みなさんこんにちは、九朗です。
 
D.C.F.L最終章いかがだったでしょうか?
本当はことりちゃん視点も導入すべきだったのでしょうけど、
これ以上書いたらもう収集がつかなくなってしまうという危惧と
自分が次のステージに進みたいのでここで筆を置かさせていただきました。

なにはともあれ、終わったー!

書き終わった瞬間、ものすごく晴れやかな気持ちになりました。
その後しばらく何も書く気がおきず、
ダラダラと過ごしております(笑)

長かったなぁ。
何年かかったんだろう? 
すでに世の中D.CⅢの世界なのに。
いやもう2次創作なんて二度としない(笑)

振り返れば書き始めの発端は
D.Cのアニメ版で純一にことりちゃんがフラれてしまったことと、
小説を書く練習をしたかった事。
シルビア師匠の元で弟子入りし、
他の方々と切磋琢磨してD.C.F.Lを書いていたことは
もう懐かしい限りで一番楽しかったひと時です。

物書きって一人黙々と孤独な仕事かと思っていましたが、
ふたを開けてみると全然違いました。
九朗の場合、誤字脱字が多かったため修正してくれる人。
ストーリーで躓いた時、相談に乗ってくれる人。
他で作品を書いているライバル達(苦笑)。
そして「最後まで付き合うよ~」と言ってくださった
ありがたい読者様のおかげでここまでこれました。
決して自分一人では自分で納得のいく終わり方が出来なかったと思います。


さようなら、姫乃凛
まったく君という男の子は最初はかなり手こずらせてくれましたよ。
でも話の中で徐々に普通の男子高校生らしくなっていって
書いていくのが楽しくなってきました。
たぶん君は九朗が高校生の時そうでありたかった”自分”なんだろうと、
今では思えてきます。


さようなら、白河ことりちゃん
彼女にしたいぐらいの女の子でしたが
書いていくうちにお父さんのような心境になってきました。
かわいらしさの中にも強さとやさしさがある、
そんな女の子であったと思います。


最後に。

今後なんですがもう二次創作もオンライン小説も書きません。
九朗には夢があるのです。
それはライトノベル作家になって作品を1000万部売り上げて
それがアニメ化になって敬愛なる
堀江由衣様、水樹奈々様、喜多村英梨様、竹達彩奈様に
ヒロイン達の中の人を演じてもらう!

という野望が(笑)

これからはそのために下手でもなんでも
頑張っていこうと思います。

それではまた、
今度はライトノベルのあとがきで。

みなさま、ありがとうございました。


九朗
朝倉、間に合っただろうか?

あの後すぐに朝倉にメールを送信した。
あいつがまだ駅ならそこから電車で本土まで行って
フェリー乗り場まで先回りすれば間に合うかもしれない。
あとはもう時間との勝負だ。

なんだか今更学校へ行く気にもなれなかったので
そのまま修ちゃん家に寄ることにした。
玄関に靴がないということはちゃんと学校に行ったのかな?
まさか逆に俺がサボるとは思わなかったけれど。

ことり、きっと心配してるだろうな。

こういう時相手が携帯をもっていないと不便だ。
よく迷子になるしいざという時連絡が取れないと……
今回のような消失事件があった時困るから
いい加減持ってもらえるよう説得しよう。

あ、それよりも。
俺は工藤へここに居る事をことりに伝えてくれとメールしておいた。
丁度休憩時間だったからすぐ「わかった」と返信してくれた。

練習でもしてようかと思ったが
何故かそんな気になれなくって、
でも暇を持て余すのもな~。
あ、そうだ。
掃除でもするか。
隣の部屋、修ちゃんが生活の場として使っている部屋へ移動する。

う、わぁ。

服は脱ぎっぱなし。
食べたお菓子やジュース、
カップラーメン(汁入り)もそのまんま。
まったく、
毎度毎度の事ながらよくもこれだけ散らかせるもんだなぁ、と感心する。
俺や美咲姉さんがいなかったらどうなっていたことか。

しかたがない、片付けるか。
俺は学ランを脱ぎ、シャツの袖まくりをしてから作業を開始した。

………………………………………
…………………………………
……………………………

ふぅ、疲れたな~。

家事って意外と体力使うんだよな。
あ~もう、ろくに掃除しないくせに部屋だけ広いのもどうかと思うよ。
洗濯物もためっぱなし、
食器もそのままだったし。
かといって修ちゃんにやらせると
余計ひどくなるし。
でもまぁH.C.Pや俺と師匠とのレッスンで場所貸してもらってるから
これぐらいはしないとな。

今何時だろう?
と携帯の時計を確認したら12時になるころだった。

……………………………。
あ、しまった。
ことり、今朝お弁当作ってたよな。
うわ~、無駄にさせちゃった。
どうしよう?

急いでまた工藤にメールしたら速効で帰ってきた。
なになに、
『お前のお弁当は暦先生の胃袋に行ったから安心しろ』

なるほど、そういうことか。
よかった。

俺もお腹減ったのでキッチンへ行って冷蔵庫を開ける。
美咲姉さんが賞味期限の長い食材を中心に
置いて行ったから割と中身は充実していた。
キャベツ、ウインナーがあるし、
長めのパンも発見したので
ホットドッグを作りそれを昼食としていただくことにした。

昼食後それからまだ作り途中だった曲の仕上げ
気がついたら夕方で
学校が終わったメンバーのみんなが続々集まり始めた。

あれ?
「修ちゃん、ことりは?」
「終礼終わったらとっとと帰ったからてっきりここかと思ったわ。 おらんのか?」

普段なら学校から直接こちらに向かってくる。
買い物か?
いくらもう消える事なんてないと分っていても
近くに居ないと漠然と不安になる。

そんな気持ちでいたら
ズボンのポケットから彼女のハーモニーボイス。
もとい、着信メロディが流れてきた。
フリップを開いて液晶の着信相手を確認すると
名前が表示されていなかった。
けれど090から始まるって事は携帯電話だよな。
誰だろう?
とりあえず相手が誰なのか確認したいため
通話ボタンを押して
「もしもし?」
「もしもし、凛くんですか?」
「ことり? どうしたんだ?」
とりあえず彼女の声に安堵する。
しかしいつもは公衆電話からなのに今日は携帯からだなんて、
迷子になって公衆電話がないから誰かの借りたんだろうか?

「えへへ、携帯買っちゃいました♪」
はい?
ことりが、
携帯を
買った?
………………………………………。
なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
白河家の一大事件が俺の耳に届けられた。

「ちょっとことり迎えに行ってくる」とメンバーに言い残して
慌てて靴を履いて飛び出して行った。
桜公園の大桜の前で待っていると言われたので
そこまで走って向かってみると
大桜の木の下で胸元に祈るように手を組んで
跳ねるように歌っていた。
歌っているのは俺がことりをこちらの世界に連れ戻すために作った曲だ。
最近彼女はこれをよく歌っている。
ことり曰く「だって凛くんが私のためだけに作ってくれた歌じゃないですか♪」と
大のお気に入りらしい。
聞く方の身としてはなんだか背中がかゆくてしょうがないんだけど。

風に揺られる長い髪が見とれれしまうほど綺麗で、
前髪がまつげにかかってそれを払いのけようとした時、
俺に気がついて歌を止めて
軽いステップでこちらまで来てくれた。
ことりリサイタル、もうちょっと聞いていたかったんだけど、
残念だな。

「びっくりしたよ」
「うん。 色違いでおそろいなんですよ♪」
スカートのポケットから出されたのは
彼女らしく淡いピンク色の携帯だった。
本当に俺のカーボンブラックのと形はまったく同じ。

でもよかった。
携帯があれば何かあった時すぐ連絡取れるし、
GPS機能も付いてるから
迷子になられても位置がすぐ特定出来る。

「わざわざ呼び出さなくっても修ちゃん家でよかったんじゃ?」
「凛くんには一番に伝えたかったの」
そう言われるとなんだか嬉しくなる。

「メアド交換しようよ」
「あ、私まだ使い方よくわからなくて」
手を差し出して携帯を借り受ける。
さすがおろしたてなのか傷一つない綺麗な状態だった。
こういう時、同一機種だと操作に慣れてるからありがたい。
「アドレス名どうしょうか?」
「アドレス名?」
きょとん、とされてしまった。

う~ん。
無理もないか。
ことりはこれが携帯デビューなんだし。
メールのなんたるかを掻い摘んで説明し
アドレスもことりらしいものを考え設定してあげる。
一度メールがきちんと配信されるか俺の携帯にテスト送信、と。
うん、うまく受け取れた。
それから基本的な操作方法を教えてから手渡す。
「はい」
「ありがとう」

ことりはさっそくフリップを開いてから
メールを打つ作業に入りだした。
初めてだから仕方がないんだろうけど手の動きが
ぎこちなくって可愛らしい。
四苦八苦しながら打っていて時折
「みんなどうしてあんなに早く打てるんでしょう?」なんてぼやいてる。
手伝おうかと思い覗き込もうとしたら
「ダメ」
と体をひねらせて視界を遮られてしまった。
どうやら見せてくれないらしい。

「送信」
受取開いてみると
『大好き』とハートの絵文字までつけられていた。
うう、やばい。
顔が思わずニヤけてしまいそうだ。
隣に居ることりをうかがうと恥ずかしそうに上目づかいでこちらを見ていた。
『俺もだよ』とすぐに返信を返すと受け取ってそれを目にした
彼女は優しく微笑んでくれた。

大桜はすっかり姿を変え
夏に向かっていた緑に覆われていた。
時折葉と葉の間からこぼれる陽の光が眩しい。
それにしても、
今見ても信じられない。
これが一年中ずっと枯れない桜で
しかも誰のどんな願いでも真摯なるものなら叶えてしまっていたなんて。

「あのね」
一歩前へ出てきて
「聞いて欲しい事があるんです」
真剣な表情で、それが何のことかすぐに分かった。
あの、彼女が”消えてしまった”事についてだ。
そっか。
ことりが俺をここに呼び出したのはその話がしたかったからか。
ちゃんと正面で向き合って話に耳を傾けることにする。

「私、人の心の声が聞こえてたの。
 テレパシーみたいなものかな。 
 相手が心の中で何を考えているか伝わってくるの」
そう言いながらそっと自分の胸元に両手を添える。

「そんな事急に言われても信じられないよね……」
そして目を細めて視線を逸らせた。

「いや、信じるよ。 いろいろあったから」
ことりが俺に対して嘘をつくはずもないし、
こんな雰囲気で冗談なんて言う事もないだろうしな。
それになんだか納得してしまった。

ことりは、彼女はなんだか不思議な側面があったという事。
こちらが望んでいる、たとえばお腹がへったなぁと思ったら
伝える間もなくおにぎりとか簡単なものをサッとすぐに出してくれたりとか
いろいろ落ち込んでる時なるべく表情に出さないようにしていても
「どうしたの、大丈夫?」と優しい言葉をかけてくれた。
元々気遣いの出来る娘さんだとは思っていたが
カンの良さが鋭すぎるというか、
相手の行動を先読み出来ているというか、
本当に「この娘、相手の心が読めるんじゃないか?」と何度思わされてたが、
それがまさか本当だったとは……。

「小さい頃、両親が亡くなって白河のお家に引き取られた時
 誰にも甘えられなくって頼れなくって信じられなくて
 すごくすごく寂しくて不安だったの」
それは無理もないかもしれない。
ことりはその時3歳で、
いきなりまりあママと師匠に「自分たちが今日からあなたの両親だ」と、
暦姉さんから姉だと言われても「はいそうですか」と受け入れられなかったんだろう。
いつも助けてくれる存在の両親が居ないという事、
俺もおばあさまのところで散々味わったから痛いほどよく理解できる。
これほどキツものはない。

「幼稚園だと隣の圭君が意地悪ばかりしてくるし」
それはあの幼いころの写真を見せてもらったな。
初めて見た時は圭にむかついたっけ。

「だから相手が何を考えているか分かったらいいなって
 子供ながらに思ってた」
「まだ”死”というものを理解してなかったから、
 きっとお父さんやお母さんは忙しくって迎えに来れないんだ。
 そう思って一人で街へ飛び出して探しに出かけたの。
 でも迷子になって泣いていたら
 そこでね、見知らぬおばあちゃんに会ったの」
「おばあちゃんは泣いている私をあやしてくれて親身になって話を聞いてくれたの」
「そしたらこの大きな桜の木まで連れて行ってくれて
 これにお願いごとをしたら叶うって教えてもらって」
それってまさか、亡くなられた芳乃先生のおばあさんなんじゃ?

「初めはね、お父さんとお母さんが早く帰ってきますようにって
 お願いしたんだけれど、叶わなかった。 当たり前、だよね」
さすがのこの願いの桜でも人の生き返りは出来ないんだな。

「だから次にみんなが何を考えているか分かりますようにってお願いしたら……」
それがその時の真摯なる願い。
大桜はことりの願いを叶えたんだ。

「しばらくしてお姉ちゃんが迎えに来てくれた、
 というか私を捜していて見つけてくれた時、
 急にお姉ちゃんの心の声が聞こえるようになったの」
「私の事とても心配してくれていて、嬉しかった」
「お家に帰ったらお父さんもお母さんも私の事心配してくている心の声が聞こえてきた」
「幼稚園でも圭君は小さいながら私を元気づけようとして
 でもやり方が分らないから意地悪してきたのも分ったの」
「だからこの力はとても便利なものでした」
自分で両掌を見つめる彼女。

「相手が何を考えてるのか分かれば円滑に付き合えるから」
「私、男の子からよくお手紙というかラブレター貰っていたんですけれど、
 あ、でもね。嬉しくはあったけれど気持に応えられないからお返事考えるの大変だったんですよ」
「そんな私を疎ましく思ってる女の子も沢山居ました。
 モテていい気になってるんじゃないか?って。
 たぶん普通ならイジメの対象になるんでしょうけど、
 私はあの力で相手がどうしたら納得するかよく分ったので標的になる事無く、
 誰にも当たり障りなく接する事が出来たのでうまくやっていけました」
それも、なんとなく分るな。
実は道化師のセカンドギタリストの席はずっと前から空いていて
テツさんも早く補充したかったんだけれどなかなか成り手が見つからなかったと聞く。
オーディションもしたし自ら売り込んでくる人も居たぐらいだ。
けれど、結局ライブ中サポートとして入っていた俺に白羽の矢が立った。
名もない実績もないど素人の俺が、だ。
俺なんかよりも実力も知名度も高い人が沢山いたのにもかかわらず。
初めのころは相当やっかまれたし、
アニキ達がかばってくれなかったら危うく警察行きになりそうなぐらいの事だってあった。
だから誰にも文句を言わせたくなかったから必死で食らいついて行ったんだ。

「でも最近少しずつ心の声が聞こえなくなってきたの」
「初めは知り合いや友達から。 それから徐々にお父さんやお母さん、お姉ちゃん。
 そして最後は凛くんのも」
それは芳乃先生が言っていた桜の魔力が消えたからせいで
”魔力”が無くなったからなんだろう。

「誰の心の声も聞こえなくなった時、目の前が真っ暗になったの。
 本当にこの人、私の事が好きなんだろうか?と疑ったりしてしまって
 疑心暗鬼になっちゃった。 子供のころのあの時みたいに
 誰も信じられなくなって不安になって」
「だから、消えてしまいたいってお願いしちゃったの」
「まさか、叶うなんて思ってもみなかったけれど……」
そうか。
ここしばらくことりの様子が変だったのはそれが原因だったんだな。
いつも不安そうで何かに怯えてる感じで、
だから俺のそばにずっと居ようとしていたんだ。

「ごめん、なさい」
「ずっと不安にさせてたよね。
 私がまた、消えてしまうんじゃないか?って」
それは、ある。
彼女が視界にいないと
どこにいるのかつい捜してしまう自分がいる。

「電話もね、苦手だったのはその力のせいなの。
 電話越しだと相手が何を考えてるかわからないから」
なるほど。
さすがのその便利な力も電子では感じることが出来なかったのか。
ようやくことりの電話嫌いも合点がいった。
あれ、でもそうなると
「じゃあなんで携帯?」
持ってもらったのはこちらとしてはありがたいけど、
苦手なものをわざわざ所持するようにしたんだ?

「私も、少し変わらなきゃと思って」
そっ、か。
ことりも、前へ進もうとしてるんだな。

それにしてもまさか本当に相手の心の声が聞こえていたなんてびっくりだ。

「どこに、いたんだ?」
この流れなら聞けると思い
気になっていたことを問うてみる。

「気がついたらここに居たよ」
と地面の下を指さす。
ことりはここで願いをかけてここで消えた。
なのに元に戻ってきたってこと、か?
しかし俺の前から消えたのは確かだ。
じゃあ……。

「でも一緒にいたはずの凛くんがもういませんでした。
 だから先に帰ったのかな?と思って公園を出たの」
「帰り道、歩いている人の心の声聞いてみたら
 聞こえたからすごく嬉しかった。
 よかった、力が戻ったんだと思って……」 
「けれど、お家に帰っても凛くんがいなくて、
 なんだか家の雰囲気が変になってるって気がついたの」
「凛くんのお部屋に入るとお父さんの部屋になっていて、
 不安になって携帯に電話しても繋がらないし、
 お母さんがお仕事から帰ってから聞いてみても
 凛くんなんて知らないって言われて」
「でも次の日に学校に行ったら凛くんは同じクラスにちゃんといたの。
 けれど、私と家族でも恋人同士でもなかった……」
もしあの時、歌声が聞こえていなかったら
失恋して泣いていたことりにハンカチを手渡して
顔見知りにならなかったんだよな。

そして学校の階段から落ちることりを助けなかったら
俺は怪我をしなずに済んだけれど家族の温かみを
一生知ることが出来なかったかもしれないし
彼女を好きになることもなかったかもしれない。

彼女から聞いた話を統合するに、
「違う世界に行っていたってことか」
「たぶん、ね」
芳乃先生の読みがあたってたってことだな。

「一度こっちに帰りそうになったけれど、
 凛くん、だよね?
 ごめんなさい。
 私、拒絶してしまいました」
初めて奏人の力を発動させ、ゲートを開いて彼女を連れ戻そうとした時の事だな。
「こわ、かったの。 戻っても心の声が聞こえないだろうって。
 だから……」
ことりはスカートをギュッと握りしめる。

「でも、あっちでずっと生活していくうちに
 心の声がまた聞こえるようになった代償が
 あまりにも大きかった事に気がついたの」
ことりは左手を右手の二の腕にのせて
自分を抱きしめるかのような姿勢をとる。

「凛くんが、そばに居てくれなくてもっと辛くなった」
「あっちの世界では友達ですらなくって、ずっと遠くから見つめてるだけ」
「きっと"好きです"と告げても届かない関係」
「だから大桜に元に戻してとお願いしたの。 でも、聞いてもらえなかった」
「都合、いいよね」
「だから”ああ、バチがあたったんだな”と思いました」
ことりは、帰ろうとしてきてくれていたんだな。
俺のところへ。
なんだか心の奥の方がじんわりと温かくなる。

「そんな時にね、聞こえてきたの」
「凛くんの歌が」
そうか。
タイミングよくことりもこの大桜の前に立っていてくれたから
ダイレクトに歌を聞かせられた、
俺の気持ちを届けることが出来たんだな。

「伝わって、きたよ凛くんの気持ち。
 すごく、すっごく嬉しかった」
「ヘタクソだったろ?」
ギターのテクはまぁ人に見せられるとしても
歌は壊滅的だからな。
正直穴があったら入りたいぐらいの恥ずかしさだ。

ことりはやさしく微笑んで「そんなことないよ」と言ってくれたあと
「早く帰らなきゃって、そう思ったの」
「きっと人の心が聞こえなくなってしまった私の不安も、
 受け止めてくれるって」
「バカだなぁ」
「バカ、ですよね。 凛くんはいっだって私の事考えてくれていたのに」
近すぎて気がつかない事だってある。
今回はほんと、それに尽きる気がするな。
ことりが人の心が聞こえるなんてこと知らなくったって
様子がおかしかったのは確かなんだ。
俺がもうちょっと気をつかってやれればこんな
大事にならずにすんだだろう。
まったく、相変わらずの自分の不甲斐無さを思い知らされる。
けれど、悔いていても始まらない。
俺は前へ進んで行かなきゃいけない。
ことりが、少し前へ進む事を望んだように。

「相手の気持ちなんて本来誰にもわからないことだ。
 不安になるのもわかる」
彼女に恋をした時、特にそう思った。
ことりが俺の事、どう思ってるか?って。
家族として友達としては好意を持ってくれてるのは分った。
けれど、”男”としてはどうなのか?
まぁそれは俺が単に鈍感なだけだったんだけど、さ。

「ことりは、裏付けが欲しかったんだな。
 自分の事を好きでいてくれるかどうかって、さ」
本来無償の、無条件の愛情をくれる両親がいなくて
それでまったく他人だった人達が家族になる。
疑心暗鬼になってしまうのも幼い心には致し方なかったかもしれない。

「誰しも誰にも嫌われたくないと思うよ。
 けれど、現実それは無理かもしれないな。
 人それぞれ価値観や考え方は全然違うし。
 だから争いもなくならない」
みんながみんな、好意を持って接してくれるとは限らない。
道化師の曲を盗もうとしたヤツがいたように
相手が自分の利益のためだけに近寄ってくる時だってある。

「でも」
手を伸ばし、その柔らかい頬に触れる。
「安心していいさ。
 まりあママも師匠も、暦姉さんも、
 母さんも美晴も修ちゃんに朝倉兄妹、
 みっくんにともちゃん、
 美咲姉さん 月城さん、
 杉並に工藤も」
「ことりが好きな限りみんなもことりの事が好きだから」
「だから不安がることなんてないんだよ」
まりあママと師匠の親としての愛情。
暦姉さんの妹を大切にしている気持ち。
みっくんにともちゃんの親友としての深い信頼。
母さんの教え子として見守って来てきた心。
友達やH.C.Pの仲間として友情。
みんながことりの事を好きでいてくれるのは
近くで見てきたからよく分る。

「凛、くんは?」
「愛してるよ」
もちろん即答で答えると
「と、時々凛くんたら真顔でそういうこと
 恥ずかしげなく言うから困っちゃうんですよ」
頬をピンク色に染めつつうつむき加減ながら上目づかいしつつ
指先を胸元でつんつんしてる。

「俺の気持ちは一生変わらないよ」
少し涙目になっていたので親指で拭ってあげる。
うん、変わらない。
それは断言できる。

ひらひらと何かが空から舞い降りてきたと思ったら
一欠けらのピンク色の花びらが彼女の頭にのっかる。
それを手に取って見ると桜の花びらだった。
おかしいな。
もう枯れてしまってないはずなのに。
どこかにでも紛れ込んでいたんだろうか?
まぁいいや。

ん?
ウイインウイインとズボンのポケットから
携帯のバイブレーションが鳴っているので取り出してみると
液晶には修ちゃんの名前だ。
どうしたんだろ?
「もしもし」
『コラー! なにやってんのやこのバカップル共が!。
 はよき~へんとリハ出来んやないか!』
思わず携帯を外してしまう程の大声量だったので
耳がキーンとする。
すぐ帰ってくると言って出てきたからな~。

「ごめん、今すぐ戻るよ」
そう言って通話を切る。

「怒られちゃった」
急いで帰らないと。
実はH.C.P近々ライブハウスデビューをする事になったのだ。
と言っても対バンライブで急に空きが出来てそれを補充するためなんだけど。
でも初めての正式なライブだからみんなすごく気合入ってる。
だから曲やら衣装やらの調節などやることが山ほどあるのだ。

「行こうか」
手を差し出すと
「うん♪」
迷うことなく手を重ねてくれる。
その手を引きながら歩き始めると
「凛くん」
「ん?」
後ろを振り返った瞬間、
「だ~いすき♪」
とびっきりの笑顔で腕にからみついて
こちらによりかかってきた。
ああっ、もう!
なんでこんなにも、
こんなにも、ことりはかわいいんだろうなぁ。

きっとこれからも辛いことや悲しいこと
不安になる事はあると思う。
けれどそれが彼女の身に襲いかかってきたら
そのたびに全力で戦う。

一生、彼女を守っていくんだと
俺は背中越しだけど改めてあの大きな桜の木に誓った。


終わり
D.C.F.L (ダ・カーポ ファンダメンタル・ラブ)
第118話「そして……」

消えてしまったことりが戻ってきたあの日、
気がついたらベッドで寝ていた。
けだるい体を起こすとそこが白河家の
しかも俺の部屋でびっくりした。
大したものはないが机などの家具、
母さんの家での自分の部屋に移っていた
ギターのアンプ、雑誌までも置いてある。

それよりもことりはっ?!
と思いベッドから抜け出そうとしたら
手がしっかりと誰かに握られているようだった。
視線を追うとその先には彼女が自分の片腕を枕のようにして
眠っていてもう片方の手で俺の手をしっかりと握ってくれていた。

その姿を見ただけで泣けそうになる。
夢じゃ、ないんだ。
今目の前に彼女が居て
手からちゃんとぬくもりを感じてる。

「ん、んんっ」
ゆっくりと目を覚ました眠り姫は
顔をあげて眠気まなこを指先でこする。
なんだかリスっぽくてかわいい。
そして俺と視線が合うと”はっ!”とした表情になって、
「あ、お、おはよう。 凛くん」
ったく、何がおはようだよ。
こっちはどれだけ心配したか。
でも無邪気なその笑顔見せつけられたら
何も言い返せなくなってしまった。

…………………………………………
……………………………………
………………………………

時刻はすでに日が暮れかかってていた。
昼にあの作業に取り掛かったった事を考えると
4時間近く寝ていたことになる。
彼女が言うには力を使い果たし
ことりが戻ってきたことを確認した俺はそのままぶっ倒れてしまったらしい。
で、そこへ様子を見に来てくれた朝倉がここまで運んでくれたらしい。
相変わらず絶妙なタイミングで現れるヤツだな。
まぁ助かった訳だから明日にでもお礼を言わないと。

ことりと1階へ降りるとすでにまりあママと師匠が帰って来ていて
師匠は英字新聞を広げまりあママはすでに晩酌状態。
姿を見るなり一瞬まりあママに泥棒に間違われた事を思い出し腰が引けてしまったが
「もう、ことりちゃんに心配かけて。 メッ!」
とデコンピン受けてた。
腰に手を当てつつ怒ってるような笑ってるようなまりあママを見て
「ああ、もう大丈夫なんだな」と
おデコは痛かったけど心の中はすっかり安心出来た。
彼女がこっそりと耳打ちしてくれたが
俺は二人には”最近無理しすぎて過労で倒れた”ということにされているらしい。
あながち間違っちゃいないんだけどね。

「体調管理がなっとらん!」
と師匠からどやされたけれど
それがまたいつもどおりがなんだか嬉しくて、
思わず笑いそうになってしまった。

白河家が元に戻ってるって事は、
みんなもそうなのかな?
心配になり一度部屋に戻って机の上に置いてある携帯電話を取り、
フリップを開いてアドレスを展開する。

あ……。

母さん、美晴、修ちゃん、美咲姉さん、みっくん、ともちゃん、
月城さん、杉並、工藤、霧生。
家族や友達達の名前がしっかりと登録されていた。
カーテンが敷かれた窓を開けて外の景色を眺めると
真っ赤な夕焼けがまぶしいかったけれど、
薄紫や青みがかった細長い雲がたなびく空の下、
均一に並んでる電信柱、
道をはさんでお向いさん家のコンクリートブロックの塀
立ち並んだ数件の、明かりの灯った一軒家の数々、
どこからともなく聞こえてくる犬の遠吠え。
すっかり見慣れた景色に戻っていた。

よかった、みんな元通りになってる。

……………………………………………
………………………………………
…………………………………

そして……。

あの不思議な出来事から数日が経った。
まるで何事もなかったかのような穏やかな日々。
街もすっかり元通りになり学校や駅、
修ちゃん家のマンションもちゃんと立っている。
ただ変わった事といえば初音島唯一の観光名物であった枯れない桜、
それがとうとう島すべての桜達が散ってしまったという事。
学校での話題やTVのローカルニュースで植物学の学者達が大騒ぎしていたけれど
そんな事いつの間にか沈静化して
今となってはこの現状を当たり前のように受け入れてる。

そしてもう一つ、手元に村雨がないってこと。
彼女を助け砕け散ってしまった後、
一度大桜に行ったが残骸一つ残っておらず
あの時助けに来てくれた朝倉も見ていないらしい。
どこかに消えてしまったんだろうか?

ことりは自分のせいだとひたすら謝ってきたけど、
俺としては彼女を責める気なんてもちろんない。
たしかに村雨は俺にとって宝物の一つであるけれど、
ことりと引き換えに要求されたのならよろこんで差し出す。
それに形あるものいつかは壊れる訳だしね。
だからいつになるかわからないけれど
佐野さんにオーダーして作ってもらおうと思う。

しかし、仕事道具がないと話にならないのは事実な訳で、
新しい相棒を探すべくパソコンのインターネットで
どのギターにしようかいろいろ調べていた時
キンコーンと下から玄関のチャイムの音が聞こえてきた。
誰かお客さんかな?

「は~い」
と下で家事をしていることりが
よく通る声で元気よく返事をする。

「凛く~ん」
ん?
俺宛の客なのか。
呼ばれたので部屋を出て1階に下りていくと
「ヤホー!」
「芳乃先生」
てっきり修ちゃんか朝倉かと思ったら
予想を反してまさか先生とは。

布団の上で弱々しくかった姿とは裏腹に
金色の髪にトレードマークのサイドアップテールが
揺れそうなほど元気いっぱいだ。
よかった。
ここ数日学校もお休みされていたから心配していたのだ。

「もうお体は、大丈夫なんですか?」
「うん、このとおり」
とない力瘤を見せてくれる。

「あ、それよりも。 んしょ、っと」
ドンと玄関に置かれたのは先生の身長に届きそうなぐらいの
強固そうなケース。
額の汗を拭うかのような動作をして
「ふぅ。 これって結構重いね~」

まさか!
横に寝かせて左右の留め金を外し、
蓋をあけてそこから出てきたものは、
「はい」

村雨、だった。
俺の世界で唯一無二の絶対の相棒。
でも、どうして?
目の前で木端微塵に砕け散ったのに。
「魔法で壊れたものは魔法で治せるんだよ。
 ごめんね、本当はもうちょっと早く渡したかったんだけれど
 いろいろ手間取っちゃって」

そっか。
先生、わざわざ直してくれたんだ。
でも先生体があまり動かなかったのにどうやって回収したんだ?
それに魔力だってもうほとんど残ってないって言ってたのに?
ま、いっか。
魔法使いに詮索は不要だな。

俺はケースから手に取りボディを撫でてみる。
フェンダー社の他のギターではない
カーボンブラックカラー。
ペグなどの貴金属部分は全て黄金の輝きを放つ。
ボリュームやトーンのつまみはアルミ削り出しで黒
早弾きのギタリスト用に逆かまぼこ状に
加工さえれたスキャロップド・フィンガーボード。
佐野さんが今では父さんの遺言になってしまった
「息子ができたらギターを1本作ってやって欲しい」と
俺のために作ってくれた父さんの形見であったギターである
”雫”の直系の子孫。

「完璧に復元したつもりなんだけど、
 実際に使ってもらわないとわからいからね」
ボディを膝にのせフレットに左指を添える。
あいにく今ピックがないから指で弦を弾きながら
適当にフレーズを弾いてみるが操作性など違和感がない。
間違いなくこれは俺の相棒だ。

「ありがとうございます」
「先生あの……」
村雨をギターケースにしまった時、
胸元に手を当て一歩前出る彼女。
「私……」
眉をひそめ少し外へ視線を外し、何か言いたげだった。
けれどそれが何なのかいくら鈍感な俺でもすぐに分かった。
「いいんだよ」
先生は
温かい瞳で優しくほほ笑んでいた。

「誰だって迷ったり躓いたり逃げ出したくなったりするんだ。
 それをどうやって折り合いをつけていくか、
 いろいろ考えて自分なりに解決してそして生きていくんだよ」
とても同い年の人の言葉とは思えない。
だからこそ先生をしてられるんだろうけど。

先生はことりの右手と俺の左手を手にとり、
そして二つを重ね合わせてきたので
とっさというか条件反射的に手を握ってしまった。
「君には彼がいる。 もう、大丈夫だよね?」
「はい」
ことりはその言葉を理解出来たようで
少しだけ眼尻に涙を浮かべながらうなずいた。

「じゃ、ボクはこれで」
「あがってお茶でも」
ことりが呼び止めるが
「ううん。 まだちょっと用事があるから」
「そうですか」
残念そうだが致し方ない。
先生だってきっといろいろ忙しいんだ。
「二人とも、仲良くね」

「それじゃばいば~い!」
いつもの明るく飛び抜けた声で
去っていく芳乃先生。
その後ろ姿が一瞬、なんだか遠く感じてしまったのは何故だろう?

…………………………………
……………………………
………………………

学校もすっかり元に戻っていた。

朝はいつもどおり美咲姉さんと耕した畑の手入れをして
そして教室に入ろうとしたら美晴が表れて
「今度英語の再テストがあるとですよ~。 お勉強教えてくださいなのです~」
と泣きついてきた。
これでダメだと大量のプリントを渡されるらしい。
涙と鼻水を流し必死に頼み込んでくる妹を無碍にする訳にはいかず、
H.C.Pの活動後に勉強を見てやる約束をしてやると
ゲンキンな事に顔がパァァッ!と花が咲いたように輝きだす。
泣いてたカラスがもう笑ったとはこの事を言うんだろうな。
そしてそんな妹を月城さんがわざわざ迎えに来てくれて
教室へ引っ張って連れて帰ってくれた。
ほんといつも妹がご面倒かけます。

教室に入るとすでに来ていたことりと
軽く手を振って挨拶を済ませ席に着席すると
杉並と工藤が早速やって来て
杉並は相変わらず超常現象ネタをふってきて
それを聞いている工藤はあきれ顔。
修ちゃんはメールで
「眠いから1限はさぼりや。 よろしゅうな~」
と打ってくるし。
朝倉は相変わらず遅刻ギリギリで
息を切らせて教室へ飛び込んでくる。
でもそれがいつもどおりの光景でなんだか安心する。

机につっぷしてる朝倉に
朝倉さんが溜息を洩らしていたら
颯爽と暦姉さん、
もとい暦先生が教室に入ってくると騒がしかった教室が
一瞬で緊張の糸が張ったように静かになる。
う~ん、きっとアメリカ軍も真っ青な連帯感、
否、恐怖政治の方が正しいかもしれない。

「日直」
先生が教団に立ち合図をするとクラス委員が号令をかけ
起立、礼をする。
そして俺達を見回して出席を確認する。
「姫乃、東條は?」
「いつもどおりです」
げんなりした顔をして手にしているペンでこめかみをかきながら
「相変わらずしょうがない奴だな。 
 来たら職員室に来るように言っておけ」
「わかりました」

と言っても修ちゃんの事だから行かないだろうけど。
いつもならこれで先生は立ち去るところだが
コホンと一咳おいて
「あ~、お前たちに伝えておく事がある」
なんだろ?
改まって。

「3組の担任の芳乃先生な、昨日付で教師を辞められた。
 急にアメリカに帰る事に、今日行かれるそうだ。
 みんなには申し訳ないと伝えてくれとおっしゃってたぞ」
それを聞いてざわつく教室。

芳乃先生が辞めた?
だって昨日、俺に直した相棒を届けてくれたじゃないか。
その時アメリカに帰るだなんて一言も……。

「二人とも、仲良くね」
あれって社交辞令というか挨拶というか
そう言う感じのニュアンスじゃなくって
お別れの言葉だったのか?!

ガタン、と机と椅子が揺れる音が聞こえたと思ったら
「朝倉?」
突然立ち上がったヤツは
そのままなんの躊躇いもなく教室を飛び出していった。
「朝倉!」
「兄さん!」
先生と妹兼恋人である朝倉さんが
名前を叫ぶが振り返ることなく走り去っていく。
朝倉も知らなかったってことか?!

俺も行かなくっちゃ!
「こら、凛!」
「凛くん?!」
朝倉と同じように走って出ていきながら
「ごめ~ん、暦姉さん!」
廊下に出てちらりと後ろを振り返ると
教室の入り口で拳を高くあげてる般若の顔の暦先生が……
うわ~。
血の気引く。
こりゃ帰ってきたら白河家伝家の宝刀”垂直ゴツン”決定だな。

階段をおりて下駄箱にたどり着くと
ちょうど朝倉が靴を履き替えてるところだった。
「あいつ、昨日変だったんだ」
神妙な面持ちでポツリとつぶやく。
「俺のところにも来たよ。
 ギター直して持ってきてくれた」
朝倉は携帯を取り出し電話をかける。
きっと芳乃先生に対してだろう。
「くそっ! 出ない」

なんであの時気がつかなかったんだろう?
先生は先生の都合があって
アメリカに行くのは仕方がないとしても、
それでもせめてもっとちゃんと、
お礼だけは言いたかった。

アメリカに行くなら飛行機。
初音島には当然空港は無く
本土に行かなくてはならない。
本土へ行くには電車かフェリーのみ。
駅ならここから走ってもいけるが
フェリー乗り場は遠い。
よし。
「俺はフェリー乗り場に行くから
 朝倉は駅へ」
「わかった」
俺の意図を理解してくれたのか
朝倉は迷わず駅の方向へ走って行った。

今日はバイクで通学してきて正解だったな。
風見学園は当然ながらバイク通学なんてのは禁止なので
校門を出ると隠してある近くの公園まで移動し、
すぐさまグローブとヘルメットをセットして
キーを差し込んでエンジンに熱を入れる。
シートにまたがりスタンドをキックして
燃料タンクをポンポンと叩いた。
今日も頼むぞ、もう一つの相棒。

……………………………………………
………………………………………
…………………………………

フェリー乗り場には意外と早く到着する事が出来た。
母さん捜しで培った初音島の裏道が活用しまくった結果と
バイクの機動力でかなり最短ルートで回れたからだ。
あと奇跡的に赤信号でほとんど引っかからなかったし。

潮の匂いがするフェリー乗り場、
バイクを駐輪場へ止めて急いで降りて待合室へ向かう。
すでにフェリーは停泊しているが
まだ車が搬入されていないところを見ると
出航までには時間がありそうだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」
走ったので息を切らせつつ待合室に入ると
さすがにこの時間か、利用客が少ないんだろう。
人はまばらだった。
赤ん坊を抱っこしてここから見えるガラス張りの向こう、
海の風景を見ている女性に
忙しそうに携帯電話で誰かと話しているサラリーマン風の男性に
椅子に腰かけて静かに本を読んでいるおじいちゃん。
ベンチに座っている丸いつば付き帽子をかぶった
真っ白なワンピースに金色の髪、
スラッとことりぐらいの身長の女性。
芳乃先生らしき特徴のある人がどこにも見当たらない。

携帯が鳴り慌ててズボンのポケットから取り出して通話ボタンをONにする。
朝倉からだ。
「居たか?」
「いや、そっちは?」
「見当たらない」
「まだ家とか?」
「それはない。 さっき家の方に電話してみたら止められてた」
家の電話が繋がらないという事は、
もう回線契約を止めたんだろう。
家を出ていると判断してもおかしくない。
「もうちょっと探してみる」
と言って朝倉は電話を切った。

いったん外へ出て見て辺りを探してみたが
やはりそれらしき人が見つからず
再び待合室へ戻ると
電光掲示板を見ると出港まであと10分と表示されていた。
そろそろ搭乗手続きが開始される。
駅にもおらずここにも居ないって事は
もう行ってしまわれたのか?
芳乃先生みたいに特徴のある女性なら目立つからすぐに見つかりそうなのに。

「御乗船を開始してください」
アナウンスが流れ人がゲートの方へと移動し始める。
やはりこちらには居ない。
駅の方だろうか?
朝倉に電話しようと携帯電話を手に取り
アドレスから選ぼうとした時だった。
真っ白なワンピースの女性が横を通り過ぎ、
すれ違った瞬間甘い桜の香りがした。
あれ?
この匂い、つい最近どこかで……。

これってまさか?!
いやでも。
核心は持てなかったが迷ってる暇はなかった。
「待ってください」
呼び止め、振り返ると
真っ白なワンピースの女性はこちらに背を向け
トランクを両手で抱えてたまま立ち止まっていた。

「どこ行こうっていうんです」
見る限り特徴と合致しているのは
その特徴的な金色の髪のみ。
背丈はことりとさほど変わらないぐらい。
だから、小柄だった体型とまったく違うけれど、
「芳乃先生」

ゆっくりと振り向返りつつ、
片手で帽子をとりのぞかせるその姿。
ブルーの瞳。
大人びた顔立ちになっていても
幼さの残るあどけないかわいらしい表情は変わらない。

「バレるとは思わなかったんだけどな~」
「にゃはははは」と帽子を外し、
そこから見せる屈託のない笑顔。
やっぱり、芳乃先生だった。
けれど、
「先生、その姿……」
「うん。魔法がね、切れちゃったから」
こう言ったら失礼かもしれないが
以前の先生の背丈恰好は小学生と間違えられても仕方がないくらい
小柄で可愛らしかった。
しかし今俺の目の前に居る女性は少なくとも高校生以上、
大学生ぐらいの芳乃先生が成長したらこんな感じ、
と具体的に表現してくれている、
スラットスタイルもよく大人の女性そのものだった。

「ボク、本当は22歳なんだ。 でも守人として動くなら
 お兄ちゃん達と行動を共にしてすぐに助けてもらえるようにしたほうがいいって
 小さい頃におばあちゃんがボクに同い年になれるよう魔法をかけていたんだよ」
つまり先生は魔法の力で成長を止めていたってことか。
でもあんな事があったから素直にそうなんだなと受け止められる。
それにしてもそんな事まで出来るなんて魔法の力って凄いというか、
先生や朝倉のおばあちゃんが凄いんだろうけど。

「さすがにこんな姿でみんなの前に出たら驚かれるでしょ?」
確かに急に成長した姿で出てきたら誰だってびっくりするだろうし、
好奇の目で見られてしまうだろう。
先生のおっしゃることももっともだ。
「でも」

手を伸ばして引き留めようとした瞬間、
それよりも早く先生が不意に
右手の人差指と中指を合せた状態で額に触れてきた。

なっ!
体が、急にまるで石のように動かなくなった。
自分で動こうと意識を働かしてもビクともしない。
な、んだこれ?
くっ、動け。

視線だけはなんとか動かせるようで
正面にいる先生を見るといたずらっ娘の顔をしていた。
『ごめんね。 これが本当に最後の魔法』

や、はり魔法か。

あれ?
おかしいな。
先生は口元を動かしてないのに声が聞こえてくる。
まるでテレパシーみたいに。
たぶんこれも魔法の力ってヤツか。
ホント、つくづく便利なもんだな。
けれどあの桜が枯れてしまった以上先生が
おっしゃるとおり本当に最後なんだろう。

『大丈夫、ボクがここから離れればすぐ元に戻るから』
それにしてもこの感覚、
そしてこの声、どこかで……。

あ、
暴風の中、母さんを助けに行った時
風で看板が飛んでくると警告してくれたり
木や電信柱が倒れてくると事前に教えてくれたり
あと母さんが倒れている場所まで導いてくれた。

おばあさまのところへ連れて行かれた時、
ことりが待っていてくれてると教えてくれた。

この声、間違いない。
なんでこんなにも身近だったのに気がつかなかったんだろう。
あなた、だったんですね。
俺を助けてくれていたのは……。
『にゃははは。 ボクはね、がんばる子はついつい応援したくなっちゃうんだ』

「まもなく出航します。 御乗船される方はお急ぎください」
流れてくる案内。

『そろそろ時間だ。 じゃあね、姫りん。 お兄ちゃんやみんなによろしく』
そんな、待ってください。
俺はまだあなたにお礼も何もしていない!

『いいんだよ、そんなこと。 君は君のお父さんの代わりを立派に果たしてくれた。
 それだけで、十分だよ』
でも、それでも!

『それに家族とずっと離れていたからね。
 パパとママがずいぶん寂しがってるんだ』
それを聞かされるとこれ以上何も言えなくなってしまった。
だって”家族”なら一緒に居た方がいいに決まってる。
それは俺がこの島に来て一番痛感した事だから。

『バイバイ』
こちらに少しはにかんだ表情で軽く手を振った後、
ふわっと白いワンピースのスカートをなびかせて
片手で帽子を押さえながらフェリーへと駆けて行く芳乃先生。
その後ろ姿はどんどん小さくなりそしてフェリーの中へ消えていった。

そしてボーッ!と独特の汽笛を聞いた瞬間、
魔法が切れたのか体が急に自由になったので
前へつんのめりそうになり
慌てて足を出したので転ばずに済んだ。

くっ!
大きな窓から海を見るとフェリーはかなり先の方まで行ってしまっていた。
無情にも煙突から黒い煙が立ち上り汽笛が鳴る。

芳乃先生……。

あなたがいなければ母さんを助けることも
自分が無事に生還することも
ことりの事が好きな気持ちを知ることも
そして彼女をこちらの世界に連れ戻すことも出来なかった。
感謝してもしきれない。
ちゃんと恩を、先生が困った時全力で力になりたかった。
でも先生が帰国する、家族と共に過ごすことを選ばれるなら
それはしょうがないことだ。

だからせめて、
「ありがとう、ございました!」
深く、深く感謝の意を込めて頭をさげた。
どうか、お元気で。

本当に、ありがとうございました。