翌日もなんだか全然ダメで
さらに追い討ちをかけるように声楽教室でもダメで
先生にまで迷惑をかけてしまいました。
はぁぁぁぁぁぁぁぁ。
もう、自分が嫌いですよ。

「調子、悪い?」
先生は優しい声音で訊ねてきてくれます。

「はい。 はぁ、もうすぐお姉ちゃんの結婚式なのに……」
この教室は歌いたい歌を歌わせてくれます。
だからお姉ちゃんへのプレゼントの曲を練習、
先生にみてもらってるんですがなんだか声が、歌が、
喉から上手く出ないんです。
こんなグダグダのままじゃダメです。
もっとちゃんとしっかりと綺麗に歌えるようにならなくっちゃ。

「ことりさんはお姉さんを祝福してあげたいのよね?」
「それは、もちろんです」
「だったら、上手く歌う必要なんてないんじゃないかしら?」
それってどういう?

「確かに上手に綺麗に歌うことは大切だけれど、
 やはり一番大切なのは気持ちだと思うの」

先生は優しく微笑みながら、
「下手でも間違ってもいいの。 
 ちゃんと相手を想って心を込めればきっと届くわ」
「はい」

先生はいつも、とてもなんだか不思議。
決して上手に歌え、綺麗に歌えなんて強要してきません。
自由に伸び伸びと楽しく歌いなさいと言ってくださる。
だからこそ今までずっと続けてこれたのかな。

よくよく考えたら先生って
このままいったら将来私の義理のお母さんになるんですよね。
先生がお姑さんなら何も心配なく上手くやっていけそうかな。
あ、あれ?
こんな時な、なに考えてるんでしょう私……。

レッスンが終わりエレベーターで1階に下りると
「あ、凛くん♪」
「おつかれ」
ギターを背負った彼が待っていてくれました。
私は迷わず駆け寄って腕組んじゃいます。

外に出て凛くんが上を見上げると先生が窓を開けてこちらに視線を送っていました。
私は軽く会釈をし、凛くんはお母さんである先生に対して手をふって
それから二人で帰路につきました。

「あのさ、ことり」
信号で止まった時、何かをきりだすように
「こう言うのも変だけれど、あんまり無理して気張らなくてもいいんじゃないか?
 せっかくの”お祝い”なんだ。 
 ことりが姉さんの事を想って歌ってあげればそれが一番いいと思う」

私はそれを聞いて思わず口を押さえながらも笑ってしまいました。
そんな私の様子を見て
「?」
凛くんは不思議そうな、訳の分からない顔をしてます。

「ふふ、ごめんなさい。 やっぱり親子なんですね。
 さっき先生にも同じ様な事言われちゃいました」
「そか」
二人の言うとおりかもしれません。
大事なお姉ちゃんへのお祝いだから、と
気が入りすぎていたのもたしか。
もっとリラックスしてやらないと。

「こ、公衆の面前でいちゃいちゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
突然の叫びに私と凛くんは思わず体がビクッとなって後ろを振り返ると、
「お父さん?!」

そう、会社帰りかスーツ姿のお父さんが
鬼の形相をして立っていました。

「は、離れなさい!」
私達の間を強引に引き裂こうとしてきたので
一歩下がって凛くんをそのまま引っ張ると
ひょいっ!と上手くかわすことが出来ました。

「ぐぬぬぬぬぬ! おのれ、小僧!」
今の私がやったのになんで凛くんにキツイ視線送るんですかっ!
もう、本当にお父さんには困ったものです。
別に恋人同士さんなんだから腕組むぐらい当たり前なのに。

『わ、私だって腕なんて組んでもらったことなにのに!』
……………………………。

ま、またそっちですかー。
お父さんが凛くんに怒ってるというか
敵視してる基準がイマイチよく分かりません。

「行こっ、凛くん」
信号が青になったのでそのまま歩き出すと
「ちょ、まちなさ……まりあ?!」

振り返るといつの間にかお母さんがいて
お父さんの腕を組んで拘束中。
軽く手をふってくれたので私も答えちゃいます。

そしてまたしばらく歩くと凛くんの携帯が鳴り、
彼はズボンのポケットからそれを取り出して
液晶画面を眺めます。
どうやらメールみたいですね。

「まりあママ、親父さんと飲んで帰ってくるから晩御飯いいって」
「わかりました」
ふふ、お母さん気を利かせてくれたんだな。

『と言う事は2時間は帰ってこないんだな』
え、な、なんですか凛くん。
その不適な笑みは?
な、何か企んでますね?
しかもろくでもないこと。

「ことり」
「なんです?」
変な事でしたらもちろん却下です、却下!

「一緒にお風呂入ろっか」
とりあえず変なお願いではないのですが……。

「ダ、ダメっすよ。 入ってる間にお父さん達帰ってきたらどうするんですか?!」
お母さんはきっと見てみないフリしてくれますけど、
お父さんはうるさいし激昂するだろうなぁ。
またあの正座コースは簡便して欲しいっス。

「大丈夫大丈夫」
「何を根拠に?」
「カン」
「ええ~」
「よし、膳は急げだ」
組んでる腕から離れ、彼は私の手を引いて駆け足で歩いていきます。

ちょ、凛くんったら。
私まだいいなんて一言も言ってないのにぃぃぃぃぃぃぃぃ。

そして結局はなんだかんだと言いくるめられてしまい
一緒にお風呂に入ることになり、
り、凛くんがエッチなこといっぱいしてきて
はぁ、それはもう大変でした。

お風呂からあがったらもうご飯作る気力も体力もなかったので
晩御飯はレトルトのカレーになった事は言うまでもありません。

……………………………………………
………………………………………
…………………………………

先生や凛くんに言われたとおり気を張らず
リラックスしたつもりで歌の練習したのですが
結局上手く歌えないまま今日もバンドの練習は解散となりました。

このままいったらどうしよう?
もうお姉ちゃんの結婚式まで幾日もありません。

それに、みんなに迷惑かけちゃってますし。
はぁ。
反省……。

凛くんは何も言わずただ手をぎゅっとやさしく握ってくれて
少し前を歩いてくれている。
それで少しだけ気分が和らぐ。
もう時間が無いのでアリスちゃんからウォークマンにお祝いの歌の音だけ入れてもらい、
イヤホンを片側だけつけてリピート再生させながら確認中。

桜公園に入ったのであの大桜の下でもうちょっと練習していこうかな。
凛くんならギターで付き合ってくれそうですし。
でもふとブランコに目がいってしまい、
なんだか急に懐かしくなったので
ひさびさに乗ってみることにしました。
軽く後ろに蹴って揺られてみる。
そういえばよくお姉ちゃんにやってもらったな。

「ことり、凛」
「お姉ちゃん」
私達を呼ぶお姉ちゃんが一瞬だけあの時の、
私と遊んでくれていた時の付属の制服に身を包んだ
女子中学生に見えました。
でもそれは一瞬で、今の姿に戻ります。
お姉ちゃん、変わらないな。
あの頃からずっと……。

「どこかへ行ってたの?」
そういえば今日は有休とって出かけるって言ってましたね。
お姉ちゃんは人差し指でポリポリと頬をかいて
少し照れくさそうに、
「今しがた婚姻届出してきたところだ」

「おめでとうお姉ちゃん」
「おめでとうございます」
そっか、これでお姉ちゃん書類上ではもう
”白河”じゃないんだ。

「ありがと。 あんまり実感湧かないんだけどな」
確かに。
まだ結婚式済ませてないから
お姉ちゃんがお嫁に行ってしまったという実感がありません。

「ところでどうしたんだい?」
「へ?」
お姉ちゃんは私の隣に空いているブランコに乗り同じように揺れる。

「元気なさそうだから」
「わかるんですか?」
と凛くんが尋ねると、
「何年姉妹やってると思ってるんだい?」
自信満々の笑顔。

私は心の声が聞こえるから
誰が何を考えてるのか
相手が思考さえしていてくれればわかっちゃいます。

けれどお母さんもお姉ちゃんも、
そんなのなくても私の事はいつもお見通し。
この能力があっても二人にはかなわない。
でもきっとそれはずっと一緒だったから。
家族として一緒だったから。

さすがに歌の事は秘密にしてるので
上手く歌えない事に対して落ち込んでるなんて言えません。
だからお姉ちゃんもたぶん知らないと思ったので
この前お母さんからお父さんの事を話しました。

お父さん、本当はギタリストになりたかったんだけど
生活のために銀行員になった事。
そして凛くんが言うには
でもきっと諦め切れなくて海外出張中に
かなり練習していた事。

この前、瀬場さんのお店を出てからさらにその後お母さんが教えてくれたんですけど、
お父さん、海外出張行く前はよく週末、
会社の接待ゴルフに出かけてました。
でもそれは見せ掛けで本当は大好きなロックバンドのコンサート見に行ったり、
はたまたスタジオを借りてひたすら一日中練習したり、
知り合いのバンドのサポートをしてたみたい。
残業で遅くなるからって連絡があった時もやはり同じようにしていて、
う~ん。
お父さん、いつも平然としていたので私もお姉ちゃんも全然気がつかなかったです。

「そっか」
私の話を一通り聞いたお姉ちゃんは
今度はブランコの鉄パイプの柵に腰を下ろし
ふと空を見上げてます。
「私達、ずっと守ってもらってきたんだな」
「うん」

親が子供を守るのは当たり前かもしれない。
けれど、それでお父さんの夢を犠牲にしてるのは
なんだか違う気がしました。
でも気分は複雑。
経済的に疲弊していたらきっとお姉ちゃんを育てるだけで手一杯で
私はここに居ない……。
もしそうならお父さんやお母さんやお姉ちゃんや
みっくんにともちゃん、圭君や先生、
そして凛くんと出会うこともなく恋する事もなかったでしょう。
それは、とても、嫌だな。

お姉ちゃんは立ち上がり、
「凛。 そのギター、今はどこだ?」
「俺が預かってますけど」
「よし!」
なんだか気合を入れて立ち上がったお姉ちゃん。
ああっ、なんだか企んでる顔になってる~。

………………………………………
…………………………………
……………………………

数日後

ふぅ。
私は歌詞ノートの上にシャープペンを置いて背伸びします。
ん~、ちょっと根を詰めすぎちゃいましたかね。

今晩は凛くんが先生の家にお泊りの日なので居ません。
つまんないなぁ。
今頃美春ちゃんと遊んでるのかな?

そ~いえば私も小さい頃はお姉ちゃんによく遊んでもらったな。
どこに行くにも一緒で、
ずっと手を握ってくれてたっけ。

そんなお姉ちゃんが明日、お嫁に行っちゃいます。

本当にもう、私から離れていっちゃうんだ。
………………………。

あ~もう、こんな気持ちじゃだめだぞ白河ことり。
お姉ちゃんの折角の晴れ舞台。
ちゃんと明日は祝福して送り出してあげなきゃ。

明日、大丈夫かな。
なんとか今日の練習では歌えたけど。
でもなんだか不安要素は残ってる。

あ~ダメダメ。
ネガティブな思考になっちゃいますと失敗します。
気持ち切り替えなきゃ。

ハーブティでも入れて気分変えましょう!

椅子から立ち上がり部屋を出ようとしたら
お姉ちゃん?

明日は家族で式場に入るため今晩は家に来ています。
お姉ちゃんが元自分の部屋、
今はお父さんの部屋の前、
神妙そうな顔をして立っています。
手にしているアレはもしかして……。

お姉ちゃんはドアをノックして、
「父さん」
「暦か」
あけて中へ入って行きます。

私は気になってそっと自分の部屋のドアを開けて
近くまで移動しました。

「どうした?」
「あの、さ……」
「今まで、ここまで育ててくれてありがとうございました」
「……よせ。 こういうの、苦手なんだ」
そっか、最後の……挨拶をしにきたんだ。

立ち聞きなんて失礼なのは分かってるんだけど、
何故か足が動きません。
「父さんに、渡したいものがあるんだ」
「暦」
「もう我慢したり隠したりする事ないんだ。
 これからは自分のやりたい事をやって」
きっと渡したんだね、お父さんのギター。

「私はもう、大丈夫だから。 ことりも……」
そうだよお父さん。
確かに私はまだ経済的には独立してないけれど、
もう守られてるばかりの子供じゃないよ。

「ことりは……、あの男と居て幸せなのか?」
「どちらかというと凛がことりに幸せにしてもらってると思う」
そう、かな?
私の方が幸せにしてもらってる気がするけど。

「アイツの境遇、母さんから聞いたでしょ?」
「だからと言って、私達に何の関係がある?」
「始めてあった頃の凛は無機質っていうか、
 他人と距離感があって依存しないようにしている風だったんだ」
うん、そう。
凛くん、なかなかこの家に馴染もうとしなかった。
他人行儀でよそよそしくて、遠慮してた。
あの時は怪我が治ったら出て行く前提だったから仕方が無いかもしれないけれど。

「でもここで過ごすようになって、
 家族ってこういうものなんだなって知ったと思う」
「まぁ私や母さんよりも、ことりがどうにかした結果なんだけどね」
ううん。
そんな事ないよ、お姉ちゃん。
お母さんが居て、お姉ちゃんが居て、そして私が居て
それで家族が成立してたんだよ。
だからこそ凛くんも理解してくれたんだと思う。

「あの娘が誰かを幸せに出来る女の子になってくれて、
 私はとても嬉しいよ」
そんな風に思っててくれてたんだ。
なんだかそれを聞いて、心がほっこりします。

「そういう風に育てたのは他ならぬ父さんと母さんでしょ?」
「今時の高校生にしてはしっかりしてるけど凛は所詮16歳のガキだ。 
 だから、今すぐ認めろとは言わない。 
 けれど、見守ってやって欲しいんだ」

お姉ちゃん……

お姉ちゃんが部屋から出てきそうな気配だったので
私は咄嗟に忍び足で階段を降り、
キッチンへ逃げ込みました。

明かりをつけて、
え~っと、きっと居るよね。
戸棚から大き目のグラス2つとトング、
たしか冷凍庫に、
あ、ありました。
かち割り氷を取り出してアイスペールに入れます。
それからウィスキーのボトルを1本。
おつまみは確か柿の種があったかな。

それらをお盆に一通り並べて、
「ことり?」
リビングに入ってきたのはお姉ちゃん。

「はい、お父さんと飲むんでしょ?」
と渡してあげると、
『相変わらず気が利く子だね』

うん。
今夜だけは心置きなくお父さんと語り合って欲しいな。
私やお母さんとはいつでも出来るけど、
これから先お父さんとじっくり話せるなんてそうそう無いだろうから。

………………………………
…………………………
……………………

お風呂をあがりキッチンを確認すると
終わったのかシンクには先ほど出した
グラスなどが水に浸かっていました。

私は部屋に戻り髪を乾かしたりなどしてから
再び1階に戻りゲストルームの襖をノックします。
「はい」
よかった、まだ起きてくれてたみたい。

開けるとお姉ちゃんはお布団から上半身だけ
起き上がっていて、
私は襖を閉めた後タタタタッと駆け寄って
「な、なんだい?」
「一緒に寝よ」
そのまま布団の中へ入っていく。

「凛が居なくて寂しいのかい?」
「それもあるけど。ほら、もうこれからこんな事出来そうにないし」
「ちょくちょく帰ってくるよ」
それはそれで嬉しいけれど、
お母さんが「お嫁に行った意味ないじゃないの」とか言いそうだな~。

電気を消して二人で床につく。
さすがに小さい頃と違って
1つのお布団に二人で眠るのはもう狭いね。
「こうして一緒に寝るなんていついらいだっけ?」
「よく憶えてないよ」
いつの間にか一人で寝られるようになりましたからね。

「小さい頃はしょっちゅうだったんだけどな」
「だって、夜は怖かったんだもん」
本当は夜の闇が怖かったんじゃない。
朝、目が覚めた時
本当の両親のようにお父さんやお母さん、
お姉ちゃんが急に私の目の前から
居なくなっちゃうのが怖かったから。
だからあの頃の私はお母さんやお姉ちゃんのところへ
転々として一緒に寝てもらっていた。

「明日、楽しみだね」
「そうだな」
明日起きた瞬間、きっと長い一日が始まる。

戸籍上はもう白河じゃないけれど、
これで明日本当にお姉ちゃんは”白河 暦”じゃなくなっちゃう。

嬉しい事のはずなのに、
なんだかとても寂しい……。

「お父さんとはゆっくりお話出来た?」
「ああ、ありがとな」
と頭を撫でてくれる。
えへへ、なんだかくすぐったいな。

「さ、もう寝よう。 明日は早い」
「うん、おやすみお姉ちゃん」
「おやすみ、ことり」

ああ、明日本当にお嫁に行っちゃうんだね。
お姉ちゃん……。

つづく

―――次回予告
みなさんこんにちは、鷺澤美咲です。

ことりさん、
やはり白河先生がお家を出られるの
寂しいみたいですね。
凛さん、ことりさんをしっかりと支えてあげてください。

さて次回は……

いよいよ白河先生の挙式当日を迎えました。
私も瀬馬さん、アリスさんと合作でウェディングケーキを作り
お祝いさせていただきます。

式は順調に進みH.C.Pの演奏が始まりました。
しかし最後にことりさんが……。


次回、D.C.F.L 第107話「姉がお嫁に行くその日」
みなさんまた、読んでくださいね。