フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』 | 文学どうでしょう

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罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)/フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー

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フョードル・ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『罪と罰』(全3巻、光文社古典新訳文庫)を読みました。Amazonのリンクは1巻だけを貼っておきます。

ドストエフスキーの『罪と罰』と言えば、世界文学を代表するような作品で、読書好きの方はいつか読んでみたいと思っている作品なのではないでしょうか。

なんとなく敷居が高いんじゃないかと思っている方。大丈夫です。面白いです。わりとやさしく読めます。

問題なのは、これはロシア文学全体に言えることなんですが、名前が分かりづらいんですよ。それはたしかにそうです。スヴィドリガイロフなんて名前、聞いたことないですものね。

普段文学を読まない人のために『罪と罰』をざっくり説明すると、ある種のミステリとして読むことが出来ます。

ミステリはフーダニット(誰が犯行を行ったのか)が多いと思いますが、『罪と罰』はホワイダニット(なぜ犯行を行ったのか)です。

同時に、ある種の倒叙ミステリとしても楽しめます。倒叙ミステリというのは、TVドラマ『刑事コロンボ』やそれに影響を受けた『古畑任三郎』などのように、犯人側から描いたもののことです。

作品のあらすじ


『罪と罰』の主人公はラスコーリニコフという貧乏な元学生。

下宿代が溜まっていて、下宿屋のおかみと顔をあわせないようにして家から出るところから物語は始まります。

ラスコーリニコフは、「あれ」ができるのかどうかを考えながら歩いているんですね。「あれ」がなにかはおいおい分かります。

質屋のようなことをしている老女のところに行き、時計を預けました。その後、酒場でマルメラードフという元役人と出会います。

マルメラードフ自体はまあいいですが、彼の娘ソーニャが重要な登場人物の一人です。マルメラードフの話で、彼の娘が黄の鑑札で暮らしているということが分かります。

つまり、売春をしているわけですね。そうしないと、家族が暮らしていけないわけです。ここで名前だけ出てくるソーニャのことは、ちょっと覚えておいてください。

ラスコーリニコフの元へ母親から手紙が来ました。妹のドゥーニャがルージンという弁護士と結婚することになったというんです。

ラスコーリニコフはそれに怒りを覚えるんですね。妹が金のために自分の身を犠牲にして、愛してもいない人間と結婚しようとしていると分かったから。

ラスコーリニコフはふとした情報を耳にして、ついに「あれ」をすることを決意します。そこまでは書いてもいいと思うので、書きます。

斧を持って、金貸しの老女のところに行くんです。つまり「あれ」というのは、殺人ですね。老女を殺して金を奪おうとするんです。

実際に読む時の楽しみのためにざっくり省きますが、老女の殺害に成功します。

それ以来、ラスコーリニコフは寝込んでしまいます。熱病みたいな感じです。

ラスコーリニコフには学生時代の友達がいて、ラズミーヒンというんですが、このラズミーヒンも覚えておいた方がよい登場人物です。ラズミーヒンがよく見舞いに来てくれたりします。

それ以来、ラスコーリニコフはちょっとおかしな言動をするようになるんです。それで周りの人間が心配するようになりました。

別のところで暮らしていた母親と妹もラスコーリニコフのところへやって来ます。それを追うようにして、妹と結婚する予定のルージンもやって来るんですね。

ラスコーリニコフは妹とルージンとの結婚には反対なわけですから、色々と揉めたりします。

妹の結婚にまつわる話も、物語のストーリーラインとしては重要なものになります。

ラスコーリニコフは紛れもなく殺人犯なわけです。そして、老女殺しの犯人を追う人物が登場します。ラズミーヒンの親戚でもあるんですが、予備判事のポルフィーリー。

物語の中で、犯人であるラスコーリニコフといわば探偵役のポルフィーリーとの対決が何度かあります。

ラスコーリニコフは捕まってしまうのか? ラスコーリニコフの運命はいかに!? というミステリーとしての読み方が十分に可能なわけです。

どうですか? 老女殺しの犯人側から描いたミステリーと考えたら、気軽に読めそうな気がしてきませんか?

ここから先は少し文学的な読み方についてです。

ホワイダニット(なぜ犯行を行ったのか)の小説だと書きましたが、このホワイダニットの部分が文学的なんです。

殺人の場合、普通は理由がはっきりしていますよね。恨みだとか、あとはお金のためだとか。

ラスコーリニコフも、一見するとお金のために見えますが、実は違うんです。もう全然違います。

その殺人の理由ですが、まあもちろんここでは書きませんけども、おそらく何段階かに分かれて書かれています。

まずはお金のためという、現実的な理由ですが、物語にはやがて、ラスコーリニコフの論文が出て来るんですね。

ラスコーリニコフのある理論が雑誌に掲載されたんです。この理論が殺人の大きな理由になっていると考えることが出来ます。

そして、ソーニャという売春婦にラスコーリニコフが語る場面があるんですが、ここでもなぜ犯行を行ったのかが語られます。

この理由は、雑誌に掲載された理論と似ていますが、また少し違ったものになっています。

ラスコーリニコフはなぜ老女殺しを行ったのか? ラスコーリニコフの考えついたある理論とは一体何なのか?

文学的に衝撃を受けるのはまさにこの部分だろうと思います。人を殺すのが許される理論とは一体どんなものなのか、興味が湧いてはきませんか?

理論については触れませんが、少しだけぼくの考えを書いておくと、あながち間違いとは言えないと思います。

もちろんその理論に対する反論なんかはすぐ浮かんでくるわけですが、なんと思いついた反論を、物語の中の登場人物がすぐに言ってくれるんです。

ここがドストエフスキーの小説の面白いところです。その点については、あとでちょっと触れます。

理論に触れそうで触れない感じでざっくり書いておくと、世の中の仕組みって、誰もが平等ではないですよね。

たとえばみんなでキャンプして、カレーを作るとします。すると、自然とリーダーとメンバーに分かれませんか? じゃがいもの皮を向いてよと支持する側とされる側。

船なんかで考えると分かりやすいのですが、全員が船長ではいられないわけです。

船長が1人いて、あとの乗組員は船長の支持に従う。社会にはそういうシステムがあるわけですね。会社でもそうです。社長がいて、社員がいる。

そうした構造がある以上、ラスコーリニコフの理論を全否定することは難しいのです。

どこが正しくて、どこが間違っているのか、もうその辺りがもやもやするんですが、そのもやもやが、ある意味文学らしさってやつでしょう。

つまり答えのない問いですね。問い自体に意味が生まれているというやつです。

このもやもやの部分、ラスコーリニコフを、ぼくら読者は単なる殺人犯として裁けるか否かという問題があるんです。

こうしたところが単なるミステリーを越えて、世界文学の金字塔になっている理由なんだろうと思います。

最後に、ドストエフスキーの小説の特徴について書いておきますね。

結構ボリュームのある小説なんですが、実際に流れている時間というのは、それほど長くないんです。ではなにが書かれているかというと、ほとんどが会話文なんですね。

会話文といっても、相づちとかが続くのとはちょっとイメージが違うんですが、一人の人間が長い間喋るんです。もう本当に長い間。

そしてそれに対する反論なんかがまたずらずらと書かれる。つまりある種のディベート(議論)小説になっています。

そうすることで、どうなるかというと、一つの結論に集約していかないんです。

普通の小説なら、作者が伝えたいことにまとまっていくはずです。ところが、ドストエフスキーの小説は、ある種ばらばらな意見がそのまま残る感じがあります。

その辺りがミハイル・バフチンの言う「ポリフォニー」なんだろうと理解していますが、バフチンについてはもうちょっと勉強してみます。

まとめに入っていきます。

『罪と罰』はある種の倒叙ミステリ(犯人側から描いたミステリ)として読めること。かつホワイダニット(なぜ犯行を行ったのか)が文学的な問いをはらんでいること。

ストーリーラインとしては、ラスコーリニコフをめぐる話の他に、妹ドゥーニャの結婚をめぐる話があります。

そして、物語の後半では、売春婦ソーニャの存在が大きくなります。

ソーニャはラスコーリニコフが唯一心を許す存在なんです。解説などにもあるように、ある種の宗教的な要素を読み取ることもできるだろうと思います。

あまりにも長くなりすぎるので、全く触れられませんが、スヴィドリガイロフという人物は、裏主人公とも言うべき人物で、すごく不気味な人物です。

ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフの関係というか、文学的な構造として考えると、非常に面白い部分があると思います。

光文社古典新訳文庫だと、巻末にあらすじの要約や、丁寧な解説がついているので、とても読みやすいです。

敷居はそれほど高くないので、みなさんぜひ読んでみてください。色々考えさせられる小説です。きっと忘れられない読書体験になるはずです。

思いがけず長くなってしまいましたが、この辺で。ここまで読んでくれた方、どうもありがとうございます。その気力があれば、きっとドストエフスキーも読めますよ! ぜひぜひ!!

ドストエフスキーは次、『カラマーゾフの兄弟』を読む予定です。

ドストエフスキー五大長編

白痴悪霊未成年カラマーゾフの兄弟