姉妹のお笑いコンビを撮影することになった。新人も新人、二人とも小学生だという。知名度はゼロでも、女子小学生なら話題性はある。むしろ手つかずの新人のうちに独占しておきたい。かくいうぼく自身も新人の下っ端カメラマンなので、一人で撮影に向かわされている。
 真っ暗な道を長いこと歩いている。撮影は姉妹の自宅で行うのだが、ここがいったいどこなのか見当もつかない。街灯はなく、月明かりもない。ときおりサワサワと葉のこすれる音が、右から左から、さらには頭上からも聞こえてくる。深い森のなかをさまよっているような気分だ。
 いよいよ心細くなってきたとき、目の前に白い家が唐突に現れた。二階建ての民家で、照明もないのにぼんやりと闇に浮かび上がっている。一階の三分の一がカーポートになっていて、突き出た二階部分を武骨な鉄筋の脚が支えている。黒い自動車が一台停まっているが、夜の色と同じなのではっきりとは見えない。
 ぼくは玄関の呼び鈴を押した。
 通された姉妹の部屋は、別段これといった特徴もなく、学習机とベッドが備えられた八畳ほどの広さで、淡いピンクの壁紙が少女らしい雰囲気を漂わせていた。
「おじさん、テレビ局の人なんでしょ」
 少女二人が並んでベッドに腰掛け、好奇心に満ちた目をこちらに向けている。芸人として人前に出ようとするだけあって、ルックスは平均より上だ。おそらく幼少期から親が磨き上げているのだろう。
「そうだよ。キミたちを撮りに来たんだ」
 二人は照れくさそうに身体をくねらせる。身長差がはっきりしているので、姉と妹の区別は一目瞭然だ。年の差は、小学校高学年と低学年といったところか。姉はしっかりと受け答えするが、妹はまだよくわかっていないようで、姉の顔色をうかがいながら、ワンテンポ遅れて頷いたり笑ったりしている。これでキレのある漫才やコントができるとは思えない。なんだか不安になってきた。
「ああ、そうだ。コンビ名を聞いてなかったね」
「タクアンでーす」
「え」
「タクアンだよねー」
 姉妹は顔を向き合わせて同時に頷いた。小学生がつけるコンビ名にしては渋すぎる気がしないでもないが、二人とも何の疑問もないのか、自信満々の笑顔だ。ぼくが鈍感なだけで、タクアンという言葉には女子小学生のハートを巧みにくすぐるハイセンスな響きが含まれているのかもしれない――のだろうか。
 それはともかく、気になって仕方ないことがある。ぼくはカーペットの敷かれた床に座っている。姉妹はベッドに腰掛けている。そのベッドの高さが絶妙で、ぼくの顔の先にちょうど姉妹の下半身があるのだ。つまり、視線をちょっと動かせば、姉妹のスカートのなかを造作もなく覗けるというわけだ。しかも、姉妹は小学生だけあって無防備この上なく、すぐに脚が緩んでパッカリ開いてしまう。妹に至っては、よほどご機嫌なのか、リズミカルにパッカパッカと閉じたり開いたりしている。舞台衣装なのか普段着なのか判別できないぐらい最近の女子小学生のファッションは垢抜けていて、スカートも限界まで短い。それでいてストッキングは履かずに生足で――
「あのー、どうしたんですか」
 姉の声にビクリとなる。視線を慌てて下半身から外し、わざとベットの下辺りからぐるりと天井にまで走らせ、ごまかす。背筋が少しひやりとした。
「ああ、いやあ、可愛い部屋だね」
 間抜けなセリフを吐いてから、急に考えが変わった。別にこちらが負い目を感じる必要はない。ここは堂々とすべきだ。小学生といえども、彼女らは芸人だ。いわば、商品だ。商品を吟味して何も悪いことはない。
「キミたちもすごく可愛いよ。スタイルも……うん、いいね」
 頭の天辺から爪先まで、ゆっくりと、じっくりと、なるべくいやらしく、注視していった。忘れかけていたが、ぼくはカメラマンだ。被写体に臆することなどない。下半身だろうが、下着だろうが、被写体の一部にすぎないではないか。なんなら言葉巧みに一枚ずつ脱がして、最後に真っ裸にさせてやってもいい。ああ、ダメだ。そんなものを撮ったら、このご時世だ、捕まってしまう。
 なぜか心が安定しない。目的があやふやになりつつある。ぼくはやるべき仕事を思い出す。
「じゃあ、そろそろネタを見せてくれるかな」
「ハーイ!」
 待ってましたとばかりに、姉妹は勢いよく挙手した。学校の授業でもこんなに元気なのだろうか。ぼくは先生じゃないよ、と口にしそうになったが堪えた。相手のペースに乗せられてはいけない。少し威圧するぐらいでちょうどいい。ぼくは鋭い眼光を演出するために、目に力をこめた。気分だけはプロフェッショナルだ。
 姉妹はベッドの上に立ち上がった。ステージのつもりだろう。足下がふわふわして危なっかしいが指摘しない。なぜなら、ベッドに立ったほうがよく見えるからである。何がよく見えるのか、それはいうまでもないだろう。ぼくの視界には姉妹の下半身が捉えられているのだ。
「じゃあ、いきますね」
 姉がこちらに向かって問いかけた。ぼくは重々しく首肯してみせた。
 が、突然、重大なことに気付いた。頷いた頭が下を向いたままの姿勢でぼくは動きを止めた。カーペットのジグザグの幾何学模様を目で追いながら髪の毛が逆立っていくような感覚を必死に抑えこむ。
 やばい、カメラ持っていないじゃん……。
 ぼくは何も握られていない両手をまじまじと見つめた。カメラマンがカメラを持っていない、そんな阿呆な話があるものか――と、自分で自分に憤っても仕方ない、ないものはないのだ。ここに来るまで、最初から手ぶらだった。まったく不自然に思わなかった。いや、そもそも、ぼくはいつカメラマンになったのだろうか。中年なのに新人だというのもおかしい。所属する会社は、部署は、いったいどこだ。何もかもが、夢のなかのようにあやふやだ。
「うーん……ま、いっか!」
 ぼくは開き直った。はっきりいって、人生どうでもいい。今さらなのだ、今さら。ぼくはテキトーに生きてきたんじゃないか。ぼくがカメラマンかどうかなんて些細な問題だ。とにかく、目の前の姉妹が消えてしまわないように、この世界に集中するのだ。
 ベッドのステージ上では姉妹が人形のように静止していた。
「続けてくれ」
 ぼくの一声で姉妹は血色を取り戻す。
「どーもー」
「どーもー」
「せーの、わたしたち、イチゴミルクでーす」
 コンビ名に違和感を覚えたが、別におかしくはないだろう。さて、いったいどんな芸を見せてくれるのか。
「一発ギャグやりまーす」
 姉が選手宣誓するがごとく右手を挙げる。妹は姉の足下に仰向けに寝転んでしまった。何が始まるのか。ぼくは身を乗り出した。
「ほら、せーの」
「よいっしょ」
 妹は仰向けの姿勢から腰に手を当て、両足を思い切り天井に向けて上げた。スカートはくたびれた花びらのようにだらりと垂れ下がり、下着が露わになる。ぱんつ、という平仮名表記が最もしっくりくるような、白い綿の女児用下着だ。
「それっ」
 姉が妹の脚を頭の方へ押し倒す。爪先が頭の上の布団につくと同時に、まっすぐに伸びていた膝から力が抜ける。これで、お尻を頂点にした歪な三角形が出来上がった。
「いくよー」
 姉はスコンとその場にしゃがむと、間髪入れずに妹の下着に手をかけ、
「えいっ!」
 と、ちゅうちょなく膝の裏まで下ろしてしまった。
 突如現れた肌色の丘に、ぼくは目を見開いた。
 姉は自分の顔の横に、オペ前の医師のように両手をきっちり揃えた。そして、大きく息を吸い込んでから、手刀を妹のお尻めがけて振り下ろした。
「ディグダグディグダグ!」
 うお、とぼくの喉から声が漏れる。いったい何事なんだ。姉は訳の分からない掛け声を連呼しながら、妹のお尻を左右の手で高速につついている。
「ディグダグディグダグディグダグ!」
 床に座っているのが災いした。肝心の部分が見えない。今すぐそばによって見下ろせば、お尻の肉だけではなく、その間に隠された極秘の部分まで拝めるに違いない。
 ああ、あの姉の指先はどこをつついているのだろうか。間違えて、排泄器官の最終弁をこじ開けてしまったり、さらにその直近の神秘の扉をノックしてはいないだろうか。
「ディグダグディグダグ、ディグダーグ!」
 パーン、と姉はとどめとばかりに妹のお尻を平手打ちしてから、立ち上がり、両手を高く広げてYの字のポーズをとった。床競技を終えた新体操選手のようである。
「なんだそれはっ」
 ぼくは膝を叩きながら姉に全力でつっこみを入れる。
「ピースッ」
 姉は得意顔でVサインを出す。
「わけわかんないよっ」
「一発ギャグですよ」
 いくら芸人とはいえ、女子小学生のネタとしてはカラダを張りすぎている。いや、問題はそこじゃない。
「これはまずいよ」
「えー。どこがです」
「ほらあ、これ、丸見えだよ。テレビに映せないよ」
 ぼくは堂々と姉妹に近づき、いまだお尻丸出しの妹を指差してみせる。極めてシンプルではあるが、しっかりと女性である。ぼくは、別に興奮したりはしない。興奮なんか、しない。興奮なんか、していない。しかし、目が離せない。
「かわいいでしょ」
 姉の口にする可愛いという言葉が、妹という存在そのものを指しているのか、あるいは、ぼくが今凝視している妹の一部分を指しているのか、わからない。わからないが、もうどうでもいい。
「ねえ、キミは恥ずかしくないのかい」
 自分のふくらはぎを顔の横で抱えている妹に尋ねてみる。
「えへへ」
 満面の笑み。まったく、愉しそうである。
「どうですか。面白かったですか」
「うーん。面白い。面白いけど、いいのかなあ、これ。いや、まずいよなあ。うーん」
 妹のお尻はすべすべで白い。触ればきっと餅のようだろう。もっと柔らかく、マシュマロかもしれない。プリンのようにぷるぷるかもしれない。ああ――頬ずりしたい。
「あのさあ、もっとネタないの。こういうのでさあ」
「ありますよっ」
 姉の返事にぼくは顔面がぱあっと開いていくような幸福感に満たされた。
「見たい。見せてくれ」
「はーい!」
「あ、ちょっと待ってくれ、今度はぼくの指示どおりにやってくれないか」
「いいですよ」
 胸が熱い。ぼくは悦びに打ちのめされている。頭がクラクラする。
「それじゃあ、次はお姉ちゃんの番だ。スカートをめくり上げて、そう、そう、そんなかんじ。いいよお、すごくいい。じゃあ、キミ、ほらお姉ちゃんのぱんつを……」
 目眩がひどい。世界が歪む。
 それでも、ぼくは意識を集中させる。意地でも最後まで見てやるのだ。
 妹がぼくの命令に従って姉の下着に指をかける。
 そうだ、そのまま下ろせ、下ろせ、さあ、早く――。

 目が覚めた。
 ぼくは布団のなかでのたうちまわった。