D.C.F.L (ダ・カーポ ファンダメンタル・ラブ)
第106話「姉ト妹」

朝、目が覚めると
彼が私の右胸を吸いながら左胸を触ってる。
もちろん起きてる訳ではなく無意識的に……。

毎日そうなんですけど、
なんだか赤ちゃんみたいで
時折かわいくなって思わずぎゅ~ってしちゃいます。

そろそろ起きないと。
私達は春休みだからいいものの
お父さんとお母さんは普通に仕事がありますからね。
朝ごはん作ってお昼用のお弁当を作って送り出さなきゃいけません。

私は彼からゆっくり離れてベッドから降りました。

……………………………
………………………
…………………

今日はひさびさに何もなくのんびりと過ごす事が出来ました。
普段は春休みだけどバンド活動しているので
それと家事もしてるから慌しいんですけど、
今日はみんな用事があってバンド活動がお休み。

なので凛くんと二人で普段はやれていないところの掃除とかしていました。
それでも空いた時間は二人でごろごろしてます。

今は何をしているかといいますと、
ソファの上、凛が私の膝枕で熟睡中。
さっき耳そうじしてあげてたらそのまま眠ってしまったみたい。
そっと、彼の髪を撫でる。
こうして甘えてくれてると、なんだか安心します。
ここに来た当時を考えると凛くんもずいぶん変わったなぁ。
エッチにもなりましたけど……。

それにしても。
お姉ちゃんの洗濯もの、
すっかりなくなっちゃったな。

目の前に並べられた洗濯物の山。
さきほどまで二人で畳んでたんだけど、
今まではお母さん、お姉ちゃん、私、凛くんとあったんですけど、
今はお父さん、お母さん、私、凛くんになっています。

お姉ちゃんは先日新居に引っ越してもうここには住んでいません。
夕飯、私に料理を教わりに来る時に帰ってくるぐらい。
それでもみんなで食卓を囲んでお風呂入ってから帰るから
あまりここに住んでいないって実感がしません。

いつかお姉ちゃんが結婚してお家を出て行く。
頭ではそれは理解していて、その時はもう来ていて、
だけどなんだか感情がついていかない……。

「ただいま」
ガチャリと玄関のドアが開く音。
そしてリビングから顔を覗かせたのは
「おかえりなさい」
スーツ姿のお父さんでした。
まだ夕方前。
こんな時間に帰ってくるなんて珍しいです。

「なっ!」
そんなお父さんは目をまん丸にして私の膝を凝視しました。
なんだろうと思ったら、
ああ、私の膝で寝てる凛くんが気になったんですね。

ひゃん!
な……。
ちょ、ちょっと凛くんってば。
こんな時に太もも、
太ももさすらないでってば!
だ、ダメですってば。
手を奥に入れないでっ!
何寝ぼけてるんですかぁぁぁぁぁっ!
お父さん居るのにっ!

私は恐る恐るお父さんを見ていると、
『わ、私だってしてもらったことないのに!』
ええっ?
そっち?
違う事に思考がいっていたみたい。

でも残念ながらお父さん、ここは凛くんの特等席なのでダメです。
お母さんにしてもらってください。

「お、親の前でいちゃいちゃとぉぉぉぉっ!」
苦い虫でも噛み砕くかのように、
頬を引きつらせてる。

「親の前じゃなきゃいいの?」
「な、ならん!」
お父さんは怒った表情をしながら自分の部屋へ行ってしまいました。
まったく、お父さんってば。
はやく娘離れして欲しいですよ。

お父さんがリビングから出て行ったと同時に
ローテーブルの上においてあった携帯電話から、
あ、私が歌ってる……。
そういえばまだ付き合う前、杉並君と修ちゃんさんに誘われて
彼の携帯に私の歌が着信音にするようにしたんでしたっけ。
なんだか自分でいざ聞いてみるとものすごく恥ずかしいっス。

ああっ、そんなことよりも、
「凛くん、凛くん。 携帯、鳴ってる」
肩を揺らして起こしてあげると、
「ん?」
眠たい目をこすりながら手を伸ばして
机の上にある携帯電話をとって耳にあててます。
「ふぁい。 あ、修ちゃん? うん、うん、寝てた」
どうやら修ちゃんさんのようですね。

「うん、分かった。 後で行く。 じゃ」
電話を切った後それを再び机に戻して、
あ、やっ、ちょっと!
服の中に手入れてこないでっ……、
ブラのホック外した、あ、や、
どうしてすぐ胸とか揉んでくるんですかっ!
このおっぱい星人さんっ!
「り、凛くん。 だめっスよぉ」

隙あらばお尻とか胸とか触ってくるんですよね。
ど、どうしてこんなにヘンタイさんになっちゃったんですか?

も、もうっ!
こ、これ以上されるとさすがに
へ、変な気分になってしまうので、
「お父さん、帰ってきたよ」
ピタ。

あ、止まった。

そしてソファから飛び降りて
それを縦にするかのようにして辺りをキョロキョロ見回して警戒してる。
は、反応早いっスね~。

う~ん、
これは今後使えるかも。

…………………………………
……………………………
………………………

夕方、ちょうどタイムセールスが始まる頃合になったので
晩御飯の買い物に出かけます。
いつもは1週間分一気に買ってしまう場合が多いんですけど、
お姉ちゃんが家に来て料理をしていき、
失敗とかしちゃうので食材が足りなくなってきちゃったんです。
大分馴れてきてはいるんですけど、
お姉ちゃん雑なんですよねぇ。

なので凛くんと二人、腕を組んで
スーパーへ向かう道を歩います。
空の色も春らしく暖かく、明るい色になってきました。

もうちょっとで2年生、か。
早いな~。
この前付属から本校にあがったばかりだと思ったのに。

なんだか、不思議。
去年の今頃、私は朝倉君に恋をしていてそしてフラれちゃって、
そして今は別の人に恋をして隣で並んで歩いてる。
あの時、朝倉君に選んでもらえなくってすごく辛かった。
けれど、もし仮に付き合っていたらきっと誰も幸せになれなかった気がする。
だって、やっぱり私の気持ちなんかよりも
音夢さんの気持ちのほうが全然強かったんだし。
それに朝倉君の運命の人は音夢さん以外にありえない。
だから今はこれでよかったと思える。

不意に彼が立ち止まったのでつられてしまった。
どうしたんだろうと思って顔を覗こうとしたら
頭の上のほうへ手を伸ばしてきました。
どうやら私の髪に花びらがくっっいて
取ってくれたみたい。

えへへ。
私はぎゅ~っと彼の腕に抱きついて、
また歩き始めました。

桜公園の桜並木へ入っていきます。
ここは本当に変わりませんね。
今も昔も、春も夏も秋も冬も。
私はこれが当たり前なんだけれど、
やはり本土から来た人達には枯れない桜は不思議だそうです。

「そういえば修ちゃんさん、最近来ないですね」
いつも見計らってか夕飯が出来上がる頃、
絶妙のタイミングでやって来ていました。
そしてご飯を食べてお風呂に入って、
飲んでるお母さんの話し相手になってそれから帰って行っていました。

もちろん毎日ではなく、
他の日は美咲さんのところや
はたまた凛くんが先生の家に泊まる時は先生の自宅とか、
後は知り合いの女性宅を転々としているみたいですけど。

「俺まで親父さんに睨まれたらかなわん、とか言ってた」
「あはははは、なるほど」
お父さん、圭君以外の男の子には厳しいからなぁ。
きっと修ちゃんさんみたいなタイプは凛くん以上に
馬が合わないような気がします。

さて、凛くんとは名残惜しいですが桜公園の出口でお別れ。
なんでも修ちゃんさんから
お姉ちゃんの結婚式当日の音響をどうするか?
など決めなきゃいけない事があるらしいです。
私は機械や楽器の事はまったく分からないので
ついていかず夕飯作りに専念する事にしました。
だから「早く帰ってきてくださいね」と伝え、スーパーへ。

いつものスーパーに入り籠を持ってまずはお野菜コーナーから。
あらかじめメモしてきた野菜をチェックしながら
籠へ入れていきます。

あんまりのんびりしてられないかな。
お母さんも遅くとも8時には帰ってきちゃうし。
お父さん帰ってきちゃってるし、
遅く帰ると心配するからなぁ。

あ、今日はニラが安いですね。
でも使う予定はないから買いませんけど。
”たとて安くても無駄な食材は買わない”
それがお母さんから教わった買い物のルール。
使う予定があればいいけれど、
ないのなら使われずに冷蔵庫の中で腐らせるのがオチだから、
安くても手を出してはダメだと言われたんですよね。

「ことり」
不意に名前を呼びかけられたので振り返ってみると、
「お姉ちゃん」
学校帰りか、お姉ちゃんがカートを引いて立っていました。

「買出し?」
「ああ、まぁね」
どうやらお義兄さん、今日は帰ってくるみたいですね。
お医者さんも夜勤とかあって大変みたいです。
お姉ちゃん、だいぶ一通りはこなせるようになったんですけど、
まだ栄養や見た目のバランスとかあまり考えられないんですよね~。

お医者さんは激務って聞きます。
やはり何事も体が資本ですから、
お姉ちゃんも早く栄養とか考えて献立考えられるように
なってもらいたいですね。

カートに入ってる食材、
ジャガイモ、たまねぎ、にんじん。
それで初心者向きで予想出来るのは、
「さしずめ今日はカレーってところですか?」

「残念、今夜は肉じゃがにチャレンジだ」
どうやらこないだ教えたのをさっそくやるみたい。
でもあの時、お醤油が多すぎてちょっと辛かったんですよね。
按配、間違えなければいいけれど。
よく本とか大さじ何杯とか書かれていますけど、
でも実際に各家庭で違うと思うし
味見してなんとなくこんなものかな~と感覚で
憶えてしまうのが一番なんですけどね。

お姉ちゃんは辺りをキョロキョロと見回して、
「凛は?」
「修ちゃんさん、東條君のお家に行ってる」
「まったくアイツと来たら、手伝いにも来ないなんて」
「ちゃ~んと”一緒に行こうか?”って言ってくれたよ」
「仲がいいことで」
凛くんは一人暮らししていた事もあってか大抵の家事はこなせるので
かなりいろいろ手伝ってくれるから大助かりなんですよ♪

「父さん、どうだ?」
「相変わらずだよ」
「こればっかりは口で言ってもな」
凛くんを家から追い出そうとはしないものの、
私と一緒にいるのは嫌がるんですよね。
はぁぁぁぁぁ。
まったく、お父さんも子供っぽいところがあって困っちゃいます。

そしてお姉ちゃんと雑談しながら買い物を済ませ、
「それじゃ」
「うん」
スーパーの出口でお別れ。

両手にスーパーのビニール袋をかかえ、
遠ざかっていくお姉ちゃんの後姿。
少しずつ少しずつ距離が離れ小さくなっていく。
住んでるマンションだって家から近いし
実家なんだからいつでも帰って来てくれる。
先生と生徒なんだから学校に行けば会える。

けれど、
けれど……

本当にお姉ちゃん、
お嫁に行っちゃうんだな。

家族なのに、
帰る家が一緒でないなんて、なんだか寂しいな。

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……………………………
………………………

次の日

今日は久々にみっくんとともちゃんと3人で
本土まで出かけてショッピング。
バンドの活動でほとんど毎日顔は会わせてたけど、
こうして3人でのんびり出かけるのはほんと久しぶり。
春物の服とかアクセとかいろいろ買えたので
お財布の中は寂しくなりましたけど気分は上々です♪

夕方より少し前に二人とお別れして
帰り道、たしかこの時間は河原で遊んでると聞いたので
散歩がてら来てみると、
あ、やってるやってる。

ダンボールをソリにして凛くんと
ひまわりホームの子供達が堤防から降りていってる。
大きい子が必ず小さい子を自分の膝の間に入れて滑って、
けっして危なくならないようにとの配慮もされてる。
凛くんはいつもどおり瑞樹ちゃんと一緒。
とても楽しそうに滑ってる。

「ことり」
「あ、お父さん」
スーツ姿のお父さんがゆっくりした
足取りでやってきました。
この時間だから会社の帰りみたい。

『子供にすごく人気じゃないか』
視線の先、凛くんは瑞樹ちゃん以外の子供達からも
「一緒にやろうよ」と袖を引っ張られて大変そう。

「あの子達、施設で育ってるの。
 親から虐待受けたり育児放棄されちゃったりして。 
 ほっとけないんですって」
『なに……』
驚く、お父さんの心の声。

「お父さんとお母さんが引き取ってくれなかったら私、
 あの中に居たかもしれないんだね」
「ことり……」
うる覚えだけど、本当のお母さんとお父さんが亡くなった時、
まりあお母さんの鶴の一声で私は白河家にひきとられた。
親友の娘だからと、たったそれだけの理由で、
何の血のつながりもない私を……。

「凛くんの境遇、お母さんから聞いてるでしょ?
 だからね、私は凛くんを幸せにしなくちゃいけないの。
 それが今私のするべき事なんだよ」
するべき事、と言うよりも使命みたいなものかな。
彼は決して口には出さないけれど、
やはり幼い頃から両親が居なくて、
誰も守ってくれる、愛してくれる人が居なくて辛かったと思う。
今でこそ先生と再会できてるけど、
そう簡単に溝が埋められるとは思えません。
だから私が埋められたらな、っていつも考えてしまう。

「だがな、女一人守れない男なぞ何の価値がある」
「守ってもらおうだなんて、考えたこともないよ」
むしろ逆だよ、お父さん。
私が守らなきゃいけないの、凛くんを。

それに、
「きっとお姉ちゃんもお母さんもそうだと思う。
 ただ一緒にいたいから、好きだから結婚するんだよ」

私は心の声が聞こえるから分かる。
お父さんが海外で居ない時、お母さんは毎日何かしら心配してた。
お姉ちゃんだってお義兄さんの事いつも考えてる。

「そんな気持ち、もう忘れちゃったの? お父さん」
お父さんは奥歯にものがひっかかったような、
苦い顔をして「先に行く」と言い残しその場を後にしました。

次の日

お姉ちゃんの結婚祝いに作った歌が完成して
今はひたすら本番にむけて修ちゃんさん家でみんなで練習しています。
もちろんこの事はお姉ちゃんには内緒。
当日のことはお義兄さんに相談して
余興枠に私達を入れてもらう事になっています。

「走り出すスピードについて来てね
 大丈夫まかせといて怖くないよ~♪」
あ、あれ?
次の歌詞なんでしたっけ?
途中でつまってしまい伴奏だけが後ろで流れていきます。

ああ、もう何回目だろう?
さっきから歌詞が途中から出てこなかったり間違ったりしてばかり。
いつもは、こんな事ないのに……。

「どうしたのことり? 調子悪い?」
『いつもの頭痛かな?』
「なんか元気なさそうだし」
『体調でも悪いのかな?』
みっくんとともちゃんの心配する声。

「ううん。 ちょっと、疲れただけ」
「いったん休憩入れよう」
リーダーさんがそう言うと凛くんとともちゃんはギターとベースをスタンドに置き、
修ちゃんさんはドラムブースから、
みっくんはピアノの椅子から立ち上がりおのおの休憩に入ります。

美咲さんはさっそくお手製のシフォンケーキと
各個人の好みに合わせたお茶を準備してくれてました。
私は喉にいいとミントのハーブティを用意してくれて、
突き抜けるようなツンとしたすっきりした味わいで心癒してくれます。

はぁ。
何やってるんでしょう私。
みんなの演奏は完璧なのに、私が一番足を引っ張ってしまっています。
歌詞がプリントされている紙を持ってきて再度確認。

ちゃんとしなくっちゃ。
本番に間違えたらせっかくのお祝いなのに台無しにしちゃう。

でも、この歌を歌い終わったら、
お姉ちゃんと本当にお別れしそうで、怖い……。