IHIステージアラウンド東京で上演中の、中島かずき作・いのうえひでのり演出・劇団☆新感線『髑髏城の七人 Season花』を観てきました。

劇団☆新感線の作品は、これまであまり観たことがなくて、劇場で観たのは、『五右衛門ロック』と、大人の新感線『ラストフラワーズ』のみ。

あと、ゲキシネで、『メタル・マクベス』(これはとても好き)。WOWOWで放送されたものは全部録画してあるんですが、まだ観れてない・・・


そんな私ですが、今回、客席が回る劇場での上演、ということに好奇心を抑えられず、チケットを譲ってくださる方とのご縁があったので行ってきました!

「回る客席、ってどんなんだろう・・・」とワクワクし、もはやアトラクション体験感覚で、ちょっと間違っている気がしないでもなかったのですが(笑)、他では味わえない体験を、楽しんできました。


今まで、映像でも『髑髏城の七人』を観たことがなかったので、今回は真っ白な気持ちで楽しもう!と思い、予備知識ゼロで観に行きました。

この作品は今まで何度も上演されているので、ファンの方々にとっては、この企画に関しても、思うところもあるかもしれないな、と思いますが、私は、「へええー!こういう話なんだ!」と新鮮な驚きが。

そして、ここまでエンターテイメントに徹している新感線って、やはり凄いな!と思いました。殺陣も迫力があるし、俳優さん達も魅力的で、大いに楽しめた3時間30分でした。


以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方はご注意ください!




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2017年5月20日(土)13時

IHIステージアラウンド東京

作・中島かずき

演出・いのうえひでのり

出演・小栗旬 山本耕史 成河 りょう 青木崇高 清野菜名 近藤芳正 古田新太他



劇場の立地に関しては、他の方の情報を見て覚悟をして行ったので、本当に回りに何もないんだな!とか、倉庫みたい!と思いましたが、期間限定の特設の劇場なら、仕方ないかな、と我慢。

開演して間もなく、座席が回ったので、「わあー、もう動くんだ!」と嬉しくなり、その後も動く度に「わーい!」と思いながら観ていて、もう、ほとんど遊園地の子ども状態(←単純)


思ったよりも頻回に回転したし、スピードも想像よりは速い感じがしましたが、観劇の邪魔にはならず、回転している間、全体的に墨絵のような映像が映し出されてそのムードの中に入り込めた感じがします。

また、場面によっては広角でパノラマを観ることができて新鮮でした。

走る俳優さん達を追って客席が動く時は疾走感があるし、城の中に入り込む時などの映像は、自分も吸い込まれていくよう。この辺は、ほんとにアトラクション感覚でした。

でも、髑髏城や遊郭などの舞台装置は簡素な感じがして、ちょっと物足りない感じがしたのですが、どうでしょう?構造上の制約があるのかな?


詳しいあらすじは省きますが、織田信長の亡き後に、天魔王と名乗る男が関東髑髏党という武装集団を立ち上げ、髑髏城を築き、狼藉三昧。それを阻止しようとする捨之介と無界屋蘭兵衛らが繰り広げる物語。


今やしがらみは捨てさった、と飄々と乱世を泳いで生きる捨之介(小栗旬)、

関東一の色里“無界の里”を経営する無界屋蘭兵衛(山本耕史)、

豊臣秀吉の天下統一を阻止し、再びの乱世を招こうとする天魔王(成河)、

この三人には、かつての因縁があってー


今回、観劇するにあたっての楽しみのひとつが、久しぶりに小栗旬くんを舞台で観ることだったんですが、いやー、カッコ良かったです!

思い返せば、私を観劇ライフに誘ってくれたのが小栗くんが出演していた『お気に召すまま』で、あの時の、長髪、黒髪のオーランドがホントに素敵だったんですが、今回の捨之介もやはり長髪、黒髪で私的にすごくツボ!

着流し姿もいなせで華があるし、色気があるなー、と思いました。

蘭兵衛を演じた山本耕史さんも妖艶だったんですが、それとは違った、さわやか系の色気、という感じ。


冒頭、飄々と登場したのを観て、以前に比べて良い感じにりきみが抜けたなー、と思い、演技にも緩急があって、全体的に余裕も感じさせました。

立ち回りも決まっていたし、沙霧(清野菜名)の頭をぽんぽん、とするところなどは、お兄さんのような優しさも。


一方、蘭兵衛を演じた山本耕史さんは、体の奥底に静かに燃える怒りを秘めているような、暗い哀しみをたたえた色気。無界屋の極楽太夫(りょう)とは、ともに里の経営をしつつ、男と女として深く結びついているのだろう、と思わせる、大人の色気を感じさせました。


そして、天魔王の成河さんからは、異形の狂気を感じました。

独特のハイテンションで演じる残虐さの裏には、コンプレックスや嫉妬などの鬱屈した感情があるように思えました。ある意味、人間くさいというか。

私は以前の作品を観ていないのでわからないのですが、天魔王の造形としては、かなり独特なのでしょうか?


『髑髏城の七人』初心者の私としては、

この三人がかつて信長に仕えていたと知って、「ほおおー!」と思ったり、

特殊な甲冑姿の天魔王を見て、「ダースベイダー!?」とか、

天魔王のあるシーンでは、『ユージュアル・サスペクツ?』とか思ったり、


単身髑髏城に乗り込んだ蘭兵衛が、天魔王に薬を飲まされ、言葉巧みに操られ、堕ちてしまうところ、私は、いつ正気に戻るのかしら?と思って観ていましたが、戻らない!!しかも、あの殺戮の場面には、

「ええええーーっ!」とびっくりしました。

でも、蘭兵衛は途中から薬の効き目は切れていて、自らあの道を選んだように思いましたが、他のバージョンでは違うのかな。

そして、愛する男を自分の手で殺すことになった極楽太夫がとても悲しかった。


雁鉄斉を演じた古田新太さんは、ずるいくらいにおもしろかった。彼が出てきただけで、客席がぐーっと集中するのがわかって、さすがだなー、と思いました。


捨之介はかつて“草”として隠密行動で織田信長に仕え、蘭兵衛、天魔王の二人は、織田信長の小姓だった。蘭兵衛が実は森蘭丸だった、というのにも驚きました。

強烈なカリスマに仕え、心酔していたであろう三人の若者。

神ともいうべきカリスマの存在を喪った若者達の空虚を思うと、その設定自体に、悲劇性が含まれている気がします。


本能寺の変による織田信長の死後、三人はそれぞれの道へ進み、


捨之助は、一度は天下統一を目指した主君に仕えた過去を捨て、俗世のあれこれを捨てようとし、

森蘭丸として織田信長の近くにありながら、本能寺の変で自分だけ生き残ってしまった悔恨をもつ蘭兵衛は、無界の里を守る、という新しい使命に自分を投じて生きることにし、


一方、織田信長を喪ったことを受け入れられない天魔王は、自らが信長となり、支配者になろうとする・・・


この三人の男達を見ていて、私の頭には“捨てきれなかった男たち”という言葉が浮かびました。


浮き世の義理も昔の縁も捨てきれなかった捨之介、

信長への想いと悔いを捨てきれなかった蘭兵衛、

信長の野望を捨てきれず、さらにゆがんだ形で継承しようとした天魔王・・・


『髑髏城の七人 Season花』は、若者達の夢のあと、といった切なさを含んだ物語なのですね。

でも、クライマックスにはたっぷりのチャンバラと、暗黒面に落ちた二人にはそれにふさわしい結末を、光を失うことのなかった者達にはほっとする結末を、ときちんとカタルシスも用意されていて、最後には、観客をすっきりとした気分で劇場から送り出してくれました。


『髑髏城の七人』は、初演からいろいろと変化してきているとのことですが、その変化を楽しめる部分もあるのでしょうね。(反面、受け入れがたい、と感じる場合もあるかもですが)

次のSeason鳥では、阿倍サダヲさんが捨之介を演じるとのことで、小栗くんとは全然違うタイプなので、どんな感じになるんだろう?とこちらも観たくなりました。


そうそう、カーテンコールが本当に素敵でした!

あれは、客席が回転するこの劇場でしかできないカーテンコールで、しかもあの決め姿のかっこ良さは、新感線ならでは、という気がします。

あのカーテンコールを観れただけでも、行ってよかったなー、と思っています。

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