横溝正史『犬神家の一族』 | 文学どうでしょう

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犬神家の一族 (角川文庫―金田一耕助ファイル)/角川書店

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横溝正史『犬神家の一族 金田一耕助ファイル5』(角川文庫)を読みました。

ゴム製の不気味なマスクをつけた男、そして、湖から足だけ出た死体――。『犬神家の一族』を読んだことがない方でも、なんとなくのイメージがあるのではないかと思います。

「金田一耕助ファイル」の中で、もっともインパクトの強い作品かも知れませんね。かなり面白い作品なので、みなさんぜひ読んでみてください。

小説も勿論有名ですが、市川崑監督の映画化作品がこれまた有名で、どちらも石坂浩二主演で、1976年と2006年に2回映画化されています。

ぼくは古い方しかまだ観ていないので、その内、見比べてみたいものです。2006年版は、市川崑監督の遺作になってしまいました。

こうした映像化作品が話題を読んだこともあって、『犬神家の一族』は、横溝正史の作品の中で一番パロディされるというか、ネタにされることが多い作品でもあります。

かつてSM女王様キャラでブレイクした、にしおかすみこは三転倒立をして「犬神家!」と叫ぶギャグをやっていましたね。

それから、マンガやドラマなどで、犬神佐清(すけきよ)のあのマスクが、たまにパロディとして出て来ます。

少し思い出話をしますが、ぼくが一番最初に『犬神家の一族』を知ったのは、何を隠そう高橋ヒロシの『クローズ』というマンガがきっかけでした。

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『クローズ』は、前日譚のようなものが映画になったことで有名になりましたけども、不良の巣窟になっている鈴蘭男子高校に、とにかくケンカが強い坊屋春道が転校生としてやって来て、様々な強敵と戦っていくという物語。

鈴蘭男子高校のライバルである暴走族、「武装戦線」の四代目ヘッドであり、後には心強い仲間にもなるキャラクターに、九能龍信という男がいるんです。

いつもサングラスをかけていて、ほとんど喋らないんですが、喋った時はどうやらかすれ声らしいんですね。台詞で使われている活字が、一人だけ違います。

その九能龍信の喋り方が、坊屋春道から「スケキヨみたいな声しやがって」とツッコまれていたんです。映画の佐清の喋り方をネタにしたギャグですね。

それで「スケキヨってなんだろう?」と思ったぼくは、元ネタを探して映画にたどりついたというわけでした。いやあ、懐かしいですねえ。

ちょっと脱線してしまいました。さてさて、肝心の『犬神家の一族』の内容に入っていきます。

一代で財を築き上げた81歳の犬神佐兵衛がついに倒れ、その枕元に犬神家の一族が集まりました。

佐兵衛は正妻を持たなかったのですが、三人の妾との間に、それぞれ松子、竹子、梅子という子供が産まれました。

娘たちも今ではそれぞれ結婚しており、松子の息子が29歳の佐清(すけきよ)、竹子の息子が28歳の佐武(すけたけ)、娘が22歳の小夜子、梅子の息子が27歳の佐智(すけとも)です。

戦争に行っている佐清を除いて、集まった一族の面々は、莫大な財産が一体誰のものになるのか、気が気でありません。

皆は佐兵衛の最後の言葉を待ちますが、佐兵衛はふるえる指で弁護士を指さしました。弁護士は、すでに遺言状を預かっていると発表します。

そして、その遺言状が公開されるのは、佐清が復員(ふくいん。戦地から帰って来ること)してからか、佐兵衛の一周忌を迎えてからになるとも。

はたして、その遺言状には何が記されているのでしょうか?

やがて遺言状が公開されると、犬神家で血塗られた惨劇が次々と起こることとなって――。

恐るべき連続殺人事件の謎に、名探偵金田一耕助が挑みます。

作品のあらすじ


大財閥を一代で築き上げた犬神佐兵衛が亡くなってから8ヶ月ほど経った10月18日。

着物を着た35、6歳のもじゃもじゃ頭の男が那須ホテルへやって来ました。かの名探偵、金田一耕助です。

「近くこの犬神家の一族に、容易ならぬ事態が勃発するにあらずやと、憂慮にたえぬものがあるのです」(17ページ)という若林豊一郎という弁護士から手紙をもらって、この地へやって来たのでした。

旅館の自分の部屋から、双眼鏡で犬神家の屋敷を眺めていた耕助は、犬神家の水門から、ボートが出て来たのに気付きます。

ボートに乗った女性が誰かを、旅館の女中に尋ね、それが亡くなった佐兵衛の恩人の娘、野々宮珠世で、両親を失ってからは、犬神家の世話になっている26歳の美しい娘であることが分かりました。

少し仰向きかげんに、いかにも楽しげにオールを操る珠世の美しさというものは、ほとんどこの世のものとは思えなかった。少し長めにカットして、さきをふっさりカールさせた髪、ふくよかな頬、長いまつげ、格好のいい鼻、ふるいつきたいほど魅力のあるくちびる――スポーツドレスがしなやかな体にぴったり合って、体の線ののびのびした美しさは、ほとんど筆にも言葉にもつくしがたいほどだった。(21ページ)


やがて、耕助に依頼をした若林は、実際に会う前に、何者かに殺されてしまいました。煙草の中に毒を入れられていたのです。

若林が勤めていた法律事務所の所長、古舘恭三が犬神家の顧問弁護士なのですが、古館は耕助に、若林はもしかしたら金庫に閉まっておいた佐兵衛の遺言状を見たのかも知れないと告げました。

松子の息子の佐清が復員し、一族が皆そろった所で、いよいよ遺言状が公開されることになります。

ところが、戦地から帰って来た佐清は、何故かずっと頭巾をかぶったままなんですね。皆が怪訝そうな顔をしていると、松子は佐清に頭巾を脱いでみせるように言います。

佐清が頭巾を外すと、一座にはげしい動揺が起こりました。佐清は不気味なゴム製の仮面をしていたからです。一体、何故そんな仮面をしているのでしょうか。

実は佐清は、戦地で顔に大きな怪我をしてしまったんですね。佐清はゴム製の仮面も少し開けてみせますが、鼻はなく、皮膚は真っ赤に爛れていたのでした。

遺言状が発表され、一同はさらに驚愕することとなります。

「では……」
 古館弁護士は震える指で、あの貴重な封筒を切った。
 それから、低いながらもよくとおる声で、遺言状を読みはじめた。
「ひとつ……犬神家の全財産、ならびに全事業の相続権を意味する、犬神家の三種の家宝、斧、琴、菊はつぎの条件のもとに野々宮珠世に譲られるものとす」
 珠世の美しい顔がさっと青ざめた。ほかのひとびとの顔色も、珠世に劣らず青ざめた。憎しみにみちたかれらの視線が、火箭のように烈々と、珠世のうえに注がれる。(65~66ページ、「斧」には「よき」のルビ)


佐兵衛の恩人の娘とは言え、犬神家とは縁もゆかりもない珠世へすべての財産が贈られるというのです。犬神家の人々が、憎しみのこもった目で珠世を見るのも無理はありません。

ただし、一つだけ条件があって、それは珠世が、佐兵衛の孫である佐清、佐武、佐智の内の誰かと結婚しなければならないということ。それ以外の者と結婚した場合は、相続権が失われます。

その他にも細かな条件が発表されていくのですが、珠世が相続権を失った場合の分配についてのくだりで、青沼菊乃とその息子、青沼静馬の名前があがって来ました。

菊乃は、年老いた佐兵衛が唯一愛した女性で、静馬は佐兵衛と菊乃との間に出来た子供です。

ところが菊乃とまだ赤ん坊だった静馬は、どこの馬の骨とも分からぬ女に、犬神家の財産を奪われてはたまらないと思った松子、竹子、梅子によって追い出されてしまったというのです。

菊乃と静馬はどこかへ身を隠したらしく、それきり行方知れずになってしまったのですが、無事に生きているなら、静馬も今では29歳になっているはずです。

さて、今までは珠世に冷たい態度を取っていた犬神家の人々は、手のひらを返したように、取り入るような態度を取るようになりました。

珠世の愛をつかんだ者が、犬神家の莫大な財産を手に入れることが出来るのですから。息子たちも必死ですし、母親も息子たちに発破をかけます。

同時に、あの顔が分からなくなっている佐清が、本当に佐清本人なのかを疑う者も出て来ました。

那須神社に、戦争に行く前の佐清の手形が押された絵馬が奉納されていたのが見つかり、現在の佐清の手形と比べてみようということになりましたが、母親の松子から激しく拒絶されてしまいました。

「この子をつかまえて、手型をおせの、指紋をとらせろのと、まるで罪人でも扱うように。……いいえ、いいえ、わたしはけっして、この子にそんな汚らしいまねはさせません」(113ページ)と。

そして、ついに犬神家で恐るべき惨劇が起こってしまいます。

菊人形(菊の花を衣装に見立てて飾り付けたもの)の中に、佐武の生首とすげかえられていたものがあったのです。首の斬り口には、赤黒い血がこびりついていました。

犯行当日の犬神家の人々のアリバイを調べ始めた耕助でしたが、近くの宿屋に、山田三平と名乗った復員者風の謎の男が泊まっていたことが分かります。

どうも不審な行動をしていることもあり、耕助はXと名付けたこの男の行方も追っていきますが、第二、第三と犬神家の殺人事件は続いていって・・・。

はたして、この恐るべき連続殺人事件の犯人は一体!?

とまあそんなお話です。美しい娘、顔のない男、血で血を洗うような醜い財産争い。

ミステリ的にも非常に面白いのですが、それ以上に物語として面白くて、かなり引き込まれる作品です。このどろどろした感じがたまりません。

登場人物はかなり多いですが、本文中に家系図なども出て来ますから、一旦設定を飲み込んでしまえば、すらすら読んでいけるはずです。

「金田一耕助ファイル」の中でも、金田一耕助がわりとまともに出て来て、活躍を見せる作品なので、金田一耕助の一冊目にもおすすめですよ。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、池波正太郎『剣客商売五 白い鬼』を紹介する予定です。