デニス・ルヘイン『シャッター・アイランド』 | 文学どうでしょう

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デニス・ルヘイン(加賀山卓朗訳)『シャッター・アイランド』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

クリント・イーストウッド監督に『ミスティック・リバー』という映画があります。

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アカデミー賞で、ショーン・ペンが主演男優賞、ティム・ロビンスが助演男優賞を受賞したことでも話題になりましたね。

ある悲しい事件が起こり、それをきっかけに少年時代の幼馴染が再会して・・・という話ですが、色んな意味で非常にショッキングな映画で、かなり強い印象が残ってます。

その『ミスティック・リバー』の原作を書いたのが、デニス・ルヘインです。単純なミステリーではなくて、サスペンス的というか、人間の心の闇を描くことに重点を置いている作家です。

さて、今回紹介する『シャッター・アイランド』も、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化されています。

こちらも人の”心”がテーマになった作品です。人間の抱える心の傷が出て来ますから、なかなかに重い話でもあります。

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物語の舞台は、孤島にある精神病院。姿を消した女性患者の捜査のために、2人の連邦保安官が島へやって来ます。

島から外へ出るためには、フェリーを使うしかないわけですから、女性患者は死んでいなければ、絶対に島のどこかにいるはずです。しかし、どこを探しても見つかりません。

女性患者の残した暗号を解きながら、保安官たちは捜査を進めていきますが・・・。

ぼくは映画もあわせて観てみたんですが、かなり原作に忠実に作られているという印象でした。

唯一ラストのある部分が違うんですが、映画の方は、原作に新たな解釈を加えて、余韻を残す終わり方をしている感じです。

ちなみに、精神病院を描いた映画と言えば、ジャック・ニコルソン主演の『カッコーの巣の上で』があります。こちらもなかなかにショッキングな映画でしたね。

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刑務所の労働を逃れるために、頭がおかしい振りをして精神病院に入り込んだ男を描いた映画ですが、基本的には管理の厳しい状況の中で、自由を求めて戦っていくという物語です。

『シャッター・アイランド』の物語の舞台は1954年なので、『カッコーの巣の上で』で描かれている時代と、精神病の治療法の点で重なる部分があります。

精神病の治療として、前頭葉切裁術(ロボトミー)が行われることがあった時代なんですね。脳を手術して、無害な大人しい人間に変えてしまうんです。

『シャッター・アイランド』で、保安官のテディは、医長のジョン・コーリーから、精神病の治療についての話を聞きます。その話によると、旧学派と新学派で揉めているらしいんです。

旧学派はショック療法や、ロボトミーの手術などが正しいと信じ、一方の新学派は、薬を使っての治療こそが正しいと主張しています。製薬会社の後ろ盾があって、新学派の方がやや優勢のようです。

コーリー自身は、「私は会話治療の信奉者だ。基本的な人対人の技術を使うものだな」(128ページ)と旧学派や新学派とも違って、現在でいうカウンセリングに近い立場を取っています。

こうした精神病の治療法についての様々な力関係が、物語の背景にはあります。その一方でテディは、コーリーの話に嘘が潜んでいると思ってもいます。

島では隠れて怪しい実験がくり広げられているのでは? そして、テディがこの島にやって来たのには、もう一つ大きな目的があって――。

作品のあらすじ


1954年、フェリーがある島へと向かっています。

 この日、フェリーは患者を精神病院に運んでいなかった。船に乗っているのは、テディと、新しいパートナーのチャック・オール、そしてキャンヴァス地の郵袋がいくつかと、数個の医薬品の箱だけだった。(23ページ)


連邦保安官のテディ・ダニエルズは、フェリーの揺れから来る吐き気に悩まされていました。顔を洗って何とか気分を落ち着かせます。

甲板に出ると、そこにはシアトルからやって来たチャック・オールの姿がありました。今回の仕事で組むパートナーです。

何気ない話をしている途中で、「ガールフレンドはいるのか。結婚は?」(33ページ)とチャックはテディに尋ねました。

テディはドロレスという妻がいたこと、2年前に火災で亡くなったことを話します。

 彼はチャックに言った。「アパートメントで火事があったんだ。おれは仕事に出てた。四人の人間が死んだ。彼女はそのひとりだった。炎じゃなく、煙にやられたんだ、チャック。だから苦しんで死んだわけじゃない。怖かっただろうか――たぶん。だが苦しまなかった。肝腎なのはそこだ」(35ページ)


テディは妻の死という心の傷を抱えています。時折、テディの幻想の中に現れるドロレス。悲しみはまだ癒えないままです。

フェリーは島に着き、テディとチャックは島に上陸しました。島にあるのは大きな精神病院です。2人がやって来たのは、ある捜査のため。

昨夜の夜10時から真夜中までの間に、レイチェル・ソランドという名の女性患者が、突然姿を消してしまったんですね。通報を受けて、その行方を探しに来たというわけです。

レイチェルがいつ部屋から抜け出したのか、目撃した者はいません。おまけに部屋には靴も残されたまま。化粧ダンスの裏に、「4の法則」と書かれたメモが落ちていました。

テディとチャックは、医長のジョン・コーリーや患者たちから話を聞いて、レイチェルの行方を追っていくことになります。

捜査を続ける内に、テディはこの精神病院にある疑いを抱くようになりました。

非米活動調査委員会(HUAC)が設立した基金から資金が出ていて、過激な治療法を試す、実験施設の役割を果たしているのではないかと。

「彼らは人の精神に関する実験をおこなってるとおれはにらんでる。発見したことを記録して、CIAにいる、コーリーのOSS時代の旧友に渡しているのかもしれない」(190ページ)とテディはチャックに言い、精神病院に潜む秘密に迫っていきます。

そしてテディには、この捜査に自ら志願してやって来た、大きな理由がありました。

それは、この精神病院に、放火魔のアンドルー・レディスがいることを突き止めたから。アンドルーは、最愛の妻ドロレスが死ぬきっかけになった火事を起こした犯人です。

レイチェルの残した暗号から、実際には66人しか患者がいないにもかかわらず、67人目の患者がいることに気付いたテディは、アンドルーの行方も同時に追って行くことになります。

 テディはまた手帳のページに眼をやった。一目見たのを最後に、マッチが自然に消えた。
 今日、おまえを見つけ出してやる、アンドルー。ドロレスにこの命を授かったわけではないが、少なくとも彼女にそれだけの借りはある。
 おまえを見つけ出す。
 そして、殺してやる。(260ページ)


消えたレイチェルの行方、どこかに隠れているらしきアンドルー、そして精神病院の秘密に迫って行く連邦保安官のテディとチャック。やがて島には激しい嵐がやって来て・・・。

はたして、2人がたどり着いた真実とは!?

とまあそんなお話です。精神病院が舞台ですし、戦争での悲惨な体験が語られたりもします。

人間の心の傷を描いた作品なだけに、テーマ的には重いですが、なかなかに凝った作りをした小説なので、興味を持った方は読んでみてください。

明日は、吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』を紹介する予定です。