先週、ベートーヴェンで取り上げたのが、「熱情」ソナタと
「ハンマークラヴィーア」の間のピアノ・ソナタ3曲であったが、
今日はそれらと「「ハンマークラヴィーア」の間に位置する
弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 作品95 (セリオーソ)を聴く。
「セリオーソ」(厳粛)の名前は作曲に当たって構想されたのだが
後に削除されている。
第1楽章 苦悩に敢然と立ち向かう意思表示のような強烈な
旋律がいきなりぶっつけられる。 厳しい音楽である。
第2主題は、そんな決意と興奮を落ち着かせるようにも聞こえるが
最初の動機は姿を変えながらもしばしば現れる。
苦悩を乗り越える道を探り、もがいているかのように。
そして、案外短い楽章なのだが、その終り方が印象的である。
まるで 弱く吐息を漏らすかのように終わるのである。
冒頭の決然たる強奏からは、一寸意外に思う。
しかし、それは次の第2楽章の沈潜した音楽を聴くと、それなりの
意味があるようにも思えてくる。
第2楽章 下降する曖昧模糊とした旋律は序奏なのか、主題の
動機にあたるのか? 緩徐楽章であるが、旋律は決して安らかで
ない。 苦しい心の内を、ベートーヴェンは打ち明ける人もなく、
ただ独り悩んでいる姿なのでであろうか。
不思議なのは、この楽章がニ長調ということである。
ニ長調の明るいイメージには どうしても聞こえてこない。
しかも最後の消えるように弱い音は、決して主和音ではあるまい。
すぐに、次の楽章に続いていく。
第3楽章 趣きは変わって、ようやく光明の兆しが聞こえるように
思える。 ベートーヴェンの心がほころんできた。
ここも一寸面白いのだが、今度は逆に短調(第1楽章と同じへ短調)
なのだ。短調だが明るい楽想に聞こえる。
中間部は、苦悩の過去を回想しているようでもあるが。
第4楽章 しばらく、曖昧でとりとめのない雰囲気の序奏であるが、
やがて軽快な主題が始まる。ここにきて、私はほっとした気持ちに
なる。 そして、ふと弦楽四重奏曲第15番の終楽章が思い浮かぶ。
それは私の非常に好きな楽章で、旋律は勿論違うのだが、なんか
共通するものを感じるのだ。
ベートーヴェン自身、ようやく苦悩が晴れた安堵の気持ちであろう。
でも調性はヘ短調。 不思議に思って、第15番の終楽章を見ると、
それはイ短調。 どちらも短調であるが、私にはなんとなく心が救わ
れる音楽、もやもやとした気分がすっかり洗われた喜びの音楽なのだ。
解説によると、最後にベートーヴェンはヘ長調で曲を結んでいる。
確かにそれまでの短調よりは一層明快な明るさに転じて、ベートー
ヴェン自身が苦悩から脱した喜びを強調して歌い上げたのであろう。
演奏:ベルリン弦楽四重奏団(LP盤)