C.S.ルイス『さいごの戦い』 | 文学どうでしょう

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さいごの戦い―ナルニア国ものがたり〈7〉 (岩波少年文庫)/岩波書店

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C.S.ルイス(瀬田貞二訳)『さいごの戦い』(岩波少年文庫)を読みました。「ナルニア国ものがたり」シリーズ七作目で、最終巻。

七夜連続で紹介して来た「ナルニア国ものがたり」も今回で最後です。タイトルの”さいごの戦い”が示しているように、喋る動物たちの暮らすナルニア国は、かつてない危機を迎えることになるのでした。

白い魔女がやって来たり、異なる文化を持ちナルニア国に攻め入ろうとするカロールメン国と戦ったりと、今までもナルニア国に様々な危機は起こりましたが、その度に立ち向かった、現実世界の子供たち。

今まではナルニア国の外部から敵がやって来ることによってナルニア国の平和が脅かされるというものでしたが、今回の危機は今までとは性質がまったく異なります。言わば内部から国が崩れていくのです。

事の発端は、ヨコシマという名の年寄りのサルと、その友達のトマドイという名のロバが、池に漂っていたライオンの皮を見つけたこと。

ナルニア国には、アスランという偉大なライオンがいて、誰もがそのアスランを心から尊敬していましたが、ヨコシマはこのライオンの皮をロバに着せたら、そのアスランのふりが出来ると考えたんですね。

たとえ偽者だったとしても、誰からも信じられている存在になりさえすれば、人々を自分たちの思うままに動かすことが出来ますし、願い事はなんだって叶うはず。愉快で楽しい人生を送ることが出来ます。

そうしてずる賢いヨコシマは嫌がるトマドイにアスランのふりをさせ、カロールメン国と手を組んでナルニア国の住人たちを支配し始めたのでした。それに立ち向かうのがチリアン王と一角獣のたから石。

チリアン王とたから石は、苦しめられていたナルニア国の住人たちを救うために奮闘し、ついに、アスランが偽者であると暴いたのです。

それで無事一件落着かと思いましたが、むしろ悲劇はそこから始まったのでした。アスランが偽者であることは明らかになりましたが、そもそも本物と偽者はどうやったら見分けられるものなのでしょうか?

そして、本物のアスランは本当に素晴らしい存在なのでしょうか?

偽者騒動のせいでナルニア国の住人たちの間では、アスランを信じる心がぐらついてしまったのでした。小人のグリフルはこう言います。

「あんたがたは、おれたちの頭がとほうもないばかなんだと、思っているにちがいない。そうにちがいない。」とグリフルがいいました。「おれたちは一度すっかりだまされた。だからこんどもひきつづいてすぐにだまされるものと、あんたがたは思ってるんだ。もうアスランの話なんて、役に立たないぞ。ほら、あれを見ろ! 長い耳をした年よりロバを見ろ!」
「なんということだ。そなたたちは、わたしをおこらせるぞ。」とチリアン。「わたしたちのうち、だれが、これをアスランだといった? これは、毛ザルがこしらえたアスランのにせものだぞ、わかったか?」
「それで、あんたは、もっとよく似てるにせものをつくるんだろうさ!」とグリフル。「ごめんだね。おれたちは、一度すっかりばかにされたけど、もう、ばかにされはしないぞ。」
「そんなことするか!」とチリアンがおこってしまいました。「わたしは、まことのアスランにつかえる者だ。」
「それじゃ、アスランはどこだ? アスランはどれだ? さあ、見せてくれ!」といく人もの小人たちがいいました。
(126~127ページ)


信じる者と信じない者との間で対立が生まれ、善と悪との激しい戦いが描かれること。元々、キリスト教的な色彩が強いシリーズではあるのですが、この最終巻は、特にそうした宗教的な寓意性がある作品。

それだけに、圧倒的なスケールと荘厳さを持っていて、他のファンタジー作品ではなかなか味わうことの出来ない深い感動がありました。

「ナルニア国ものがたり」は刊行順、作中年代順など、どの順番で読んでも割と大丈夫なシリーズなのですが、色々なエピソードが一つにまとまるこの最終巻だけはやはり最後に読むことをおすすめします。

作品のあらすじ


ナルニア国の西に年寄り毛ザルのヨコシマが、友達というよりは召使いのようなロバ、トマドイと暮らしていました。食べ物もあまりないような土地なので、なかなか厳しい暮らしを余儀なくされています。

そんなヨコシマとトマドイが見つけたのは、どうやら狩人に狩られたライオンの毛皮のようでした。そしてヨコシマはその毛皮を使って、偉大なるライオン、アスランのふりをすることを思いついたのです。

「いや、いや、いや。」とトマドイ。「そんなとんでもないこと、いわないでおくれよ。それはまちがってるよ、ヨコシマ。あたしはあんまりりこうじゃないけど、それくらいのことはわかるよ。もしほんもののアスランがやってきたら、あたしたちはどうなる?」
「あのひとは、とてもよろこぶと思うぜ。」とヨコシマ。「きっとあのひとが、わざわざライオンの皮をおれたちにおくりつけたのさ。おれたちが、ナルニアをちゃんとさせるようにさ。とにかく、あのひとは、出てきやしないよ。当節はあらわれないんだ。」(29ページ)


それから三週間ほどが過ぎました。どうやらアスランが姿を現れたらしいという噂を聞いて、喜んでいた、ナルニア国の若き王チリアン。

ところが上半身は人間、下半身は馬で星占いを得意とするセントールがやって来て、星々はなにやら不吉を告げていること、アスランが現れた印はないと言ったのです。チリアンは初めその話を信じません。

ところが、そこへブナの木の精ドリアードが現れて、仲間たちが切り倒されていると告げ、自分もそのまま死に、消えてしまったのです。

早速事態の把握に出かけたチリアンと、信頼できる友、一角獣のたから石は喋る木が切り倒され商売のためにカロールメン国に運び出されていること、そのために喋る馬が働かされていることを知りました。

ナルニア国の住人たちはアスランではなく、不気味なタシ神を信じているカロールメン国のために犠牲を払うことを不思議に思いますが、アスランの命令を伝える毛ザルの言葉なので、信じる他ありません。

タシとは、アスランの別の名まえだぞ。おれたちのほうが正しくて、カロールメン人のほうがまちがっているというむかしからの考えかたは、みんなたわけだぞ。おれたちは、いまやもっとよく知ってるんだ。カロールメン人たちはちがうことばを使っているが、おれたちはみな、おんなじことをいってるんだ。タシとアスランは、おまえたちの知っているひとりの方の、二つのちがう名まえだというだけのことよ。だからして、その二つのあいだに、けんかがおこったためしがないわけよ。いいか、しっかりと頭におさめておけ、大ばかのけだものども。タシはアスラン。アスランはタシだ。(62~63ページ)


毛ザルがごまかしの言葉をまくしたてていると気付いたチリアンとたから石でしたが、多勢に無勢、捕まって木に縛られてしまいました。

チリアンは、「もしご自身でいらっしゃらなければ、せめて、この世界をこえたかなたから、救い手をお送りください。さもなければ、わたしに救い手たちを呼ばせてください」(79ページ)と祈ります。

すると、チリアンの願いは叶い、現実世界から男の子と女の子がナルニア国の危機を救うために駆けつけてくれたのでした。男の子はユースチス・スクラブ、その友達の女の子はジル・ポールと名乗ります。

一年以上前にここへ来たことがあるとユースチスとジルは言いますが、ナルニア国のチリアンからするとそれは200年以上前の出来事で、二人はチリアンの祖先の知り合いにあたる伝説の人なのでした。

チリアンとユースチス、ジルは力をあわせて、ヨコシマがアスランの偽者を祀りたてていることを暴いたのですが、ナルニア国の人々の心はアスランから離れてしまっており、混乱状態に陥ってしまいます。

ナルニア国とカロールメン国、そして、アスランを信じる者と信じない者の間で生まれてしまった対立がどんどん深まっていく中、チリアンたちは武具をまとい、来たるべき戦いに備えて準備を続けました。

そんな時、急に辺りの天気が変わって薄暗くなり、チリアンたちは死んだもののような異様な臭いを感じます。そしてあれを見たのです。

 空地のはずれの林のかげに、なにかが動いていました。それは、ゆっくりゆっくりと北のほうへすべるように進んでいました。はじめちらりと見ただけでは、煙と見あやまることでしょう。というのは、うす黒くて、それをすかしてむこうが見えるからなのです。(中略)たけだけしいまがったくちばしをもった猛禽の頭です。四本の腕があって、ことごとく頭上にかかげて、あたかもナルニアじゅうをつかみとろうとするかのように、北へむけてかまえています。指は、全部で二十本あって、くちばしのようにまがり、爪のかわりに鳥のような長いさきのとがったかぎ爪がついています。それは草の上を、歩くのではなくて、浮いて動いていき、草はその下でかれていくようでした。(140~141ページ)


チリアンはかつてカロールメン国の都タシバーンで、あの不気味な姿を象った石像を見たことがありました。タシ神に間違いありません。

なんと愚かなヨコシマとヨコシマを信じる者はタシ神を呼び寄せてしまったのでした。どうやらナルニアの中心に向かっているようです。

恐るべき危機を迎え、少しずつ崩壊に向かっていくナルニア国――。

はたして、チリアンたちは、ナルニア国を救うことが出来るのか!?

とまあそんなお話です。「ナルニア国ものがたり」は、この『さいごの戦い』のために書かれたと言ってもいいくらい、とにかく圧倒的な世界観のフィナーレ。これだけの読書体験は、なかなかないですよ。

この最終巻は、特に宗教的な寓意性が高く、出来事や登場人物が現実世界のなにを表していると当てはめやすい作品であり、また、キリスト教的なメッセージ性も強いのですが、とにかく引き込まれる物語。

「ナルニア国ものがたり」は、明るく楽しいだけではない、人生の辛さや苦しみまでも描き出している、素晴らしいファンタジーでした。

では、シリーズ全体の感想を少しだけ。一番面白いのはやはり『ライオンと魔女』だと思います。現実世界からいきなり異世界へ行ってしまう不安とそしてわくわくがある、シリーズを代表する作品ですね。

「ナルニア国ものがたり」シリーズを読んでみようか迷っている方はとりあえず、『ライオンと魔女』を読んでみるのがおすすめですよ。

個人的に特に好きだったのは、『朝びらき丸 東の海へ』です。ちょっと嫌な所もあるユースチスになんだか共感出来ましたし、朝びらき丸が訪れる不思議な島々での出来事に、とにかく引き込まれました。

そしてもう一作品印象に残った作品をあげるなら、『銀のいす』になります。とにかくすごい敵が出て来るんですよ。こちらの価値観をゆるがすあの敵の恐ろしさは、シリーズ最大だったような気がします。

みなさんもお気に入りの作品があればコメントしていってください。

「ナルニア国ものがたり」を知っていても読んだことがない方はぜひ読んでみてくださいね。大人が読んでも考えさせられる名作ですよ。

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