米澤穂信『インシテミル』 | 文学どうでしょう

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インシテミル (文春文庫)/米澤 穂信

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米澤穂信『インシテミル』(文春文庫)を読みました。

米澤穂信もすっかりブレイクした感がありますね。「古典部」シリーズや「小市民」シリーズなども人気があるみたいですが、ぼくはまだ読んだことがないです。よくおすすめされるので、読みたいとは思ってるんですけど。

ぼくが初めて米澤穂信に注目したのは、新潮文庫に入っている『ボトルネック』なんです。わりと印象的な帯がついていたこと、そしてパラレルな世界という設定がぼく好みだったこと。

ボトルネック (新潮文庫)/米澤 穂信

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ボトルネック』も読み返してみたので、明日にでも紹介できるかと思います。

ボトルネック』もわりとヒットしたと思いますが、米澤穂信をメジャーの地位まで押し上げたのは、なんと言ってもこの『インシテミル』でしょう。映画化されたことで大きな話題になりました。

インシテミル 7日間のデス・ゲーム [DVD]/藤原竜也,綾瀬はるか,石原さとみ

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その少し前に、ドラマで『ライアーゲーム』が、そのブームに乗るように映画で『カイジ』がスマッシュヒットしました。原作のマンガとしては、『カイジ』の後に『LIAR GAME』が来るのでその辺りの影響関係は複雑ですが、一風変わったゲームのようなものが行われる物語です。

相手の心理の裏側をうまく読んで、ゲームに勝たなければなりません。その心理戦が面白いわけです。

折角なので、ちょっとだけマンガについて触れておきましょうか。福本伸行の『カイジ』は相当面白いですよ。ぼくは「和也編」の前までしか読んでませんけど。

賭博黙示録カイジ 全13巻 完結コミックセット(ヤングマガジンコミックス)/福本 伸行

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なにをやってもダメな、ダメ人間のカイジがですね、友達の借金を背負わされてしまうんです。莫大な借金を。それでその借金を一発で返すために、その借金取りの組織に紹介されたギャンブル船に乗り込むんです。

ところがそんなうまい話があるわけないですよね。単なるギャンブルではなく、そこでは命のやり取りがされるわけです。仲間だと思って信頼していた人に裏切られたり、追い詰められていくカイジ。

しかしその極限の状況で、カイジは力を発揮します。そのゲームのルールを逆手に取って、大逆転を目論みます。「ざわ・・・ざわ・・・」という独特の効果音と、絶望の時にぐにゃぐにゃ揺れたように描かれる絵。手に汗を握るギャンブルマンガです。

甲斐谷忍の『LIAR GAME』の面白いところは、人を疑うことを知らないナオと凄腕の詐欺師の秋山がコンビを組むところです。

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ナオの元に謎の組織から1億円の入った小包が送られて来るんです。人を疑うことを知らないので、対戦相手にそれを奪われてしまいます。

そんなナオを馬鹿なやつだなあと思いつつ放っておけないのが秋山で、2人はお金をめぐるギャンブルに参加せざるをえなくなります。負けると莫大な借金を背負ってしまうので、勝ち続けなければなりません。

相手の心理を読むクールな秋山と、純粋無垢なナオが好対照になっていて、こちらもなかなか面白いマンガですよ。ドラマや映画も面白いですけどね。

ちなみに、甲斐谷忍の『翠山ポリスギャング』というマンガが、ぼくが人生で一番最初に買ったマンガです。誰も知らないでしょうけど、ぼくにとってはいまだに思い入れのあるマンガです。

生き別れになった双子の兄弟が、1人は伝説のヤクザ、もう1人がダメダメな警察官というお話です。見た目はそっくりなのに、性格が全然違うんです。再会した2人は・・・。当然2人が入れ替わったりするドタバタもあります。

ちょっと脱線してしまいましたので、話を戻していきます。『ライアーゲーム』にせよ『カイジ』にせよ、共通しているものがあって、謎の組織によるゲームに参加するということです。そしてそこでの心理戦が描かれるということ。

『インシテミル』の映画は、『ライアーゲーム』や『カイジ』の流れにうまく乗ろうとしたものだと思いますが、バイト情報誌での高額なバイト代に釣られた人々が集められてですね、ある実験が行われるんです。

1人1人の部屋にミステリの小説で使われる凶器が置いてあってですね、推理によって犯人を捕まえたらボーナスとかそういうのがあるんです。でもお互いになにもしなければ、みんながハッピーですよね。高額のバイト料がもらえるわけで。

ところがある人が殺されてしまうんです。犯人はこの中の一体誰なのか? 疑心暗鬼になる参加者たち。そして第2、第3の殺人が起こっていき・・・。

誰がどの凶器を持っているのかも分からないですし、誰を信頼していいのかも分からない。そんな心理戦が描かれた映画なんですが、正直なところ、『ライアーゲーム』や『カイジ』と比較すると全然物足りないです。

ところが、映画はともかく、この原作小説です。これは面白いです。7日間の物語なんですけど、「Day6」から相当面白いです。

映画が面白かった人も、物足りなかった人も、ぜひ小説を読んでみてください。後半は全く違う話です。

映画と小説を比較して浮かび上がるものがあります。結論から言うと、映画はホラーであり、小説はミステリということになります。

映画はこの実験がなぜ行われるかがわりと明確になっていて、この実験からいかに生き残るか、というのがテーマになります。『バトル・ロワイアル』と同じですね。極限状態からどうやって生き延びるかが問題となり、実験自体が批判の対象になります。

一方、小説は実験自体はともかく、なぜ殺人が行われたのか、犯人は一体誰なのか、というのがしっかりあります。そしてこの実験が行われる空間は、非常にミステリ的なものであり、ミステリであることをネタにした小説なんです。

もう少し分かりやすく言うとですね、普通のミステリって、密閉された空間で殺人が起こると、名探偵が推理をするわけですよね。ところが、この『インシテミル』には名探偵がいないんです。

参加者が探偵役をして犯人を指摘するとボーナスがもらえるので、ゲームのルールにのっとって、推理をするんですが、それが正しいかどうかは問題ではないんです。なんとなく犯人らしい人が犯人にされてしまうんです。こんな風に。

 大迫は、また、時計に目をやる。
「この話し合いだけで、もう十分使ってる。そろそろまずい。とりあえずいまは賛成するか、でなかったら、他の方法を言ってくれ」
 そうか、と結城は改めて、自分の感覚のずれを思い知る。大迫は、あくまで、これ以上誰も傷つかないことを最優先にしている。殺人者が誰なのかは二の次なのだ。
 それは、結城に反論の余地を全く残さない、現実的な判断だ。自分は異常だった、大迫が正しい。結城はそう思ってしまった。紙のように薄い「可能性」を云々している場合ではない。(211ページ)


犯人ではなく、犯人らしい人を多数決で決めてしまうということ。これはアンチ・ミステリというか、ミステリ自体のパロディでもあるわけです。密閉された空間、1人1人手渡されているミステリの凶器、そして起こる殺人事件。ところが名探偵はいないので、ミステリになっていかない。

しかし、「Day6」でぼくらが知らなかった事実が表れて、状況は一変します。ここからはもうすごく面白いです。この実験全体に仕掛けられていた伏線が明らかになり、この実験が行われているからこそのクライマックスになります。

この構成の巧みさは見事と言う他ないですね。映画では単におかしな空間で終わってしまっているようなところがあるんですが、小説ではこの実験があるからこそ、すべてが活きてくるんです。

映画を観ている人も観ていない人も、ぜひ小説を読んでみてください。ミステリ初心者はもちろん、ミステリ好きであればあるほど楽しめるミステリだろうと思います。

作品のあらすじ


物語の主人公は、結城理久彦。平凡な大学生で、今は夏休み。女の子にモテるために車が欲しいなあとぼんやり考えながら、コンビニでアルバイト情報誌を立ち読みしています。

すると須和名祥子と名乗る美しくどこか気品あふれる女性が話しかけてきます。どこか世間知らずのお嬢様といった感じ。須和名はアルバイト情報誌の見方を尋ねてきたんです。

どぎまぎしながら結城は読み方を教えます。そうして2人でアルバイト情報誌を見ていると、ある募集が目に止まります。人文科学的実験の被験者の募集。7日間で、時給11万2千円。

そんなアルバイトがあるわけないですよね。きっと誤植かなにかだろうと。でももしそんなアルバイトが本当にあったら・・・?

結城は、軽い気持ちで実験に応募します。そうして集められたのは年齢も性別もばらばらの12人。その中には須和名の姿もあります。12人の参加者が集められたのは、〈暗鬼館〉という建物。

円卓の上にはネイティブアメリカンの人形が12体あります。ここでミステリ好きの人はにやにやします。あの小説がここでは引用されているんだなと。そしてそれがどういう意味を持つのか。ヒントはアガサ・クリスティーです。

結城が自分の部屋に行くと、〈おもちゃ箱〉があり、そこには一本の棒とそれについての説明が書かれた〈メモランダム〉が入っています。〈殴殺〉についての説明と、ホームズの「まだらの紐」の名前があげられている紙。結城はなんだこれと言って寝ます。

翌朝、自己紹介をしたりしながら、結城に参加者の情報が入ってくると同時に、読者にもそれが知らされることになります。一気にたくさんの人を覚えなければならないので、なかなか厄介なんですけど、まあなんとか乗り切ってください。

そしてこの〈実験〉のルールが放送でいくつか発表されます。事態の鎮圧などのために〈ガード〉という機械がいること。「人を殺した場合」「人に殺された場合」「人を殺した者を指摘した場合」「人を殺した者を指摘した者を補佐した場合」にボーナスが出るということ。

〈実験〉は7日間で終わり、その間時給は発生し続けること。もし隠し通路を発見し、1人でも外に出たら〈実験〉は終了すること。

みんなは顔を見合わせますが、話し合ってお互いになにもしなければいいということになります。7日間が過ぎて、時給をもらえればいいよね。のんびりやろうよと。

ところが、3日目の朝、銃で撃たれた死体が発見されます。一体誰がやったのか? 誰の〈おもちゃ箱〉に入っていた凶器が銃だったのか? 途端に疑心暗鬼になる参加者たち。そして第2、第3の殺人が起きていき・・・。

面白そうだと思った方は、ぜひ読んでみてくださいね。明日は、同じく米澤穂信の『ボトルネック』を紹介する予定です。