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坪内逍遥『当世書生気質』(岩波文庫)を読みました。
平安時代の物語文学から、江戸の戯作まで繋がる日本文学史の縦のラインの中で、同時に世界文学という横のラインを意識していた坪内逍遥は、小説の理論書である『小説神髄』の中で、「小説すなはちノベル」の確立を提唱しました。
荒唐無稽な物語の筋や、人間らしくない登場人物ではなく、人間らしい複雑な心を持った人間、そして現実を写し取ったような世界を描こうとしたんですね。
そうした考えを持っていた坪内逍遥の書いた小説が、この『当世書生気質』です。『小説神髄』が「小説すなはちノベル」の理論篇だとするならば、『当世書生気質』は言わばその実践篇です。
『小説神髄』について書いた記事の最後でぼくは、「物語の要素が、ストーリーに傾くか、それとも人物の心理に傾くかに江戸の戯作と小説の違いがあります」と書きました。
『当世書生気質』がそのどちらかと言うと、明らかに前者です。人物の心理ではなく、やや入り組んだ筋にこそ、物語の重心があります。
つまり、江戸の戯作か小説のどちらの領域に近いかと言えば、文章のスタイル、内容ともに江戸の戯作に近い作品なんです。
日本近代文学における小説の誕生は、坪内逍遥の弟子筋にあたる、二葉亭四迷の『浮雲』を待たなければなりません。
江戸の戯作に関して、正直な所ぼくはそれほどの知識はありませんけれど、現在からするとかなり強引な筋というのが一つの特徴になるだろうと思います。
なぜそうした強引さが生まれてしまうかというと、因果というか業というか、そうした運命的なものが描かれるからです。
生き別れの家族が知らず知らずの内に出会っていて、それが後から劇的に知れるなど、登場する人物同士が実は他人同士ではなく、特殊な関係性の糸で結ばれているような話が多いんです。
つまり、小説が「見知らぬ人同士が出会って動き出す物語」だとするなら、江戸の戯作は「運命に翻弄される人々の物語」と言えるかも知れません。
まあ、江戸の戯作と言ってもジャンルは色々あるので一概には言えませんけれど、性質として比較すると、おおよそそういう風に言えるのではないかと思います。
『当世書生気質』は、そうした江戸の戯作のような「運命に翻弄される人々の物語」であり、筋として劇的な展開のある作品ですが、坪内逍遥ならではの新しさというのももちろんあります。
現実を写すことを主眼にした坪内逍遥は、書生たちの生活を描いたんです。
明治時代の文学には書生が結構出てきますけれど、その多くは家に住ませてもらって、その代りに雑用をこなすという感じです。
一方、『当世書生気質』における書生は、ほとんど学生と同じです。当時の学生たちの会話、行動などの風俗を描き出した作品なんですね。
勉強のちょうど正反対に位置する形で、芸者屋などの女遊びがあります。学生たちはちょこちょこ遊んだりするんですが、物語の中心となるのは、小町田粲爾という学生です。
真面目で優秀な粲爾は、ある芸妓と親密になっていくんですが、それが単なる恋愛でも、かといって肉欲に溺れるわけでもない、非常に巧みな設定になっているのが興味深いです。詳しくはあらすじの紹介にて。
粲爾が中心ではあるんですが、主人公という感じでもなく、学生たちの生活が群像劇のように描かれるといった方がしっくりくるかもしれません。
作品のあらすじ
桜の咲く季節。辺りは花見客で賑わっています。その中を、芸妓がお客さんと一緒に歩いていると、書生とぶつかってしまいます。
「アラ御免なさいヨ。真平御免なさいましヨ。」トいふは女の声なるゆゑ、驚きながらもふりかへる、書生の顔見て彼方も吃驚。女「オヤ貴君は阿兄ぢゃアありませんか。」書「エ。お芳さんか。まことに久しぶりだネエ。」(中略)書「わたしはまた一昨年おまへに別れたッきり、いつもいつも掛け違って、おなじ東京にをりながら。」女「お目にかかることが出来ませんもんでしたから、尚更お目にかかりたくッて」(16ページ)
どうやら書生と芸妓は知り合いのようなんですね。「おなじ東京にをりながら」「お目にかかることが」と、会話なのに繋がっているセリフ回しに芝居っぽさがありますね。
2人は再会を約束して、芸妓はお客さんに引っ張られるように去って行きます。
その様子を見ていた友達が、書生をひやかすと、「エ。あれはなにサ。お客と鬼ごっこかなにかをしてゐて、誤つて僕に衝当つたので、それで僕にわびてゐたのサ。」(19ページ)とごまかします。
この書生が小町田粲爾で、物語の中心人物です。それからしばらくして、最近粲爾の様子がどこかおかしいと思った友達の守山は、自分も打ち明け話をするから、そちらもなんでも話してほしいと言います。
守山がした打ち明け話は、一昨年に吉原(遊女のいる所)に行った時の話です。
守山には、生き別れの母と妹がいるんです。上野戦争という、旧幕府軍と新政府軍の戦いがあって、その時に行方不明になってしまったんですね。
守山は吉原で会った顔鳥という娼妓が、自分の羽織の紋を見てなにか言いたそうな様子だったので、もしかしたら生き別れの妹ではないかと思います。
そう思ってなにもせず帰るんですが、自分の勝手な妄想だと思い、はっきり確かめないまま月日が流れたという話。
その話を聞いて、粲爾も打ち明け話をします。粲爾が13歳の頃の話。父親と妾のお常と一緒に紅葉を見に行ったんですが、そこで7、8歳の一人ぼっちの女の子と出会います。
身寄りのないその女の子、お芳を不憫に思って、お常は引き取って育てることにします。そうして粲爾とお芳は兄妹のようにして仲睦まじく過ごしました。
ところがある時、粲爾の父親が免職になり、小町田家は急激に貧しくなります。元々芸妓をしていたお常は芸妓に戻り、お芳にも芸を仕込みます。
しばらく会っていなかったこのお芳が、この間、粲爾とぶつかった芸妓だったんですね。田の次という芸妓の名になったお芳と粲爾は、それをきっかけに、たまに会うようになります。
元々兄妹のように信頼しあっている仲だったので、2人はお互いに惹かれあいます。粲爾は「恋の奴に身を卑しめ、学の窓にありながら、その魂はぬけいでて、花の巷路に遊びやする、書をよみても解するあたはず、文を作るも妙なる稀なり」(74ページ)状態になってしまいます。
要するに恋に舞い上がってなにも手につかない状態になってしまったわけですが、まずいことに、田の次に入れあげているお客が、学校教師の弟だったんです。
当然、田の次の気を引いている粲爾のことが気に食わないわけで、学校中に粲爾の品行が悪いという噂が流れてしまいます。
周囲からの風当たりは強いですし、自分の気持ちも落ち着かないので、粲爾は最近どこか様子がおかしかったというわけです。
この粲爾と田の次の関係性は、とても巧みに設定されていると思います。普通だと、どうしても芸妓が学生を騙してお金を巻き上げるという関係性になってしまいがちです。
昔からの知り合いという設定にすることによって、ビジネスライクな関係ではなく、純粋なプラトニック・ラブの感じで描くことに成功しています。それがすごくいいんですよ。2人のことを応援したくなります。
やがて粲爾は学校の校長に呼び出され、休学を命じられてしまいます。田の次との関係を断たなければ、そのまま退学になってしまい、学問の道は閉ざされてしまうのです。
粲爾が一人前になるまで、いつまでも待ち続けるという田の次。学問と恋とに揺れる粲爾。はたして粲爾が出した結論とは!?
とまあそんなお話です。粲爾と田の次、それから守山と顔鳥の関係が物語の核となりますが、それ以外にも何人かの書生が登場します。
では、その中でぼくのお気に入りの場面を最後に紹介しましょう。桐山という書生が須河という書生を泥棒と間違えて殴りつける場面です。
桐「なんぢゃ。うぬ偽を吐くな。おれの学校のもんが屏を乗越えるわけはないワイ。うぬ姓名をなのらんと、うぬ、うぬ、なぐり殺すぞウ。」須「アイタタ、僕ぢゃといふに。」桐「僕も糞もあるか。うぬ、うぬ。」ポカポカポカ。須「桐山ゆるせ引。」桐「うぬ。おれの名を知ッちょるな。いよいよ怪しいぞ。」ポカポカポカ。(中略)須「ア、イタタタ。僕。」桐「うぬ。」ポカ。須「我輩ぢゃア引。」桐「うぬ。」ポカ。須「アイタタ。」ポカ。須「我」ポカ。須「アイタタタタ。」ポカポカポカ。(156~157ページ)
現代の小説でもなかなかないぐらいのシンプルかつへんてこな場面ですよね。言い回しが古いだけに、すごくコミカルに感じます。
文体やスタイルとしてはかなり古めかしいですし、物語の筋もわりと込み入ってはいるんですが、面白い部分もたくさんありますよ。
書生たちがどんな風に会話をし、どんなことをしていたのか、興味のある方はぜひ読んでみてください。
明日は、室生犀星『或る少女の死まで 他二篇』を紹介する予定です。