おかげですんなりと大桜の前まで来ることができた。
しかしその間見た街の喧騒はなく、
人も見かけないまさにゴーストタウン状態だった。
いくら島国で人口が少ないからって
この時間に人を見かけないなんてことはなかったのに。
でもそれも、今日で終わらせる。
ことり。
今度こそ俺は、君を取り戻す。
そして消えかかっている世界も、元に戻すんだ。
ギターケースから相棒を取り出し、
ストラップを肩からかける。
ミニアンプを魔法陣の真ん中あたりに置き
村雨とアンプをシールドケーブルで結んで
アンプとギターの音量を最大にしてから電源投入。
よし、準備は整った。
一度深呼吸して左手をそっとフレットに添え、
軽く1弦を弾くとアンプから倍化された音が流れていく。
さて、行こうか。
村雨。
佐野さんが俺のために作ってくれた最高の相棒。
頼む、俺に力を貸してくれ。
大きく息を吸って大桜に向って、
「ことりー!」
「俺はギタリストだ。
だから歌うのはこれが最初で最後だ」
俺は音痴だし弾き語りなんてあまりガラじゃない。
だけど今日だけは、今だけはヘタでもなんでも歌うよ。
君に届けたい気持ちがあるから……。
ポケットからピックを取り出す。
適当に入れてきたのがまさか道化師のロゴ入りとは。
なんだか運命を感じて思わず顔がニヤつく。
1,2,3,4,1,2,3,4!
心の中でカウントをとりそして、
弦をかき鳴らす。
「出合ったときからきっとすべての世界変わり始めていたよ
今ならこの気持ちを 正直に言える~」
去年のこんな小春日和の日の朝に、
この公園の桜並木を通った時に聞こえてきた歌声。
それに導かれてこの場所に来て君に出会った。
あの時君は恋に破れたことに泣いていて、
俺は事情なんて全然分らなかったからただただ泣きやんで欲しくって
でもどうしたらいいか全然分らなくって、
ハンカチを手渡すだけが精いっぱいだったな。
「道に咲いた花にさりげなく、笑いかける君が大好きで
どんな宝石よりも輝く 瞬間を胸に刻もう」
それから道化師のライブ会場で再会して知り合いになった。
数日後俺は学校の階段から滑り落ちる君を助ける反動で
利き手を折ってしまって、
それでは生活出来ないからと
まりあママに招き入れられて
一人暮らししていたアパートを離れて
君の家でやっかいになって、
家族みたいに接してくれて
でも初めての経験で内心戸惑うばかりだった。
血が繋がっている人とは生活していたけれど、
あれは家族なんてものじゃなかった。
俺はあの人のただの”道具の一つ”にしかすぎなかったのだから。
「心から心から思う君が大切なものは何ですか?
その笑顔 その涙
ずっと守っていくと決めた 恋におちて I love you~」
道化師の曲の盗作事件で俺は退学処分になりかけて、
白河家の迷惑になりたくないからと出て行こうとした時、
君は必死になって止めてくれた。
その時”自分が白河家の本当の子供じゃない”
って聞いた時は何かの冗談かと思った。
けれどきっと俺の事を本気で家族として迎えてくれた
君の気持はものすごく嬉しかった。
たとえ血なんか繋がってなくても家族にはなれる。
君はそれを言いたかったんだよな。
「君が子供の頃に見てた夢と願いごとを聞かせて
たとえば今は違う場所に立ってても」
母さんが見つかって不眠症になった時も
美春が妹だって判って戸惑った時も
乱れた心を落ち着かせてくれたのはいつも君だった。
自分の精神的モロさはいつも最悩まされるところだけれど、
君が嫌な顔一つせず処方にあたってくれるのは
とても力強く頼るになることか。
あ……。
村雨と足もとの魔方陣が青白く光り輝き始め
激しいスパークと共に
ゲートというやつが最大限に広がっていた。
自分の体も発光し始めてる。
「思い通りにいかない日には懐かしい景色見に行こうよ
いくつもの思い出がやさしく 君を包んでゆくから」
いつから、好きになったんだろう?
自覚したのはおばあさまの家に強制的に連れ戻された時だ。
今みたいに離れ離れになって、
否応なしに自分にとって君という女の子の存在が
どれだけ大きかったか、ということを否応なしに思い知らされた。
たった一つの笑顔だけで、どれだけ救われたか。
優しくしてもらえてどれだけ嬉しかったか。
どんな時もそばに居てくれてどれだけありがたかったか。
俺は鈍感な方だからもしかしたらそれよりもずっと
前から好きになっていたのかもしれない。
「心から心から思う君が大切なものは何ですか?
この街も友達もみんないつでも君の味方でいるよ always love」
それからの日々、ずっと頭の中は君のことでいっぱいだった。
どうやったら好きになってもらえるのか?そればかり考えてた。
だからあの時、君が風邪をこじらせて寝込んでしまった時、
まさか……キスする展開になるなんて思ってもいなかったな。
びっくりして心臓が飛び出るんじゃないか?ってぐらい跳ね上がって
俺にとっては道化師の音楽を初めて聞いた時以来の衝撃だったっけ。
意を決して学園祭の時、
告白してそれを受け入れてくれて
いやもう校内を全力疾走したいぐらい嬉しかった。
毎日毎日幸せすぎて、
俺そのうち死ぬんじゃないか?ってぐらいに思えた。
でも道化師のメジャーデビューが決まった時、
自分が君と離れたくないという理由で断って、
そのことで君と意見が食い違って喧嘩して悲しかったけど、
それは君が俺の将来を思いやっての考えだったんだよな。
いつだって君は俺の事を考えていてくれて、
だから「ありがとう」って言いたい。
「心から心から思う君が大切なものは何ですか?
その笑顔 その涙
ずっと守っていくと決めた 恋におちて」
正直、君がなんで「消えてしまいたい」だなんて願ったのか
いろいろ考えてみたけど全然分らなかった。
不安に苛まれていたことに気がついてやれなくてごめん。
それで君を守りたいだなんて、ヘソでお茶沸かすぐらいおかしいよな。
けれど、いつも、そう思ってるんだ。
願ってるんだ。
君がこころ穏やかに過ごせるようにと。
そのために俺が守らなくっちゃって、
強くなくちゃいけないんだって。
「心から心から思う君が大切なものは何ですか?
この街も友達もみんないつでも君の味方でいるよ」
俺だけじゃだめならみっくんもともちゃんもまりあママも暦姉さんも
師匠も修ちゃんも美咲姉さんも美晴も月城さんも母さんだっている。
みんなみんな、君の事大好きで大切だって思ってくれてる人がいる。
だから君は一人じゃない。
「心から心から思う君が大切なものは何ですか?
その笑顔 その涙
ずっと守っていくと決めた 恋におちて I love you」
ことり。
好きだ。
だから……。
ゆっくりとギターの演奏を止めると目の前に広がっていた
漆黒の渦がパン!と花火のようにはじけ飛んだ。
青白い光は収束して消えていく。
静寂だけがあたりを包んだ。
周りにある森の木々と
大地に根を伸ばす草がなびく音だけが聞こえてくる。
辺りを見回してみたがことりの姿が見つからない。
失敗、だったのか?
そんな……。
俺の歌は、
想いは、届かなかったのか?
ミシッ!
お腹のあたりで嫌な音がした。
すると村雨のボディに綺麗に縦にひびが入ったと思ったら
バァン!とまるで桜の花びらのように木端微塵に砕け散った。
あの時の”雫”のように。
ギターの弦6本が細い1弦から順番にはじけ飛び
ネックはちょうど真ん中のフレットから真っ二つに割れ
手からこぼれ落ちるように地面に破片が拡散する。
肩からするりとストラップが流れるように地上へと吸い込まれていく。
まるで力をすべて使い果たしたかのように。
魔力ってヤツに耐えられなかったのかもしれない。
村雨。
すまない……。
うっ……
急に力が抜け膝から地面に落ちそのまま前のめりに倒れこんでしまった。
両手も動かず支えることも出来なかったので体全体を強打してしまい、
体に激痛が走る。
この前と同じく”魔力”を使いすぎてしまったんだろう。
もう頭のてっぺんから足の指の先までピクリとも動かない。
ササササーと時折大桜を中心にして周りで生い茂っている
木々の葉のかすれる音だけが耳に聞こえてくる。
なんだか闇に体が浸食されそうな感じがして恐怖する。
くそっ!くそっ!くそっ!
ちくしょう!
自分の無力さに打ちひしがれる。
先生、朝倉。
ごめん。
俺、ダメだったよ。
結局何も出来なかった。
しょせん俺の歌ではことりの気持ち、
変えることも動かすことも出来なかったってことか。
精一杯やったつもりだ。
けれど、結果が伴わなければ何も意味がない。
ことりが戻らないって事は
世界が明日にでも完全に無くなってしまうってことなんだろうか?
そもそも明日なんてくるんだろうか?
消えてしまったらどうなるんだろう?
天国にでも行くのかな?
でもそこでまた彼女と会えるならそれはそれでいい……
訳なんてない!
こんなんじゃ、父さんに顔向けできない。
志半ばで逝ってしまった父さんだって
もっと生きていろいろやりたかったに決まってる。
それに俺は往生際が悪いんだ。
たかが1回でダメだったからって諦めてたまるもんか!
2回だろうが3回だろうがやってやる!
動いて、くれよ。
体に力を込めて立ち上がろうとした時だった。
大桜の向こう側で
どさっ!と何かが落ちるような音がした。
なんだ?
ありったけの力を振り絞って片ひざ立てて
ようやく上半身だけ起こすと
大桜の木の幹の裏側から何かが見えた。
まさか?!
動かない体を奮い立たせて
這いつくばって匍匐前進で
少しずつ少しずつ近づいていく。
大桜の根元の向こう側に風見学園本校の女の子の制服、
あのクリーム色のジャケットとブルーのギンガムチェックの
ワンピースが視界に入る。
近づくにつれ見覚えのあるロングブーツ、長い髪、
そして右の前髪あたりにつけている水色のばってん型のバレッタ。
服が石などであちこちすり切れ、
土で泥だらけになりつつもようやくそこまでたどり着くと
ああ、ああああ。
もう何も言葉が出なかった。
胸元に祈るように両手を重ねて、
桜の花びらの絨毯の上に眠るように横たえてる。
姿を見ただけで泣きそうになった。
いや、もう泣いていたかもしれない。
ただ嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
さらに近付いて表情を覗き込むと
どこからともなく舞い降りてきた桜の花びらの一欠けらが
彼女の頬に落ち着くと眠り姫がゆっくりと瞳を開いた。
「凛……くん」
ひさしぶりに聞く声は、
もう何年も聞いていないような感じで、
でもそれは間違いなく彼女のもので。
上半身だけ起き上がると降り積もっていた桜の花びらが
はらはらと舞い落ち、彼女はこちらに近づいてきて
汚れることなんておかまいなしに俺を抱きしめてくる。
温かい、このぬくもりも
肌の感じも甘い香りも
間違いなく本物の彼女だ。
「聞こえたよ、凛くんの歌」
とど……いたんだ、俺の歌。
俺はようやく動いた右腕だけを彼女の背中にまわして
声を絞り出すようにして
「二度と、俺の前から勝手に居なくなるな。
もし次にやったら……一生、一生許さないからな」
「うん」
つづく
―――次回予告
みなさんこんにちは、鷺澤美咲です。
ことりさんが戻ってこられて
よかった。
本当によかったです。
凛さん、
もうことりさんの手を離してはいけませんよ。
さて次回は……
長い間ご愛読ありがとうございました。
いよいよ、いよいよ次で最終回です。
去りゆく人を島から見送り、
そしてことりさんから
自分が消えてしまいたいと願った理由が聞かされます。
次回、D.C.F.L 最終回「そして……」
長らくの次回予告拝読ありがとうございました。
みなさん最後まで読んでくださいね。
凛がことりのために作った曲
Crystal Kay 恋におちたら