N3437BM-88 | chuang32のブログ

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24:金粉


一つの椅子に、3人が座る不思議な状態。まったりとした空気に、僕は癒されていた。
ディカがもぞもぞと動いて、再び僕の手を取り、自分の頭に置く。

「ん、またかい?」

もう一度頭を撫でてもらいたいんだろうか。
尋ねると、彼女は頷いてその小さな口を開いた。

「あたま……なでなで……おとうさん」

「……」

おとうさん……か。
いいとも、何度でも、なでなでくらい。
僕は大層なニヤけ顔で、ディカの頭を再び撫でた。ディカは本当に頭なでなでが好きだな。

しばらく髪を梳く様に頭を撫でていたが、ディカは僕の手を取ると、その手のひらをじっと見つめた。

「旦那様のomega アンティーク
omega スピードマスター
omega 時計
手が大きいから、不思議に思っているのかしら」

ベルルはディカの行動に首を傾げて、興味津々な様子だ。

「……ん?」

僕は自分の手のひらを凝視してみた。何やら、キラキラしている。
金色の……粉……?

ディカは僕の手のひらを、僕自身に見せつける様にした。
何かを訴える様な瞳だ。

「……ローヴァイ……沢山……なでなで……した」

「……」

ローヴァイ。
それは僕の先祖の名だ。かつてディカを救ったと記録にある。
そう言えば、何日もつきっきりで傷を手当てしたと、ローヴァイの日記には書かれていたから、それがディカに取ってなでなでも同じだったんだろうか。それともローヴァイは、黄金のドラゴンの姿のディカの頭を、本当になでなでしていたのかもしれない。これはもう、想像でしかないが。

そう言えば、鱗から吹き出す金色の粉が、手にくっついていた……とか……

「……あ」

突然だった。
本当にぽわんと、思い出した事がある。
そして一気にある発想へと転換される。

「あああああっ!!」

思わず叫んだ。
分からない。いや、全然違うかもしれない。

いやいや、でも、目の前が輝いて見える……なんだろう、このひらめきは当たっているのではと思わされる。

「だ、旦那様……?」

「すまない。二人ともおりてもらえるか?」

僕はベルルをディカを膝からおろして、急いで白の秘術書をごちゃっとしたテーブルの上から見つけ、あるページを開く。

見逃していたんだ。僕はこの一文を、何気ないただの、ローヴァイのつぶやきの様に思っていたが……


『ある日、私は自分の手のひらに細かい金の粉がついている事に気がついた。これは、この黄金のドラゴンの鱗から噴き出る粉だ。毎日傷口を拭いていたので、くっついたのだろうか』


ここだ。
この記述の後、ローヴァイは“約束薬”を完成させたんだ。

僕はローヴァイの残した調剤方法で“約束薬”を作りはしたが、きっとあれは、本当に傷薬程度の力しかないものだったんだろう。それこそ、ディカの擦りむいた傷を治す程度の。

ローヴァイが治癒したのは、酷く傷ついた大魔獣の姿のディカだった。
大魔獣の姿は何より特別で、その姿の召喚自体、人型、小型とは桁違いの魔力を必要とする。

と言う事は、その大きな傷を治癒するには相応の“約束薬”が必要だったはずだ。ローヴァイは意図せず、ディカの鱗から噴き出た金粉を手にくっつけたまま調剤を行ったんだろう。
その結果、大魔獣を治癒する程の“約束薬”を作り出したのだ。
これはディカの特性である“浄化”の恩恵を得たものと考えられる。

僕が今まで銀河病の効果的な特効薬を完成させる事が出来なかったのは、“約束薬”の威力が、本当に傷薬程度であったからだ。大魔獣を治癒する程の力が無ければ、きっと、ダメなんだ。
銀河病の穢れを作り出した魔獣の格は、高いものだって居るんだろうから。
この金粉の恩恵は、薬の格を飛躍的に上げるんじゃないだろうか。

「そうだ……きっとそうだ……絶対そうだ……!」

だけどこの金粉だけでは銀河病の特効薬にはなりえない。それこそ、僕が魔法薬を作らねば。

「ベルル……ディカ……っ」

僕は、壁際でキョトンとして立っていたベルルとディカの肩に手を置いた。

「上手く行くかもしれない。上手く行くかもしれないよ!! 二人とも、見ていてくれ……作ってみせるよ、銀河病の特効薬を!!」

「旦那様……旦那様、本当?」

「ああ、きっと」

僕は興奮していた。まだ薬を完成させた訳でもないのに。

だから僕はその過程を、彼女たちに見守ってもらいながら調剤を行ったのだ。
僕が先ほどまで座っていた椅子にベルルが座り、膝にディカをのせ、毛布をかけていた。

二人とも眠いだろうに、僕の調剤を息を呑む様にして見ていたっけ。

軽やかだった。
何より、いつより調剤が楽しかった。一つのひらめきが、僕を高揚させる。
人の命を扱っている薬であると言うのに、僕はこの時の調剤を、きっと一生忘れないだろう。

杖を持つ僕の手のひらから溢れる金粉が、描く魔法式をより煌めかせ、特別な光の帯を形成する。
まるで祝福のようだ。

静でいて、どこか勢いのある魔法だ。いつもの調剤とは全然違う。
初めて、父に調剤魔法を教えてもらった時の様な、新鮮な気分。初めて調剤が上手く行った時の様な興奮。

忘れがちな、心だった。







僕の調剤室には、いつの間にかローク様、マルさん、サンドリアさん、アリアリア様が揃っていた。
僕が夢中で調剤をしていた時、既にこの部屋へやってきていたらしい。

出来上がった薬は、今までのものと違い、白金色を帯びた粒状の薬だ。奥ゆかしい光を内蔵している。
丸く、大小はあれど真珠程の大きさである。

試しにそれを溶かしたものを、ミネさんの皮膚から採取した銀河病の星雲に垂らしてみる。

「……」

皆、かたずを飲んで見守った。
ジワジワと音を立て、それらはまるで、水彩絵の具を更に水で薄めていくように、滲んで薄まっていった。
ここからだ。ここから、しばらくして一気に広がり、色濃くなったら今までと何も変わらない。

しかし、色の薄まりは止まる事無く、やがて、消えてなくなった。
シュワ……と、炭酸水の泡の弾ける音がしたが、これは解呪魔法特有の呪いが解かれた音だ。魔法薬に組み込んだそれはちゃんと、作用したと言う証だ。

「……やった……」

誰もがなかなか、その結果に対し言葉を発せなかったが、ふっとサンドリアさんがそう言った。

「やった!! やったじゃ無いか、きっとこれは成功だ!! 凄いじゃないかお前!!」

サンドリアさんが僕の背をばんばんと叩く。
その瞳は濁り無く、ただただ僕を褒めてくれているのが分かる。

「うっそ。これ本当に成功? あらやだ、旦那様ったら凄いじゃない。私正直、もう無理なんじゃないかと思ってたわ」

マルさんもどこか興奮した様子だ。若干、言葉の節々に残酷な部分を感じるが、僕がもたついていたので仕方が無い。
アリアリア様も「ほーやるもんじゃのー」と、僕の頭にのる。

「待て。まだこいつを褒めるのは早い。……早く、これをミネに。あの娘の銀河病を治す事が出来なければ、何も意味は無いぞ」

ローク様は流石だった。
まだ僕に厳しい瞳を向けている。

ベルルをちらりと見ると、彼女は無言で、ただただ僕を見つめていた。僕の薬を、信じていると言う様に。
僕は「はい」と引き締まった声で返事をして、その薬を急いでミネさんの元へ持って行った。

早く彼女を、その苦しみから解放して上げたい。
ノーゴンさんを安心させたい。

今は、この薬をもってして、その思いしかなかった。