綾辻行人『Another』 | 文学どうでしょう

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綾辻行人『Another』(上下、角川文庫)を読みました。

映画やアニメになり、コミカライズ(マンガ化)されるなど、かなりのブームになりましたね。近年の綾辻行人の作品の中では、間違いなく最も話題になった小説だろうと思います。

綾辻行人はいわゆる「新本格」の旗手として有名な推理小説家。なので、ミステリ要素もありますが、『Another』はミステリというよりは、どちらかと言えばホラーよりの作品になっています。

『Another』は、どうやら”死者”が紛れ込んでしまったらしい夜見山北中学校3年3組で、クラスメイトが”現象”に巻き込まれ、次々と謎の死を遂げていく、そういう怖い物語なんです。

転校生としてこのクラスにやって来た主人公は、いつも眼帯をつけた謎めいた美少女、見崎鳴(ミサキメイ)とともに何とか”現象”を食い止めようとし、そして、誰が”死者”なのかを探っていって・・・。

普通のホラーでは、わりと呪いや怨念などによって、人が死に追いやられることが多いですよね。幽霊やお化け、モンスターなどが登場して、人間を襲うわけです。

ところが、『Another』の面白い所は、そうした幽霊やモンスターが登場せず、次々と起こる不可解な出来事は、呪いや怨念によって生み出されたものではないこと。

3組の生徒やその家族が、次々と不幸な事故としか思えない状況で死んでいく”現象”に対して、その”現象”が起こるきっかけになった26年前の出来事に関わりが深い司書の千曳さんはこう言います。

「いろんなアナロジーで考えてみたよ。今までさんざん。まずね、これはいわゆる『呪い』じゃない、とは思うわけだ。
(中略)
 何者かの悪意や害意はどこにもないんだ。どこにもない。もしもあるとすれば、降りかかった災いそのものに対して人間が感じる、見えざるものの悪意――なんだろうが、これはどんな自然災害についても同じだしね。
 ただ単に、それは起こるんだよ。だから『呪い』じゃないと。だから『現象』だと。台風や地震なんかと同じ自然現象、ただし超自然的な」

(下巻、54ページ、本文では「何者かの悪意や害意はどこにもないんだ」「ただ単に」に傍点)


何者かの呪いではない以上、それは解くことが出来ません。嵐を避けるように、その”現象”をなんとか回避する方法を考えるしか、取るべき道は残されていないのです。

呪いではなく、”現象”というのは非常に斬新で面白かったですが、綾辻行人自身もあとがきで触れているように、『ファイナル・デスティネーション』という映画と共通する部分がありますね。

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『ファイナル・デスティネーション』は、2000年にアメリカで公開されたホラー映画。

修学旅行中のある高校生が、飛行機が落ちる夢を見て騒ぎ出します。巻き込まれて何人かの人々が飛行機に乗れなくなってしまったのですが、なんと、夢の通りに飛行機は墜落してしまったのです。

危機一髪で助かったと喜んでいられたのも束の間のこと。乗るはずだった飛行機に乗らなかった人々は、一人また一人と、事故死としか思えない不可解な状況で、命を落としていって・・・。

この映画も大ヒットして、シリーズ化されました。こちらも機会があればぜひ観てみてください。目に見えない死神が忍び寄るような、面白い映画です。やはり第一作が一番いいですね。

『Another』に話を戻しまして。ぼくはアニメは見ていないのですが、映画の方は観ました。内容はともかく、最近注目が集まっている橋本愛がかなりのはまり役で、非常に良かったですよ。

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何故、見崎鳴が病院にいたのかの設定、そして眼帯の下に隠されているものについての詳しい説明が、映画ではカットされていたので、原作をあわせて読むと、より楽しめるのではないかと思います。

作品のあらすじ


1998年4月。大学教授をしている父の海外赴任が決まったことから、東京を離れ、母方の祖父母の家のある夜見山(よみやま)市にやって来た15歳の〈ぼく〉。

新しい環境への緊張からか、持病の原発性自然気胸が再発した〈ぼく〉は、新学期早々入院を余儀なくされてしまったのでした。

〈ぼく〉は病院のエレベーターで不思議な少女に出会います。

紺色のブレザーを着ている所を見ると、どうやら自分が通うことになった夜見山北中学の生徒のようですが、何故こんな昼間に病院にいるのかと〈ぼく〉は不思議に思いました。

 小柄で華奢で、いやに線の細い中性的な面立ち。シャギーショートボブの真っ黒な髪。対照的に肌の色はたいそう薄くて、何と云うんだろうか、古めかしい表現をすれば白蠟めいて見える。そして――。
 何よりもまず注意を引かれたのは、そんな彼女の左目を覆った白い眼帯だった。眼病をわずらっているのか、あるいは怪我でもしているのだろうか。(上巻、34ページ)


自分の病室に上がるつもりだった〈ぼく〉は、エレベーターが下がっていくことに気付きます。

ミサキメイと名乗った眼帯の少女は、「待ってるから。可哀想なわたしの半身が、そこで」(上巻、35ページ)と言って、地下二階で降りて行ったのでした。

ようやく動けるようになり、転校生として3年3組の仲間入りをした〈ぼく〉でしたが、学校に少しずつ違和感を感じるようになります。

たとえば、前の学校のように名前を呼んで出欠を取ったりしないんですね。先生が生徒を見回して確認するのです。また、「起立」「礼」「着席」の号令もありません。

今まで私立の学校に通っていた〈ぼく〉は、それが私立と公立の違いだろうと思い、もしくは地域の差だろうと思います。

そして〈ぼく〉は、校庭に面した窓側の一番後ろの席に、病院で会った眼帯の少女ミサキ・メイの姿を見つけたのでした。

ある時、ベンチに座っているミサキ・メイにどきどきしながら話しかけた〈ぼく〉でしたが、ミサキ・メイは話しかけられたことに戸惑っている様子です。

 ぼくは口をぱくぱくさせた。「このあいだ病院で会ったよね」と云おうとしたのだけれど、すんなりと言葉にはなってくれず、ならないうちに彼女はひと言、
「気をつけたほうがいい」
 そう云って、静かに背を向けた。
「ちょ、ちょっと……」
 慌てて呼び止めようとするぼくに、彼女は背を向けたまま、
「気をつけたほうが、いいよ。もう始まってるかもしれない」
 そうして見崎メイは、なかば呆然と佇むぼくを残して、ベンチのある木陰から立ち去っていったのだ。(上巻、75ページ)


見崎鳴に関しては不思議なことがたくさんあります。一人だけ古びた机を使い、制服の名札も古びており、クラスメイトの誰一人彼女の名を呼ぶことも、彼女に話しかけることもないのです。

〈ぼく〉が見崎鳴について誰かに尋ねても、どこかぎこちない、見崎鳴の存在を認めないような、おかしな反応しか返って来ません。

それどころか、「いないものの相手をするのはよせ。ヤバいんだよ、それ」(上巻、308ページ)と電話で忠告されたり、あからさまに見崎鳴という生徒などいないというクラスメイトも現れました。

 彼女自身がいつだったか、そんなふうに云ったりもしたし。
 ――みんなにはわたしのこと、見えてないの。見えてるのは榊原くん、あなただけ……だとしたら?
〈夜見のたそがれの……。〉の地下のあの部屋で、彼女の突然の出現や消失、という奇怪な出来事に直面したりもしたし……。
 見崎鳴は本当はいない、存在しないのではないか。
 彼女は実在ではなく、ぼくの目だけにその姿が見え、ぼくの耳だけにその声が聞こえている幽霊のようなものなのではないか。

(上巻、309ページ、本文では「いない、存在しない」に傍点)


やがて、クラスメイトの桜木ゆかりが不幸な事故によって死んでしまいます。階段を降りる途中で足を滑らせたのか、開いた傘の先端が首に刺さってしまったのです。

その少し前に、桜木ゆかりの家族も車の衝突事故で亡くなっていたのでした。この事故を皮切りに、3組の生徒やその家族が次々と謎の死を遂げて行くこととなります。

思わぬ出来事に戸惑う〈ぼく〉は、クラスメイトや先生の、自分への態度に異変を感じるようになりました。誰に話しかけても反応してもらえないのです。まるで、そこにいないものであるかのように。

〈ぼく〉はようやく、26年前に起こった出来事をきっかけとして、3年3組の生徒やその家族が次々と不幸な事故に巻き込まれて死んでいく不思議な”現象”について、知らされることとなります。

その”現象”を止める方法は一つだけ。クラスには余分な”死者”が紛れ込んでしまっているので、その分、誰か一人をいないものとして扱えば、”現象”が防げるのです。

今までそうやって無事に乗り切った年もありました。ところが、今年はもう〈ぼく〉がいないものであるはずの見崎鳴に話しかけてしまったからか、”現象”が始まってしまったのです。

一度始まってしまったらもう”現象”を防ぐことは出来ませんが、たった一度だけ、15年前に”現象”が止まったことがありました。

クラスで”いないもの”となった〈ぼく〉と見崎鳴は、その方法が一体何なのかを調べ始めて・・・。

はたして2人は、”現象”を止められるのか? そして、クラスに紛れ込んだ”死者”とは一体誰なのか!?

とまあそんなお話です。謎めいた少女、見崎鳴のキャラクターが相当魅力的な作品。眼帯の下にあるものの秘密や生まれ育った環境など、設定として引き込まれるものがあります。

学園ものというのは、元々人気の高いジャンルではありますが、どこか暗くて冷たい印象の、見崎鳴の独特のキャラクター性が、この作品の人気の由縁でしょう。

肝心の”死者”が誰かですが、よく読めばヒントは結構隠されているので、我こそはという人は、ぜひ”死者”あてに挑戦してみてはいかがでしょうか。

ホラータッチの作品ですが、それほどグロくはないので、興味を持った方は、ぜひ読んでみて下さい。

明日は、我孫子武丸『殺戮にいたる病』を紹介する予定です。