≪季刊誌「考える人」≫ 2006年冬号(定価1400円) 発売中! | 対内言語と、対外言語と!

≪季刊誌「考える人」≫ 2006年冬号(定価1400円) 発売中!

「考える人」は1月・4月・7月・10月の年4回刊行です。

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≪大晦日、デパートの衝撃≫―「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)

 あけましておめでとうございます。お正月休みはいかがでしたか?


 大晦日の夕刻まで押し詰まると、スーパーや八百屋では雑煮用の小松菜が品切れ、などという悲劇がしばしば起こります(ちなみに東京のお雑煮は、とり肉と小松菜のお澄まし風が定番です)。欲しい野菜がない、ということほど情けなく、心もとなく、悲しいものはありません。


 とくに小松菜はとり肉との相性が絶妙で、ほうれん草では代役が勤まりません。

 

 沖縄には雑煮を食べる習慣はありません。しかし復帰後(72年)は大和風正月がほとんどの家庭で行われるようになり(以前は陰暦)、また雑煮を食する人も増えて来ています。

 お雑煮は一年の無事を祈りお正月に食べる伝統的な日本料理です。沖縄を除く日本各地でお雑煮を食べる風習があります。餅の形やだし、具の種類にいたるまで、地方や家庭ごとに千差万別です。 お雑煮|日本文化いろは事典 より

 お雑煮に限らず東京の味が無性に恋しくなることがあります。とにかくここでは一に油、二に油、三四がなくて五に油ですから。

 大晦日の夕刻、あの店ならばと見当をつけていたところで品切れだったときの驚きと絶望、そして諦めず何軒か店をはしごして(こういうときに限って、同じ食材が同時に品切れになることも、このときに学びました)、立ち寄ったことのない小さなスーパーでやっと見つけた小松菜が、いかにも残り物ふうでも手を合わせたくなるものだったことは忘れられない思い出です。


 日本人の衝動買いならぬ同時買いは、あの「トイレット・ペーパー騒動」で再認識されたのではないか。きっと隣の子が持っているのに我が子が持てないのは可哀相という親心のせいではないか。

 美肌ブームによる「コラーゲン・ブーム」で豚と沖縄料理が持て囃され(『ためしてガッテン:過去の放送:美肌長持ち大作戦 [1] コラーゲンの真実 』)、そして今、カロリー控えめダイエット・ミート「ジンギスカン」がブーム(『ジンギスカン - トラックバック・ピープル 』)、ある食材の増減の鍵を担うのは男性から女性へと移行したようだ。 

 野菜はなるべく新鮮なものを、とは思うものの、品切れの悲劇は避けたい。以前の失敗に学んで、去年の暮れは、必須の食材は30日に近所の家族経営の八百屋で購入済みでした。立派な三浦大根も手に入れて、なます作りの態勢も万全。大晦日は「仕上げ」の段階です。


 今年初めて試してみることにした予約おせちの引き取りが最後の締めくくりとなり、少しばかり浮き浮きした気分で銀座へと出かけました。


 引き取り時刻は正午以降。午前中早々には銀座に着いたので、「おせち」の受け取りの前にデパートに寄ってみることにしました。


 私はそれほどデパートに出かけるタイプではありません。子どもの頃は最寄りの新宿伊勢丹が行きつけのデパートでした。玩具を買ってもらったり、洋服を買ってもらったり、プチモンドで洋食を食べたり……晴れがましい思いをする場所はいつも伊勢丹でした。


 今はデパートで衣服を買うことはほとんどありませんし、食事が目的でデパートに行くこともありません。


 ではあるものの、たまにデパートに出かけるのは今でも何となく心弾むものがあります。それは子どもの頃に刷り込まれたものなのかもしれません。


 現在の私の贔屓のデパートは銀座松屋です。理由はふたつ。松屋はデパートの規模がそれほど大きくないこと。巨大デパートは、目的を果たすためだけでもかなり歩かされますし、すれ違う人の数も多くなり、デパートを出る頃には混み合う街を歩いた後のような疲れを覚えます。


 気がつくと目が血走っていたりもします。


 松屋はワンフロアがどう構成されているか把握しやすいですし、売り場の様子もコロコロと変わらず、目的がはっきりしている場合には滞在時間が最短で済み、使い勝手がいいのです。


 もうひとつの理由は趣味の領域ですが、7階で僅かながらデンマーク家具を扱っていること(ただ最近は以前より扱う家具の種類が減ってきた様子なのがちょっと残念。1998年に亡くなった建築家・宮脇檀さんも、たしか70年代に銀座松屋でデンマークの椅子を手に入れたことをどこかにお書きになっています)。


 都内ではここ数年で北欧家具を扱う店が飛躍的に増えたので、どうしても松屋でなければ手に入らない、というものはなくなりました。しかし修理にも丁寧に対応してくれますし、セールでは意外なお買得もある。だから松屋に来ると、どうしても7階を覗かずにはいられません。


 そしてデンマーク家具を扱う売り場に続いて、デザイン・コレクションのコーナーも必ず立ち寄る場所です。こういうコーナーも昨今では珍しくなくなり、松屋よりもっと種類も数も揃えている場所があります。しかし定番の雰囲気を醸し出すのはやはりここ、という感じがします。


 十年以上前に、池袋の某巨大デパートで北欧家具やモダン・デザインの品物を扱う売り場が出来たのに驚いたことがあります。


 売り場の男性と話していたら、銀座松屋を定年退職された方がその売り場を任されていた、とわかり、なるほどと納得したこともありました。


 大晦日、午前中の銀座松屋は、意外なことにお客さんの姿はちらほらでした。いつものコースをゆっくりと巡って、これならば地下の食品売り場も覗いてみようとエレベーターで降りてゆくと、これもガラガラとは言わないものの、ゆっくり品定めできる混み具合なのです。


 例年は年賀のお菓子は花びら餅と決めていたのですが、これも今回は松屋の「デパ地下」でいつもとは違う和菓子を手に入れることになりました。


「デパ地下」の強みは試食してから買えること。いつもの老舗の和菓子屋さんには試食はありません。


 そして一番驚いたこと。野菜売り場の充実度です。近所の八百屋で入手して安心していた三浦大根一本の値段が、なんと200円も安い! 小松菜も新鮮なものがまだたくさん並んでいました。京人参もいいものが揃っています。生椎茸も実に立派。デパートで野菜を買うなんてことは考えもしませんでした。


 デパートから野菜を入れた袋をぶら下げて出て来るのは何か変、と意識していたのだと思います。


 それはデパート=高い、というイメージから来ていたのかもしれません。しかしそれは予断と偏見であったなあ、と考えを改め、反省しました。デパートも世に連れて、変貌しているのですね。


 ふだんは近所の八百屋さんを引き続き利用しようと思いますが、来年のお正月用の野菜に限っては、おせちの受け取りとセットで、銀座「デパ地下」にしてみようかな、と気持ちが動いています。


 おせちを受け取った店(これは銀座松屋ではありません)では、待っている間にお汁粉のサービスがありました。受け取りに来た人と相席で食べるお汁粉がなんともおいしくうれしいものでした。共通の目的で来ているお客さん同士が笑顔で見交わす独特な感じも、ちょっと晴れがましい。


 お店のおかみさんに笑顔で見送られながら店を後にする――大晦日の雰囲気がふっとふくらんだ瞬間でした。

 これはデパートでは味わえない一軒家の「お店」の力。


 とはいえ、大晦日がデパート再発見となったのは間違いありません。そういえば「考える人」で連載している山川みどりさんは、自称「デパ地下の女王」。今度お会いする機会があったら、もう少し「デパ地下」についてレクチャーを受けてみることにしましょう。


 美味しいものが大好きな山川さんは、都内各所の「デパ地下」事情にかなり通じているはず。


 銀座松屋の評価がどの程度のものなのかはぜひ一度、しっかりと聞いてみたいものです。