横溝正史『獄門島』 | 文学どうでしょう

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獄門島 (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)

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横溝正史『獄門島 金田一耕助ファイル3』(角川文庫)を読みました。

昨年末に発表されて話題になった、週刊文春の「東西ミステリーベスト100」の国内篇で見事第1位に選ばれたのが、今回紹介する『獄門島』です。

かつて1985年に同じ企画が行われた時も、第1位に選ばれているので、日本のミステリファンから、長年に渡って愛され続けて来た名作と言えるでしょう。

金田一耕助シリーズの中で、最高傑作とする人も多いようです。

何を持って最高傑作とするかは、トリックで選ぶか、それともストーリーで選ぶかで変わって来ます。

ぼくにとっては、どちらかと言えばトリックよりもストーリー、つまりいかに物語に引き込まれるかが大事なんです。

なので、『獄門島』は個人的なベストではありませんが、確かにこの作品のトリックは、なかなかに唸らされるものばかり。まだ読んだことのない方はぜひぜひ。

さて、恐るべき連続殺人事件が行われるのは、流人(るにん。罪を犯し、島流しの刑にあった人のこと)の子孫が住むという獄門島。

戦友、鬼頭千万太の死を知らせにこの孤島へやって来た金田一耕助ですが、ついに千万太が怖れていたことが起こってしまいます。

千万太の妹である月代、雪枝、花子の3人が、次々と何者かに殺されてしまうのです。しかもその殺人は、宝井其角と松尾芭蕉の俳句の内容通りに行われていて・・・。

いわゆる「見立て」によって殺人が行われているのが、この作品の面白い所です。

マザー・グースなど、童謡にそって殺人事件が行われる「見立て」自体は、S・S・ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』や、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』など、海外ミステリに先例がいくつかあります。

そして横溝正史自身も手毬歌を使った『悪魔の手毬唄』を残していますが、『獄門島』における俳句の「見立て」というのは、日本ならではの味があっていいですよね。

では、殺されてしまう3人の美女が登場する場面を紹介しましょう。

 ひとしきりけらけらと笑いころげると、やがてひとりひとり取りすまして、座敷のなかへ入ってきたのは、舞妓のような振り袖に、たかだかと帯をしめあげた三人の娘。敷居ぎわにべったり座って頭をさげたとき、髪にさした花かんざしが、幻のようにヒラヒラゆれた。
 金田一耕助はそのとたん、いきをのんで思わず大きく眼をみはった。
「金田一さん。これが千万太の妹でな。月代、雪枝、花子――十八をかしらに三人年子じゃて」
 この美しい、しかしどっか尋常でない、三輪の狂い咲きを眼のまえに見たとき、金田一耕助は、ゾーッと冷たい戦慄が、背筋をつっ走るのを禁ずることができなかった。彼はいまはじめて、自分をここへつれてきた使命の、容易ならぬことを知ったのである。(30ページ)


とても美しい女性たちなのですが、兄の死よりも自分たちのファッションの方が大事で、静かにしていなければならない場面でも、くすくす笑いあい、ふざけてばかりいるような姉妹。

その不健全で病的な様子は、頭髪は毒蛇で、見るものを石に変えてしまうあのメドゥーサの「ゴーゴンの三姉妹」(39ページ)のようだと金田一耕助が思ったほど。

一体誰が何のためにこの三姉妹を殺していったのでしょうか? しかも、わざわざ俳句の「見立て」まで使って。

獄門島での恐るべき連続殺人事件の謎に、名探偵金田一耕助が挑みます。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 備中笠岡から南へ七里、瀬戸内海のほぼなかほど、そこはちょうど岡山県と広島県と香川県の、三つの県の境にあたっているが、そこに周囲二里ばかりの小島があり、その名を獄門島とよぶ。(5ページ)


昭和12年に起こった『本陣殺人事件』から、9年の月日が流れた昭和21年9月下旬。終戦から1年が経った頃。

獄門島に向かう船の中には、形のくずれた帽子をかぶり、セルの袴をはいた風変わりな男が乗っていました。

 こんな時代に、あくまで和服でおしとおすこの男は、どこかしんにがんこなものを持っているのだろうが、見たところ、いたって平凡な顔つきである。がらも小柄で、風采もあがらない。皮膚だけはみごとな南方やけがしているが、それとてもあまりたくましい感じではない。年齢は三十四、五というところだろう。(10ページ)


この男こそ、名探偵金田一耕助。耕助も長い間、戦争に行っていたのですが、同じ部隊にいた鬼頭千万太と親しくなりました。

千万太は終戦を迎え、命が助かったことを人一倍喜んでいたのですが、日本に戻って来る船の中で亡くなってしまいます。

その臨終の言葉は、「おれがかえってやらないと、三人の妹たちが殺される……だが……だが……おれはもうだめだ。金田一君、おれの代わりに……おれの代わりに獄門島へ行ってくれ」(31ページ)というものでした。

そういうわけで耕助は千万太の紹介状を持ち、その死を知らせに獄門島へやって来たというわけです。

耕助は千万太の腹違いの3人の妹、美しいけれど、どこか調子はずれな所がある月代、雪枝、花子に会い、島の人々から島一番の網元(あみもと。漁業を取り締まる役割。農業でいう所の大地主)だという鬼頭家について、色々と話を聞いていきます。

そんな中、花子が何者かに殺されて、大騒ぎになりました。花子はひざのあたりを自らの着物の帯で縛られ、千光寺の梅の古木に、逆さに吊るされていたのです。

頭を殴られ、その後に首を絞めて殺されたらしき花子は、鵜飼章三が書いた手紙を持っていました。

鵜飼は23、4歳ほどの男ですが、美少年と呼ぶにふさわしい幼さと美しさを兼ね備えた男。

元々は獄門島へやって来た兵隊の1人でしたが、戦争が終わってからも島を去らず、三姉妹からちやほやされて暮らしています。

当然初めは鵜飼が犯人ではないかと疑われますが、現場には鵜飼が吸わない煙草の吸い殻が残されていたこと、鵜飼が密会を呼びかける手紙は花子ではなく、月代にあてたものだったことなどが、腑に落ちません。

和尚の了然さんは、花子の死体を見て、「気ちがいじゃが仕方がない」(83ページ)と呟いていたことから、どうやら鬼頭家の当主、与三松を犯人だと考えているようです。

与三松は千万太と三姉妹の父親ですが、三姉妹の母親である後妻を亡くした頃から頭がおかしくなって、座敷牢に閉じ込められているんですね。

花子が殺された時に座敷牢から抜け出していたようですし、現場に残されていた吸い殻は、どうやら与三松のもののようです。

しかし、現場に残されていた、兵隊靴の足跡とは足跡が一致しません。

殺人事件と前後して、千光寺には泥棒が押し入り、飯櫃からご飯を盗んで行きました。どうやら島には謎の男がうろついているようです。

もしも現場に残されていた兵隊靴の足跡が、この謎の男のものなのだとしたら、この男が犯行を行った可能性は高くなります。男は一体何者なのか?

早速、これ以上の悲劇を防ぐために、殺人事件の捜査に取り掛かった金田一耕助ですが、思わぬ出来事と遭遇することになりました。

耕助が何やら挙動不審な様子をしていたこと、そして何よりも磯川警部と知り合いだという事実が誤解され、かつて警察に厄介になったことのある男だと島の人に思われてしまったのです。

ついには、耕助は島の警察官に、留置所に閉じ込められてしまいました。

「は、は、は、それはあんたの胸にきいてごろうじろ。どうもあんたの様子はおかしい。風来坊のくせに探偵みたいにうそうそとほっつき歩いて……吸い殻だの、足跡だのと、わしの腑に落ちぬことばかりじゃ。まあまあ長いことじゃない。明日は電話が通じて、本署からひとが来るじゃろう。それまでの御辛抱じゃ。特別のはからいで、夜具も入れておいてあげた。いまに御飯も差し入れてあげる。まさか干し殺すようなことはないで、大船に乗ったような気持ちでいなされ。はっはっは」(162ページ)


すぐに耕助の疑いは晴れました。あまり嬉しくはない疑いの張れ方ではありましたが。耕助が閉じ込められている間に、新たな被害者が出てしまったのです。

吊り鐘の下から振り袖がはみ出しているのが見つかり、その中からは予想通り、雪枝の死体が発見されたのでした。

金田一耕助はようやく、この連続殺人事件が、2枚折りの屏風に書かれていた、3つの俳句に従って行われていることに気付きます。

雪枝は「むざんやな冑の下のきりぎりす」を見たてて吊り鐘の下で殺され、そして後に月代は「一つ家に遊女も寝たり萩と月」を見たてて白拍子(しらびょうし。平安時代の遊女)のような恰好で殺されることになります。

この2句は、どちらも『奥の細道』に出て来る松尾芭蕉の句。

最初の花子の殺人に使われたのは、宝井其角の句であることは分かりましたが、肝心の句そのものは、字が達筆すぎて耕助にはよく読めませんでした。

一体何故、俳句を見立てて殺人事件は行われているのか? 事件の捜査を続ける耕助はやがて、自分がしていたいくつかの思い違いに気付き、驚くべき事件の真相にたどり着きます。

はたして、美しき三姉妹を死に追いやったのは、一体誰なのか!?

とまあそんなお話です。この作品で描かれる3つの「見たて殺人」のトリックは、いずれもあっと驚くタイプのものなのですが、特に2番目の吊り鐘のトリックが有名かつやっぱり面白いですね。

島という極めて閉鎖的な空間で連続殺人事件が起こることにぞくぞくさせられます。この独特のおどろおどろしい雰囲気がなんともたまりません。

金田一耕助が犯人扱いされて閉じ込められてしまうという、まさかの展開も面白かったです。

終戦直後という時代背景や、島の人々の力関係は島ならではという感じがあって、やや分かりづらいです。

しかしながら、殺人事件自体は派手で、とても分かりやすいものなので、思わず引き込まれてしまいますよ。

ミステリファンから愛され続けている名作なので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日は、角田喜久雄『髑髏銭』を紹介する予定です。