伊坂幸太郎『モダンタイムス』 | 文学どうでしょう

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伊坂幸太郎『モダンタイムス』(上下、講談社文庫)を読みました。

2008年に、伊坂幸太郎の『モダンタイムス』の単行本が発売されました。

ぼくも発売された当時単行本で読みましたが、ちょっと困りつつも面白いなあと思ったのが、単行本が2種類出ていたこと。

何故2種類の単行本が出ていたかというと、この小説が連載されていた雑誌が、文芸誌ではなく漫画雑誌だったことに、その理由があります。

講談社の週刊漫画雑誌『モーニング』(井上雄彦の『バガボンド』が連載されている雑誌)に連載されていたのですが、その時には、花沢健吾(代表作に映画やドラマにもなった『ボーイズ・オン・ザ・ラン』など)の挿絵がつけられていたんですね。

なので、挿絵なしの通常バージョンと、挿絵を収録した特別版の2種類が発売されたんです。特別版の方が当然値段的にはやや高いですが、今もまだ手に入るようなので、興味のある方は探してみてください。

漫画雑誌に連載されていたという、やや特殊な連載環境からか、テーマ的にはなかなか重いものを孕んでいながらも、『モダンタイムス』は、とても読みやすく面白い小説になっています。

得体の知れない事件にある日突然巻き込まれてしまうという物語にはスリリングさがあり、なかなか見えてこない出来事の真相を追う展開にはわくわくさせられます。

そして何と言っても浮気を疑っている妻に怯える〈私〉の語り口が非常にユーモラスで、コミカルさとシリアスさのバランスが絶妙な作品です。

ぼくは伊坂幸太郎の作品の中でも、『陽気なギャングが地球を回す』や『オー!ファザー』など、コミカルさのあるものが結構好きだったりもするので、なおさら面白く読みました。

さて、タイトルの「モダンタイムス」について触れなければなりません。

みなさんは、チャールズ・チャップリンの『モダン・タイムス』という映画をご存知でしょうか。

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機械化が進み、人間が機械に翻弄されてしまう社会を、諷刺を込めて描いた喜劇映画です。

チャップリン作曲の音楽も素晴らしいですし、それぞれの場面(特にラストシーン)がとても印象的な映画なので、機会があればみなさんもぜひ観てみてください。

その機械化された社会「モダン・タイムス」が、伊坂幸太郎が描く近未来社会「モダンタイムス」で何と重ね合わせられているかというと、システム化された社会の構造そのものとです。

物語の中には、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺のエピソードが出てきます。「ユダヤ人を担当する部局の課長」(上、276ページ)だったアドルフ・アイヒマンは罪に問われて絞首刑になりました。

しかしそもそも、アイヒマンは個人的な感情でユダヤ人を憎み、殺そうと思ったわけではないことが、重要な問題になって来ます。

ある意味では、アイヒマンは自分に与えられた仕事を忠実にこなしていたに過ぎないわけですね。

アイヒマンは許しがたい極悪非道な人間だという見方がある一方で、我々の誰もがアイヒマンになりうるという考え方もあるのです。

作中に登場する女たらしの小説家、井坂好太郎はこんな風に言います。

「怪物的なもの?」私が聞き返す。
「ようするに、何百万のユダヤ人を良心の痛みすら感じず、工場で商品を作るみたいに、次々と殺害したっていう事実、そのことを怪物的なものって言ったんだ。その怪物的なことがどうして実行可能だったのか、といえば、それは、世の中が機械化されているからだって話だ」
「機械化っていうのは、技術的な、オートマチック化という意味かい?」
(中略)
「まあ、狭い意味だとそうだな。たくさんの製品を製造して、管理機構を作って、最大限の効率化をはかる。技術力、システム化が進む。すると、だ。分業化が進んで、一人の人間は今、目の前にあるその作業をこなすだけになる。当然、作業工程全部を見渡すことはできない。そうなるとどうなるか分かるか」
「人はただの部品だ」岡本猛がぼそっと言う。(上、278ページ)


システム化が進み、すべてが分業される社会では、自分の行動がどんな意味を持つのか、それを知ることすら出来なくなってしまうのです。

同じ世界観を持つ前作『魔王』は、独裁者が生まれつつあり、熱狂する大衆に怖れを抱くという物語でしたね。

『モダンタイムス』は、前作へのアンチテーゼ(対立するもの)を打ち出している作品でもあります。

システム化され、分業化された社会では、人間は部品としてそれぞれの役割を果たすことしかできず、誰かが物事を大きく動かすことなど不可能ですから、独裁者や英雄が生まれるはずもないのです。

「誰か」ではなく、システムそのものに恐怖を感じざるを得ないという、『モダンタイムス』はそういう物語です。

魔王』に収録されていた「呼吸」の登場人物が老人になって登場しますから、前作からおよそ50年ほど離れた、少し近未来の社会を描いた作品です。

前作との繋がりはほとんどないので、『モダンタイムス』だけをいきなり読んでも大丈夫です。

ただ、前作の変奏曲的な部分があるというか、前作で起こったことをなぞり、新たな解釈を加える部分があるので、続けて読むほうが、より楽しめるだろうと思います。

作品のあらすじ


システムエンジニアをしている29歳の〈私〉は、突然自宅で格闘家のような体つきをした、口周りにヒゲを生やした男に襲われてしまいました。

ダイニングの椅子に縛り付けられ、どうやらこれから拷問をされるようです。「これから、自分がどんな痛い目に遭うか、どんな惨い目に遭うか、分かるか? 勇気はあるか?」(9ページ)と男は言います。

〈私〉はすぐに状況を把握しました。4年前にも似たような状況に追いやられたことがあったからです。

〈私〉の予想通り、男は〈私〉の浮気を疑う妻の佳代子に依頼されてやって来たことが分かりました。浮気相手の名前を言わなければ、指の爪をはいでいくと脅されます。

あくまでも浮気は誤解だと言い続けてですが、〈私〉は同じ職場で働いている桜井ゆかりの情報を口にして、ようやく解放されます。

4年前の浮気は濡れ衣だったのですが、桜井ゆかりは本当に浮気相手です。

ただ、運のいいことに、桜井ゆかりは今、半月ほどの予定でヨーロッパに出かけているので、戻って来るまでに何かしらの手を打つことに決めました。

翌日出社した〈私〉と後輩社員の大石倉之助は、突然逃亡した先輩社員、五反田正臣の尻拭いをする形で、新しい仕事を命じられます。

あまりにも突然のことですから、返事を渋っていると、加藤課長にこう怒鳴られてしまいました。

「あのなあ」加藤課長は鼻の穴を広げる。「おまえたちは、平成の人間かよ」と唐突に、昔の元号を持ち出す。「戦争も徴兵制もなかった、軟弱な平成時代の人間じゃねえだろうが。渡辺も大石も、軍隊生活を経験してんだろ? 根性入れてもらったんだろうが」(上、52ページ)


仕事自体はそれほど難しいものではないようです。国産ブラウザのバージョンが新しくなるので、それにあわせて「ゴッシュ」という会社のウェブサイトのプログラムを少し変えるだけでいいのです。

しかし、独自のコンパイラを使っているらしく、エラーが出てしまうんですね。その作業の途中で、五反田正臣は何故か逃げ出してしまったというわけです。

〈私〉と大石倉之助、五反田正臣と一緒に作業していた工藤は、どうやら出会い系サイトらしいそのプログラムの解析を進めます。

やがて、どうやら特定の語で検索されることによってネット上に現われるサイトなことが分かりました。そこで大石倉之助は、早速検索してみたんですね。

「それで、渡辺さんには止められましたけど、実は僕、『播磨崎中学校』と『安藤商会』と『個別カウンセリング』をキーワードにして、検索かけてみたんですよ」
「え」私は事情が一瞬、呑み込めず、呆然とした。
「そうしたら、本当に、一件だけ、出会い系サイトが引っ掛かったんですよ」
(中略)
「大丈夫か?」私は思わず、訊ねた。
「何がですか」
「いや、例のプログラムが、検索語をチェックして、何か悪さするんじゃないかって」あのプログラムは、特定の検索語でやってきたユーザーの情報をどこかに送信していた。
「不気味ではありますけど、しょせんは検索ですよ、検索。僕のPC、ウィルス対策もバックアップも万全ですし、危険と言っても大したことないですよ」(上、193~194ページ)


埼京線で47人の痴漢が女性にわいせつ行為を働き、その主犯として大石倉之助が捕まったのは、それからすぐのことでした。

五反田正臣、大石倉之助、そして友人の作家井坂好太郎、異変が起こった人々は、どうやら皆「播磨崎中学校」「安藤商会」「個別カウンセリング」の語を組み合わせて検索した者のようだと〈私〉は気付きます。

「播磨崎中学校」は、5年前に起こった事件で有名になりました。

覆面を被った9人の集団が学校に押し入り、生徒たちを殺していったんですね。そんな中、犯人に立ち向かっていったのが、用務員の永嶋丈でした。

ドキュメンタリー映画で、永嶋丈はその当時の心境について、こう語っています。

「自分以外に、動ける人間はいないと分かったよ。だから、行動したんだ。頭に浮かんだのは、ピース、平和、それだけだった」(上、174ページ)


永嶋丈は配管スペースを通って犯人の元に行き、犯人を倒したんですね。それ以来、英雄として持ち上げられ、今は国会議員になっています。

その「播磨崎中学校」を特定の語と組み合わせて検索した人間にとんでもないことが起こるというのは、一体何故なのでしょう?

かつて〈私〉を襲ったヒゲの男や、殺しても死なないようなふてぶてしさを持つ加藤課長など、検索をした人々にはそれからも次々と悲劇が襲います。

〈私〉は、妻の佳代子や何人かの仲間と共に、「播磨崎中学校」と「安藤商会」について調べ、「ゴッシュ」が作ったサイトに潜む謎を追っていって・・・。

はたして、〈私〉たちがたどり着いたその真相とはいかに!?

とまあそんなお話です。あらすじではうまいこと紹介出来なかったんですが、〈私〉と妻の佳代子の関係性がなんとも面白いんですよ。

勿論愛し合って結婚したわけですが、結婚してから佳代子はますます謎めいた人物になっていったんですね。

カウンセラーだと言っていた仕事も、本当の所は一体何なのかよく分かりませんし、華奢な体つきなのに相当格闘技が出来て、裏社会の物騒な連中からも恐れられるような存在のようです。

結婚してから、妻にはかつて夫が2人いたらしいことが分かります。本籍を移して結婚歴を消していたんですね。

 ただ、その元亭主も今はいない。なぜか。一人は死んで、一人は行方不明になったからだ。
「浮気したからよ」彼女は平然と、私に言った。
 浮気をすると、どうして死んだり行方不明になるのか、その因果関係が理解できなかったが、「雨が降ったら地面が固まるでしょ」と自然の摂理を語るかのような、言わずもがな、といった雰囲気が漂っており、私はそれ以上、質問を重ねることはしなかった。(上、19ページ)


そんな怖い奥さんに浮気がばれてしまったから大変です。しかし、「ゴッシュ」の件があってからというもの、奥さんも一緒に事件に巻き込まれていくこととなって・・・。

語り口はユーモラスで、コミカルでテンポよく進む物語でありながら、シリアスさとテーマの深さをも兼ね備えた長編小説です。

上下巻と少し長いですが、読みやすく面白い作品なので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日は、石田衣良『6TEEN』を紹介する予定です。