伊坂幸太郎『死神の精度』 | 文学どうでしょう

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死神の精度 (文春文庫)/文藝春秋

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伊坂幸太郎『死神の精度』(文春文庫)を読みました。

死神という存在は、物語の中にわりとよく登場します。ただ、「人間の死に関わっている」という1点を除けば、本当に色んな描かれ方をするものなんです。

死期の近い人の所に現れるのか、それとも人間の魂を無理矢理に奪いに来たのか、その目的も様々ですし、悪魔などどこか闇の組織に所属しているのか、それとも独立した存在なのか、神の一部なのかそうではないのか、死神という存在の設定自体に色んなバリエーションがあるんですね。

それでもやはり、元々は人間の「死」というものへの恐怖から生まれたのが死神なわけですから、明るく愉快な存在ではないことが多いです。そばにいるだけで、ぞっとするような、恐怖の対象である死神。

さて、今回紹介する『死神の精度』で描かれる死神は、およそ死神のイメージからはかけ離れた存在です。非常に近代的な組織で働く存在であり、人間の死に対して、なんの感情も持っていないのが特徴的です。

死神に与えられる仕事は、人間界で対象となる人物に接触し、7日間でその人物に「死」がふさわしいかどうかを見極めるというものです。上層部に「可」と報告すれば、8日目にその人間は死ぬことになります。

「見送り」と報告すると今回は「死」が見送られるわけですが、死神は人間に対してあまり興味を持っていないですし、情に流されることがないので、「可」と報告されることがほとんどのようです。

死神の姿や年齢は、その対象となる人物にあわせて変わります。若くてかっこいい青年の姿の時もあれば、柄の悪い中年男の時もあります。

調査対象となる人物に、一番接触しやすい姿や年齢で人間界にやって来るというわけです。

死神の人間界での名前は一応決まっていて、コードネームのように、死神みんなが町や市の名前がつけられています。『死神の精度』の主人公の死神の名前は千葉。

『死神の精度』には、千葉の仕事、つまり死神の調査の精度が試される話が、6つ収録されています。

この連作短編集の魅力は、死神という一風変わった存在そのものにありますが、6つの短編が同じパターンのくり返しではなくて、ヤクザ映画のようだったり、本格推理小説を思わせるものだったり、ロードムービーのようであったり、ラブストーリーのようであったり、それぞれバリエーションに富んでいる所にも面白さがあります。

作品のあらすじ


『死神の精度』には、「死神の精度」「死神と藤田」「吹雪に死神」「恋愛で死神」「旅路を死神」「死神対老女」の6編が収録されています。

では、各編を少しずつ紹介しましょう。

「死神の精度」

死神である〈私〉は、自分が調査の担当になった女性が出て来るのをビルの前で待っています。それほど強くはないものの、雨が降っています。

他の死神にはそういうことはないようですが、〈私〉が人間界に来る時は、何故かいつも雨が降っているのです。いわゆる雨男というやつです。

やがて情報通り、「疲労感なのか、悲壮感なのか、くたびれた影のようなものが額から首にかけてかかっている」(11ページ)冴えない女性が現れました。

地下鉄の入口で接触を試みる〈私〉ですが、ナンパと間違われて立ち去られそうになり、つい素手で触ってしまいます。死神に触られた人間は意識を失い、おまけに寿命が1年縮んでしまうんです。

なんだかんだで〈私〉はその女性、藤木一恵と食事をすることになります。死神は人間と感覚が少しずれているというか、文脈をつかみ損ねることがあって、会話が噛み合わなかったりするんですね。

卵料理を口に含み、飲み込んだ後で、「わたし、醜いんです」とぽつりと言った。
「みにくい?」私は本当に、聞き間違えた。目を細め、顔を遠ざけて、「いや、見やすい」と答えた。「見にくくはない」(17ページ)


「醜い」を「見にくい」と聞き間違えるなんて、人間だったらありえませんよね。それを大真面目に「いや、見やすい」と答える死神のユニークさがあります。

彼女は、大手電機メーカーに勤めているんですが、苦情処理係なんですね。

電話でお客さんのクレームを聞くのが仕事なんですが、いつも自分を指名してクレームを言って来るオヤジがいたりして、もう本当に辛い毎日だと思っているんです。

「わたし、本当に死にたいですよ。いいことなしですから」(20ページ)と無理して笑う彼女。

「可」か「見送り」か。心の中ではもう「可」に決めている〈私〉ですが、もう少し彼女の様子を見守ることにして・・・。

「死神と藤田」

今回〈私〉が担当するのは、藤田というヤクザです。〈私〉も40代のヤクザのような姿になっています。

藤田は対立する組の、栗木という組長の居場所を探しているんですね。兄貴分が殺されたので、その復讐をしようというわけです。

そこで、居場所を知っているという〈私〉が呼び出されたのですが、どうも話がおかしいんですね。藤田の組の組長が、栗木と話し合って、古い考えの藤田を排除しようと罠を仕掛けているようにも思えます。

自分の報告次第で、藤田が8日目に死ぬと知っている〈私〉は、「あんた、裏切られてる可能性はないのか?」(78ページ)と藤田に尋ねます。

「曲がったことをやる奴らに、俺が負けるはずがねえだろ」(79ページ)と言う、藤田の運命は・・・。

「吹雪に死神」

旅行会社の抽選で当たり、その洋館にお客として泊まりに来たのは、田村夫妻、権藤親子、女優の卵の真由子です。真由子は、雪のせいで来るのが遅れている彼氏を待っています。

その他に料理人と、吹雪で避難して来たということにしてある、死神の〈私〉がいます。洋館の外は雪が降り積もり、吹雪はなかなか止みません。

この外部から閉ざされた環境で、次々と人が殺されていきます。まずは、〈私〉が担当になっている田村聡江の夫の幹夫が、何者かに毒殺されてしまいました。

次に父親の方の権藤が、背中を包丁で刺されて殺されます。フロントに置かれたパソコンに、「二人目は刃物で死ぬ」(125ページ)という文章が書かれていて・・・。

「恋愛で死神」

〈私〉が「可」を出して、今回担当した荻原が死んだ時点から、7日間の出来事が回想されていきます。

〈私〉は同じマンションに引っ越して来たということにして、萩原と接触しました。荻原よりも2つ年上の25歳という設定で、それにあわせた姿をしています。

萩原は、バス停でよく会う古川朝美という女性に好意を抱いているらしいんですね。恋愛感情というものを、死神はよく理解できないので、〈私〉は荻原にこんな風に言います。

「人間が作ったもので一番素晴らしいのはミュージックで、もっとも醜いのは、渋滞だ。それに比べれば、かたおもいなんていうものは大したものではない。そうだろ?」(167ページ)


実は荻原はかっこいいんです。かっこいいだけに、見た目だけで女の子に好かれてきました。

それが嫌になった荻原は、自分の内面で好きになってもらえるように、わざと坊主頭にして、眼鏡をかけて自分のかっこよさを隠しているんです。

ストーカー被害にあっている古川朝美に、初めはそのストーカーだと勘違いされた荻原ですが、波長があう2人の距離は徐々に縮まっていきます。しかし・・・。

「旅路を死神」

車を運転している〈私〉が、信号待ちをしていると、今回担当する森岡耕介が血のついたナイフを持って乗り込んで来ます。

「大人しくしねえと、刺すからな。このまま北へ行け」(211ページ)と指示されるままに〈私〉は車を走らせます。

森岡は、渋谷で若者をナイフで刺し殺して逃走中の犯人なんです。十和田湖近くの奥入瀬まで行きたいという森岡ですが、はたしてその目的とは一体?

「死神対老女」

今回担当する老女は美容院をしているので、髪を切ってもらっていた〈私〉は、「人間じゃないでしょ」(287ページ)と見抜かれてしまいます。

人生で、周りの人を何人も亡くしてきた老女は、なんとなく死の雰囲気が分かるようにようになっているんですね。今度は自分の番だと知っても、「人はみんな死ぬんだよね」(294ページ)と全く慌てません。

ただ、〈私〉に不思議なお願いをするんです。明後日、お店に来てくれるように、繁華街で若者に声をかけて来てくれないかと言うんですね。

「年齢はね、十代後半。四人くらい呼んできて。できれば、男の子と女の子、どっちも来るように」(306ページ)と頼まれた、〈私〉は仕方なく町へ出かけて行って・・・。

とまあそんな6編が収録された連作短編集です。ヤクザ映画、本格推理小説、ラブストーリーなど、そのジャンルではよくあるパターンの物語に、異質な存在である死神が介入しているというのが『死神の精度』の面白い所です。

そうした形式の面で、特に面白かったのは、アガサ・クリスティーを思わせるような「吹雪に死神」です。本格推理小説を思わせるものでありながら、死神という設定をうまくいかしているのがいいですね。

物語として最も面白いのは、やはり「死神の精度」でしょう。恋愛には発展しませんけれど、人間と死神との出会いが、単に人間と死神との出会いではなく、男女の出会いになっているのが、とてもよいと思います。

自分に自信がなくて悩んでいる女性と、どこかミステリアスな男性(実は死神)が食事をするというのは、場面として、他のどの組み合わせよりも一番しっくりくるような気がします。

知らないとはいえ、死を目前にして、「本当に死にたいですよ」と言っていた藤木一恵の身に、どんなことが起こるのか、ぜひ注目してみてください。ストーリーラインに意外性があって面白い短編です。

死神たちが愛してやまないのは音楽です。「私たちは下手をすると、仕事の合間にミュージックを楽しむのではなくて、ミュージックを堪能する合間に仕事をするようなところがある」(26ページ)くらいで、暇さえあればCD屋に出没しています。

そんなどこか一風変わった死神が、担当する人間と接触し、「死」の判定をするという物語です。短編同士が微妙に繋がっていたりするのも面白いですね。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

おすすめの関連作品


リンクとして、死神に関連したマンガを1タイトル、映画を2本紹介します。

まずはマンガから。死神が登場するマンガと言えば、なんと言っても、『デスノート』でしょう。

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大場つぐみ原作、小畑健作画のマンガ『デスノート』は、死神が人間界に落としたノートをめぐる物語です。死神の持っているノート、「デスノート」に名前を書かれた人間は死んでしまうんです。

落ちていた「デスノート」をたまたま拾ったのが、夜神月という頭が抜群によく、正義感の強い高校生です。夜神月は、「デスノート」を使って悪人をどんどん裁いていくんですね。

夜神月は、悪人のいない平和な世界を作ろうとしているわけですが、やっていることは大量殺人に他ならないわけで、「キラ」と呼ばれるようになった夜神月と、世界的な名探偵であるLとの息詰まる頭脳戦を描いたマンガです。

続いては、死神の登場する映画を2本紹介します。

まずは、なんと言っても『ジョー・ブラックをよろしく』がおすすめです。

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アンソニー・ホプキンス演じる富豪の元へ、ブラッド・ピット演じる死神がやって来ます。ところが、死神は人間の世界のことを知りたいと言い出すんですね。

事故死した青年の肉体を借りて、人間の世界を探索する死神ですが、やがて、富豪の娘と恋に落ちてしまい・・・。

死神と人間の、絶対に結ばれない恋という、ロマンティックさもいいんですが、この映画の面白い所は、人間にとっては当たり前のことが、死神にとっては当たり前ではないという点にあります。

死神が経験する、何気ない出来事一つ一つが、とても輝いて見えるんです。人間であることの喜び、驚き、そして切なさがぎゅっと詰まった映画です。

続きまして、もう1本。『死神の精度』の中で、「天使は図書館に集まる」(26ページ)という映画について触れられていました。

具体的なタイトルは書かれていませんでしたが、おそらくヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』だろうと思います。

『ベルリン・天使の詩』をおすすめしたい所ですが、『ベルリン・天使の詩』はなかなかに芸術性の高い映画ではあるので、あえてハリウッドでリメイクされたものを紹介したいと思います。

『シティ・オブ・エンジェル』です。こちらは、よりロマンティックな仕上がりになってるので、おすすめです。

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『シティ・オブ・エンジェル』で描かれるのは、正確に言えば死神ではなくて天使ですが、人間の死に寄り添います。人間は基本的には天使の姿を見ることができません。

ニコラス・ケイジ演じる天使は、メグ・ライアン演じる医者に恋してしまうんですね。愛する人間と、ともに生きていきたいと思うようになった天使は、人間になる方法があると知って・・・。

永遠の命を持ち、達観している天使の境地からすると、人間というのは愚かな生き物だと思うんですよ。

楽しいことばかりではなく、辛く苦しいことが次から次へと起こって、くだらないことで頭を悩ませたりするわけで。

それでも、もしかしたら、嫌なことも全部ひっくるめて、人間であることは素敵なことなんじゃないかと、そんな風に思わせてくれる映画です。機会があればぜひぜひ。

明日は、H・G・ウエルズ『宇宙戦争』を紹介する予定です。