歩いても 歩いても | にゃ~・しねま・ぱらだいす

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ドコにもダレにも媚を売らずに、劇場・DVDなどで鑑賞した映画の勝手な私評を。

歩いても 歩いても

【監督】是枝裕和
【主演】阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也、樹木希林、原田芳雄
【オフィシャルサイト】http://www.aruitemo.com/index.html

漫画・小説原作&テレビ局タイアップという安易な制作手法が確立される現在で、
徹底して生活に密着したオリジナル脚本に拘る現代の『小津』是枝監督の最新作。
元々定評のあった人間描写はここに極まり、という高い完成度。

ある夏の終わり。
1年に1回、15年前になくった長男・純平の命日に家族が集まる。
次男・良多は結婚して初めて妻と子供を連れ、海の近くの実家を訪れた。
子連れで再婚した妻・ゆかりは緊張を隠せない。

一方、2人の子供を連れた姉・ちなみは、年老いた父母との同居を画策していた。
開業医をしていた父は跡継ぎをなくした後、元々の気難しい性格に拍車がかかり、
専業主婦としてその夫を支えてきた母は、自分達のペースを崩されることを嫌がっていた。

様々な思惑と思い出話の中、母の素朴の手料理が食卓に並べられていく-。

CMの最盛期、『スライス・オブ・ライフ』というシチュエーションがよく企画書に上がった。
『生活の何気ないワンシーンを切り抜き、商品と企業に親近感を持たせよう』という試みだ。
今では時代錯誤となった商品名連呼型のプッシュ式CMが全盛だった時代のこと、
押し付け感のないゆるい手法が逆に新鮮だ、という考えの下、オサエ案として何度となく
提出されていった。実際は『面白くない』とあまり通ることはなかったけどね。

誰も知らない 』でカンヌで一躍脚光を浴びた是枝監督は、一貫してこの手法を磨いている。
時代劇に初挑戦した前作『花よりもなほ 』の評価がもう1つだったこともあってか、自分の道を
ブラッシュアップすることを選んだようにも思える。今回はその集大成とも言うべき完成度。
何気ない会話と間の取り方で、実際我々も体験する家族間で『口に出せない思惑や空気』を
見事に表現。面倒で複雑で、しかし縁を切れない歯がゆさが画面から伝わってくる。

そんな脚本を演じ切れるのは、それなりの芸達者でなければあまりにハードルが高い。
最早是枝ファミリーとも言うべきYOUはどこの家族にも1人は必ずいる口煩い姉を、
夏川結衣は腰を低くせざるを得ない訳アリの妻の苦悩と違和感を見事に表現している。
しかし特筆すべきはやはり樹木希林。
本音を隠しながら家族全体のバランスをとる姿に、自分の母親像を重ねる人は多いだろう。

しかしこの映画は痛い。胸の奥に深々と刺さる程本当に痛い。
実家を訪ねると1時間で帰りたくなる自分には、阿部寛の姿が完全に重なる。
三十路を過ぎても実家に居座ることに何とも思わない恥ずかしいオトナたちが増えている昨今、
家族に対してこんな複雑な感情を抱える苦悩は果たして理解して貰えるのだろうか。

親孝行してこれなかった人間には、素晴らしいが辛くイタイ。そんな作品。

【評価】
★★★★☆