『養生訓』を読んでみる

『養生訓』を読んでみる

健康は養生から。無理せずできることを続けること。そのヒントになれば幸いです。現代語への意訳を東洋医学の解説つきでどうぞ。

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健康を保つには、病気にならないようにすること

つまり、予防が第一で、それには日々の養生が大切


そこで江戸時代の名著、貝原益軒先生の『養生訓』をご紹介します

「わかりやすく、かみくだいて」がモットーなので、意訳になると思います

ただし、東洋医学用語はそのまま使いますので、解説を加えます


目次はこちら→ 『養生訓』 目次

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『養生訓』

巻第二(1) 食後の養生法
巻第二(2) ほどよく身体を動かそう
巻第二(3) 動けば気血がめぐる
巻第二(4) 『千金方』の戒め
巻第二(5) 食後と昼間に寝ないこと
巻第二(6) 昼寝はしないこと
巻第二(7) 養生に過信は禁物
巻第二(8) 小さな欲は捨てよう
巻第二(9) 過ぎたるはなお及ばざるがごとし
巻第二(10) 長命と短命の分かれ道
巻第二(11) 備えあれば憂いなし
巻第二(12) 酒食や色はつつしもう

人が欲のおもむくままに楽しむと、その楽しみがまだ尽きないうちに、早々にうれいが生じるものだよ。酒食や色欲におぼれると、その結果健康を害して苦しむことになるだろう。

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1) ここでいう「うれい」は巻第二(11) 備えあれば憂いなしにあった「患い」ですね。
 酒食や色欲の過剰は、東洋医学では病因のうちの不内外因とされています。ちなみに、内因は七情で、激しい感情の動き。外因は外邪で、気候変動や生活環境です。
 酒食や色欲は、内因でも外因でもないので、不内外因なんですね。巻第二(9) 過ぎたるはなお及ばざるがごとしに登場している安逸過度も、そして労働過度も、不内外因になります。
 考えてみると、内因や外因にはどうにも避けがたいことってあるけど、不内外因は自分で気をつけさえすれば避けられるもの。だからこそ、益軒先生が繰り返し注意喚起されているのです。

2) 『養生訓』の各項にはタイトルはついてません。したがって、タイトルにある「酒食や色はつつしもう」は、中身から判断して私が勝手につけたものです。原文をお読みになりたい方は、ブックマークから中村学園のHPにどうぞ。

一天一笑、今日も笑顔でいい一日です。

『易経』に、「患い(うれい)を思い、予て(かねて)これを防ぐ」と書かれている。それは、「後の患いを予測して、その禍が生じないように予防しよう」という意味。

『論語』にも、「人遠き慮(おもんぱかり)なければ、必近きうれひあり(先のことを考慮しておかないと、必ず近いうちに憂いが生じる)」とある。

その教えは、はじめにつつしめば無事に終われる、つまり養生すれば長生きできるってこと。


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1) 『易経』は、中国最古の哲学書であり、自然科学書、人文科学書でもあって、東洋医学理論にも深く影響しています。『三国志』に登場する諸葛孔明らの軍師たちが、戦術を立てる際にも使っておりました。

2) 「患い」を「うれい」と(  )書きにしてますが、これは原文通りです。今は「わずらい」と読んで、病気やケガで健康をそこなった状態をさす。健康を損なうことは憂えることでもありますから、「うれい」と読んでも納得できますね。

3) 先を予測して、予防線を張る。『易経』や『論語』はともかく、これは『養生訓』ですから、病気予防に養生が大切ってことをおっしゃりたいのでしょうね、きっと。

4) 『養生訓』の各項にはタイトルはついてません。したがって、タイトルにある「備えあれば憂いなし」は、中身から判断して私が勝手につけたものです。

一天一笑、今日も笑顔でいい一日です。

一時の欲をこらえられないために病気になって、百年生きられるはずの身体をこわしてしまう。ほんとに愚かなことだよね。長生きして安楽に暮らしたいなら、欲に走っちゃいけない。

欲を抑えることが長生きのもとなんだ。気ままにすることは短命のもと。欲のおもむくままにするか、それを抑えるか。それが長命と短命との分かれ道だ。

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1) 「欲を抑える」ことが養生にとって大切だってことは、『養生訓』の巻第一でも何度も語られてましたね。その「欲」が何をさすか?は、巻第一(4) 内欲を抑えて外邪を防ごうにあります。

2) 「百年生きられるはず」というのは、巻第一(18) 人の寿命にあるように、『荘子』や『礼記』から来たものでしょう。そういう記述があるってことは、昔も長生きした人たちはいるってことですよね。
 益軒先生の生きた江戸時代、0歳の平均余命は50歳に満たなかったようですが、それは乳児や子どもの死亡率が高かったからで、50歳の平均余命は20年ほどあったらしい。つまり、無事におとなになった人は、平均70歳くらいまで生きられた。となれば、100歳ご長寿なんて方々もいらしたんじゃないでしょうか。

3) 『養生訓』の各項にはタイトルはついてません。したがって、タイトルにある「長命と短命の分かれ道」は、中身から判断して私が勝手につけたものです。

一天一笑、今日も笑顔でいい一日です。

心は楽しくして、苦しめないようにしよう。身体は働かせて、休め過ぎないようにしよう。我が身を愛おしむのはいいけど、度が過ぎちゃいけない。

美味なものを食べ過ぎたり、美酒を飲み過ぎたり、色を好み過ぎたり、身体をいたわり過ぎて仕事を怠けては横になってばかりいる。そんなふうに自分を甘やかしてばかりいると、かえって害になってしまうものだよ。

病気でもないのに補薬をやたらと飲むと、病気になってしまう。これも自分を可愛がり過ぎることで起こる。子どもをいつくしみ過ぎて、その過保護が子どものわざわいになってしまうようなものだ。

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1) これもまた、本業が儒学者の益軒先生らしい表現ですね。それで、タイトルを「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」にしてみました。益軒先生ご自身、本文に引用されてるワケじゃありませんけど。
 東洋医学では、身体をだいじにし過ぎて動かないでいることを安逸過度といいます。本家春月の『ちょこっと健康術』「生活不活発病を東洋医学でみると」にあるように、安逸過度は脾の働きを低下させます。
 現代医学でも、「人間は動物なんだよ」でまとめたように、安逸過度は生活不活発病のもとと考えるようになりました。 西洋医学が東洋医学に追いついてきたって感じ。
 食べ過ぎ・飲み過ぎ・好色が身体に悪いってことは、これまでも『養生訓』に取り上げられてきたとおりです。

2) 補薬は、読んで字のごとし、補う薬。何を補うか?というと、それはです。病気もなく健康な人は、十分に気がめぐっています。そこへ補薬を飲んでしまうと、過剰になって、詰まらなくいいところで詰まっちゃう。そうなると、気が滞って病気になるってことなんです。
 医師に処方されたなら別ですが、やたらとサプリメントや栄養ドリンクを摂ることも、必要のない補薬を飲むのと同じこと。かえって肝臓を傷つけます。肝臓のためにと飲んだウコンドリンクで肝臓が弱ったという報告、けっこう耳にします。気をつけましょうね。

3) 子どものためにと思うこと、目先の安全だけを考えてしまうと、過保護になりがちですね。ディズニー映画の『ニモ』のように、子どもに必要なのは「ただ守られる」ことじゃなくて、世の中には危険があると知ること、その危険を回避したり対処したりする術を学ぶこと。自分の健康もまた、それと同じだと益軒先生はおっしゃっているワケですね。

4) 『養生訓』の各項にはタイトルはついてません。したがって、タイトルにある「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」は、中身から判断して私が勝手につけたものです。原文をお読みになりたい方は、こちらへどうぞ→中村学園 デジタル図書館

一天一笑、今日も笑顔でいい1日です。