僕のように医療(健康)に密接に関わる仕事に長年従事していると、我々にとって何が一番大切かがよく分かります(^_^;

それはもちろん”健康”で、それを勝るものは果たしてこの世に存在するのか?!と思うほどです。

僕の浅はかな頭で思い浮かべても、”健康”に匹敵するのは例えば”愛”、”希望”、”夢”など形而上の世界にあるものしか考えられません(>_<)

しかし我々は健康でなければ、そういったスピリチュアルなものの価値を感じる余裕がなくなるので、やはり”健康”がその上にあるような気がします(^_^;

この話をわかりやすくするため、日本で金融関係の仕事をしていた僕の米国人の知人を例に挙げます。

彼はすでにリタイアしていますが現役中は大変有能で、その世界で大成功しそれが彼を早期退職に導いたのです(^o^)

彼は一生生活に困らない蓄えと自由な時間を得た後、いつも「おまえはいつまでそんなにあくせく働くんだい?俺はこれから人生を大いに楽しむのさ!」と言って僕を羨ましがらせました(v_v)

それは彼が40代中半の頃の話なので、米国ではいわゆる”early riteirment(早期退職)”と呼ばれる、勤勉な日本人にはあまり理解出来ない価値観なのです。。(^_^;)

米国には”仕事はむしろ罪悪と捕らえ、一角千金を得てさっさと仕事は切り上げる。そして自由な人生を謳歌すべき”との価値観が存在します。

なので僕のこの知人は、米国流サクセスストーリーに見事にはまった一例だったのです(^_^;

ところが彼は仕事を辞めてこれから自由を楽しもうとしていた矢先に、さまざまな病気に襲われ始めたのです(・o・)

そして彼は自由な時間と蓄えた資財を謳歌する代わりにそれらを病の克服に費やしていますが、症状はいっこうに良くなりません。。(v_v)(v_v)

すでに米国に戻っているこの知人ですが、数ヶ月前少しでも良い治療を求めて日本を訪れた際に、僕は彼と再会しました。

彼と僕は年齢が近く、以前彼が健康な時は悪ふざけをしながらじゃれ合うほどの仲だったのに、今や彼はすっかり落ち込んでいて、冗談も通じないほどでした。。

現在彼は全身を慢性の痛みで襲われているようで、そういった状態では精神的余裕がなくなるため、以前のように楽しい時を過ごせるはずがありません。。

我々はいつも”もっとお金があればなぁ~とか、もっと自由な時間がほしいなぁ~”などと無い物ねだりをしがちです(>_<)

ですが上記友人のように、どんなに自由やお金があってもそれらは健康でなければ、それらはほとんど価値がありません。

逆に言うと、健康でさえあれば努力次第で欲しいものは多かれ少なかれ手に出来る可能性があり、少なくともそういった”希望”とともに明るく生きられるはずです(^-^)

現在肋骨が折れて若干制限のある生活を強いられている僕は、身に染みて健康の有り難さを感じています(^_^;)