雨乞いの儀式に
袖に
呪飾を施したものを着て
踊るようす。
“舞”を使って表していた
「無」は
いつの間にか
足(舛)の部分が取れて
今の字になった。

恍惚文字…(笑)
↑“こうこつもじ”から
変換したらこうなる。
もとい
甲骨文字や卜(ボク)字は
見たまんまだから
小難しくなくて
面白い。
では
古代に想いを馳せて
想像してみよう。
袖にキラキラの飾りをつけて
踊る姿を。
きっと女性だっただろう。
コチラ
でも踊るさまから
生まれた文字はあるけれど
ここでは
雨乞いのために
「無心」になって
踊っているはずだ。
意識が無い極限の状態まで。
それこそ
トランスの状態で。
そのときは
もう
無意識なんだ。
だから
きっと雨は降った。
それは起こるべくして
起こる。
雨乞い成立。
文明の利器に
囲まれて
毎日過ごしているこの
現代の世界では
薄れてしまっている
人間の能力のひとつだと。
潜在的な意識下で
引き起こされる
様々なこと。
今日
仕事中
ちょっとそれを
感じることが
あって…
(書けないけど↑)
あースゴい!
って思う。

「無」は既に「有」で
「有」は無限。
本来限りはないのだ。
と、思う。
今まで
何度も「無」について
書いているはずなのだけど
わたしのなかでは
行き着くところは
いつも同じ。
「無」については
宇宙の如く
未知の広がりの
果てしない空間にある
想像し難い存在なのだと
そこを
想像するのが
好きだ。
そんなことを
考えていると
それこそ無意識に
眠ってしまいそうになる(笑)
『感じる書』アーティスト 石川呼穹
