田山花袋『蒲団・重右衛門の最後』 | 文学どうでしょう

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蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫)/田山 花袋

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田山花袋『蒲団・重右衛門の最後』(新潮文庫)を読みました。

「蒲団」をみなさんご存知でしょうか。自然主義文学のはじめの作品としてかなり有名で、特にラストなんかがよく語られます。ここでは書きませんが、知っていても楽しめる作品なので、まあ大丈夫です。

自然主義というのは、フランスと日本でまた若干ニュアンスが異なるんですけど、まあ大体はありのままに書こうよ、とそういうことです。「蒲団」の場合は、作者によく似た人物の女弟子への想いが吐露されています。

それが綺麗な恋愛の感情のみならず、情けないような、いやらしいような、少し変な形で描かれるものですから、ちょっと話題になったわけです。本来秘められているべき感情、隠されているべき出来事を、ありのままに書こうとするのがいわゆる自然主義文学で、この「蒲団」もそういう小説です。

二葉亭四迷の『浮雲』や尾崎紅葉の『多情多恨』のようにダメ男が主人公の話がぼくは結構好きなんです。「蒲団」の主人公もダメ男なんですけど、なんだかこちらはあまり共感できない部分が多いです。その差がどこにあるのか、自分でも不思議ですねえ。

作品のあらすじ


「蒲団」

最初だけ時間軸が少しずれていて、現在→過去→現在という構造です。冒頭はだらだら坂を降りようとして、渠(かれ)が考えます。自分と彼女の関係は大きく変わってしまったと。渠(かれ)が36歳で妻子もち、こどもが3人いることがすぐ分かります。文学を生業にしています。

もう出だしから渠(かれ)は思い悩むんです。彼女への熱い想いが描かれ、変わってしまった関係に苦しむ。要するに、その彼女に恋人が出来たというだけの話なんですけど。その彼女がどういう女性なのか、渠(かれ)と彼女はどういう関係なのかに話が戻ります。現在から遡ること3年前。

ここでようやく渠(かれ)の名前が出てきます。竹中時雄という作家。なんとなく平凡な生活に退屈を感じていて、新しい恋でもしたいとぼんやり思っている。そんな折に、芳子という学生から弟子にしてほしいという手紙がくるんです。

時雄はほうっておくんですが、手紙は何通もきます。その熱心さに心動かされて、それでもなお女の身で文学を志す危険を書いて返事を出すんですが、さらにまた熱心な手紙が来たので、時雄は芳子を弟子にすることにします。

父親に連れられて上京してくる芳子。時雄の家で生活し始めます。それからというものの、時雄の日々は色合いが変わってくるんですね。同じような風景でも、部屋の中に芳子がいるのといないのではまったく違って見える。満たされなかった心に新しい火が灯って、うきうきする時雄。

それでも周りの目があったりするんで、奥さんのお姉さんの家に預けて、学校に通わせることにします。芳子というのは、とても現代的な考え方をするキャラクターで、昔風にいえばハイカラな人物です。ハイカラという言葉自体が古いですけども(笑)。文学に非常に熱心で、先生! 先生! と慕う芳子。

ハイカラな芳子は、昔風に異性と口を聞かないということもなく、異性の友だちなんかもいたりするんです。時雄は芳子に心奪われるんですが、別に2人の関係に特別ななにかがあるわけでもない。師匠と弟子の関係そのものです。ただ、時雄は芳子のことをすごく気にしている。

やがて冒頭の事件が起こります。芳子は里帰りして、また上京するんですが、どうも出発と到着の日数が合わない。問い詰めると、どうやら京都で恋人と会っていたらしい。時雄は衝撃を受けるわけです。純粋無垢に感じていた芳子に突然現れた恋人の存在。芳子は恋人との関係はプラトニックなものだと言います。

物語の後半は、芳子と恋人の話がメインで描かれます。2人は相思相愛で、恋人が上京してきたりします。時雄は立場的に非常に微妙な位置にいて、内心は2人を引き裂きたいわけですが、むしろ逆に芳子と父親との仲立ちをせざるをえなくて、応援する立場にいたりもします。

愛し合う若きカップルの運命はいかに!? 時雄の胸を渦巻く想いはなにを生むのか? 日本文学史上に残る有名なラストシーンとは?

とまあそんなお話です。時雄の外面的立場と内面的感情の差が面白いです。もう完全にひとりよがりで、時雄の芳子への感情は恋愛ではないですね。なんだかさみしさ、退屈さを紛らすために愛する存在を見つけたという、そんな感じです。

自然主義文学ということで難しく考えなくても、そうした表と裏の差という面白さがあるので、興味のある方はぜひ読んでみてください。ラストシーンはかなり印象的ですよ。知っていても知らなくても楽しめます。

「重右衛門の最後」

重右衛門は体に障害を持っていて、そのせいでうまく世の中を渡っていけないんです。気持ちが少しねじ曲がってしまって、奥さんをもらうんですが、奥さんにも裏切られ、自暴自棄になって乱暴なことばかりしています。

それで何年か牢屋に入っていたりもするんですが、全く更正する様子はなく、村人を脅すようにして食料をもらって生活をしています。

その村で、放火事件が相次ぐんですが、重右衛門が犯人だと思われています。いわば村のガンのような存在の重右衛門。誰もが重右衛門さえいなければ幸せになれると思っています。そんな中、起こったある事件。

重右衛門の最後とは一体!?

物語の構造はやや複雑で、すぐ重右衛門の話にいかず、〈自分〉という語り手が出てきます。〈自分〉の学生時代の話が描かれ、その学生時代の友だちを訪ねて、ある村に行くという流れです。そこでポンプ車の訓練をしていて、放火事件が相次いでいることを知るわけです。

物語のラストや、〈自分〉の考えが書かれるところはかなり印象的です。こちらもなかなか面白い短編ですので、あわせてぜひ読んでみてください。