(怪しい?)をしている40代男子が、おもにタメにならないことを書いたり書かなかったりします。お酒・本・釣りの話題が中心でしょうか?
ロードバイク+サイクルトレーラーの生活も(販促がてら)紹介します。




※すべてのクルマ好きに捧げます。



「僕のオーナー」



僕は自動車だ。

とりたてて特徴のない、国産の、小型車。

数少ない自慢は、鮮やかなオレンジのボディカラーと、そしてオーナー。

僕のオーナーは可愛い女の子だ。

可愛いだけじゃない、僕をとても大切に扱ってくれる、優しい娘さんなんだ。

彼女はちょっと上を向いた鼻を気にしていて、僕に乗るたびにルームミラーで見てはため息をついてる。僕はかわいいと思うんだけどな。

きれい好きな彼女のおかげで僕のボディはいつもピカピカ。

メンテナンスにも気を使ってくれるから、10万キロ以上走ってもエンジンは快調そのもの。

でも、彼女とも今日でお別れだ。

僕は壊れた。



大粒の涙を流しながら、彼女はレッカー業者に尋ねてた。「直りますよね?」

レッカー屋さんの困った顔がすべてを物語ってた。

今までたくさんの事故車を見てきていれば、僕が直らないのはあきらかだもんね。

ひしゃげたラジエーターの配管が破れ、エンジンに冷却水が回ってしまっていた。

僕の心臓にふたたび火が灯ることはない。

ボディ全体にも歪みが生じてしまっている。僕を直すには、僕を買った時よりお金がかかってしまうだろう。

でもいいんだ。

彼女とは、いろいろなところに出かけた。たくさんの思い出ができた。

川沿いを走り、くねくね道を駆け上がって山頂をめざし、湖のほとりで水面を見ながら休憩し、大きな橋を渡り、フェリーに乗って海も越えた。バンパーの擦り傷さえ、ふたり過ごした時間の証に思える。

そして僕は、最後の仕事をやり遂げることができて、とても満足してる。



雨の夜、急に飛び出してきた子猫を避けて、君は急ブレーキを踏み、左にステアリングを切った。

きちんと床までブレーキを踏んでくれたおかげで、僕はすかさずABSを作動させることができた。

でもほんのちょっとだけ、間に合わなかった。

進路に電柱があったのはたまたまだ。嘆くことじゃない。人生にはなんだって起こりうるんだから。

電信柱までの距離から、衝突が避けられないと判断した僕は、決断した。

衝突する直前に、エアバッグをふくらませたんだ。

可能な限り速く、そして優しく。

おかげでさ、あんまり痛くなかったろ?

あれは誰にでもできる芸当じゃないんだぜ?



さよなら、僕の、大好きな、オーナー。

僕はバラバラに解体されて、多くの部品は廃棄される。

だけど、けっこうな数の部品はリサイクルされるんだ。

僕はまた別の部品に生まれ変わって、イカす車の一部になり、そしてまた君のもとへやって来る。

必ずだよ。



そのころ君はお母さんになってたりするのかな?

そしたらさ、君の家族も乗せて、また一緒に走ろうぜ。

まだ見たことのない場所へ。