C.S.ルイス『魔術師のおい』 | 文学どうでしょう

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魔術師のおい―ナルニア国ものがたり〈6〉 (岩波少年文庫)/岩波書店

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C.S.ルイス(瀬田貞ニ訳)『魔術師のおい』(岩波少年文庫)を読みました。「ナルニア国ものがたり」シリーズ第六作目の作品。

『魔術師のおい』はまだナルニア国が存在していない時の物語。ナルニア国の誕生秘話が語られる、言わば「エピソード0」というような作品で、イメージとして聖書の『創世記』と重なる部分が多いです。

ナルニア国誕生秘話なので、「ナルニア国ものがたり」シリーズの刊行順としては六番目ですが、物語の中の時代としては一番初め。なので、この『魔術師のおい』から、作中年代順に読むことも出来ます。

刊行順の『ライオンと魔女』から読むか、作中年代順の『魔術師のおい』から読むか、どちらがいいかは難しい所ですが、ぼくはどちらかと言えば、『ライオンと魔女』から読む方を、おすすめしたいです。

ライオンと魔女』では語られていなかった意外な事実が、『魔術師のおい』で色々と語られているのですが、『ライオンと魔女』を先に読んでいた方が「なるほどそうだったのか!」感が強くていいので。

シリーズの中心人物である四兄妹が出ていることも他の巻に移行しやすいですし、一番最初に一番バランスがいい作品を読んでもらいたいので、そういった点でも、『ライオンと魔女』からがいいでしょう。

さて、『魔術師のおい』は『ライオンと魔女』よりも少し前の時代のお話で、ディゴリーという少年とその隣に住むポリーという少女が魔法の指輪で、異世界に繋がっている池のある場所へ行くという物語。

そして、冒険の途中で、二人はナルニア国誕生の場に立ち会うことになります。しかし思いも寄らないことが起こってしまったのでした。

「いまここに、」とアスランがいいました。「ナルニアはりっぱにできた。つぎにわれらは、この国の安全を守ることに思いをむけなければならない。わたしは、みなのしゅうのなかから何人かを会議に呼ぼう。こちらにまいれ、そこの小人のかしらよ、してそこの川の神よ、またそこのカシワの木の精と、雄フクロウよ。それに大ガラス両名と雄のゾウよ。われらは集まって話しあいをしなければならない。そのわけは、この世界が生まれてまだ五時間たらずというのに、すでに悪がこの世界にはいりこんだからだ。」
(196ページ)


一体その悪とは何なのでしょう? ディゴリーとポシーはナルニア国を守るために天馬に乗ってある役目を果たしに行くことになります。

他の巻でも、ナルニア国というのはとても素敵な場所ですが、この巻でナルニア国が誕生する風景というのはとても美しく、読んでいて心震える感動すらありました。この美しさは、シリーズ屈指でしょう。

生命の誕生というのは感動的なものですが、ナルニア国では本来命を持たないものまでが輝くような感じがあってとても印象的なのです。

「ナルニア国ものがたり」シリーズというのはただ楽しいだけのファンタジーではなく、罪を背負ってしまうというのが隠れたテーマになっていると思いますが、今回もまた、心がずきんとする作品でした。

ディゴリーのお母さんはずっと病気で寝ているんですね。アスランと約束し、世界を救うためにはあることをしなければなりませんが、それをしなければお母さんを助けることが出来るかもしれないのです。

お母さんを放っておいて、現実世界に生きる自分とはある意味では関係のない世界を救うのか、それとも、大切な自分のお母さんを助けて異世界を見捨てるのか、究極の選択を迫られることになるのでした。

これは非常に難しい選択で、どちらを選んでも心が痛み、後悔せずにはいられないジレンマのある問題ですよね。はたしてディゴリーは、どちらの道を選択するのでしょうか。目が離せなくなる物語です。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 この物語は、ずっとむかし、みなさんのおじいさんがまだ子どもだったころのお話です。そしてここには、そもそもわたしたちのこの世界とナルニアの国とのゆききがどんなふうにして始まったかということが書いてありますから、たいへん大事なお話でもあります。
 そのころは、名探偵のシャーロック・ホームズがまだ生きていて、ベーカー街に住んでおりましたし、バスタブル家の子どもたちが、ルウィシャム通りで、宝さがしをしていた時分です。
(13ページ)


シャーロック・ホームズはご存知コナン・ドイルの小説に出てくる名探偵ですね。バスタブル家の子どもの物語は、『ライオンと魔女』の所でも少し触れていたイーディス・ネズビットの『砂の妖精』です。

ロンドンの町にポリー・プラマーという少女が住んでいました。ポリーの隣の家にはケタリーさんという、年をとった兄妹が暮らしていたのですが、そこにやって来たディゴリーという男の子と出会います。

「へえー。ずいぶんおかしな名まえね。」とポリー。
「ポリーの半分もおかしかないや。」とディゴリー。
「おかしいわよ。」とポリー。
「おかしかないよ。」とディゴリー。
「どっちにしても、わたしは顔を洗ってますからね。」とポリー。「あんたこそ、洗わなくちゃいけないんじゃないの? それも、とくにね――」そういいかけて、ポリーは口をつぐみました。「べそをかいたあとは。」というつもりでした。でもそんなことをいうのはやっぱり失礼だと思ったのです。
「いいよ、ぼくは泣いてたのさ。」男の子が泣いていたのをだれに知られようとかまわないと思うくらい、みじめな気もちになっている場合よくあるように、ディゴリーはかえって声をはりあげていいました。「きみだって泣くさ、きっと。」(16ページ)


ディゴリーのお父さんは仕事で遠くに行ってしまい、お母さんが病気で寝込んでいると知って同情したポリーは、ディゴリーと仲良くなり、二人は屋根裏のトンネルを使って冒険をするようになりました。

「あんたさえその気なら、わたしはやる気ありよ」(23ページ)がポリーの口癖で、ディゴリーと一緒ならなんだか勇気が出るのです。

屋根裏のトンネルを冒険している途中でディゴリーとポリーはディゴリーがお世話になっているアンドルーおじに捕まってしまいました。

アンドルーおじは二人に不思議な話をします。妖精の血を伝えたさいごの人間のひとりだったルフェイおばあさんという名付け親を持っていて、幻の大陸アトランティスから伝わった箱を受け継いだのだと。

魔術師に憧れ、箱の中に入っていた異世界の土を研究し、不思議な力を持つ指輪を作ったアンドルーおじでしたが、自分で異世界に行く勇気はありませんでした。そこでモルモットで実験をしていたのです。

しかし、モルモットは異世界に送り出せはするものの、戻って来ることが出来ません。それでどうしたらいいか悩んでいる所に、目の前に実験に最適な二人の子供がやって来たのでアンドルーおじは大喜び。

すすめられて黄色い指輪に触ったポリーは姿を消してしまいました。戻って来るには緑の指輪が必要だと知ったディゴリーは、怒ります。

「わしとしては、」やがてアンドルーおじがたいへん高びしゃな声をだしていいました。まるで、けっこうな助言や忠告をあたえてやる申し分のないおじさんといった調子です。「ディゴリー、わしとしては、おまえが臆病風などを吹かさないようのぞんでいる。わしの一族のなかで、ええ、その、難儀しているご婦人をだな、助けにいく気位と義侠心をもちあわせていない者がいると思うのは、わしとしてもくやしくてならないからな。」
「だまってください!」とディゴリーがいいました。「そんな気位だのなんだのが、おじさんにあれば、じぶんで出かけたらいいでしょう。いや、あなたはいきっこないや。いいですとも、ぼくがいかなきゃならないことがわかりました。でもあなたはひとでなしだ。はじめからぜんぶ、計画的だったんだ。なんにも知らないで、ポリーがいってしまう。そのあとでどうしてもぼくがいかなきゃならないように、しくんであったんだ。」
「もちろんだとも。」アンドルーおじは、例のいやな笑いを浮かべていいました。(50ページ)


ポリーを救いに行くため、自ら黄色い指輪に触れたディゴリーが水のようなものを通って、たどり着いたのは林の中の池でした。不思議と体は濡れていません。近くの木の根元には、女の子が座っています。

ディゴリーは、自分がどこから来た誰なのかはっきり思い出せず、眠っているような起きているような女の子も記憶が定かではない様子。

しかし、黄色い指輪を体につけたモルモットが草むらを走っている見つけた瞬間にディゴリーはその女の子がポリーであることを思い出し、ポリーも自分のことやディゴリーのことを思い出したのでした。

どうやらここは、様々な世界へ繋がっている池のある林のようです。

屋根裏トンネルでの冒険を思い出し、二人は折角だからと別の世界へ行ってみました。するとそこは、かなり前に滅んだ都のようで、宮殿の中にはろう細工のように身動きひとつしない人々の姿があります。

ある所には小さな金の鐘がさがった台があり「きけんをおそれず、かねうつか、さもなくば、かのとき、かねうたば、いかになりしと、おもいこがれてこころくるうか」(88ページ)と書かれていました。

危険な目にあいたい人間なんていないと、ポリーは見向きもしませんが、ディゴリーは、どうしても鐘を打ちたくなってしまったのです。

ポリーが止めますが、ディゴリーは鐘を鳴らしてしまったのでした。

すると鐘の音にあわせて建物が崩れ、無事だった王座から、さきほどまで固まっていた女王が動き出します。「わらわを目ざましたのは、だれじゃ? だれが呪文をやぶったのじゃ?」(95ページ)と。

その女王が、ここチャーンの都を滅ぼした恐ろしい魔女ジェイディスだと知ったディゴリーとポリーは指輪を使って慌てて逃げ出しますが、そのせいでなんと魔女を現実世界へ連れて来てしまったのです。

強大な力で現実世界を支配しようとする魔女。ディゴリーとポリーはそれを防ぐために、魔女を元の世界へ戻そうとするのですが・・・。

はたして、魔女が現われて騒ぎとなったロンドンの運命は!?

とまあそんなお話です。ディゴリーとポリーが訪れたチャーンは、かつては、「おおいなる都、王のなかなる王の都、世界のおそらくありとあらゆる世界の、おどろきであった都」(103ページ)でした。

現実世界の太陽よりもはるかに大きな太陽があった都。おそらくは現実世界よりもはるかに進んだ国だったのです。滅んだ国があり、新しく生まれた国があり、そしてその中間の現実世界があるという構図。

現実世界とチャーンはそれぞれ異世界にあるわけですが、滅びた都チャーンは、一歩間違えれば、現実世界の未来図になるかも知れないわけです。そうしたいかに生きるべきかの教訓も描かれた作品でした。

刊行順の初め『ライオンと魔女』と、物語の歴史の初め『魔術師のおい』のどちらを先に読むかはみなさんの自由ですが、色んな部分で対になっている作品なので、ぜひ間をあけずに、読んでみてください。

ファンタジー特集は続きますがC.S.ルイスの「ナルニア国ものがたり」シリーズはいよいよ最終巻。ラストは『さいごの戦い』です。