朝倉、間に合っただろうか?
あの後すぐに朝倉にメールを送信した。
あいつがまだ駅ならそこから電車で本土まで行って
フェリー乗り場まで先回りすれば間に合うかもしれない。
あとはもう時間との勝負だ。
なんだか今更学校へ行く気にもなれなかったので
そのまま修ちゃん家に寄ることにした。
玄関に靴がないということはちゃんと学校に行ったのかな?
まさか逆に俺がサボるとは思わなかったけれど。
ことり、きっと心配してるだろうな。
こういう時相手が携帯をもっていないと不便だ。
よく迷子になるしいざという時連絡が取れないと……
今回のような消失事件があった時困るから
いい加減持ってもらえるよう説得しよう。
あ、それよりも。
俺は工藤へここに居る事をことりに伝えてくれとメールしておいた。
丁度休憩時間だったからすぐ「わかった」と返信してくれた。
練習でもしてようかと思ったが
何故かそんな気になれなくって、
でも暇を持て余すのもな~。
あ、そうだ。
掃除でもするか。
隣の部屋、修ちゃんが生活の場として使っている部屋へ移動する。
う、わぁ。
服は脱ぎっぱなし。
食べたお菓子やジュース、
カップラーメン(汁入り)もそのまんま。
まったく、
毎度毎度の事ながらよくもこれだけ散らかせるもんだなぁ、と感心する。
俺や美咲姉さんがいなかったらどうなっていたことか。
しかたがない、片付けるか。
俺は学ランを脱ぎ、シャツの袖まくりをしてから作業を開始した。
………………………………………
…………………………………
……………………………
ふぅ、疲れたな~。
家事って意外と体力使うんだよな。
あ~もう、ろくに掃除しないくせに部屋だけ広いのもどうかと思うよ。
洗濯物もためっぱなし、
食器もそのままだったし。
かといって修ちゃんにやらせると
余計ひどくなるし。
でもまぁH.C.Pや俺と師匠とのレッスンで場所貸してもらってるから
これぐらいはしないとな。
今何時だろう?
と携帯の時計を確認したら12時になるころだった。
……………………………。
あ、しまった。
ことり、今朝お弁当作ってたよな。
うわ~、無駄にさせちゃった。
どうしよう?
急いでまた工藤にメールしたら速効で帰ってきた。
なになに、
『お前のお弁当は暦先生の胃袋に行ったから安心しろ』
なるほど、そういうことか。
よかった。
俺もお腹減ったのでキッチンへ行って冷蔵庫を開ける。
美咲姉さんが賞味期限の長い食材を中心に
置いて行ったから割と中身は充実していた。
キャベツ、ウインナーがあるし、
長めのパンも発見したので
ホットドッグを作りそれを昼食としていただくことにした。
昼食後それからまだ作り途中だった曲の仕上げ
気がついたら夕方で
学校が終わったメンバーのみんなが続々集まり始めた。
あれ?
「修ちゃん、ことりは?」
「終礼終わったらとっとと帰ったからてっきりここかと思ったわ。 おらんのか?」
普段なら学校から直接こちらに向かってくる。
買い物か?
いくらもう消える事なんてないと分っていても
近くに居ないと漠然と不安になる。
そんな気持ちでいたら
ズボンのポケットから彼女のハーモニーボイス。
もとい、着信メロディが流れてきた。
フリップを開いて液晶の着信相手を確認すると
名前が表示されていなかった。
けれど090から始まるって事は携帯電話だよな。
誰だろう?
とりあえず相手が誰なのか確認したいため
通話ボタンを押して
「もしもし?」
「もしもし、凛くんですか?」
「ことり? どうしたんだ?」
とりあえず彼女の声に安堵する。
しかしいつもは公衆電話からなのに今日は携帯からだなんて、
迷子になって公衆電話がないから誰かの借りたんだろうか?
「えへへ、携帯買っちゃいました♪」
はい?
ことりが、
携帯を
買った?
………………………………………。
なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
白河家の一大事件が俺の耳に届けられた。
「ちょっとことり迎えに行ってくる」とメンバーに言い残して
慌てて靴を履いて飛び出して行った。
桜公園の大桜の前で待っていると言われたので
そこまで走って向かってみると
大桜の木の下で胸元に祈るように手を組んで
跳ねるように歌っていた。
歌っているのは俺がことりをこちらの世界に連れ戻すために作った曲だ。
最近彼女はこれをよく歌っている。
ことり曰く「だって凛くんが私のためだけに作ってくれた歌じゃないですか♪」と
大のお気に入りらしい。
聞く方の身としてはなんだか背中がかゆくてしょうがないんだけど。
風に揺られる長い髪が見とれれしまうほど綺麗で、
前髪がまつげにかかってそれを払いのけようとした時、
俺に気がついて歌を止めて
軽いステップでこちらまで来てくれた。
ことりリサイタル、もうちょっと聞いていたかったんだけど、
残念だな。
「びっくりしたよ」
「うん。 色違いでおそろいなんですよ♪」
スカートのポケットから出されたのは
彼女らしく淡いピンク色の携帯だった。
本当に俺のカーボンブラックのと形はまったく同じ。
でもよかった。
携帯があれば何かあった時すぐ連絡取れるし、
GPS機能も付いてるから
迷子になられても位置がすぐ特定出来る。
「わざわざ呼び出さなくっても修ちゃん家でよかったんじゃ?」
「凛くんには一番に伝えたかったの」
そう言われるとなんだか嬉しくなる。
「メアド交換しようよ」
「あ、私まだ使い方よくわからなくて」
手を差し出して携帯を借り受ける。
さすがおろしたてなのか傷一つない綺麗な状態だった。
こういう時、同一機種だと操作に慣れてるからありがたい。
「アドレス名どうしょうか?」
「アドレス名?」
きょとん、とされてしまった。
う~ん。
無理もないか。
ことりはこれが携帯デビューなんだし。
メールのなんたるかを掻い摘んで説明し
アドレスもことりらしいものを考え設定してあげる。
一度メールがきちんと配信されるか俺の携帯にテスト送信、と。
うん、うまく受け取れた。
それから基本的な操作方法を教えてから手渡す。
「はい」
「ありがとう」
ことりはさっそくフリップを開いてから
メールを打つ作業に入りだした。
初めてだから仕方がないんだろうけど手の動きが
ぎこちなくって可愛らしい。
四苦八苦しながら打っていて時折
「みんなどうしてあんなに早く打てるんでしょう?」なんてぼやいてる。
手伝おうかと思い覗き込もうとしたら
「ダメ」
と体をひねらせて視界を遮られてしまった。
どうやら見せてくれないらしい。
「送信」
受取開いてみると
『大好き』とハートの絵文字までつけられていた。
うう、やばい。
顔が思わずニヤけてしまいそうだ。
隣に居ることりをうかがうと恥ずかしそうに上目づかいでこちらを見ていた。
『俺もだよ』とすぐに返信を返すと受け取ってそれを目にした
彼女は優しく微笑んでくれた。
大桜はすっかり姿を変え
夏に向かっていた緑に覆われていた。
時折葉と葉の間からこぼれる陽の光が眩しい。
それにしても、
今見ても信じられない。
これが一年中ずっと枯れない桜で
しかも誰のどんな願いでも真摯なるものなら叶えてしまっていたなんて。
「あのね」
一歩前へ出てきて
「聞いて欲しい事があるんです」
真剣な表情で、それが何のことかすぐに分かった。
あの、彼女が”消えてしまった”事についてだ。
そっか。
ことりが俺をここに呼び出したのはその話がしたかったからか。
ちゃんと正面で向き合って話に耳を傾けることにする。
「私、人の心の声が聞こえてたの。
テレパシーみたいなものかな。
相手が心の中で何を考えているか伝わってくるの」
そう言いながらそっと自分の胸元に両手を添える。
「そんな事急に言われても信じられないよね……」
そして目を細めて視線を逸らせた。
「いや、信じるよ。 いろいろあったから」
ことりが俺に対して嘘をつくはずもないし、
こんな雰囲気で冗談なんて言う事もないだろうしな。
それになんだか納得してしまった。
ことりは、彼女はなんだか不思議な側面があったという事。
こちらが望んでいる、たとえばお腹がへったなぁと思ったら
伝える間もなくおにぎりとか簡単なものをサッとすぐに出してくれたりとか
いろいろ落ち込んでる時なるべく表情に出さないようにしていても
「どうしたの、大丈夫?」と優しい言葉をかけてくれた。
元々気遣いの出来る娘さんだとは思っていたが
カンの良さが鋭すぎるというか、
相手の行動を先読み出来ているというか、
本当に「この娘、相手の心が読めるんじゃないか?」と何度思わされてたが、
それがまさか本当だったとは……。
「小さい頃、両親が亡くなって白河のお家に引き取られた時
誰にも甘えられなくって頼れなくって信じられなくて
すごくすごく寂しくて不安だったの」
それは無理もないかもしれない。
ことりはその時3歳で、
いきなりまりあママと師匠に「自分たちが今日からあなたの両親だ」と、
暦姉さんから姉だと言われても「はいそうですか」と受け入れられなかったんだろう。
いつも助けてくれる存在の両親が居ないという事、
俺もおばあさまのところで散々味わったから痛いほどよく理解できる。
これほどキツものはない。
「幼稚園だと隣の圭君が意地悪ばかりしてくるし」
それはあの幼いころの写真を見せてもらったな。
初めて見た時は圭にむかついたっけ。
「だから相手が何を考えているか分かったらいいなって
子供ながらに思ってた」
「まだ”死”というものを理解してなかったから、
きっとお父さんやお母さんは忙しくって迎えに来れないんだ。
そう思って一人で街へ飛び出して探しに出かけたの。
でも迷子になって泣いていたら
そこでね、見知らぬおばあちゃんに会ったの」
「おばあちゃんは泣いている私をあやしてくれて親身になって話を聞いてくれたの」
「そしたらこの大きな桜の木まで連れて行ってくれて
これにお願いごとをしたら叶うって教えてもらって」
それってまさか、亡くなられた芳乃先生のおばあさんなんじゃ?
「初めはね、お父さんとお母さんが早く帰ってきますようにって
お願いしたんだけれど、叶わなかった。 当たり前、だよね」
さすがのこの願いの桜でも人の生き返りは出来ないんだな。
「だから次にみんなが何を考えているか分かりますようにってお願いしたら……」
それがその時の真摯なる願い。
大桜はことりの願いを叶えたんだ。
「しばらくしてお姉ちゃんが迎えに来てくれた、
というか私を捜していて見つけてくれた時、
急にお姉ちゃんの心の声が聞こえるようになったの」
「私の事とても心配してくれていて、嬉しかった」
「お家に帰ったらお父さんもお母さんも私の事心配してくている心の声が聞こえてきた」
「幼稚園でも圭君は小さいながら私を元気づけようとして
でもやり方が分らないから意地悪してきたのも分ったの」
「だからこの力はとても便利なものでした」
自分で両掌を見つめる彼女。
「相手が何を考えてるのか分かれば円滑に付き合えるから」
「私、男の子からよくお手紙というかラブレター貰っていたんですけれど、
あ、でもね。嬉しくはあったけれど気持に応えられないからお返事考えるの大変だったんですよ」
「そんな私を疎ましく思ってる女の子も沢山居ました。
モテていい気になってるんじゃないか?って。
たぶん普通ならイジメの対象になるんでしょうけど、
私はあの力で相手がどうしたら納得するかよく分ったので標的になる事無く、
誰にも当たり障りなく接する事が出来たのでうまくやっていけました」
それも、なんとなく分るな。
実は道化師のセカンドギタリストの席はずっと前から空いていて
テツさんも早く補充したかったんだけれどなかなか成り手が見つからなかったと聞く。
オーディションもしたし自ら売り込んでくる人も居たぐらいだ。
けれど、結局ライブ中サポートとして入っていた俺に白羽の矢が立った。
名もない実績もないど素人の俺が、だ。
俺なんかよりも実力も知名度も高い人が沢山いたのにもかかわらず。
初めのころは相当やっかまれたし、
アニキ達がかばってくれなかったら危うく警察行きになりそうなぐらいの事だってあった。
だから誰にも文句を言わせたくなかったから必死で食らいついて行ったんだ。
「でも最近少しずつ心の声が聞こえなくなってきたの」
「初めは知り合いや友達から。 それから徐々にお父さんやお母さん、お姉ちゃん。
そして最後は凛くんのも」
それは芳乃先生が言っていた桜の魔力が消えたからせいで
”魔力”が無くなったからなんだろう。
「誰の心の声も聞こえなくなった時、目の前が真っ暗になったの。
本当にこの人、私の事が好きなんだろうか?と疑ったりしてしまって
疑心暗鬼になっちゃった。 子供のころのあの時みたいに
誰も信じられなくなって不安になって」
「だから、消えてしまいたいってお願いしちゃったの」
「まさか、叶うなんて思ってもみなかったけれど……」
そうか。
ここしばらくことりの様子が変だったのはそれが原因だったんだな。
いつも不安そうで何かに怯えてる感じで、
だから俺のそばにずっと居ようとしていたんだ。
「ごめん、なさい」
「ずっと不安にさせてたよね。
私がまた、消えてしまうんじゃないか?って」
それは、ある。
彼女が視界にいないと
どこにいるのかつい捜してしまう自分がいる。
「電話もね、苦手だったのはその力のせいなの。
電話越しだと相手が何を考えてるかわからないから」
なるほど。
さすがのその便利な力も電子では感じることが出来なかったのか。
ようやくことりの電話嫌いも合点がいった。
あれ、でもそうなると
「じゃあなんで携帯?」
持ってもらったのはこちらとしてはありがたいけど、
苦手なものをわざわざ所持するようにしたんだ?
「私も、少し変わらなきゃと思って」
そっ、か。
ことりも、前へ進もうとしてるんだな。
それにしてもまさか本当に相手の心の声が聞こえていたなんてびっくりだ。
「どこに、いたんだ?」
この流れなら聞けると思い
気になっていたことを問うてみる。
「気がついたらここに居たよ」
と地面の下を指さす。
ことりはここで願いをかけてここで消えた。
なのに元に戻ってきたってこと、か?
しかし俺の前から消えたのは確かだ。
じゃあ……。
「でも一緒にいたはずの凛くんがもういませんでした。
だから先に帰ったのかな?と思って公園を出たの」
「帰り道、歩いている人の心の声聞いてみたら
聞こえたからすごく嬉しかった。
よかった、力が戻ったんだと思って……」
「けれど、お家に帰っても凛くんがいなくて、
なんだか家の雰囲気が変になってるって気がついたの」
「凛くんのお部屋に入るとお父さんの部屋になっていて、
不安になって携帯に電話しても繋がらないし、
お母さんがお仕事から帰ってから聞いてみても
凛くんなんて知らないって言われて」
「でも次の日に学校に行ったら凛くんは同じクラスにちゃんといたの。
けれど、私と家族でも恋人同士でもなかった……」
もしあの時、歌声が聞こえていなかったら
失恋して泣いていたことりにハンカチを手渡して
顔見知りにならなかったんだよな。
そして学校の階段から落ちることりを助けなかったら
俺は怪我をしなずに済んだけれど家族の温かみを
一生知ることが出来なかったかもしれないし
彼女を好きになることもなかったかもしれない。
彼女から聞いた話を統合するに、
「違う世界に行っていたってことか」
「たぶん、ね」
芳乃先生の読みがあたってたってことだな。
「一度こっちに帰りそうになったけれど、
凛くん、だよね?
ごめんなさい。
私、拒絶してしまいました」
初めて奏人の力を発動させ、ゲートを開いて彼女を連れ戻そうとした時の事だな。
「こわ、かったの。 戻っても心の声が聞こえないだろうって。
だから……」
ことりはスカートをギュッと握りしめる。
「でも、あっちでずっと生活していくうちに
心の声がまた聞こえるようになった代償が
あまりにも大きかった事に気がついたの」
ことりは左手を右手の二の腕にのせて
自分を抱きしめるかのような姿勢をとる。
「凛くんが、そばに居てくれなくてもっと辛くなった」
「あっちの世界では友達ですらなくって、ずっと遠くから見つめてるだけ」
「きっと"好きです"と告げても届かない関係」
「だから大桜に元に戻してとお願いしたの。 でも、聞いてもらえなかった」
「都合、いいよね」
「だから”ああ、バチがあたったんだな”と思いました」
ことりは、帰ろうとしてきてくれていたんだな。
俺のところへ。
なんだか心の奥の方がじんわりと温かくなる。
「そんな時にね、聞こえてきたの」
「凛くんの歌が」
そうか。
タイミングよくことりもこの大桜の前に立っていてくれたから
ダイレクトに歌を聞かせられた、
俺の気持ちを届けることが出来たんだな。
「伝わって、きたよ凛くんの気持ち。
すごく、すっごく嬉しかった」
「ヘタクソだったろ?」
ギターのテクはまぁ人に見せられるとしても
歌は壊滅的だからな。
正直穴があったら入りたいぐらいの恥ずかしさだ。
ことりはやさしく微笑んで「そんなことないよ」と言ってくれたあと
「早く帰らなきゃって、そう思ったの」
「きっと人の心が聞こえなくなってしまった私の不安も、
受け止めてくれるって」
「バカだなぁ」
「バカ、ですよね。 凛くんはいっだって私の事考えてくれていたのに」
近すぎて気がつかない事だってある。
今回はほんと、それに尽きる気がするな。
ことりが人の心が聞こえるなんてこと知らなくったって
様子がおかしかったのは確かなんだ。
俺がもうちょっと気をつかってやれればこんな
大事にならずにすんだだろう。
まったく、相変わらずの自分の不甲斐無さを思い知らされる。
けれど、悔いていても始まらない。
俺は前へ進んで行かなきゃいけない。
ことりが、少し前へ進む事を望んだように。
「相手の気持ちなんて本来誰にもわからないことだ。
不安になるのもわかる」
彼女に恋をした時、特にそう思った。
ことりが俺の事、どう思ってるか?って。
家族として友達としては好意を持ってくれてるのは分った。
けれど、”男”としてはどうなのか?
まぁそれは俺が単に鈍感なだけだったんだけど、さ。
「ことりは、裏付けが欲しかったんだな。
自分の事を好きでいてくれるかどうかって、さ」
本来無償の、無条件の愛情をくれる両親がいなくて
それでまったく他人だった人達が家族になる。
疑心暗鬼になってしまうのも幼い心には致し方なかったかもしれない。
「誰しも誰にも嫌われたくないと思うよ。
けれど、現実それは無理かもしれないな。
人それぞれ価値観や考え方は全然違うし。
だから争いもなくならない」
みんながみんな、好意を持って接してくれるとは限らない。
道化師の曲を盗もうとしたヤツがいたように
相手が自分の利益のためだけに近寄ってくる時だってある。
「でも」
手を伸ばし、その柔らかい頬に触れる。
「安心していいさ。
まりあママも師匠も、暦姉さんも、
母さんも美晴も修ちゃんに朝倉兄妹、
みっくんにともちゃん、
美咲姉さん 月城さん、
杉並に工藤も」
「ことりが好きな限りみんなもことりの事が好きだから」
「だから不安がることなんてないんだよ」
まりあママと師匠の親としての愛情。
暦姉さんの妹を大切にしている気持ち。
みっくんにともちゃんの親友としての深い信頼。
母さんの教え子として見守って来てきた心。
友達やH.C.Pの仲間として友情。
みんながことりの事を好きでいてくれるのは
近くで見てきたからよく分る。
「凛、くんは?」
「愛してるよ」
もちろん即答で答えると
「と、時々凛くんたら真顔でそういうこと
恥ずかしげなく言うから困っちゃうんですよ」
頬をピンク色に染めつつうつむき加減ながら上目づかいしつつ
指先を胸元でつんつんしてる。
「俺の気持ちは一生変わらないよ」
少し涙目になっていたので親指で拭ってあげる。
うん、変わらない。
それは断言できる。
ひらひらと何かが空から舞い降りてきたと思ったら
一欠けらのピンク色の花びらが彼女の頭にのっかる。
それを手に取って見ると桜の花びらだった。
おかしいな。
もう枯れてしまってないはずなのに。
どこかにでも紛れ込んでいたんだろうか?
まぁいいや。
ん?
ウイインウイインとズボンのポケットから
携帯のバイブレーションが鳴っているので取り出してみると
液晶には修ちゃんの名前だ。
どうしたんだろ?
「もしもし」
『コラー! なにやってんのやこのバカップル共が!。
はよき~へんとリハ出来んやないか!』
思わず携帯を外してしまう程の大声量だったので
耳がキーンとする。
すぐ帰ってくると言って出てきたからな~。
「ごめん、今すぐ戻るよ」
そう言って通話を切る。
「怒られちゃった」
急いで帰らないと。
実はH.C.P近々ライブハウスデビューをする事になったのだ。
と言っても対バンライブで急に空きが出来てそれを補充するためなんだけど。
でも初めての正式なライブだからみんなすごく気合入ってる。
だから曲やら衣装やらの調節などやることが山ほどあるのだ。
「行こうか」
手を差し出すと
「うん♪」
迷うことなく手を重ねてくれる。
その手を引きながら歩き始めると
「凛くん」
「ん?」
後ろを振り返った瞬間、
「だ~いすき♪」
とびっきりの笑顔で腕にからみついて
こちらによりかかってきた。
ああっ、もう!
なんでこんなにも、
こんなにも、ことりはかわいいんだろうなぁ。
きっとこれからも辛いことや悲しいこと
不安になる事はあると思う。
けれどそれが彼女の身に襲いかかってきたら
そのたびに全力で戦う。
一生、彼女を守っていくんだと
俺は背中越しだけど改めてあの大きな桜の木に誓った。
終わり