劇団イキウメが本公演からはみ出したものをやるという、イキウメ別館カタルシツ。2013年に上演された『地下室の手記』の再演を観てきました。
(ネタばれを含んでいます)
2015年3月7日(土)マチネ
赤坂レッドシアター
原作 ドストエフスキー
脚本・演出 前川知大
出演 安井順平
社会に適合できず、地下室にこもって愚痴を言っている自意識過剰の男を描いたドストエフスキーの小説『地下室の手記』を、前川知大さんが舞台化。
帝政ロシアの男を、日本人の40歳、無職の男に置き換えて、男が、ニコニコ生放送でネットのストリーミング放送を行っているという設定になっています。
私は、初演も観ているんですが、初演では女優との二人芝居だったところ、再演では安井順平さんの一人芝居になっています。
この作品は、前川さんと安井さん二人の才があってこそで、それぞれの才能が合わさって、おもしろい作品になっていて、私はかなり好き。
今回、一人芝居にしたことで、よりスッキリとして、良かったと思います!
地下室にある男の部屋。中央にベッドがあり、ベッドの後ろにはカーテン。安井順平さん演じる男は、バイトでビルの警備員をやっていましたが、二人暮らしをしていた母親が死んで遺産が入り、働かなくてもよくなったそうで、
「自立したニートって、人類の完成形じゃない?」
とは言うものの、
やはり自分の存在は誰かに知ってほしいようで、
「今までは社会に適合しようとしてそれなりに努力してきたけど、世の中にこそ価値はない。やってられない、もう降りる。これからは地下室に閉じこもる。そして、いまだに思い出すある女のことを、この放送を通じておまえらに聞かせてやるよ。」
ってな具合で、ニコニコ生放送を始めます。
カーテンや壁に、二コ生のコメントが映し出され、観客は男の放送を見ている視聴者のコメントを見ながら劇を観る、というひねりのきいた構造になっています。
自分の勝手なプライドを賭けてビルの社長にあることを仕掛けたり、フェイスブックで見かけた高校のクラスメイトの集まりに呼ばれてもいないのに出かけていって、結局みじめな結果になったり、というエピソードが語られ、
自分は悪くない、悪いのはあいつらであり、世の中だ、と語り、
ねたみ、ひがみ、虚勢、自己顕示、鬱屈、卑屈・・・・などなど、
ネガティブワールド全開状態。
でも、観ていて嫌な感じにならないのは、
安井さんの軽妙な語り口と憎めないキャラもさることながら、
時々流れるニコ生のコメントのタイミングと内容が秀逸で、そのつっこみの鋭さとおかしさに思わず笑いを誘われてしまい、
また、男の言っていることも、屁理屈のようでいて、実は核心をついている、と思えるからかもしれません。
そして、話はある風俗嬢とのエピソードに移ります。
高校のクラスメイトとのやりとりで傷つき、泥酔した男は、思わず風俗店に入るのですが、そこにいた20才の風俗嬢に、
「こんなところで働いていてはいけない、うんぬん・・・」と半ば自分に酔いながら説教します。
で、酔いも手伝って、自分の名前と住所を教え、そうこうしているうちに時間切れとなってコトは成さずに帰るのですが、
翌日、なんと、その娘が訪ねてきます。
男の説教が心に響いた、ひいては店を辞めたいので、恋人の振りをして、一緒にやくざ者の店長に談判してほしい、と頼まれます。
あせる男。
激しい逡巡の末、娘を助けることを決意。そして、ベッドイン。
が、心をぶつけあって、心を通わせあえたのに、
男は娘にお金を渡してしまい、自ら娘との関係をぶちこわしてしまいます。
初演では、この場面は女優と二人で演じたんですが、そこだけ異質な感じになって、ちょっと、劇全体の流れが阻害されるような感じがして、
終演後、
「一人芝居だったらもっと良かったかもねー。」と友人と話したのを覚えています。
今回は、このやりとりを全て安井さんの台詞や動き、間、で演じていて、観客としては自由な想像力を働かせることができてとても良かったと思います。
最後、娘の台詞が文字で映し出されたところも、ジンときました。
他者との関わりを希求しながらも、実現しそうになるとそれに怯え、自分を動揺させた相手を憎みさえして、自ら相手との関係をぶち壊してしまう。そして、そのことを激しく後悔している男。
こんな自分は、死んだ方がまし。
が、
自分は、死ぬ元気もない。
「どうせなら、このままネットに溶けて、データになりたい。」と言う男。
カーテンには、
「禿同」(同意する、の意味)というコメント。
そして、「おれは隠居だ。さよなら。」と男が言うと、
「おつかれー」
「がんばれ」
「ありがとう」
「GJ」
「次回は?」「次回は?」
最後、カーテンいっぱいに、拍手を表す8888888888888というコメントが流れて、ちょっと感動的な感じで終わりそうになるけど、そうはならず、この終わり方もシャレていました。
私達の多くは、世の中の理不尽さにはあきらめたり、考えないようにしてまあまあのところで手打ちして暮らしていると思うけど、
自意識が肥大して、他者との関わりの中でうまく生きられない場合もあり、
それは切実なことでもあるけど、
この作品では、ただの独白ではなく、ニコ生の視聴者の反応が入るところに、
ちょっぴり温かさがあるのかもしれません。
あと、席の後方で若い笑い声が絶えず、若い女の子にウケているんだなーと思っていたら、小学校高学年くらいの男の子だったのでびっくり。
「すげー、おもしろかった!」と言っていて、いろんな意味で驚きました。
1時間45分を、このテンションで一人で演じるのはとても大変だと思いますが、
「中年のひきこもり男を演じたら日本一」
という称号を、安井さんに捧げたいと思います!