恐るべき子供たち (光文社古典新訳文庫)/コクトー
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ジャン・コクトー(中条省平、中条志穂訳)『恐るべき子供たち』(光文社古典新訳文庫)を読みました。
ある種の恐るべき傑作です。ジャン・コクトーは多才な人で、詩人や映画監督としての顔もあります。本文のイラストも全部ジャン・コクトーが描いているそうです。
ストーリーラインはともかく、描かれている内容は、背筋がぞっとするような感じです。物語の舞台は現代といってよいと思いますが、ギリシャ悲劇など、古典的な悲劇を感じずにはいられません。それだけ見事な構成、そして演劇的手法とも呼ぶべき技法が使われています。
あらすじを紹介していきながら、その辺りのことについて噛み砕いて触れていきたいと思います。登場人物はわりと少ないです。4人か5人くらい。中心になるのはある姉弟です。
生徒たちが雪合戦をしているところから物語は始まります。一人の生徒が運ばれていく。雪合戦の雪玉を胸に受けて倒れてしまったんです。ポールという少年です。これが物語の中心人物の一人。
雪玉の中に石を入れて投げたのが、ダルジュロスという少年で、わずかな出番ながら鮮やかな印象を残すキャラクターなんですが、あまり触れませんね。
ポールは友達のジェラールに連れられて家に帰るんです。ポールのお姉さんが登場します。エリザベートという少女。ポールとエリザベートの母親もとても印象的なんですが、ざっくり飛ばします。
ポールは雪玉に当たってから寝込んでしまい、エリザベートは働きに出て、アガートという少女と仲良しになる。エリザベートとポールという姉弟の世界に、ジェラールとアガートが寄り添う形になる。主要な登場人物は大体こんなものです。
さて、ここからの説明が難しいのですが、ジェラールはポールに対する同性愛的な感情が、やがてエリザベートへの崇拝の念に変わっていく。ポールは雪玉をぶつけたダルジュロスに対する同性愛的な感情が、なぜかダルジュロスにそっくりのアガートへの愛に変わっていくんです。
そうした2組の恋愛かと思いきや、そうはならなくて、エリザベートとポールの姉弟には奇妙な関係性があるんです。近親相姦ではないですが、すごく密接した関係で、かつ離れている。2人は遊戯といって、空想の世界に生きていたりする。2人で同じゲームのようなことをしているんです。なにかのふりをしていたり。
この辺りはちょっとうまく言えないので、実際に読んでもらいたいですね。小説の枠を越えて、演劇みたいな印象です。
姉弟に巻き込まれる形で関わっているジェラールとアガート。エリザベートがしたあることが引き金となって、その関係性は大きく変わります。そのこと自体が〈恐るべきこと〉であり、ギリシャ悲劇などの悲劇を彷彿とさせます。そうして壊れた関係性の先に見える、というよりもようやく気がつく姉弟の〈恐るべき〉世界が作品の大きなテーマになっています。
姉と弟とその部屋のなんとも言えないあの感じは、実際に読んでもらうしかないです。なんとも説明に困ります。2人が空想の中でゲームのようなことをしている、と言うしかないんですけども。そうしたところが作品の大きな魅力になっています。
解説などでは、心理を描いた小説という扱いでしたが、ぼくの印象では心理はほとんど描かれていないといってよいと思います。心理はないんですが、登場人物の動きからなんとなく分かる感じ。つまりそこでも演劇のような印象があるんです。
少ない登場人物、悲劇としての構成、姉弟の関係性など、演劇的要素を散りばめ、ある〈恐るべき〉心理を描いた傑作です。色々な意味で、読む価値がかなりあると思います。
そういった構成ですから、ある種の読みづらさはあると思うのですが、わりと短いですし、イラストも豊富に入っているので、興味のある人は読んでみてください。どんな〈恐るべきこと〉をしたんだろう? と気になった方もぜひぜひ。おすすめの一冊です。